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第一章
第十話 ヴァルドウォルフ
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森の奥から魔物、ヴァルドウォルフたちの姿が見えてきた。ただし、大型のヴァルドウォルフの姿は確認できない。想定どおりに通常個体だけが向かってきたようだ。
ヴァルドウォルフたちがロイドさんのもとにたどり着く。
その数は五匹。ただ通常個体は全部七匹いるはずである。残りが来ていないのが気になるものの、今は目を離すわけにはいかない。
五匹のうち三匹が、走る勢いそのままにロイドさんに跳びかかっていく。
残る二匹はその場で止まり、唸り声を上げはじめた。
対するロイドさんは二振りの短剣を構え、落ち着いたようすでヴァルドウォルフたちを迎撃していく。
右の短剣を一瞬で逆手に持ち変え、足に噛みつこうとしていたやつの頭を上から突き刺す。
左の短剣は腕を狙っていた個体を下から刺そうとしたが、そいつには身をよじって躱されてしまう。
短剣を躱したヴァルドウォルフは狙いを変えたようだ。手に噛みつこうとしている。だが、ロイドさんは短剣を噛ませてそれを防ぐ。そして、そのまま上へ振りぬき、短剣ごと上へ投げ飛ばした。
向かってきた最後の三匹目はすでに首へと跳んできている。
この三匹、少しの間があったとはいえ、ほぼ同時に襲い掛かってきていた。そのため、両手はすでに使ってしまい三匹目には対応できそうにない。
危ないと思い、飛び出そうとしたとき、ロイドさんの体が倒れていくのが見えた。
首への噛みつきをくらったわけではない。ロイドさんは後ろへ倒れるようにして三匹目の攻撃をかわしていた。
それだけではなく、サッカーのオーバーヘッドキックをするかのように三匹目をこちらへと蹴り飛ばしてくる。
ロイドさんは蹴りと同時に左手を地面につけており、腕一本で体を回転させると体勢を整えていく。さらに回転に合わせ、右手で何かを投げたようにも見えた。
何かの正体はナイフであり、先ほど唸り声を上げていた二匹の正面に突き刺さっている。ただ、二匹の位置は先ほどより前進していた。隙と見て距離を詰めようとしていたのだろう。俺は気づきもしなかったが、ロイドさんは気づき、ナイフの牽制により二匹を止めたようだ。
二匹が牽制され動きを止めている間に、短剣ごと上に投げられた個体が落ちてくる。
ロイドさんは少し前に出ると、回し蹴りで落ちてきていた個体をこちらに吹き飛ばした。そして、そのまま大型のほうへ走り出す。
その瞬間、俺は茂みから飛び出した。
最初にこっちに飛ばされてきたやつは起き上がっている。二番目に飛ばされてきた個体はダメージが大きいのか倒れたままだ。
とどめを刺すために倒れているほうに向かって走る。
「ライトボール・アンプリファイ!」
アリシアが魔法を放ったようだ。
俺は事前の打ち合わせとおりに顔を下に向け、片目を閉じる。
直後に白い光があたりに広がり、視界が白く染まっていく。
ヴァルドウォルフたちの悲鳴が聞こえてくる。
どうやらまともに光を見たらしい。
光が引いても目は眩んだままだ。
光を浴びた目を閉じ、先ほど閉じていた目を開ける。
正面にはいまだに倒れているヴァルドウォルフが見えた。
剣を突き刺す。
小さく体が震えると動かなくなる。心臓を一突きされたヴォルドウォルフは口からも血を流し、目からは光が消えていく。
……思ったよりも冷静だ。俺は、こんなに淡々と命を奪えるのか? いや、そんなことは……アッフェデーモンのときはどうだっただろうか? ……思い出せない?
