青年は勇者となり、世界を救う

銀鮭

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第二章

第十八話 試合

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 目覚めてから二日後、俺は訓練場でロイドさんと対峙していた。
 この試合の結果で魔族との戦いに加わることができるかが決まる。

 今、訓練場にはアリシアを含めて四人しかいない。突然使えるようになった魔法のことを女神からの啓示で呪文が伝えられたと説明し、念のため人払いをしてもらったためだ。
 ちなみにエランはここにはいないが、一度魔法を見せているのでブークリエ将軍立会いの下、同じ説明をしている。


「審判は私、ロシュ・ブークリエが公平に行うことを誓おう。試合終了の条件は私かロイドがツカサ君の強さを認めること、もしくはツカサ君が戦闘不能になるかのどちらかとなる。異論がなければ早速はじめよう」

「俺はいつでもいいぜ」

「異論はありません。よろしくお願いします」


 ロイドさんは二振りの短剣を抜いているが、構えはとっていない。自然体で立っているだけのように見える。


 ……まずは、独自魔法を使わないでどこまでできるかやってみよう。


 俺とロイドさんを比べると素早さで圧倒的にロイドさんが上だ。力も微かにではあるが負けている。魔法においてはロイドさんが使っているのを見たことがないため不明。唯一、互角かそれ以上だと思うのはとっさの反射行動ぐらいだろう。それもカルミナに貰った力であり、自分の実力とは言い難いが。

 深呼吸をして、試合開始の合図を待つ。


「それでは……はじめ!」


 ロイドさんは動かない。俺の力を見るための試合だだ。おそらくこちらから攻めるのを待っているんだろう。

 あとのことを考えると、あまり魔法は使えない。まずは小細工はなしで正面から剣で仕掛けることにする。

 考えをまとめるとロイドさんに向かって走り出す。
 短剣では届かない距離で足を止め、こちらの攻撃のみが届く間合いで剣を振っていく。

 上から下、右から左、その逆と何度も剣を振るうが、すべて片方の短剣だけで防がれてしまう。


 剣速は以前より上がってるはずだけど、さすがに正面からは難しいか……


「どうした? そんなもんじゃないだろう?」


 ロイドさんは右手の短剣で、俺の剣を外へと受け流していく。同時にその短剣を軸にするように体を半回転させ、一気に近づいてきた。

 嫌な予感がして、とっさに流されていく剣のほうへ飛び込む。
 その直後には鋭い風切り音が耳に入ってきた。

 受け身をとり、バックステップで距離をとる。追撃はこない。ようすを見ているようだ。


 ……危なかった。見えなかったけど、回転したときに左手の短剣がきてたみたいだ。やっぱり、強いな。まだ、素の力じゃかないそうにない。……あの魔法を使おう。


 魔族のときはエランの魔法に隠れて発動し、一気に距離を詰めることで隙をついた。
 今回は正面から、しかも警戒された状態だ。あのときほど上手くいかないと思ってたほうがいいだろう。

 構え解き、体の中心に魔力を集めていく。
 ロイドさんはそんな俺を見て、魔法を使うと判断したようだ。先ほどよりも警戒し、今度は短剣を構えている。


「……炎よ、神の力にて変化せよ。理を超え、時間へと変われ。時より力を……サクリファイス・タイム!」


 頭痛とともに世界が変わっていく。すべてがゆっくりと動く世界だ。
 周りを見る。ふいにアリシアの顔が見えた。表情がゆっくりと変わっていっている。どんな表情になるのか興味はあるが、時間もない。視線をロイドさんに戻す。

 最初と同じようにロイドさんの正面へと向かって走る。ただし、速度は最初とは違う。倍以上の速さで距離を詰めていく。

 間合いに入ると足を止め、先ほどと同じように剣を振り上げる。

 俺が剣を振り下ろす前に、ロイドさんはすでに防御の形を完成させていた。
 今の速度なら見てから追いつけるとは思えない。この攻撃は予測されていたようだ。


 なるほど……ロイドさんは体の動きが速いだけじゃなくて、先読みも優れているのか。


 振り下ろした剣は二振りの短剣をハサミのように交差させて受け止められる。
 弾くことができると予想したが、うまく防御されてしまった。ただ、振り下ろしの威力は高かったようで、腕は硬直しているようにも見える。

