青年は勇者となり、世界を救う

銀鮭

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第六章

第八十話 偵察と作戦会議

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 茂みの中で息をひそめ、タイミングを見計らって飛び出す。

 低い体勢で背後から近づき、伸び上がるようにして敵の後頭部に掌底を当てる。同時に低威力の破壊の魔法も打ち込んでいく。

 その結果、敵の頭は水風船を針でつついたように破裂した。

 頭部を失い、崩れ落ちていくのは騎士の人形だ。ただし今度は土で作られており、その防御力はかなり低い。加えて動きも遅く、倒すこと自体は容易な相手である。しかし一つだけ問題があった。それは数が多いということだ。

 魔族の拠点に近づくにつれて、土の騎士はだんだんとその数を増していた。昨日は四体、今日はまだ昼を過ぎたあたりだというのに五体と遭遇している。そして少し遠くには、さらに三体の土の騎士も見えていた。

 元居た茂みに隠れ、また息をひそめていく。

 俺は今、一人で先行して偵察に来ていた。アリシアとシュセットは離れた場所で待機してもらっている。今のアリシアを連れ歩くのは危険だという判断でもあり、何よりカルミナを頼る気でいたので一人のほうが都合がよかった。

 再び首から下げたペンダントに触れ、軽く弾く。


『……この先はさらに土の騎士が増えています。魔法陣付近は密集してると言ってもいいほどです。ツカサとアリシアだけならともかく、あの馬を連れて行けば見つかってしまうでしょう』


 シュセットはアリシアと一緒に最初から旅を共にしてきた仲間だ。危険だと分かっている場所に連れて行きたくはない。


 どうするか……アリシアたちには残ってもらって俺一人でいくのもありだ。
 ……いや、一度戻ろう。どのみち、そろそろ報告の時間だ。これ以上の偵察は心配させてしまう。


 元来た道を隠れながら戻っていく。

 しばらく進んでいたとき、目の前に何かが落ちてきた。それは小石のような大きさで、地面に触れると周りの土を集めはじめる。突然の出来事であるが、あまり驚きはない。すでに何度か見た光景だった。


『ツカサ、また土の騎士です。奥にもう一体出現します』

「わかった。すぐに片付ける。ほかにいないか見てて」


 小さく呟くと走り出す。

 土の騎士は完成までに三十秒ほどかかる。そして作られるのは頭からであり、弱点も頭だ。一度じっくりと観察したときに大体のことは把握していた。

 走る勢いのまま頭を蹴る。すると、完成途中の頭からは核となる石が飛び出してきた。

 宙に浮いた核を掴むと、そのまま次に向かって走る。

 二体目は腰まで出来ていた。手はまだ作られておらず、腕は地面とつながっている。一見するとただの埋まった騎士であり、滑稽な状態だ。しかし、頭が完成している以上は気が抜けない。すぐに壊す必要がある。

 一度止まり、魔力を集めてから再び走り出す。

 土の騎士が動き出す前に破壊の魔法を頭に当て、崩壊させる。今度は核の回収はしない。破壊の魔法ならば、一撃で頭の中の核ごと壊せるためだ。


『……近くにはもういないようです』

「わかった。ありがとう」


 一息つき、握りしめた核を魔法で壊す。
 使った属性は破壊。型はオーラで効果は衝撃だ。先ほどから同じ魔法で倒している。強くはない土の騎士ではあるが、唯一厄介なのがこの核だった。

 この核の厄介なところは、どういうわけか魔法でしか壊せないという性質にある。俺は破壊の魔法で壊しているが、一応普通の魔法でも壊すことはできるらしい。ただカルミナの言葉によると、その場合は大量の魔力を消費し、見つかるのを前提とした目立つ規模の魔法が必要だという。

 ちなみに核を壊さずに放置することはできない。もし地面についてしまったらまた土の騎士が出来てしまうためだ。壊すか、核の魔力が無くなるまで持ち歩く必要がある。そして意外と重く、何らかの拍子で落としてしまう可能性がある核を持ち歩く気にはなれず、俺たちは壊すという選択をしたのだ。

 そもそも土の騎士は侵入者の撃退というよりは、哨戒を目的に作られているようだった。そう思ったのは生き物を見つけると大きな音を出すことにある。これは最初に遭遇したときにわかったことであり、そのときは拠点から遠く、また運よくすぐに音を止めることができた。

 音を止める方法が分かったのは偶然である。反射的に攻撃したのが頭だったからであり、その頭自体も土で作られているだけあって脆かったおかげだ。
 つまり、土の騎士は頭を壊す、もしくは作成中なら音は出せない。逆にいえば、ほかの個所を壊しても頭が無事なら音を出されてしまうということだ。それこそが頭が完成している場合に気が抜けない理由でもあった。



 さらに進んでいくと、ようやくアリシアたちが見えてくる。


 ……特に異常はなさそうだけど、何をやってるんだろうか?