「イクスパンドマジック! ライトアロー・デュプリケート・インパクト!」
……声が聞こえた。アリシアの声だ。そうだ、今は考え事をしてる場合じゃない。戦わないと。
アリシアの魔法を目で追う。。
二本の光の矢が、ロイドさんに足止めされた二匹にそれぞれ向かっている。そして、光の矢を追従するようにアリシアは走っていた。
まずい! このままでは後衛のアリシアが二匹を相手にすることになる。
この動きは予定外だ。いや、そもそも俺が動きを止めたことが予定外だったはず。アリシアはあの二匹が俺のほうに行かないようにわざと前にでたんだ。
アリシアの元へと走る。
大丈夫、充分追いつける距離だ。それにアリシアは以前、接近戦もできると言っていた。だから大丈夫だ。
自分に言い聞かせながら走っていると、いきなり左へ跳ぶ。体が勝手に動いたのだ。元居た場所を見るとヴァルドウォルフがこちらを睨み、唸り声を上げていた。
……忘れていた。あれは最初に飛ばされてきたやつだ。目も回復したらしい。
クソっ! 早く行かないといけないのに……無視して行くか? いや、ダメだ、追いつかれる。……焦るな、落ち着け。まずはこいつを片付けよう。
よく見ると、こいつは口から血を流している。ロイドさんの蹴りが効いているようだ。
すぐに対応できるように剣先を下にした構えをとり、少しずつ近づいていく。対してヴァルドウォルフは、俺を中心に円を描くように動いている。後ろをとろうとしているのかもしれない。
ヴァルドウォルフがいきなり走り出す。ただ、向かう方向はこちらではない。
俺に向かってこない? 何を考えてるんだ……向かう先にあるのは木? まさか!
そのまま速度を落とさず、木を駆け上がる。さらに、そこから枝を伝うとこちらに跳びかかってきた。
急いで剣を上げて防御するが、踏ん張りがきかずに押し倒される。
剣は噛まれて動かせない。自由に動かせるのは、倒れたときに剣から離してしまった左手だけだ。
左手で胴体を殴りつける。すると同じタイミングで、爪での攻撃がきた。とっさに顔を背けたが、躱しきれない。こめかみから血が流れているのを感じる。
俺の攻撃はあたったが、吹き飛ばすほどの威力はなく、ヴァルドウォルフの口から剣が外れただけだった。
ヴァルドウォルフと距離をとるため剣を振る。
跳び引かせることができたが、位置が悪い。足元に着地している。
このままだと足に噛みつかれる! だったら!
左足はそのままで、右足のほうをできるだけ高く上げる。
ヴァルドウォルフの牙が想定どおり左の足に食い込む。
いっ!? くっ……けど、これで!
痛みを堪えて、右足を全力で振り下ろす。
かかとがヴァルドウォルフの頭をとらえた。
ヴァルドウォルフは悲鳴を上げると、噛みついていた足を離してフラフラと下がっていく。数歩下がったところで倒れると、口から泡を吹き、痙攣しはじめた。いまだ動いているものの、もう起き上がることはないだろう。
……今の感触なら骨は砕いたはずだ。
警戒しながら体を起こすと、頭のへこんだヴァルドウォルフが見える。このままでも先は長くはないだろう。そう思ったものの、念のために止めを刺しておく。直感なのか、何故かそうしなければいけないような気がしたのだ。
一度大きく息を吐くと、回復薬を足にかける。
思ったよりも傷が大きく、かなり痛い。傷口が脈を打っているようにも感じる。
回復薬は、飲めば体全体を回復してくれるが、効果は弱い。傷口に直接かければ回復はかかったところだけになるが、効果は少し高くなる。そのため、今は少しでも治すために直接足に回復薬をかけていた。
手を止めずにアリシアのほうへ視線を向ける。怪我はしていないようだ。というよりも押しているように見える。
アリシアはヴァルドウォルフの噛みつきに対して杖で防御し、カウンターで蹴りを繰り出す。もう一匹が後ろから跳びかかるが、見えているかのように体を傾けて躱していく。
接近戦もできるとは聞いていたが、見るのは初めてだった。
アリシアはロイドさんとの戦闘訓練でも距離をとり、魔法で戦っていた。接近された状態になると降参していたため、ここまで戦えるとは思っていなかったのだ。
有利に戦闘を進めているようすを見て焦りはなくなり、心に少し余裕ができる。
頭を働かせ、今自分ができることを考えていく。
……アリシアのところに行くのはダメだ。足を怪我してまともに動けない俺が行ったら邪魔になる。ヴァルドウォルフは手負いの俺を狙うだろうし、アリシアはきっと守ろうとするだろう。
そうなるぐらいなら、ここから援護したほうがいい。けど、少し距離がある。石や剣を投げても当たるとは思えないし、そうなると……やっぱり魔法だろうか?
