青年は勇者となり、世界を救う

銀鮭

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第四章

第四十九話 エクレールとバルドレッド

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 話し合いに使われている小屋を囲む反乱軍と正規軍。そのうちの正規軍の総大将であるバルドレッドは呆然としたようすを見せていた。その手には役目が終わり、静かに砕けていく送言の魔晶石が握り締められている。


「……ゼルランディスじゃと? あやつは死んだはず……生きてた? いったいどうやって……」

「おい、将軍! 呆けるのはあとにしろ! 魔道具で連絡が来たってことはツカサは操られてる可能性が高いんだぞ!」

「う、うむ。そうじゃな。ツカサくんを助けなければ。それに状況から考えれば、反乱軍の代表ゼルランディスはまだあの中にいるはずじゃ。……二手に分かれるぞ。わしがゼルランディスを捕える」

「じゃあ、あたしがツカサの確保だな。最初に一発かます。将軍はその隙をついてうまく分断してくれ。あと回復薬も貰ってくぞ。ツカサには手加減はするが、怪我させないで止められるかはわかんないからな」


 エクレールとバルドレッドは兵士たちの前へ出ると別々に動き出す。バルドレッドは回り込むように動き、エクレールはまっすぐ小屋に向かっていく。

 すると小屋のほうにも変化が起きた。小屋から二人の人影が出てきたのだ。そのうちの一人はツカサであり、もう片方は赤いローブで顔こそ隠れているものの、新たに判明したゼルランディスという男のはずである。

 二人の姿を確認した瞬間、エクレールは魔法を発動し、その姿を消した。

 巨大な風船が割れたような乾いた音が響く。

 赤いローブの男が音に反応したとき、エクレールはすでに距離を詰め、その拳を振り上げていた。

 拳が突き刺さる。しかし、それは赤いローブの男にではない。ツカサが庇い、その両手でエクレールの拳を受けていた。


「エクレール!? くっ!! 勇者よ、お前が相手をしろ! 何なら始末してもいい!」

「ふん、できるもんならやってみな!」


 エクレールは言葉を発すると同時に距離をとる。平静を保ってはいるが、内心とても驚いていた。それはツカサがエクレールの動きに反応のしたためだ。話に聞いた独自魔法を発動させているというのはわかる。しかし実際に見ると、その速さは予想以上であった。

 ツカサがエクレールに向かって走り出す。

 その動きはやはり尋常ではない速度だった。エクレール自身も独自魔法を使い、活性化された状態だからこそ見えるものの、そうでなければ視認することすら難しかっただろう。

 エクレールはツカサの動きを確認しながらも、赤いローブの男から引き離すように後退をはじめる。速さはほぼ互角。付かず離れずで移動し、次第に元の位置からは大きく離れていく。

 突如、辺りに轟音が鳴り響き、地面が小さく揺れた。

 視線を向ければ、土の壁がせり上がっていくのが見える。壁は瞬時に高くなり、赤いローブの男の姿を隠していく。

 それは分断の成功だった。エクレールは、ほっと息をつこうとして止める。戦闘はまだこれからだ。それに出来るだけ傷つけないように倒さなくてはならない。そう思ったとき、近くから張り詰めた糸が千切れるような音が聞こえてきた。

 エクレールはその音を怪しみ、慌てて視線をツカサへと戻す。同じ速度で動いており、その距離は縮まっていないはずだった。しかし、予想とは裏腹にツカサの姿は目の前にある。それどころか、エクレールの視界にはナイフの先端が大きく映し出されていた。

 顔面にナイフが迫る。

 エクレールはとっさに体を逸らして躱す。しかし大きく体勢を崩し、追撃の拳は躱せそうにはない。

 顔面に衝撃が奔る。吹き飛び、勢いよく体が回転していく。

 立ち上がり、体勢を整えたころにはツカサの姿は消えていた。かすかな物音を頼りに振り向けば、小さなナイフを振りかぶった姿が目に入る。

 後ろへ下がると同時にその場に風の魔法を置いていく。

 エクレールは雷を纏ったままだ。同時に複数の魔法を使う場合、その使用魔力は通常よりも多くなる。そして一瞬で作られた風の魔法は魔力を集める時間もなく、必要最低限しか込められていない。当然威力は低く、小枝を軽く折る程度が精一杯の魔法であった。

