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第四章
第五十二話 記憶
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草木をかき分けながら、けもの道を走る。今いる場所はブルームト王国を出て東の森の中だ。城から脱出したあと、俺はほとんど休憩もなしに逃走を続けていた。
……追手は振り切ったはずだ。カルミナは……いつまで……俺の体を、走らせるつもりだ? ……もう、いろいろと……きつい……
体はまだ自由に動かせない。カルミナが操っているままだ。ただ、その状態でも疲労は感じている。そのせいで、何度も吐きそうになりながら走るはめになっていた。
不幸中の幸いとしてはブルームトの城で装備品が外されていなかったことだろう。雑に寝かされていたようで防具はそのまま、靴も脱がされていない状態だったのが唯一の救いであった。
その後も俺の体は迷いなく進んでいく。道とはいえないような場所を走っているが、どこに向かっているのだろうか。
出来れば一度、止まってほしい。疲れてるのはもちろんだが、試したいことがあるのだ。カルミナの魔法を見て気づいた。体は動かせなくても、魔力は動かせるのではないかということを。
魔力操作は走ってる最中にも試してはみた。しかし、疲労と激しい呼吸での息苦しさのせいで、うまく制御ができず、いまだに試みは成功していない。ただ、魔力を動かせる感覚はあった。落ち着いた状況ならきっと出来るはずだ。
考えごとで意識を紛らわせていると、唐突に視界が開けていく。
これは、川? ダメだ……川を見たら、一気に喉が渇いてきた。何も食べてないし、飲んでもいない。そろそろ休憩にしてくれないだろうか……
願いが届いたのか、俺の体は徐々に速度を落としていく。そして、川の傍でしゃがむと勢いよく体を倒した。
顔面が川へと入る。口を大きく開き、流れる水を飲みこんでいく。
水分を補給できたのは嬉しいと思う。しかし、呼吸が荒い状態で水の中に顔を入れないでほしかった。
顔を勢いよく上げ、そのまま後ろに倒れ込む。どうやら、少し休憩をさせてくれるようだ。
……また走り出す前に魔力を動かせるか試さないと。
呼吸が整うのを待ち、魔力を操作しようとしたとき、懐かしい声が聞こえてくる。
『……ツカサ、聞こえてはいないとは思いますが、謝らせてください。すみませんでした。まさかこのようなことになるとは思わず……時間はかかりますが、元には戻せます。少し待っててください』
……俺に何が起きたかはわかってるみたいだ。でも、意識があるとは思ってないらしい。意識がないと思ってるから無茶な体の使い方をしたのかもしれない。そうであってほしい、わかってやってたならあれは一種の拷問だ。
とりあえず、意識があることを伝えよう。魔力を操作すれば……いや、魔法を撃てば気づくはずだ。
右手に魔力を集めていく。
いつもより遅い。けど、動いてはいる。これなら……
集まった魔力は赤い光へと変わり、その形を球状に変化させていく。そして、右手には小さいながらも炎の球が完成した。
放つことはせず、その場で発動させる。すると炎の球は小さな音を立てて破裂し、一瞬とはいえ辺りに音が響いていく。
……成功だ。これで俺の意識があることには気づいたはず。……そういえば、魔法名を言わないで魔法を使えたな。少し練習したら、今後も出来るかもしれない。
『魔法? ……もしや、意識があるのですか? いったいどうやって…………まさか!?』
カルミナは俺の意識があるのに気づいてくれたようだ。しかし、何かに驚いたようで、突然声が聞こえなくなった。
しばらくすると体が不思議な色の光に包まれていく。
これは、カルミナの魔法? 怪我は街を脱出したあとに治してくれてる。だからこの魔法は治療じゃないはずだ。また記憶をいじる気だろうか? 警戒したいけど……とりあえず頭に魔力を集めてみよう。