俺の魔法は威力が低い。この距離からだとダメージを与えることはできないだろう。牽制にはなるかもしれないが、そのあと俺が狙われたら結局アリシアの邪魔になってしまう。
……まてよ、俺を狙って来るのが一匹だけならばいけるかもしれない。賭けにちかいがうまくいけば一匹は倒せる。アリシアもあの調子なら一対一になれば問題ないはずだ。
戦闘に目を向けながら準備を始める。使う魔法は三つだ。
一つ目の魔法。属性は炎、型はボール、威力はできるだけ高くして可能な限り圧縮。速度はなしで、効果は爆発。
見つかりにくいように地面ギリギリの位置、そして小声で魔法を発動させる。
「……ファイアボール・バースト」
二つ目、少し後ろに移動して、急いで魔力を集める。
属性は雷、型はアロー、速度重視で威力は小さくてもいい。効果は衝撃。
狙いはアリシアから離れているほうだ。今度は聞こえるように大声で魔法を放つ。
「サンダーアロー・インパクト!」
力を込めた言葉とともに雷の矢はまっすぐヴァルドウォルフに向かっていく。そして、大声を出した甲斐あってかヴァルドウォルフは魔法に気づいてくれたようだ。
かなりの速度の魔法だったはずだが、簡単に躱される。それでも目的は達成しているため問題はない。
「ツカサ様!?」
「大丈夫だ! 信じて!」
詳しく説明している時間はなかった。すぐに次の魔法の準備に取り掛かる。集中し、左手に魔力を集めていく。同時に右手は回復薬の空き瓶を握りしめる。
むこうからすれば、足から血を流し、辛そうに立っている俺の姿が見えているだろう。
……来た!
魔法を避けたほうが予想どおり、俺に狙いを変えて走ってくる。もう一匹は来ないようにアリシアに頼む。
「アリシア! 一匹は任せてくれ! もう片方は頼む!」
「わかりました! すぐに終わらせます!」
アリシアからは頼もしい返事が返ってきた。だが、俺のほうもすぐに終わらせる予定だ。
三つ目の魔法は炎の盾だ。威力は最大で速度はなし、効果は衝撃で構築していく。
ヴァルドウォルフとの距離はすでに半分をきっている。
けど、もうちょっと…………あともう少し……今だ!
右手に持っていた瓶を投げつける。
それはヴァルドウォルフが一つ目の魔法、速度なしで動かない炎の球に気づいて跳んだところだった。
瓶は低い弾道で飛んでいく。そしてそのまま、跳んでいるヴァルドウォルフの下を通過すると炎の球へと直撃した。
炎の球が爆発し、その爆風で空中にいるヴァルドウォルフがこちらに吹き飛んでくる。
「ファイアシールド・インパクト!」
準備していた魔法を発動させると、目の前に赤い半透明の四角い板のようなものが現れる。
炎の盾はヴァルドウォルフと衝突するとガラスのように砕け、消えていく。
その魔法が消えていくのを見ながらも急いで剣を手に取り振りかぶる。
爆風の影響か、それとも炎の盾の衝撃が効いているのか、目の前の地面へと落ちたヴァルドウォルフに動きはない。
そのことに戸惑いも躊躇もせず、まるで導かれるように剣を振り下ろす。
「ギャッ?!」
小さな悲鳴が聞こえると、ヴァルドウォルフの首からは夥しいほどの血が流れだす。完全に切断することはできなかったが、骨を断ち、首なかばまで切り裂いている。おそらく即死のはずだ。
「ツカサ様! 大丈夫ですか!?」
声のほうへ視線を向けると、アリシアが駆け寄ってきていた。どうやら言葉どおり本当にすぐ終わらせたようだ。
アリシアのほうは……怪我はしてないみたいだ。よかった……
「なんとか勝てたよ……」
「ツカサ様、足が! 今、治しますから!」
「回復薬をかけたから大丈夫だよ。血は止まっている」
「大丈夫じゃないですよ! 血、止まってないです。傷口開いてますよ!」
……気づかなかった。いつの間にか傷口が開いていたらしい。どおりで痛みが引かないわけだ。