 続けて、右から剣を振るう。
 短剣は交差が解かれたところだ。防御は間に合わないだろう。

 剣の切っ先が胴をとらえる。はずだった。剣はギリギリ届いていない。届かなった剣は空を裂き、空振りをしてしまう。


 いつの間に後ろに跳んでたんだ? タイミングとしては振り下ろしを受けた直後だろうか? まあ、いい……次で仕留めよう。


 空振りした剣を強引に力で止め、手首を返す。続けて一歩踏み出しながら、左から右へと剣を薙ぎ払う。

 ロイドさんはまだ空中に浮いている。避けるのは不可能。そして生半可な防御では受けきれないはずだ。


 さあ、どうする?


 薙ぎ払いの軌道上に右の短剣が置かれる。これは強引に弾き飛ばせるため、問題ない。問題があるのはロイドさんの右足である。


 空中で蹴り上げてくるとは……狙いは腕か。薙ぎ払いより蹴りのほうが早い? いや、同じぐらいか? これは、どうするべきだ?


 悩みはじめると同時に頭痛が酷くなる。ゆっくりとした時間が流れているのに答えが出せず、そのまま状況は進んでしまう。

 蹴りが腕に当たり、剣の軌道は上へと逸れていく。
 ロイドさんは空中で蹴り上げた影響で体が回転していた。そのせいで上へと逸れた軌道の薙ぎ払いでは、頭にも胴体にもあたりそうにない。

 結果、薙ぎ払いは空振りしてしまう。しかも剣を振り切り、体も流れてしまっている。
 ロイドさんは背中から地面に落ちたようだが、最悪なことに落ちる前に左の短剣を投げ放っていた。

 短剣はまっすぐ顔に向かってきている。
 体勢は悪いがこのスピードなら避けるのは簡単だ。ただ、避けるせいで追撃にワンテンポ遅れてしまうだろう。

 先に回避行動をとり、短剣の軌道上から体をずらす。ロイドさんはまだ立ち上がっていない。背中を地面につけた状態のままだ。

 追撃は剣より蹴りのほうが早い。そう判断し、不完全な態勢ながら蹴りを放つ。

 蹴りを受けたロイドさんは凄まじい勢いで吹き飛んでいく。
 手ごたえからして、腕で防御されたようだ。骨を砕く感触はなかったから、残念なことに折れてはいないと思う。

 壁に衝突すると崩れ落ちるように倒れたが、腕をついて立ち上がろうとしている。意識はあるようだ。

 立ち上がる前に頭を踏みつぶそうと思い、走りはじめる。
 走っているとロイドさんが顔を上げ、ふいに目が合う。


 ……吹き飛ばしすぎたか? 先に起き上がってきそうだな。ギリギリ間に合いそうにない。そういえば、魔族のときも似たような失敗をした。少し遅れても剣なら殺せてたかもしれな……い……?

 違う! これは殺し合いじゃない!


 足で急ブレーキをかけるように速度を落とし、地面を削りながらなんとか止まる。


 危なかった……やっぱり、この魔法は危険だ。殺すことで頭がいっぱいになる。一度、落ち着かないと。


 荒くなっていた呼吸を整える。
 ロイドさんは今の間に立ち上がったようだ。もう、ロイドさんを見ても攻撃しようと思わない。一度気づけば大丈夫なのだろうか。そうであると信じたい。