『……ツカサ、何を考えているのかわかりますが、安心してください。ただ状態を確認していただけです。信じられないのも無理はありませんが……』
言葉に嘘があるかはわからない。ただ、記憶は思い出せる。この世界に来ることになった理由も今までの旅も忘れていない。
『私の言葉が聞こえるようでしたら、特殊属性で体を包んでみてください。それであのゼルランディスという男の力は無効化されるはずです』
特殊属性のことも知られているみたいだ。この力で体を包む……大丈夫なのか? 使うたびに体が傷ついてるんだよな。でも、このままってわけにもいかないし、なるべく弱い感じでやってみるしかない。
体全体を包むように魔力を広げ、次に魔力を特殊属性の力に変えていく。
無色の魔力がゆっくりと赤と黒の光へと変化する。赤と黒の光は不安定であり、互いの色に変化し合いながら全身を包み込む。
……これでいいのか? 自分の意志でちゃんと使ったのは初めてだけど、独自魔法より魔力を使うみたいだ。型も術式もない魔法の構築段階でこれじゃ、まともに使えないかも。
手を動かすことを意識するが、何も変化はない。すると、ペンダントから不思議な光が溢れ、特殊属性の光に干渉していく。
すると不安定だった赤と黒の光は混ざりあい、乾いた血のような暗い赤色へと変化してしまった。
……なんだ、これ。何が……ん? あれ? 動く? 動けた!
無意識によく見ようと体を起こし、自由に動けたことに気づく。
『成功したようですね。これでツカサも特殊属性を使えるようになりました。とはいえ、まだ体は耐えられないはずです。すぐに解除した方がいいでしょう』
この血の色みたいのが本来の色ってことなのか……とりあえず今は言われたとおり解除しよう。体が動くなら、もう喋れるはずだ。なら最初に聞くのは記憶のことだろう。その答えが納得できないものなら、このペンダントを捨ててカルミナと縁を切ってもいい。
「カルミナ、体の自由は取り戻したよ。それで、早速だけど聞きたいことがある。俺の記憶についてだ。理由、説明してくれるよな?」
『はい、お話しします。ですがその前に確認させてください。ツカサは最初からすべてを思い出していますか?』
「一から今この瞬間まで覚えてる。この世界に来た理由は千原さんを助けるためだ。そのために魔王を倒し、カルミナの力を解放するんだろ?」
『……一から……なるほど。安心しました。たしかに覚えているようですね。予定とは違う封印の解け方でしたが、どうやら記憶に問題はないようです。……本当に、よかった』
封印? 記憶の変化は封印だったってことか。今のカルミナの言い方だと、いつかは封印を解く予定だったみたいだけど……
『ツカサの記憶を封印したのは、体を守るためです。記憶が改ざんされたのは矛盾が生じないように脳が修正したのでしょう』
「俺の体を守るため? それがどうして記憶を封じることに?」
『特殊属性です。ツカサの特殊属性は”破壊”。この破壊の力は使用する代償として体が壊れるのです』
カルミナの話によると、特殊属性というのは何かしらのデメリットがあるようだ。その中でも破壊の力は使用した分だけ体に傷を負い、使いすぎれば完全に壊れてしまうらしい。
もし、この世界に来てすぐに破壊の力を使っていた場合、魔法に慣れていない俺の体は耐えきれずに砕け散っていたと聞かされる。
たとえ破壊の力について説明され、俺が使わないよう気を付けても、命の危機になったら無意識で使ってしまう可能性が高く、それを考えたら封印するのが一番安全だったというのがカルミナの言葉だ。
「……この力があれば助けられた人いるかもしれない。それに、千原さんには時間制限がある。もしも間に合わなかったらどうするつもりだったんだ?」
