青年は勇者となり、世界を救う

銀鮭

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第一章

第七話 初陣

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 日が昇りはじめた薄暗い時間。俺は結界からほど近い場所で枯れ木を集めていた。

 本来ならまだ寝ててもいい時間だが、先日は仮眠をとったせいか早くに目が覚めてしまったのだ。そのため、もう一度眠ることも出来ずに見張りのアリシアに一言入れ、散歩がてらに薪にする木を探している。


 アリシアは朝食の準備をはじめたころだろう。さっき挨拶したときは少し元気がないように見えたのが気にかかる。


 たぶんロイドさんに注意されたからだと思うけど……戻ったら少し話を聞いてみよう。


 適当なところで散歩を切り上げると、枯れ木を抱えながらアリシアのところへ戻る。


「アリシア、ただいま」

「あ、ツカサ様、おかえりなさい。……あの、先日はご迷惑おかけして申し訳ありませんでした。それとシルギスの果実ありがとうございました」

「迷惑なんてかけられてないよ。むしろ、かけてるほうだ。ありがとう、回復薬のおかげで楽なったよ」

「うぅ……なんだかすみません」


 やはり、昨日ことを気にしていたらしい。しょんぼりとしたアリシアに何とか元気になってもらいたいが。


「怪我したわけでも、何かを壊したわけでもないんだし、そんなに気にしなくても大丈夫だよ」

「気を付けます……」

「大丈夫だって、それより朝食の準備まだ途中だよね。何を手伝えばいい?」

「あ、えっと、じゃあ、干し肉とってきてもらってもいいですか」


 うまく元気づけることができず話を変えてみたが、無言での作業が続いてしまう。
 ふと、アリシアを見ると目が合った。すると、慌てた様子で目をそらしている。またこちらを見ては、すぐに目をそらす。なんだかちょっと面白い。


「ツカサ様! また私を見て笑ってます!」

「ごめん。アリシアの動きが面白くって」


 アリシアは怒ったような口調だが、頬を膨らませた姿はリスのようであり、まったく怖くない。
 謝りながらも作業を再開する。笑ったのがよかったのか、話しているうちにアリシアはいつもの調子に戻っていた。

 ロイドさんが起きたところで雑談を交えながら朝食をとる。
 その話の中で魔法がちゃんと使えるようになったことを伝えてみた。


「つまり、昨日の夜だけでコツをつかんだってことか?」

「はい、繰り返し練習したらできるようになりました。後で見せますね」

「ツカサ様、覚えるの速いです! 私なんか一週間はかかったのに」


 カルミナのことはバレないように話したので、なんだかすごい人みたいになってしまっている。実際はずるをしてる、とは言えないのが心苦しい。

 魔法の話をしてからロイドさんは腕を組み、何かを考えこんでいる。
 そして口にした言葉は、今日の予定を変えるというものであった。


「本当ならもう二、三日訓練を積んでからと思ったが、一度、魔物相手に戦ってみてもいいかもしれん。まあ、魔法の出来を見てからだけどな」

「じゃあ、今日は移動じゃなくて魔法の確認と実戦ってことですか?」

「ああ、食い終わったら見せてもらうぞ」


 手分けして片付けを終わらせ、早速魔法の確認をはじめる。
 ロイドさんが的に指定したのは少し大きめの岩だった。俺はその岩から十五歩ほど離れた位置にいる。昨日だったら届かない距離だ。

 右手に魔力を集める。
 属性は炎、型はボール。術式の効果は爆発、威力を高めにして、速度には残った魔力を割り振る。


「ファイアボール・バースト!」


 炎の球は指定された岩へとまっすぐに飛んでいき、着弾する。小さな破裂音とともに微かに炎が広がっていく。炎が引いたあと、岩はほんの少し黒くなっていた。


「確かに成功はしてるな。嬢ちゃんはどう思う?」

「間違いなく成功です! 威力はともかく三日できるなんてすごいです!」

「そうだな。威力はともかく、それはすごいことだ」


 なんとなく自分の魔法を見て、もしかしたらとは思っていた。そして二人の会話で確信してしまう。どうやら、俺の魔法は弱いらしい。


「そういえば、嬢ちゃんの攻撃魔法も見てないよな。ついでだ、やってみてくれ」

「はい! いきますね。…………ライトボール・バースト!」


 同じぐらいの距離から同じ岩に向かって魔法が放たれた。

 岩にあたった瞬間、閃光がはじけ、目の前が白く染まる。
 破裂音は先ほどよりも大きく甲高い。視界がもどると岩が砕け散ってるようすが目に入る。

 魔法が発動する早さ、光の球の威力、圧倒的な差があった。


 何が違うのだろうか? 魔法に込める魔力量? それとも術式の魔力配分だろうか?