 心のほうは落ち着きを取り戻したものの、頭痛は酷くなってきていた。


 ……もう、解除したほうがいいかもしれない。力も見せたと思う。


 力を抜き、魔法を解除すると、ブークリエ将軍の声が聞こえてきた。


「そこまで! 試合終了だ!」

「あー、こりゃいてぇな。 おやっさん、回復薬を頼んます」


 ブークリエ将軍がロイドさんに近づいていくのを見ながら、座り込む。


 前よりはましだけど、やっぱり痛い……でも、体より頭痛のほうがどんどん酷くなってる気がする……


 座ってるのも耐えられなくなり、横になってしまう。
 頭痛は頭がハンマーで殴られているような感覚だった。殴られたような衝撃と同時に重く低い金属音が頭に鳴り響いている。


 ……頭が割れそうだ……


「ツカサ様! 大丈夫ですか!」


 アリシアの声が聞こえた。しかし、声を出すのもつらくて答えられない。
 頭痛を耐えていると少しずつ痛みが和らいでいく。回復魔法をかけてくれているようだ。


「ごめん。ありがとう」

「ツカサ様、この魔法……いえ、もう少しそのままでいてくださいね」


 しばらくして頭痛が消えたころにロイドさんたちがやってきた。


「よお、大丈夫か?」

「はい、もう平気です。ロイドさんのほうはどうですか?」

「俺も大丈夫だ。しかし、自信があっただけのことはあるな。最初から警戒してなきゃ、すぐやられてたぜ。まあ、問題もあるみたいだけどな」


 試合の結果、ロイドさんとブークリエ将軍には強さを認めてもらうことができた。
 あの魔法については要相談で、使いどころを決めておこうという話になったのだが。


「ダメです! 私は反対します! あの魔法、確かにすごい力でしたけどおかしいです。……いくらなんでも負荷が大きすぎます」

「あー、たしかに使い終わったあときつそうだったな。女神様はなんか言ってないのか?」

「カル……女神様は使用は一日一回だけと、あと……この魔法はもともとは先代勇者様の独自魔法だとも言ってました」

「先代勇者様の独自魔法……ツカサが勇者だとはいえ、他人が独自魔法を使えるとはな」

「他人の独自魔法……つまり、ツカサ様は女神様の力で本来は使えないはずの魔法を使ってるってことですよね。……今はまだ大丈夫でも、いつか何らかの支障がでる可能性があります。……使わないほうがいいです……」


 アリシアが俺の体を心配してくれてるのは嬉しいが、今はこの魔法がないと戦いについていけない。言葉を重ねて、説得を続ける。


 ……でも、あまり使わない方がいいっていうのはそのとおりだな。体にかかる負荷はともかく、あの頭痛は少し危険な気がする。


 最終的にはアリシアが折れてくれたが、条件をつけられてしまった。
 条件は頭痛がはじまったら、魔法を解除することだ。

 その条件を言われたとき、魔法が発動したときから頭痛がしている。とは言うことができなかった。言えば禁止にされていただろう。必要な魔法ではあるのでとりあえず気を付けて使うようにし、頭痛の問題は心の内にしまっておくことにした。


「さて、次は嬢ちゃんの番だが、準備はいいか?」

「私は大丈夫ですけど、ロイドさんは疲れてるんじゃ……」

「怪我は回復薬で治ってる。さっきの試合は長くは戦ってないしな。体力も問題ない」

「わかりました。じゃあ、お願いします。一定時間避ければいいんですよね?」

「ああ、狙われたときに味方が来るまで粘るのが目標だ。それぐらいの時間を一人でも稼いでほしい。あとはそうだな、反撃できるようならしてもいいからな」


 アリシアとロイドさんが距離をとって、向かい合う。アリシアは杖、ロイドさんは弓を装備している。
 弓を装備してるのは、魔族との戦闘を想定してるからだろう。ロイドさんの弓は訓練では相手にしたことないけど、狩りの腕前からしても相当なものだと思う。