 俺がアリシアの姿を確認したとき、何故か木から降りてくるところだった。高い場所からの警戒にしては、登っていた木は低い。あまり遠くまで見えない気もするが、何かあったのだろうか。


「アリシア、ただいま。シュセットも」

「あ、おかえりなさい! ツカサ様、これどうぞ! この木で見つけちゃいました」


 そう言ってアリシアが渡してきたのはシルギスの実だ。どうやら先ほど登っていた木からシルギスの実が取れるらしい。


「ありがとう。でも、一つしかないみたいだし、アリシアが食べていいよ」

「大丈夫です! 私とシュセットちゃんは先に頂きましたから! ……それに、ツカサ様に食べてほしいです。最近なんだか食欲がないようなので……」

「心配かけちゃったみたいでごめん。体調が悪いわけじゃないから大丈夫。それじゃあ、頂くよ? アリシアが食べたくなっても返さないからね?」

「むぅ、そんなに食いしん坊じゃないですよ!」


 アリシアが食いしん坊じゃない? 何を言っているのだろうか……?


 俺はアリシア以上によく食べる人を見たことがない。ただ、当の本人は本気で言っているようで、ボケているわけではないようだ。

 貰ったシルギスの実をかじる。

 最初の一口で驚くほどの甘さを感じ、喉を通るころにはすっきりとした味が広がっていく。たしか、そんな果物だったはずだ。

 初めて食べたときは感動し、夢中で完食したような気もする。だが、今は何の味も感じない。見た目だけそっくりな偽物を食べているような気分だ。

 味覚を失ってから数日たっているが治ってはいなかった。カルミナに聞いたところ、破壊の力の反動で間違いないらしい。そして、おそらく治らないだろうとも言われている。食欲がないのはそのせいだ。

 もう一口食べる。表情を見られないように、さらに一口。出来るだけ味を思い出しながら、美味しかった記憶を頼りに食べ進めていく。


「ふぅ、ごちそうさまでした。やっぱりシルギスの実はいいね。食料も少なくなってきたし、また見つけたら取っておこう」

「はい! シュセットちゃんも喜んでくれましたし、積極的に取りたいと思います!」


 アリシアに味覚のことは伝えていない。心配をかけるうえ、破壊の力を使わないでほしいと言われてしまうだろう。今は状況的にも破壊の力が必要であり、使わないわけにはいかなかった。

 気を取り直し、偵察してきた情報をアリシアに伝えていく。
 隣を見れば、シュセットもこちらに顔を向けていた。もしかしたら話を理解しているかもしれない。


「なるほど。じゃあ、一度シュセットちゃんを安全な場所に連れてかないとですね」

「もしくは俺が一人で潜入して、アリシアたちに待機してもらうっていう方法もあるけど……」

「でも、土の騎士の数は増えてるんですよね? 一人だと対処しきれない場合もあるかもしれません」

「たしかに……ただ、潜入なら戦う機会も少ないと思う。意外と大丈夫かもしれないよ」


 アリシアと話し合いを続けていく。

 正直、アリシアにはシュセットと一緒に残ってほしいと思っている。もちろん一緒なら心強いだろう。アリシアは強く、魔法、格闘どちらも技術なら俺より上だ。ただ、今はその技術があっても万全な状態ではない。封印のせいで魔力は少なく、体の動きは明らかに以前より遅くなっている。だから無理をしてほしくないと思っていた。

 シュセットはわからないが、たぶんアリシアは俺が一人で行こうとしてるのに気づいている。そして、それでもついて来ようとしているため話はなかなかまとまらない。


「一人の利点はわかりました。じゃあ、こうしましょう。私たちは二手に分かれ、それぞれ違う経路で潜入するんです。それなら問題ないですよね?」


 ふいにアリシアがそんなことを言った。問題は大ありだ。二手に分かれてしまったら、何かあってもフォローのしようがない。


「それは……ダメだ。第一、それだとシュセットはどうする気? 一人で置いてくのは危ないと思う」

「シュセットちゃんなら大丈夫です! ねっ?」


 そう言ってアリシアはシュセットに同意を求めた。そして、シュセットはそれに応えるかのように小さく鳴く。意味が分かってるかは不明だ。ただ今までのことを考えると理解してる可能性が高いというのが悩ましい。