「ツカサ、何を考えてるかなんとなくわかるが、今は気にしなくていいぞ。威力を上げるには、魔法に込められる魔力量を増やす必要がある。そして、増やす方法は魔法に慣れるしかない」

「魔法に慣れる? たくさん魔法を使うってことですか?」

「ああ、そういうことだ。だから、嬢ちゃんに比べて威力が低いのは当たり前なんだ。気にするな」


 ロイドさんの言葉を聞いて、魔法の威力の上げ方を思い出す。


 ……やっぱり、まだ与えられた知識をものにできてない。


 前向きに考えよう。いきなり魔法に関して博識になっていたら、二人に怪しまれる。知らないふりもボロがでるだろうし、今の状態が丁度よいと思うことにしよう。

 魔法に込める魔力量を増やす。つまりは魔力制御の上達が必要なようだ。これはロイドさんの言ったとおり魔法を使うしかない。ただ、同じ魔法を使うよりもいろんな魔法を使った方がいいようだ。
 早いうちに知れてよかったと思う。魔法の練習も知らなければ同じ魔法ばかり使っていたかもしれない。


「それにしてもロイドさん、アリシアと比較しなくてもよかったんじゃ……」

「ツカサは剣も魔法も才能があるみたいだからな。今のうちに自分より上がいるって知っとけば油断や慢心もしないだろ? まあ、いらん世話かもしれなかったがな」


 アリシアと比較したのは油断や慢心を窘めるためだったらしい。実戦をするうえで少しでも危険につながりそうなことは無くしたかったのだろう。
 ただロイドさん曰く、アリシアの魔法を見たあと、俺の考え込むようすから余計だったかもと思ったそうだ。

 たしかに、魔法をちゃんと成功させるまで才能があるアリシアでも一週間、それを三日でやったのだから調子に乗ってもおかしくはない。
 俺も知識というずるをしていなけば調子にのっていたかもしれないし、そのずるを知らないロイドさんがそう考えても不思議ではないと思う。隠し事をしているせいで気を使わせてしまったようだ。


「お二人とも準備できましたよ! シュセットちゃんもやる気十分です!」

「おう! じゃあ、出発とするか。肝心の魔物だが昨日、偵察に行ったときに大体の居場所は確認済みだ」


 場所はここから少し距離があるようだった。
 魔物はアッフェデーモンと呼ばれているそうで、猿型の魔物だと教えてもらう。特徴としては二足歩行であり、知能がそこそこ高いらしく、武器を使用することもあるため注意が必要とのことだ。

 昨日ロイドさんが見つけたのは、一匹だけのはぐれた個体。こちらの人数が多いのを見たら逃走する可能性が高いらしい。


「というわけで、姿を見せるのは一人だ。ツカサにやってもらおうと思うが……できるか?」

「ロイドさん!? ちょっと待ってください! ツカサ様は初めての実戦ですよ! 周りを囲むとか手本を見せるとかしないんですか」

「アリシア、大丈夫だよ。ロイドさん、俺やってみます」

「ツカサ様!」

「嬢ちゃん、落ち着け。ちゃんと近くで見てるから大丈夫だ。そんなに心配なら嬢ちゃんもしっかり警戒することだ」


 アリシアは止めてくれたが、試してみたい気持ちが強かった。喧嘩もしたことない自分がこんなに好戦的だとは少し不思議な気分だ。

 ちなみにシュセットは近くまでは一緒に行くらしい。
 危ないのではと聞いてみたら、アッフェデーモンよりもシュセットのほうが強いという話を聞いてしまった。


 ……負けないようにしよう。





 森の中を進む。
 馬車があるので進みはゆっくりだ。いつの間にか日は高くなっていた。もしかしたら昼はすぎているかもしれない。


「……見つけた。シュセットはそこに止めておけ。ツカサは俺と来い。嬢ちゃんは見つからないように後からきてくれ」


 ロイドさんのそばによる。
 視線の先を見てみるが俺にはまだ何も見えない。

 ロイドさんは指で斜め前方を指し示すと、流れるように動いていく。その動きは速く、何より音がしないことに驚く。

 遅れないように後を追い、移動する。
 小さな音は立ててしまっているが、小枝を踏まなかっただけマシだろう。

 木の陰に隠れてようすを見ると、前方の茂みが揺れたような気がした。

 ロイドさんも動きを止めて前方を観察している。

 しばらく息を殺していると、茂みから何かがでてきた。


 ……あれがアッフェデーモンだろうか?