傷はたしかに酷いが、死ぬようなことはないだろう。治療よりロイドさんの安否が心配だった。
「アリシア、俺の治療は後でいい。それよりロイドさんのようすを見てきてほしい」
「でも! これは……」
「頼む」
アリシアは葛藤しているようだが、俺も引く気はない。そしてそれを察したのか、アリシアは諦めたような表情となる。
「うー、わかりました! でも、回復薬は置いていきますから血が止まるまでは動かないでください」
「わかった。ごめん」
「戻ってきたらすぐ魔法かけますからね!」
俺とアリシアの二人で四匹。いや、最初に仕留めたやつは動いてなかったし、実質は三匹か。それに対してロイドさんのほうは大型を含めて四匹。
勝算はあるようだったし、ロイドさんが強いのも知ってる。しかし実際にヴァルドウォルフと戦った後だと心配になってしまう。
もらった回復薬をかけながら、走っていくアリシアの背中を眺めていた。すると走っていたはずが、徐々に速度を落とし、最後には歩きに変わっていく。
疑問に思いながらも、念のために警戒を強めて注視する。
もう歩いてもいない、完全に止まっていた。そして、手を振りはじめている。
アリシアが横へずれると、その先には遠くからロイドさんの姿が見えた。心配をよそにロイドさんのほうも終わっていたようだ。
戦闘の終わりを認識したせいか、一気に疲れが押し寄せてくる。
「ちょっと……疲れたな……」
二人のもとへ向かおうとしたが、怪我の痛みが強くて歩くのは厳しい。先ほどのアリシアの言葉を思い出し、おとなしく待つことにする。
「今、魔法かけますからね。座って待っててください」
走って戻って来てくれたアリシアに魔法をかけてもらい、しばらくするとロイドさんとも合流する。
……すごいな。四匹を相手にして、ほとんど怪我がない。怪我もかすり傷だけ。さすがにまだまだレベルが違うみたいだ。
「大丈夫か? 思ったよりひどくやられたな」
「すみません……」
「あぁ、すまん。別に責めてるわけじゃないんだ。俺だって怪我はするからな。勝って、生きてるならそれで充分だ。俺も疲れたし、動けるようになるまで休憩にするか」
そう言うとロイドさんは短剣の手入れをはじめた。あれは最初に頭を刺した短剣だろうか? 血がべっとりとついている。
……血……ヴァルドウォルフ……殺した? 俺が? 頭が……痛い!
突然の頭痛に頭を押さえる。
……頭が割れそうだ……気持ち悪い……
「ツカサ様! どうしました!」
「ツカサ!? 頭を押さえてる? 嬢ちゃん! 足じゃなくて頭部に回復魔法だ!」
「はい!」
……痛みが引いていく。今のはなんだったんだろう?
「ありがとう。もう大丈夫」
「ほんとに大丈夫ですか? 一応もう少し魔法はかけさせてくださいね」
「意識ははっきりしてるか? 戦闘中に頭をぶつけたとか、魔法を使いすぎたとかなんか心当たりあるか?」
「心配かけてすみません。……たぶんですけど、両方とも心当たりがあります」
そういえば、ヴァルドウォルフに押し倒されたときに頭を打ったような気もする。
魔法については今日のように短時間で連続で使ったことはなかった。きっとそのせいだろう。
「原因がわかってるなら大丈夫だろう。あとは村に戻って飯食って寝るだけだしな」
「ご飯……そういえば、お昼は食べ損ねてました……」
「あー、嬢ちゃん、とりあえず帰るまでは携帯食料で我慢してくれ。で、ツカサのほうは調子どうだ?」
「はい、頭痛はなくなりました。足のほうは少し痛みますけど、歩く分には問題ないです」
「よし! じゃあ、のんびり戻るか」
最初に魔物と戦ったときもそうだったけど、毎回怪我をしている気がする。次は魔族のところに行く予定だし、もっと修業しないとな。
二回目の魔物との戦闘は反省点もあるが、よかった点もあった。