「ツカサ様、私、足手まといにはなりませんから。それに魔法陣に魔法を撃つとき、魔力でバレる可能性が高いんですよね? だったら陽動の役割も必要だと思うんです。任せてくれませんか?」

「……」


 とっさに返答できず、言葉に詰まってしまった。
 俺はアリシアを足手まといだと思ったことはない。でも、そう受け取られてしまっていた。それはつまり、心の中で足手まといだと思う部分があったからなのだろう。

 反省する。反省はするが、アリシアの単独行動を認めるわけにはいかない。潜入が上手くいくとは思えないからだ。
 潜入の経験は俺もアリシアもたいして変わらず、ロイドさんに教わった森での狩りや移動方法を応用した付け焼刃である。そんな俺が無事に偵察できているのはカルミナの観察があるからだ。アリシア単独では危険が大きすぎる。


「アリシア……ごめん。足手まといだと思ってたわけじゃないんだ。ただ、無理をさせたくなくて……それに俺が偵察できたのは、このペンダントの力があってこそなんだ。これがないと拠点に近づくのは難しいと思う。隠しててごめん」

「そうですか……いえ、いいんです。ツカサ様が心配してくれてるのはわかってましたから。私がわがままだったのかもしれません。それにペンダントのことは気にしてませんよ? 女神さまからの贈り物ですからね。何かあるとは思ってましたし、女神さまに関係することを話せないのは仕方ないことですから」

「そう……って、気づいてたの? ペンダントに。それに女神さまに関係することが話せないって?」

「はい、気づいてました。それと話せないっていうのは、教会の古い教えでそう決められているからです。まぁ、今だと教えが書かれた本を読む人もいないので、ほとんどの人が知らないと思いますけど」


 そんな教えがあるとは知らなかった。それにどんな意味があるのかはわからない。勇者として召喚された人が、不自然な行動をしても大丈夫なようにとかだろうか? 歴代の魔王がカルミナを狙っているなら、情報を隠すためというのもあるかもしれない。

 余談ではあるが、アリシア曰く、エクレールさんは教会の教えをほとんど知らないらしい。それについては思わずそうだろうなと同意してしまった。即答したことでアリシアには笑われてしまったが、エクレールさんが規則に厳格というイメージはない以上、仕方のないことだったと思う。



 話は潜入についてに戻る。アリシアは一応は納得してくれたようだ。しかし俺が単独で行く場合、見つからずに魔法陣を壊せる方法がないなら潜入ではなく違う方法を考えようと言っている。

 見つからずに魔法陣を壊す。たぶんだが、かなり厳しい。

 魔法陣を壊すにはかなりの魔力がいる。そして相当量の魔力から作られる魔法は間違いなく目立つ。それに魔族の拠点なら特殊属性に反応する魔道具があるはずだ。特に今はドルミールさんも拠点にいる可能性が高い。間違いなくあると思ってたほうがいいだろう。

 確実に魔法陣を壊すなら、アリシアが言ってたとおりに陽動が必要だ。とはいえ、やはりアリシアに任せるわけにはいかない。潜入の段階で厳しいというのもあるが、それ以上に陽動と破壊の魔法のタイミングを合わせる方法がないのだ。
 たとえば、時間で陽動と破壊のタイミングを指定したとする。お互い上手くいけばいいが、途中で何かあって指定の時間に遅れた場合は失敗していまう。最悪の場合、各個撃破で全滅だ。それを考えるとやはり二手に分かれるのは危険だった。

 二人で意見を出し合うが、どれも穴がある。危うい作戦ばかりになってしまう。そんなとき、突然ペンダントが光を放つ。


『話は聞いていました。私に良い考えがあります』


 わざわざ目立つ真似をして、カルミナはそんな言葉をかけてきた。声は聞こえていないだろうが、アリシアも驚いている。ただ、話し合いは行き詰っていたところだ。良い考えだというなら聞いておきたい。


「ツカサ様! 今、声が聞こえました! 女の人の声です!」


 そのアリシアの言葉に驚き、頭の中が真っ白になる。動揺して言葉を発することも出来ず、俺はただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
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