『破壊の力で誰かを助けても、扱いきれていなければツカサが犠牲になるだけです。そうなれば、その後に救える人たちを助けることができなくなってしまいます。時間についてはこの世界の人間も魔族と戦えるのが一年程度と言っていたため、問題ないと判断しました』
「たしかに、そうだけど……」
『それに、破壊の力の影響はほかにもあるのです。戦闘のさいに攻撃的になったり、自分への被害を顧みない行動をとることはありませんでしたか? 躊躇なく生き物に攻撃もできたはずです』
……心当たりはある。特に自分の怪我を気にしない戦い方はアリシアに注意されていた。生き物、魔物を攻撃しても罪悪感がないのはカルミナのせい、もしくは独自魔法のせいだって思ってたけど、破壊の力の影響だったのか……
いや、信じるのはまだ早い。普段はともかく、独自魔法を使ったときは明らかにおかしくなってた。あれはカルミナの力を借りた魔法だ。破壊の力のせいだというにはおかしいはずだ。
「独自魔法で攻撃的になった理由は? あれはカルミナの力が封印される魔法陣の上では使えなかった。つまり、カルミナが関与してるはずだ」
『独自魔法については、たしかに私の力が関わっています。魔族の魔法陣の上で使えないというのは驚きましたが、ツカサが攻撃的な思考になったのは私の力とは関係ありません。もともとあの独自魔法はツカサが破壊の力を使うための下地作りとして与えたものなのです』
あの独自魔法が先代勇者の物というのは本当で、体に負荷がかかるのも嘘ではないらしい。ただ、数ある独自魔法の中であれを選んだのは、その負荷が破壊の力を耐える体にするのにちょうど良いからだと言っていた。
攻撃的な思考になった理由としては、独自魔法が先代勇者の特殊属性を用いたものだからだという。その理由は――
「特殊属性はほかの特殊属性を無効化できる?」
『はい。封印には私の特殊属性”変化”を使用しています。そして、あの独自魔法は先代勇者の特殊属性が微かに含まれていますので、私の変化を少しだけ無効化し、封印を弱めていたのです』
「封印が弱くなった結果、俺の破壊の力の影響がより濃く出たってことか……」
嘘は言ってないように感じてしまう。理由を聞いて納得してしまった自分がいる。記憶を封印されたのには憤りを感じるけど、俺のためだったって言われると怒りきれない。
そもそもカルミナの目的は力を取り戻すことだ。俺を騙したところで意味がないだろう。
…………信じていいんだろうか?
わからない……でも、もう一度信じたい気持ちはある。
「……わかった。カルミナのこと、もう一度信じてみるよ。ただし、警戒はさせてもらうから」
『ありがとうございます。ツカサに信頼してもらえるよう、これからはより一層協力させてもらいます。それと破壊の力を使えるツカサにはもう私から新しく変化の力をかけても効きません。そこは安心してください』
「じゃあ、早速だけど、アリシアやエクレールさんたちがいる拠点の方向はわかる? 早く合流しないと」
「方向はわかります。ただ、ツカサはこのまま魔族の拠点に向かったほうがいいでしょう」
魔族の拠点に? 一人で? カルミナに破壊の力を調整してもらって、使えるようにはなったけど、一人で勝てるとは思えない。何を考えているんだろうか?
「どういうこと?」
『ツカサの言う拠点とは北の門を出て、まっすぐ行ったところだと思います。今、ほとんどの兵士はそこにいません。北の砦で戦闘を繰り広げています』
「魔族との戦いが始まってるってこと!? だったら北の砦に早くいかないと!」
『魔族はまだ自らの拠点にいます。どうやら封印の魔法陣の準備が終わりつつあるようで、そちらにかかりきりです。北の砦には参戦しないでしょう。このままでも北の砦は人間のものになると思います』
北の砦での戦いは優勢のようだ。ひとまずは朗報である。だとしたら、魔法陣の完成を阻止するために俺一人でも急いで行けってことなのか?