よかったのは魔法だ。実戦で使うのは初めてだったが、うまく使えた気がする。ただ、アリシアに比べるとまだまだなので、まずは術式で他の効果も扱えるように練習しようと思う。
反省すべき点は戦闘中に考え込んでしまい、動きを止めてしまったことだ。しかも、動きを止めてまで考えていたはずなのに、何も覚えていない。
……たまにだけど、何かを忘れ、思い出せないことがある。こっちの世界に来てからだ。カルミナなら何かわかるだろうか? 今度相談してみたほうがいいかもな。
二人の後ろを歩きながら、そんなことを考える。勝利したというのに素直に喜べない。反省点、そして何より違和感を覚える戦いであった。
ヴァルドウォルフたちがロイドさんのもとにたどり着く。
その数は五匹。ただ通常個体は全部七匹いるはずである。残りが来ていないのが気になるものの、今は目を離すわけにはいかない。
五匹のうち三匹が、走る勢いそのままにロイドさんに跳びかかっていく。
残る二匹はその場で止まり、唸り声を上げはじめた。
対するロイドさんは二振りの短剣を構え、落ち着いたようすでヴァルドウォルフたちを迎撃していく。
右の短剣を一瞬で逆手に持ち変え、足に噛みつこうとしていたやつの頭を上から突き刺す。
左の短剣は腕を狙っていた個体を下から刺そうとしたが、そいつには身をよじって躱されてしまう。
短剣を躱したヴァルドウォルフは狙いを変えたようだ。手に噛みつこうとしている。だが、ロイドさんは短剣を噛ませてそれを防ぐ。そして、そのまま上へ振りぬき、短剣ごと上へ投げ飛ばした。
向かってきた最後の三匹目はすでに首へと跳んできている。
この三匹、少しの間があったとはいえ、ほぼ同時に襲い掛かってきていた。そのため、両手はすでに使ってしまい三匹目には対応できそうにない。
危ないと思い、飛び出そうとしたとき、ロイドさんの体が倒れていくのが見えた。
首への噛みつきをくらったわけではない。ロイドさんは後ろへ倒れるようにして三匹目の攻撃をかわしていた。
それだけではなく、サッカーのオーバーヘッドキックをするかのように三匹目をこちらへと蹴り飛ばしてくる。
ロイドさんは蹴りと同時に左手を地面につけており、腕一本で体を回転させると体勢を整えていく。さらに回転に合わせ、右手で何かを投げたようにも見えた。
何かの正体はナイフであり、先ほど唸り声を上げていた二匹の正面に突き刺さっている。ただ、二匹の位置は先ほどより前進していた。隙と見て距離を詰めようとしていたのだろう。俺は気づきもしなかったが、ロイドさんは気づき、ナイフの牽制により二匹を止めたようだ。
二匹が牽制され動きを止めている間に、短剣ごと上に投げられた個体が落ちてくる。
ロイドさんは少し前に出ると、回し蹴りで落ちてきていた個体をこちらに吹き飛ばした。そして、そのまま大型のほうへ走り出す。
その瞬間、俺は茂みから飛び出した。
最初にこっちに飛ばされてきたやつは起き上がっている。二番目に飛ばされてきた個体はダメージが大きいのか倒れたままだ。
とどめを刺すために倒れているほうに向かって走る。
「ライトボール・アンプリファイ!」
アリシアが魔法を放ったようだ。
俺は事前の打ち合わせとおりに顔を下に向け、片目を閉じる。
直後に白い光があたりに広がり、視界が白く染まっていく。
ヴァルドウォルフたちの悲鳴が聞こえてくる。
どうやらまともに光を見たらしい。
光が引いても目は眩んだままだ。
光を浴びた目を閉じ、先ほど閉じていた目を開ける。
正面にはいまだに倒れているヴァルドウォルフが見えた。
剣を突き刺す。
小さく体が震えると動かなくなる。心臓を一突きされたヴォルドウォルフは口からも血を流し、目からは光が消えていく。
……思ったよりも冷静だ。俺は、こんなに淡々と命を奪えるのか? いや、そんなことは……アッフェデーモンのときはどうだっただろうか? ……思い出せない?
