青年は勇者となり、世界を救う

銀鮭

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第六章

第八十二話 潜入その弐

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 地を這うように駆け、茂みから茂みに移動していく。
 姿が見えている時間はわずかであり、地上はもちろん空からでも見つけられないだろう。ただ進行速度はかなり落ちていた。それもこれも、すべては見えない鳥のせいである。

 見えない鳥についてはカルミナに報告し、調べてもらった。その結果いくつかわかったことがある。

 一つは予想していた核についてだ。やはりあの鳥が核を運んでいるらしい。そしてもう一つわかったことはいつ、どんなときに核を落とすのかだ。

 核を落とす行動には二つのパターンがあるらしく、完全なランダムと音がした場所へ投下だということがカルミナの調査で判明した。とはいえ、どの程度の音に反応すのかまではわかっていない。それに鳥自身に索敵や連絡する機能があるのかも不明だ。

 鳥については俺が言うまでカルミナも気づいていなかった。そのため調べる時間も短く、わからないことが多いのは仕方ないだろう。そしてわからないことが多いからこそ、俺は土の騎士が見えないところでも隠れ、慎重に進んでいた。

 辺りはまだ暗い。しかしもう日付は変わり、それなりの時間が経っているはずだ。カルミナが指定した場所まではあと少し。今のペースなら間に合う。そう思ったときだった。


『ツカサ、止まってください。前方に土の騎士多数。空には透明な鳥も旋回しています』


 言われる前に止まっていた。俺の目にも見えている。無数の土の騎士が列をなしている光景が。

 土の騎士は規則正しく横一列で並んでおり、動いていない。巡回しているならともかく、動かずに警戒されては付け入る隙もないように見える。


 ……これは無理だ。どうやっても見つかる。それに鳥もいるらしいし、ほかの場所を探してもらうしかないか?


「カルミ――」

『ツカサ、伏せて息を潜めてください』


 反射的に屈んでいた体を地につけ、息を殺す。


『土の騎士が列を乱さずに歩いてきます。その位置なら間を通り抜けれるはずです。そのまま茂みの中に隠れていてください』


 カルミナの言うとおり、リズムよく行進する足音が耳に入ってきた。まだ遠いはずだが数が多いせいで聞こえるようだ。

 茂みの中で静かに待つ。

 足音が大きくなる。それは少しうるさいと感じるほどであり、音に緊張してか俺の心臓もうるさいぐらい早く動いてしまう。

 茂みは深い。しかし、近くで見られても本当に大丈夫だろうか。今更ながらに不安に駆られるが、もうどうしようもない。

 草の擦れる音も届くようになり、枝を踏んだことすらもわかる。かなり近い距離まで来たようだ。

 もう微かたりとも体勢を変えることはできない。あとは見つからないように願うばかりである。





 ザッザッザッという規則正しい音が俺の両脇を通り過ぎていく。

 足音は止まるようすもなく、辺りを探す気配もない。どうやらやり過ごせたようだ。ただ、すぐに立ち上がるようなことはしない。もう少し離れてからのほうがいいだろう。

 ふいに足音が止まる。

 距離はまだ近い。嫌な予感がする。


『ツカサ、前方……最初に土の騎士が並んでいた場所に魔族が出てきました。数は少ないですが偵察のようです。また、土の騎士は一つ飛びで半数の向きが反転しました。前後とも監視できる状態で待機しています』


 つまり動けないってことか。けど、このままだと魔族に見つかるかもしれない。どうする?

 強行突破? ダメだ。仮に突破できても、魔法陣の破壊はできないだろう。なら、やり過ごすのは……運任せになるな。魔族の数が少ないとはいえ、あまり期待できない。ほかに何か方法は――


『……仕方ありません。可能な限り検知されないよう変化の力を使います。ツカサは大きく息を吸い、呼吸を止めてください。止めたと同時に魔法を発動させます』


 何も思いついていない現状、今は言うとおりにするしかないだろう。ただ、できればもう少し説明が欲しいところではある。息を止めるということに対し、あまりいい予感がしないからだ。

 バレないように、でもしっかりとたくさんの空気を肺へと取り込んでいく。

 地面に触れているペンダントから微かに光が漏れる。

 そして、地面の感覚がなくなった。



 体が一気に沈んでいく。

 気づけば完全に土の中だった。一瞬焦るが、光るペンダントを見ると何故か気持ちが落ち着いていく。ただ唐突に状況が変わりすぎたせいか僅かに頭痛を感じてしまっていた。


『ツカサ、そのまま泳いで移動してください。方向はペンダントで示します』


 言われるがまま行動する。しかし不思議なものだ。俺は今、土の中にいる。だというのに感覚としては水の中と同じだ。そのためあまり抵抗を感じず、水中のように普通に泳いでいる。しかも目を開けていても土が入ってこない。かなり便利だ。こんな方法があるなら最初から教えておいてほしかったと思ってしまう。