 風の魔法は高速で移動するツカサの足元で小さく破裂するが、何の障害にもなっていない。痛みすら感じていないようである。しかし、エクレールは逃げながら似たような魔法を周囲にバラまいていく。

 追いかけっこは微かな時間でツカサに軍配が上がる。エクレールは魔法を使った分、わずかに速度が落ちていたためだ。その魔法も発動はするものの効果はなく、エクレールは迫るナイフを防ぐために腰の剣を抜く。

 当初は剣を抜くつもりはなく、素手による攻撃で気絶させるつもりだった。それは手加減という意味もあるが、短期間でここまで強くなっているとは思わなかったためである。エクレールはツカサの成長速度に舌を巻き、同時に嫌な予感も覚えていた。

 突き、薙ぎ、振り下ろし、連続で繰り出される攻撃をエクレールは剣で捌いていく。

 ツカサの攻撃は軽いナイフの割に重い。そして、ときおり不快な音が体から響いている。骨が折れるような音ではなく、何かが千切れるような音だ。その音が鳴ると、ツカサの体には青い痣が浮かび上がってくる。特に顕著なのは腕であり、エクレールからは一度も攻撃していないというのに痣だらけになっていた。

 エクレールはツカサが体の限界を超えて戦っていることに気づき、焦りはじめる。
 このまま戦いを続けのは危険であり、強引にでも戦闘を終わらせたほうがいい。そう考えたエクレールはナイフを捌くと防御から一変、反撃へと転じる。

 形勢はツカサ優位から互角となり、しだいにエクレールに傾いていく。理由は単純だ。同じ速さで動けても武器の差、そして経験の差がある。エクレールが反撃をはじめてから、ツカサをすぐに防戦へと追い込んでいく。

 二人は足を止め、剣戟を交わしていく。エクレールの猛攻は続き、ツカサはその場から動けていない。ツカサの足が唯一動くときは、ナイフで剣を受けるときだけであり、それも押し出されてのことである。そして何度目かの防御で押し出されたとき、ツカサの膝裏で風の魔法が破裂した。

 ツカサの体勢が崩れていく。ふいの関節への攻撃だ。それも関節の動きに沿う衝撃である。エクレールはこのときを待っており、当然その隙を逃すはずがなかった。

 エクレールは剣でナイフを弾き飛ばす。続けて足を斬りつけ、機動力を奪う。最後に地面へと膝をついたツカサの頭を蹴り飛ばし、その意識を刈り取った。


「ふぅ……なんとかなったか。あとは将軍次第だが……」


 土の壁へと視線を向ける。ちょうどそのとき、土の壁から飛び出してくる大きな火球が見えていた。








 突如、巨大な土の壁が現れたとき、赤いローブの男は驚きながらもすぐに逃走をはじめた。それは素早い判断であったが失敗に終わる。土の壁が続けて現れ、前以外がふさがれてしまったのだ。

 唯一、土の壁がない場所にはバルドレッドが立ちふさがっている。その手には巨大な斧を持ち、険しい表情で赤いローブの男を睨みつけていた。


「……ゼルランディス。貴様には聞きたいことが山ほどある」

「……なぜその名を? 存在は隠していたはず。……なるほど、あの勇者は何か細工をしていたのか。ならば特殊属性のことも知っているはず。いいのか? 一人で相対して」

「構わん。ツカサくんのおかげで貴様の魔法の弱点もわかっておる。貴様は自己紹介のあとに呪文を詠唱し、ツカサくんに近づいた。つまり、人を操るには独自魔法を使い、接近する必要あるということじゃ。不意を突かれたならともかく、今の状況なら詠唱をさせないことも、近づかずに戦うことも容易であろう」

「……今の言葉からして、見ていたわけではなく、声か。どこかに魔道具を隠し持ち、操るところまでの音声を送った……そうか、送言の魔晶石だな。どこに隠し持っていたのかはわかないがよく考えたものだ」


 バルドレッドから見て、ゼルランディスはひどく冷静だった。追いつめ、秘匿していた魔法も暴いている。取り乱すとは思わなかったが、淡々と考えごとしてる姿には余裕が感じられた。それはまだ何か手を隠しているようにも見え、バルドレッドは一つの決断をする。

 先手必勝。奥の手があろうと先に仕掛けて潰す。単純とも思える考えだが、選択としては正しかったらしい。なぜならバルドレッドが巨大な斧を振り上げると、ゼルランディスは顔こそ見えないが慌てたようすで動き出したからだ。