「イクスパンドマジック! ライトアロー・デュプリケート・インパクト!」
……声が聞こえた。アリシアの声だ。そうだ、今は考え事をしてる場合じゃない。戦わないと。
アリシアの魔法を目で追う。。
二本の光の矢が、ロイドさんに足止めされた二匹にそれぞれ向かっている。そして、光の矢を追従するようにアリシアは走っていた。
まずい! このままでは後衛のアリシアが二匹を相手にすることになる。
この動きは予定外だ。いや、そもそも俺が動きを止めたことが予定外だったはず。アリシアはあの二匹が俺のほうに行かないようにわざと前にでたんだ。
アリシアの元へと走る。
大丈夫、充分追いつける距離だ。それにアリシアは以前、接近戦もできると言っていた。だから大丈夫だ。
自分に言い聞かせながら走っていると、いきなり左へ跳ぶ。体が勝手に動いたのだ。元居た場所を見るとヴァルドウォルフがこちらを睨み、唸り声を上げていた。
……忘れていた。あれは最初に飛ばされてきたやつだ。目も回復したらしい。
クソっ! 早く行かないといけないのに……無視して行くか? いや、ダメだ、追いつかれる。……焦るな、落ち着け。まずはこいつを片付けよう。
よく見ると、こいつは口から血を流している。ロイドさんの蹴りが効いているようだ。
すぐに対応できるように剣先を下にした構えをとり、少しずつ近づいていく。対してヴァルドウォルフは、俺を中心に円を描くように動いている。後ろをとろうとしているのかもしれない。
ヴァルドウォルフがいきなり走り出す。ただ、向かう方向はこちらではない。
俺に向かってこない? 何を考えてるんだ……向かう先にあるのは木? まさか!
そのまま速度を落とさず、木を駆け上がる。さらに、そこから枝を伝うとこちらに跳びかかってきた。
急いで剣を上げて防御するが、踏ん張りがきかずに押し倒される。
剣は噛まれて動かせない。自由に動かせるのは、倒れたときに剣から離してしまった左手だけだ。
左手で胴体を殴りつける。すると同じタイミングで、爪での攻撃がきた。とっさに顔を背けたが、躱しきれない。こめかみから血が流れているのを感じる。
俺の攻撃はあたったが、吹き飛ばすほどの威力はなく、ヴァルドウォルフの口から剣が外れただけだった。
ヴァルドウォルフと距離をとるため剣を振る。
跳び引かせることができたが、位置が悪い。足元に着地している。
このままだと足に噛みつかれる! だったら!
左足はそのままで、右足のほうをできるだけ高く上げる。
ヴァルドウォルフの牙が想定どおり左の足に食い込む。
いっ!? くっ……けど、これで!
痛みを堪えて、右足を全力で振り下ろす。
かかとがヴァルドウォルフの頭をとらえた。
ヴァルドウォルフは悲鳴を上げると、噛みついていた足を離してフラフラと下がっていく。数歩下がったところで倒れると、口から泡を吹き、痙攣しはじめた。いまだ動いているものの、もう起き上がることはないだろう。
……今の感触なら骨は砕いたはずだ。
警戒しながら体を起こすと、頭のへこんだヴァルドウォルフが見える。このままでも先は長くはないだろう。そう思ったものの、念のために止めを刺しておく。直感なのか、何故かそうしなければいけないような気がしたのだ。
一度大きく息を吐くと、回復薬を足にかける。
思ったよりも傷が大きく、かなり痛い。傷口が脈を打っているようにも感じる。
回復薬は、飲めば体全体を回復してくれるが、効果は弱い。傷口に直接かければ回復はかかったところだけになるが、効果は少し高くなる。そのため、今は少しでも治すために直接足に回復薬をかけていた。
手を止めずにアリシアのほうへ視線を向ける。怪我はしていないようだ。というよりも押しているように見える。
アリシアはヴァルドウォルフの噛みつきに対して杖で防御し、カウンターで蹴りを繰り出す。もう一匹が後ろから跳びかかるが、見えているかのように体を傾けて躱していく。
接近戦もできるとは聞いていたが、見るのは初めてだった。
アリシアはロイドさんとの戦闘訓練でも距離をとり、魔法で戦っていた。接近された状態になると降参していたため、ここまで戦えるとは思っていなかったのだ。
有利に戦闘を進めているようすを見て焦りはなくなり、心に少し余裕ができる。
頭を働かせ、今自分ができることを考えていく。
……アリシアのところに行くのはダメだ。足を怪我してまともに動けない俺が行ったら邪魔になる。ヴァルドウォルフは手負いの俺を狙うだろうし、アリシアはきっと守ろうとするだろう。
そうなるぐらいなら、ここから援護したほうがいい。けど、少し距離がある。石や剣を投げても当たるとは思えないし、そうなると……やっぱり魔法だろうか?