「それでは……はじめ!」


 俺のときと同じようにブークリエ将軍の合図で試合がはじまった。
 ロイドさんは弓に矢をつがえながら、バックステップで距離をあけていく。

 魔法と弓では、弓のほうが早く攻撃できる。
 実際、ロイドさんの一方的な攻撃が続いていた。アリシアは回避と杖で防いでいるが、魔法を使う時間はなさそうだ。

 あの魔族は連続で二射、三射と矢を放っていたが、ロイドさんも同様に三射を連続で放っている。
 アリシアは今のところは回避できているが、避けたあとの硬直を狙われはじめた。だんだんと回避より杖でしのぐ回数が増えてきている。


 これは、すぐに追い込まれそうだ……ここからどうする? ん? ……あれは? 杖が白く光ってる? もしかして戦闘しながら魔法の構築をしてたのか?


 アリシアは以前、動きながら魔法を使うことは出来なくはないと言っていた。ただし、魔杖があるのが前提だ。加えて激しい動き、とくに戦闘中では出来ないのが訓練により分かっていた。発動だけなら俺もアリシアも移動しながらでもできたが、いつの間にか戦闘中でも魔法の構築ができるようになっていたらしい。


「ライトシールド・インパクト!」


 アリシアの魔法が発動する。
 魔力も充分に込めたようで、一本目、二本目では壊れず、三本目の矢を防いでもひびが入るだけで残っている。


「やるじゃねえか! ならこれはどうする! ウインドアロー・ペネトレイト!」


 ロイドさんが魔法!? しかも発動が早い!


 初めて見たロイドさんの魔法は魔力を集めるという工程を飛ばしたかのように早かった。おそらく弓を放ちながらも魔力を集めていたのだと思う。弓と魔法、どちらも集中力のいるはずだ。それを同時にできることに、俺は改めてロイドさんの実力の高さを感じていた。

 使った術式の効果はペネトレイト。貫通に特化した効果を持っている。すでにひびが入っている光の盾では防ぐことはできない。そのうえロイドさんはダメ押しとばかりに、魔法のあとにすぐに矢を三連射していた。今、アリシアには風の矢に続いて、三本の矢が飛んでいる。

 アリシアは魔法を使ったばかりであり、もう一度、魔法で光の盾を出すには時間が足りない。杖で防ぐにしても、魔法の矢も合わせて四本の矢を払いのけるのは相当難しいはずだ。残る選択肢は回避だけとなるが、すでにロイドさんは矢を追うように走り出している。回避すれば隙をつかれて負けてしまうだろう。


「リュウ―ル! お願い!」


 アリシアは杖を掲げて声を上げた。


 リュウ―ル? ……たしか、あの杖の名前だったはず。


 杖が白く輝く。すると、呼応しているのか光の盾も光を放ちはじめた。輝きを増した光の盾はひび割れていた箇所が修復されていく。

 瞬く間に修復された光の盾に風の矢が飛来する。魔法同士の衝突により甲高い音が発生するが、光の盾が壊れるような音はしない。再びひび割れているものの、壊れることなくロイドさんの風の矢を防ぎきっていた。続けて三本の矢が迫り、縦に突き刺さる。最後の矢を防ぐと光の盾は今度こそ壊れて消えていった。


「魔杖の力か! 発動した後の魔法も強化できるとはな。嬢ちゃんもやるじゃねえか。だったら次は……」

「そこまで!」

「おやっさん!?」

「終了だ。もともとアリシアさんの試合は時間稼ぎが目的だったはず。ならば既に目的は達しているだろう」


 たしかに試合を開始してからそれなりの時間が経過している。一人でこれだけ時間を稼げれば、狙われたとしても助けに入れるだろう。


「あー、そんなに戦ってたのか。わかった、合格だ」

「本当ですか! やった! ツカサ様見てましたかー!」


 アリシアは飛び跳ねて喜んでいる。
 まだまだ、元気そうだ。試合後に倒れた俺とはだいぶ違う。

 ともかく、これで二人とも魔族との戦いに参加できるようになった。
 このあと、魔族の拠点を攻めることになる。一息入れると、そのための作戦をロイドさんから説明してもらうのであった。
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