 頭の位置は俺の腰より少し高いぐらいで、猫背だが確かに二足歩行をしている。毛は茶色で猿と似たような生え方かもしれない。しかし、顔は猿に似ているどころか動物らしい顔つきではなかった。まるで鬼のような形相だ。

 もしも何も知らずに遭遇したら、ゴブリンだ! と声を上げたに違いない。全体で見るとそれぐらい猿には似ていなかった。

 ロイドさんがアッフェデーモンを指し、俺を見る。

 出番が来たようだ。

 実戦は正面から一対一で戦うよう事前に言われていた。なので、わざと音を立てて歩き、向こうに気づかせる。そして逃げないようにアッフェデーモンの方に顔は向けずに、気づいていないふりもしておく。

 視界の端で捉えていたアッフェデーモンはこちらに気づいたようだ。鬼のような顔を醜悪に歪めている。笑っているのかもしれない。

 ゆっくりとこちらに近づいてくる。どうやら奇襲を仕掛けるつもりらしい。


 ……ここまでくればもう演技も必要ないだろう。


 俺はアッフェデーモンのほうへ体を向けると剣を抜き放ち、構えをとる。

 アッフェデーモンは奇襲が失敗したせいか、威嚇するかのような甲高い鳴き声を上げはじめた。鬼のような形相を怒りに染め、猛然とこちらに向かって走り出してくる。


「キシャァァァァァァァァ!」


 速い! 


 構えていた剣を慌ててアッフェデーモンに向かって突き出す。しかし、アッフェデーモンは斜め前へ跳び、俺の剣は地面を突き刺してしまった。

 今のやり取りでアッフェデーモンを見失い、慌てて剣を抜こうと力を込める。

 そして剣が地面から抜けた瞬間、体が勝手に動き出した。

 体全体が左へ回転し、後ろに向かって跳ぼうとしている。それと同時に、剣は膝を防御するような形に動かしていた。

 剣を通して腕に衝撃が走る。

 どうやらアッフェデーモンは、その爪ですくい上げるように攻撃をしてきたようだ。
 腕は痺れているが勝手に動き、爪を押し返すよう剣を薙ぐ。

 すでに体は後ろに跳んでいる状態だ。そこにアッフェデーモンの攻撃と剣を振るった力が加わったため大きな跳躍となって距離が開いた。

 互いにようすを窺い、仕切り直しとなる。

 ピンチを脱したからか、体は自由に動かせるようになっていた。右手は少し痺れているが怪我は負っていない。対して、アッフェデーモンは手から血を流し、甲高い声を上げてこちら威嚇していた。

 結果的には有利な状況だが、最初の突きは失敗している。
 突きに関しては横に避けるかもとは思っていたが、前に飛び込んでくるのは予想外だった。実戦経験の無さを痛感する。

 アッフェデーモンにまだ動きはない。


 距離もあるし魔法を使う? いや、発動前まえに攻撃を受けそうだ。剣での攻撃も自力ではあてられそうにないし……それなら……


 剣を担ぎ、アッフェデーモンに向かって走り出す。すると、ほぼ同時にアッフェデーモンもこちらに走り出してきた。

 互いの距離は急速になくなっていく。


 もう少し…………今だ!


 走りながら剣を勢い良く投げる。

 剣は回転しながらアッフェデーモンに向かっていくが、簡単に避けられてしまう。だがその動きは予想どおりのものだった。それは前回と同じように前へ跳びこんでの回避である。

 アッフェデーモンは前転し、受け身の途中だ。その位置は正面、距離は大股で一歩分ぐらいである。それは蹴るにはちょうどいい位置であった。

 走る勢いのまま全力で足を振りぬく。


「グギャ!」


 アッフェデーモンは足にあたると大きく吹き飛び、地面を転がっていく。

 起き上がってくるようすはない。よく見ると首が変な方向に曲がっていた。どうやら運よく首が折れたらしい。


「さすがに疲れた……」


 大きく息を吐き、思わず言葉が漏れる。


「お疲れさん、大丈夫か?」

「はい、何とか勝てました」

「……そうか。しかし、あれだな。まさかとどめが剣でも魔法でもなく蹴りだとは思わなかったぞ」


 ロイドさんと話しながら剣の回収に向かおうとする。しかし、蹴り飛ばしたほうの足に違和感を覚え、歩き出せない。

 思わず止まってしまったところに、少し離れた場所にいたアリシアが合流した。


「ツカサ様! お見事でした! ……どうしました?」

「いや、なんか足に違和感があって、なんか痛い?」


 違和感はすでに痛みに変わっていた。


 ……かなり痛い? ……いや、めちゃくちゃ痛い!