俺の魔法は威力が低い。この距離からだとダメージを与えることはできないだろう。牽制にはなるかもしれないが、そのあと俺が狙われたら結局アリシアの邪魔になってしまう。
……まてよ、俺を狙って来るのが一匹だけならばいけるかもしれない。賭けにちかいがうまくいけば一匹は倒せる。アリシアもあの調子なら一対一になれば問題ないはずだ。
戦闘に目を向けながら準備を始める。使う魔法は三つだ。
一つ目の魔法。属性は炎、型はボール、威力はできるだけ高くして可能な限り圧縮。速度はなしで、効果は爆発。
見つかりにくいように地面ギリギリの位置、そして小声で魔法を発動させる。
「……ファイアボール・バースト」
二つ目、少し後ろに移動して、急いで魔力を集める。
属性は雷、型はアロー、速度重視で威力は小さくてもいい。効果は衝撃。
狙いはアリシアから離れているほうだ。今度は聞こえるように大声で魔法を放つ。
「サンダーアロー・インパクト!」
力を込めた言葉とともに雷の矢はまっすぐヴァルドウォルフに向かっていく。そして、大声を出した甲斐あってかヴァルドウォルフは魔法に気づいてくれたようだ。
かなりの速度の魔法だったはずだが、簡単に躱される。それでも目的は達成しているため問題はない。
「ツカサ様!?」
「大丈夫だ! 信じて!」
詳しく説明している時間はなかった。すぐに次の魔法の準備に取り掛かる。集中し、左手に魔力を集めていく。同時に右手は回復薬の空き瓶を握りしめる。
むこうからすれば、足から血を流し、辛そうに立っている俺の姿が見えているだろう。
……来た!
魔法を避けたほうが予想どおり、俺に狙いを変えて走ってくる。もう一匹は来ないようにアリシアに頼む。
「アリシア! 一匹は任せてくれ! もう片方は頼む!」
「わかりました! すぐに終わらせます!」
アリシアからは頼もしい返事が返ってきた。だが、俺のほうもすぐに終わらせる予定だ。
三つ目の魔法は炎の盾だ。威力は最大で速度はなし、効果は衝撃で構築していく。
ヴァルドウォルフとの距離はすでに半分をきっている。
けど、もうちょっと…………あともう少し……今だ!
右手に持っていた瓶を投げつける。
それはヴァルドウォルフが一つ目の魔法、速度なしで動かない炎の球に気づいて跳んだところだった。
瓶は低い弾道で飛んでいく。そしてそのまま、跳んでいるヴァルドウォルフの下を通過すると炎の球へと直撃した。
炎の球が爆発し、その爆風で空中にいるヴァルドウォルフがこちらに吹き飛んでくる。
「ファイアシールド・インパクト!」
準備していた魔法を発動させると、目の前に赤い半透明の四角い板のようなものが現れる。
炎の盾はヴァルドウォルフと衝突するとガラスのように砕け、消えていく。
その魔法が消えていくのを見ながらも急いで剣を手に取り振りかぶる。
爆風の影響か、それとも炎の盾の衝撃が効いているのか、目の前の地面へと落ちたヴァルドウォルフに動きはない。
そのことに戸惑いも躊躇もせず、まるで導かれるように剣を振り下ろす。
「ギャッ?!」
小さな悲鳴が聞こえると、ヴァルドウォルフの首からは夥しいほどの血が流れだす。完全に切断することはできなかったが、骨を断ち、首なかばまで切り裂いている。おそらく即死のはずだ。
「ツカサ様! 大丈夫ですか!?」
声のほうへ視線を向けると、アリシアが駆け寄ってきていた。どうやら言葉どおり本当にすぐ終わらせたようだ。
アリシアのほうは……怪我はしてないみたいだ。よかった……
「なんとか勝てたよ……」
「ツカサ様、足が! 今、治しますから!」
「回復薬をかけたから大丈夫だよ。血は止まっている」
「大丈夫じゃないですよ! 血、止まってないです。傷口開いてますよ!」
……気づかなかった。いつの間にか傷口が開いていたらしい。どおりで痛みが引かないわけだ。
傷はたしかに酷いが、死ぬようなことはないだろう。治療よりロイドさんの安否が心配だった。
「アリシア、俺の治療は後でいい。それよりロイドさんのようすを見てきてほしい」
「でも! これは……」
「頼む」
アリシアは葛藤しているようだが、俺も引く気はない。そしてそれを察したのか、アリシアは諦めたような表情となる。