「カルミナ、急ぎたい気持ちはわかるけど、一度合流して万全の態勢で挑んだほうが勝率は高いはずだ。今はみんなの場所へ案内してほしい」
『私は構いませんが……それだとアリシアが死んでしまいますよ?』
俺には、カルミナが何を言っているのかわからなかった。
……追手は振り切ったはずだ。カルミナは……いつまで……俺の体を、走らせるつもりだ? ……もう、いろいろと……きつい……
体はまだ自由に動かせない。カルミナが操っているままだ。ただ、その状態でも疲労は感じている。そのせいで、何度も吐きそうになりながら走るはめになっていた。
不幸中の幸いとしてはブルームトの城で装備品が外されていなかったことだろう。雑に寝かされていたようで防具はそのまま、靴も脱がされていない状態だったのが唯一の救いであった。
その後も俺の体は迷いなく進んでいく。道とはいえないような場所を走っているが、どこに向かっているのだろうか。
出来れば一度、止まってほしい。疲れてるのはもちろんだが、試したいことがあるのだ。カルミナの魔法を見て気づいた。体は動かせなくても、魔力は動かせるのではないかということを。
魔力操作は走ってる最中にも試してはみた。しかし、疲労と激しい呼吸での息苦しさのせいで、うまく制御ができず、いまだに試みは成功していない。ただ、魔力を動かせる感覚はあった。落ち着いた状況ならきっと出来るはずだ。
考えごとで意識を紛らわせていると、唐突に視界が開けていく。
これは、川? ダメだ……川を見たら、一気に喉が渇いてきた。何も食べてないし、飲んでもいない。そろそろ休憩にしてくれないだろうか……
願いが届いたのか、俺の体は徐々に速度を落としていく。そして、川の傍でしゃがむと勢いよく体を倒した。
顔面が川へと入る。口を大きく開き、流れる水を飲みこんでいく。
水分を補給できたのは嬉しいと思う。しかし、呼吸が荒い状態で水の中に顔を入れないでほしかった。
顔を勢いよく上げ、そのまま後ろに倒れ込む。どうやら、少し休憩をさせてくれるようだ。
……また走り出す前に魔力を動かせるか試さないと。
呼吸が整うのを待ち、魔力を操作しようとしたとき、懐かしい声が聞こえてくる。
『……ツカサ、聞こえてはいないとは思いますが、謝らせてください。すみませんでした。まさかこのようなことになるとは思わず……時間はかかりますが、元には戻せます。少し待っててください』
……俺に何が起きたかはわかってるみたいだ。でも、意識があるとは思ってないらしい。意識がないと思ってるから無茶な体の使い方をしたのかもしれない。そうであってほしい、わかってやってたならあれは一種の拷問だ。
とりあえず、意識があることを伝えよう。魔力を操作すれば……いや、魔法を撃てば気づくはずだ。
右手に魔力を集めていく。
いつもより遅い。けど、動いてはいる。これなら……
集まった魔力は赤い光へと変わり、その形を球状に変化させていく。そして、右手には小さいながらも炎の球が完成した。
放つことはせず、その場で発動させる。すると炎の球は小さな音を立てて破裂し、一瞬とはいえ辺りに音が響いていく。
……成功だ。これで俺の意識があることには気づいたはず。……そういえば、魔法名を言わないで魔法を使えたな。少し練習したら、今後も出来るかもしれない。
『魔法? ……もしや、意識があるのですか? いったいどうやって…………まさか!?』
カルミナは俺の意識があるのに気づいてくれたようだ。しかし、何かに驚いたようで、突然声が聞こえなくなった。
しばらくすると体が不思議な色の光に包まれていく。
これは、カルミナの魔法? 怪我は街を脱出したあとに治してくれてる。だからこの魔法は治療じゃないはずだ。また記憶をいじる気だろうか? 警戒したいけど……とりあえず頭に魔力を集めてみよう。
『……ツカサ、何を考えているのかわかりますが、安心してください。ただ状態を確認していただけです。信じられないのも無理はありませんが……』