 痛みがだんだん酷くなっていた。冷や汗をかきはじめ、痛みのせいで言葉も出せそうにない。


「どうした? 蹴りで足でもひねったのか? どれ……なんだこの柔らかい靴は、こんな靴じゃ衝撃で自分の足のほうが危ないぞ。嬢ちゃん!」

「はい! ツカサ様、すぐに回復しますからね」


 ロイドさんが靴を脱がし、アリシアが魔法をかけてくれている。その間俺は痛みに耐えるので精いっぱいだった。
 安物の靴を履いていた自分を恨みつつ、魔法が効くのを待つ。





 どれぐらい時間がたっただろうか。アリシアはまだ魔法をかけ続けてくれている。おかげで痛みはかなり引いてきていた。これなら歩くぐらいなら何とかなるかもしれない。


「……アリシア、ありがとう。ロイドさんもすみません」

「回復なら任せてください! とりあえず、今ので動けるぐらいまでは回復したと思います」

「気にすんな。で、だいぶ腫れてたが、もしかして折れてたか?」

「腫れは足の甲の骨にひびが入っていたからだと思います。魔法で骨は治しましたが、そのほかの打撲と足首のねん挫は痛みが和らいだ程度です」


 思ったよりも重症な気がする。戦いには勝ったのになんだか気落ちしてしまう。

 ロイドさんがあたりを警戒し、アリシアが御者となって街道へと戻る。
 俺は昨日アリシアが作ってくれた回復薬を飲み、馬車の中で待機中だ。

 時間ができてしまったので、一人で反省会をすることにした。
 さっきの戦いでわかったことは、剣も魔法もまだ実戦で使えないということだ。体が勝手に動かなければもっと酷い怪我を負っていただろう。

 それに靴だ。戦闘において蹴りを使うこともあると思うので、靴もちゃんとしたのを調達する必要がある。いまさらだが、宮殿で装備を整えたときに靴のことも聞いておけばよかったと反省するばかりだ。


 ……もう一つ気になっていることがある。


 俺は今まで、元の世界では人はもちろん動物も殺傷したことはない。
 アッフェデーモンはたしかに醜悪な見た目だったが、背格好だけなら人間の子供とかわらない生物だ。なのに何も感じなかった。それは戦闘を終えた今でも変わってない。

 魔物とはいえ、生物を殺めたのに罪悪感も、蹴りの感触に嫌悪感も覚えていないのはさすがに変だ。それとも俺は元からそんな人間だったのだろうか。そんなことはない、と思う。


 ……何かがおかしい気が……


 変わりたいとは思った。けど、こんな変化は望んでいない。

 異様な不快感に加え、激しい頭痛まで襲ってくる。


『ツカサ。聞こえていますか』

「……カル、ミナ……?」


 あまりの痛みに頭を押さえているとカルミナが声をかけてきた。


『先の戦闘、見事でした。足の怪我はアリシアが治療したようですが、完璧ではありません。念のため、今から回復魔法をかけようと思いますがよろしいでしょうか?』

「頭痛が、酷いんだ……」

『安心してください。私の魔法ならそれも治せます』

「お願い……」


 ペンダントから不思議な色の光が溢れてくる。光は全身を包み込むと、体に吸収されるように消えていった。

 一瞬で、嘘のように頭痛が消える。不快感もない。足のほうも完全に治ったようだ。

 カルミナの魔法はとても気持ちがいい。しばらく余韻に浸ってしまう。


『まだ、時間もあるようですし、せっかくなのでこの世界について話をしませんか? まだ伝えてないことが多くあります』


 カルミナの声で意識が戻る。
 興味があったため喜んで聞くと、カルミナはこの世界についていろいろと教えてくれた。常識的なことから魔物のことまで、ためになる話だ。その話を聞きながらも、俺は何かを忘れたような気がしてならなかった。
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