 天高く掲げられた斧は褐色の光を放ち、無造作に振り下ろされる。

 辺りに耳を劈くような爆音が響く。

 爆発音とともに地面からは無数の石が飛び出し、バルドレッドの視界を埋め尽くす。その大きさはこぶし大ほどあり、飛んでいく石のようすは横殴りの雨のようでも、散弾のようでもあった。



 これに驚いたのはゼルランディスと呼ばれた男だ。男はバルドレッドが自分を生け捕りにしようとしていることを理解していた。だからこそ、殺傷能力の高い攻撃はこないと思っていたのである。

 男の考えはバルドレッドが斧を振り上げたときに消えた。直感である。本能が危険を察知したのだ。即座に動き出すが、視界を埋め尽くす石の弾丸に防御を強いられてしまう。

 逃げ場のない男は最低限の動きで避け、その腕で石を弾いていく。ただ、石を弾いた腕は無事では済まず、右腕は全体から血が滲み、左腕はたった二度の防御で折れていた。

 時間にすれば数秒の出来事。それだけの間で男は何もできずに腕が使えなくなっていた。しかし、まだ生きて両足で立っている。この状況から男のとれる行動は一つだけだった。それは石の散弾が収まったころを見計らい、唯一無事だった足を使って疾走することである。

 脇目も振らずの全力疾走。それは逃走である。向かうのは左の壁。数こそ少ないが石の散弾が壁にめり込み、足場ができている場所だ。とはいえ、普通なら上ることはできないだろう。男の技量があってこその逃げ道であった。

 男の足は速い。傷ついた腕を力なく揺らしながらも壁へと進んでいく。バルドレッドは洗脳を恐れて近づいてはこないはずであり、今の大規模な魔法を放ったあとだ。次の魔法が来るまでに逃げ切れる。そのはずだった。

 折れた左腕に何かがぶつかり、体勢を崩す。続けて足にも衝撃がくる。それは先ほどより微かに小さく、速度を増した石だった。一度崩した体勢は戻せず、男は倒れ、うずくまる。二度目の石の散弾に男はその身を小さくすることしか出来ずにいた。

 男にとっての不幸はバルドレッドの実力を話でしか知らなかったことだろう。さらに加えるならば、最近のバルドレッドはぎっくり腰で戦えないという情報さえあった。それゆえにわからなかったのだ。バルドレッドの魔法、石の散弾が大規模魔法でなく、ただの牽制だったということに。



 バルドレッドは目の前の惨状を見て、首をかしげていた。先の二つの魔法はバルドレッドなりに手加減したものである。本来はその二つで足を止め、三つ目の魔法で四肢を砕くつもりでいたのだ。それが二つ目で戦闘不能である。奥の手があると思っていたバルドレッドからすれば拍子抜けもいいところであった。


「まぁ、よかろう」


 そう呟くと新たに魔法を発動させる。地面からは土が伸び、赤いローブをはぎ取っていく。さらに魔法によって強制的に立たせ、遠くからその顔を確認する。しかし、露わになった顔はバルドレッド将軍の知るゼルランディスではなかった。


「こやつはゼルランディスではない? ……いや、昔見たやつが偽物だった可能性もあるが……この黒ずくめの格好は見覚えがありすぎる。間違いなく偵察部隊のものじゃろうな」


 本物のゼルランディスなら赤のローブの下とはいえ、黒一色というのはありえない。必ず赤い色が大部分を占めているはずである。そう思いながら後ろへゆっくりと振り返っていく。

 遠くには兵士たちが見えている。反乱軍との戦闘がはじまっていた。事前に命じたことは少ない。反乱軍の無力化とバルドレッド、エクレールの戦闘域に近づかない、近づかせないことだ。

 反乱軍は操られているだけの可能性があり、殺害はもちろん再起不能の怪我なども負わせないよう指示を出していた。戦闘域については単純に巻き添えにしないためである。

 そんな誰も近づかないはずの場所、バルドレッドの背後に男が立っていた。

 男は赤い服を着ている。顔は隠しておらず、赤い髪にこけた頬が見えた。体全体がやせ細っているようであり、その姿に見覚えはない。しかし、バルドレッドは以前ツカサから聞いた話を思い出し、その特徴から一人の男に思い至る。

 その男とは赤の教団の幹部、オルデュールであった。
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