言葉に嘘があるかはわからない。ただ、記憶は思い出せる。この世界に来ることになった理由も今までの旅も忘れていない。
『私の言葉が聞こえるようでしたら、特殊属性で体を包んでみてください。それであのゼルランディスという男の力は無効化されるはずです』
特殊属性のことも知られているみたいだ。この力で体を包む……大丈夫なのか? 使うたびに体が傷ついてるんだよな。でも、このままってわけにもいかないし、なるべく弱い感じでやってみるしかない。
体全体を包むように魔力を広げ、次に魔力を特殊属性の力に変えていく。
無色の魔力がゆっくりと赤と黒の光へと変化する。赤と黒の光は不安定であり、互いの色に変化し合いながら全身を包み込む。
……これでいいのか? 自分の意志でちゃんと使ったのは初めてだけど、独自魔法より魔力を使うみたいだ。型も術式もない魔法の構築段階でこれじゃ、まともに使えないかも。
手を動かすことを意識するが、何も変化はない。すると、ペンダントから不思議な光が溢れ、特殊属性の光に干渉していく。
すると不安定だった赤と黒の光は混ざりあい、乾いた血のような暗い赤色へと変化してしまった。
……なんだ、これ。何が……ん? あれ? 動く? 動けた!
無意識によく見ようと体を起こし、自由に動けたことに気づく。
『成功したようですね。これでツカサも特殊属性を使えるようになりました。とはいえ、まだ体は耐えられないはずです。すぐに解除した方がいいでしょう』
この血の色みたいのが本来の色ってことなのか……とりあえず今は言われたとおり解除しよう。体が動くなら、もう喋れるはずだ。なら最初に聞くのは記憶のことだろう。その答えが納得できないものなら、このペンダントを捨ててカルミナと縁を切ってもいい。
「カルミナ、体の自由は取り戻したよ。それで、早速だけど聞きたいことがある。俺の記憶についてだ。理由、説明してくれるよな?」
『はい、お話しします。ですがその前に確認させてください。ツカサは最初からすべてを思い出していますか?』
「一から今この瞬間まで覚えてる。この世界に来た理由は千原さんを助けるためだ。そのために魔王を倒し、カルミナの力を解放するんだろ?」
『……一から……なるほど。安心しました。たしかに覚えているようですね。予定とは違う封印の解け方でしたが、どうやら記憶に問題はないようです。……本当に、よかった』
封印? 記憶の変化は封印だったってことか。今のカルミナの言い方だと、いつかは封印を解く予定だったみたいだけど……
『ツカサの記憶を封印したのは、体を守るためです。記憶が改ざんされたのは矛盾が生じないように脳が修正したのでしょう』
「俺の体を守るため? それがどうして記憶を封じることに?」
『特殊属性です。ツカサの特殊属性は”破壊”。この破壊の力は使用する代償として体が壊れるのです』
カルミナの話によると、特殊属性というのは何かしらのデメリットがあるようだ。その中でも破壊の力は使用した分だけ体に傷を負い、使いすぎれば完全に壊れてしまうらしい。
もし、この世界に来てすぐに破壊の力を使っていた場合、魔法に慣れていない俺の体は耐えきれずに砕け散っていたと聞かされる。
たとえ破壊の力について説明され、俺が使わないよう気を付けても、命の危機になったら無意識で使ってしまう可能性が高く、それを考えたら封印するのが一番安全だったというのがカルミナの言葉だ。
「……この力があれば助けられた人いるかもしれない。それに、千原さんには時間制限がある。もしも間に合わなかったらどうするつもりだったんだ?」
『破壊の力で誰かを助けても、扱いきれていなければツカサが犠牲になるだけです。そうなれば、その後に救える人たちを助けることができなくなってしまいます。時間についてはこの世界の人間も魔族と戦えるのが一年程度と言っていたため、問題ないと判断しました』
「たしかに、そうだけど……」