「うー、わかりました! でも、回復薬は置いていきますから血が止まるまでは動かないでください」
「わかった。ごめん」
「戻ってきたらすぐ魔法かけますからね!」
俺とアリシアの二人で四匹。いや、最初に仕留めたやつは動いてなかったし、実質は三匹か。それに対してロイドさんのほうは大型を含めて四匹。
勝算はあるようだったし、ロイドさんが強いのも知ってる。しかし実際にヴァルドウォルフと戦った後だと心配になってしまう。
もらった回復薬をかけながら、走っていくアリシアの背中を眺めていた。すると走っていたはずが、徐々に速度を落とし、最後には歩きに変わっていく。
疑問に思いながらも、念のために警戒を強めて注視する。
もう歩いてもいない、完全に止まっていた。そして、手を振りはじめている。
アリシアが横へずれると、その先には遠くからロイドさんの姿が見えた。心配をよそにロイドさんのほうも終わっていたようだ。
戦闘の終わりを認識したせいか、一気に疲れが押し寄せてくる。
「ちょっと……疲れたな……」
二人のもとへ向かおうとしたが、怪我の痛みが強くて歩くのは厳しい。先ほどのアリシアの言葉を思い出し、おとなしく待つことにする。
「今、魔法かけますからね。座って待っててください」
走って戻って来てくれたアリシアに魔法をかけてもらい、しばらくするとロイドさんとも合流する。
……すごいな。四匹を相手にして、ほとんど怪我がない。怪我もかすり傷だけ。さすがにまだまだレベルが違うみたいだ。
「大丈夫か? 思ったよりひどくやられたな」
「すみません……」
「あぁ、すまん。別に責めてるわけじゃないんだ。俺だって怪我はするからな。勝って、生きてるならそれで充分だ。俺も疲れたし、動けるようになるまで休憩にするか」
そう言うとロイドさんは短剣の手入れをはじめた。あれは最初に頭を刺した短剣だろうか? 血がべっとりとついている。
……血……ヴァルドウォルフ……殺した? 俺が? 頭が……痛い!
突然の頭痛に頭を押さえる。
……頭が割れそうだ……気持ち悪い……
「ツカサ様! どうしました!」
「ツカサ!? 頭を押さえてる? 嬢ちゃん! 足じゃなくて頭部に回復魔法だ!」
「はい!」
……痛みが引いていく。今のはなんだったんだろう?
「ありがとう。もう大丈夫」
「ほんとに大丈夫ですか? 一応もう少し魔法はかけさせてくださいね」
「意識ははっきりしてるか? 戦闘中に頭をぶつけたとか、魔法を使いすぎたとかなんか心当たりあるか?」
「心配かけてすみません。……たぶんですけど、両方とも心当たりがあります」
そういえば、ヴァルドウォルフに押し倒されたときに頭を打ったような気もする。
魔法については今日のように短時間で連続で使ったことはなかった。きっとそのせいだろう。
「原因がわかってるなら大丈夫だろう。あとは村に戻って飯食って寝るだけだしな」
「ご飯……そういえば、お昼は食べ損ねてました……」
「あー、嬢ちゃん、とりあえず帰るまでは携帯食料で我慢してくれ。で、ツカサのほうは調子どうだ?」
「はい、頭痛はなくなりました。足のほうは少し痛みますけど、歩く分には問題ないです」
「よし! じゃあ、のんびり戻るか」
最初に魔物と戦ったときもそうだったけど、毎回怪我をしている気がする。次は魔族のところに行く予定だし、もっと修業しないとな。
二回目の魔物との戦闘は反省点もあるが、よかった点もあった。
よかったのは魔法だ。実戦で使うのは初めてだったが、うまく使えた気がする。ただ、アリシアに比べるとまだまだなので、まずは術式で他の効果も扱えるように練習しようと思う。
反省すべき点は戦闘中に考え込んでしまい、動きを止めてしまったことだ。しかも、動きを止めてまで考えていたはずなのに、何も覚えていない。
……たまにだけど、何かを忘れ、思い出せないことがある。こっちの世界に来てからだ。カルミナなら何かわかるだろうか? 今度相談してみたほうがいいかもな。
二人の後ろを歩きながら、そんなことを考える。勝利したというのに素直に喜べない。反省点、そして何より違和感を覚える戦いであった。
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