『それに、破壊の力の影響はほかにもあるのです。戦闘のさいに攻撃的になったり、自分への被害を顧みない行動をとることはありませんでしたか? 躊躇なく生き物に攻撃もできたはずです』
……心当たりはある。特に自分の怪我を気にしない戦い方はアリシアに注意されていた。生き物、魔物を攻撃しても罪悪感がないのはカルミナのせい、もしくは独自魔法のせいだって思ってたけど、破壊の力の影響だったのか……
いや、信じるのはまだ早い。普段はともかく、独自魔法を使ったときは明らかにおかしくなってた。あれはカルミナの力を借りた魔法だ。破壊の力のせいだというにはおかしいはずだ。
「独自魔法で攻撃的になった理由は? あれはカルミナの力が封印される魔法陣の上では使えなかった。つまり、カルミナが関与してるはずだ」
『独自魔法については、たしかに私の力が関わっています。魔族の魔法陣の上で使えないというのは驚きましたが、ツカサが攻撃的な思考になったのは私の力とは関係ありません。もともとあの独自魔法はツカサが破壊の力を使うための下地作りとして与えたものなのです』
あの独自魔法が先代勇者の物というのは本当で、体に負荷がかかるのも嘘ではないらしい。ただ、数ある独自魔法の中であれを選んだのは、その負荷が破壊の力を耐える体にするのにちょうど良いからだと言っていた。
攻撃的な思考になった理由としては、独自魔法が先代勇者の特殊属性を用いたものだからだという。その理由は――
「特殊属性はほかの特殊属性を無効化できる?」
『はい。封印には私の特殊属性”変化”を使用しています。そして、あの独自魔法は先代勇者の特殊属性が微かに含まれていますので、私の変化を少しだけ無効化し、封印を弱めていたのです』
「封印が弱くなった結果、俺の破壊の力の影響がより濃く出たってことか……」
嘘は言ってないように感じてしまう。理由を聞いて納得してしまった自分がいる。記憶を封印されたのには憤りを感じるけど、俺のためだったって言われると怒りきれない。
そもそもカルミナの目的は力を取り戻すことだ。俺を騙したところで意味がないだろう。
…………信じていいんだろうか?
わからない……でも、もう一度信じたい気持ちはある。
「……わかった。カルミナのこと、もう一度信じてみるよ。ただし、警戒はさせてもらうから」
『ありがとうございます。ツカサに信頼してもらえるよう、これからはより一層協力させてもらいます。それと破壊の力を使えるツカサにはもう私から新しく変化の力をかけても効きません。そこは安心してください』
「じゃあ、早速だけど、アリシアやエクレールさんたちがいる拠点の方向はわかる? 早く合流しないと」
「方向はわかります。ただ、ツカサはこのまま魔族の拠点に向かったほうがいいでしょう」
魔族の拠点に? 一人で? カルミナに破壊の力を調整してもらって、使えるようにはなったけど、一人で勝てるとは思えない。何を考えているんだろうか?
「どういうこと?」
『ツカサの言う拠点とは北の門を出て、まっすぐ行ったところだと思います。今、ほとんどの兵士はそこにいません。北の砦で戦闘を繰り広げています』
「魔族との戦いが始まってるってこと!? だったら北の砦に早くいかないと!」
『魔族はまだ自らの拠点にいます。どうやら封印の魔法陣の準備が終わりつつあるようで、そちらにかかりきりです。北の砦には参戦しないでしょう。このままでも北の砦は人間のものになると思います』
北の砦での戦いは優勢のようだ。ひとまずは朗報である。だとしたら、魔法陣の完成を阻止するために俺一人でも急いで行けってことなのか?
「カルミナ、急ぎたい気持ちはわかるけど、一度合流して万全の態勢で挑んだほうが勝率は高いはずだ。今はみんなの場所へ案内してほしい」
『私は構いませんが……それだとアリシアが死んでしまいますよ?』
俺には、カルミナが何を言っているのかわからなかった。
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