 ペンダントの先端の方向へとひたすら泳いでいく。

 泳ぎ自体は得意というわけではないが、可もなく不可もないといった感じで一応順調に進んでいるといってもいいだろう。ただ走るより遅いし、潜水をしてるようなものなのですぐに息が続かなくなりそうではある。



 しばらく泳いでいると、案の定だんだんと息が苦しくなってきた。こちらの世界に来てからそれなりに鍛え、肺活量にも自信があるものの、おそらくまだ三十メートルぐらいしか進んでいないと思う。



 さらに泳ぎ、限界が近くなる。もう無理だと判断し、ペンダントを叩く。


『上を変化させます。顔だけ出してください。それと、魔族は近くにはいないようですが、呼吸音には注意を――』


 顔を地上に出し、大きく息を吸う。

 カルミナの言葉は途中までしか聞けなかった。すでに限界だったのだ。しかし、一応音には注意はしたつもりではある。頭の周りも茂みに覆われており、たぶん気づかれてはいないと思う。

 呼吸を整え、再び潜る。

 少し慣れたのか、先ほどよりもスムーズに泳げるようになった。土の中を泳ぐというのには違和感しかないが、これなら見つからずに進める。だから、多少の違和感は我慢するべきだろう。


『……どうやら警戒範囲を超えたようです。周囲に敵がいないうちに上がりましょう』


 しばらく泳いでいると、そんな言葉がかかった。土の中は安全だが、かかる時間の割に進む距離は短い。便利な移動法ではあったが時間が限られている現状、敵がいないのなら地上に出るのは賛成だった。

 地面から這い出る。

 不思議なことに土は水のように流れ落ちていく。そのおかげで服の中に土が残ったり、泥のようにこびりついて汚れてもいない。服も体も綺麗なままだ。


『ツカサ、アリシアのほうは指定位置に到着しました。こちらもあと少しです。日が出るまで、あと二時間程度、見つからないよう慎重に行きましょう』


 あと二時間? まだ暗いけど、もうそんなに時間がたってたのか。とりあえずアリシアが無事に着いてよかった。俺のほうも頑張らないと。


 カルミナには小さく頷くことで返事をし、音を立てずに辺りを観察していく。

 敵の姿はたしかになかった。今のうちに出来るだけ進んでおきたい。

 低い体勢で走りはじめる。指定の場所は監視の塔の間、それなりの高さがある木に登ったところだ。まだ遠いが、ギリギリ目視でも確認できていた。



 走り、隠れ、やり過ごす。そしてまた進み、回避できない敵は破壊する。

 目標まではかなり近くなってきた。ただ、この辺りで遭遇した土の騎士は五体。魔族は一人と数が少ない。魔法陣の近くなのにだ。

 一度止まり、呼吸を整える。


「カルミナ、さっきの密集地帯を抜けてから敵が少ない。この先に待ち伏せてたりする?」

『いいえ。敵が少ないのは単純に人員不足のせいでしょう。土の騎士も無限に出せるとは思えませんから。それにここからは塔の監視区域です。おそらく監視できない場所に多くの兵を配備し、監視できる場所は最低限にしているのでしょう』

「なるほど……わかった。ありがとう」


 敵が少ないとはいえ、監視はある。より警戒して進まないとな。


 そんなことを思っていたからだろうか。腰を落とし、再び走り出してすぐに足跡を見つけた。よく見れば、近くの草は踏まれ、枝も折れている。薄っすらとだが、人が通った痕跡のようなものが目の前を横切っていた。


 ……これは、ただ巡回したあとってわけじゃないな。足跡と一緒にあり得ないものがある。この森に生き物はほぼいない。蜘蛛や昆虫などもいなかった。だから、こんなところに透明な糸があるはずがない。あまりに不自然すぎる。


「カルミナ、この透明な糸ってなんだかわかる?」

『糸? 見てみます。少し時間をください』


 間違いなく罠だとは思う。もし対処法が分かるならそれに越したことはない。まだ時間はある。この場で少し待つことにした。

 それにしても、この糸や透明な鳥といい、視覚的にわかりにくいものが多い。カルミナも見つけられてないことから、ドルミールさんがカルミナ対策で透明にしたという可能性もありそうだ。お互いに知っているようでもあったことから、カルミナの観察などの情報を持っていても不思議ではないと思う。


『……おそらくですが、この糸は魔道具だと思われます』

「解除は可能? それとも放置した方がいい?」

『放置しましょう。触らなければ問題ないと思います』

「わかった」


 糸の先を確認するが、不自然なところは見当たらない。これなら跳んだ先に罠がある、ということもないはずだ。

 助走をつけて跳び、糸を超える。すぐに近くの茂みに隠れ、辺りを窺う。


 ……土の騎士も鳥も近くにはいないようだ。見つかってない。ひとまず安心だけど、これは少し厄介だな。


 進行方向にはまた糸があった。それも今度は一本じゃない。不規則に張り巡らされている。通り抜けることはできるだろう。しかし、時間はかかりそうだった。



 高い位置の糸は這ってくぐり抜け、上下に糸がある場合は隙間を見つけて抜けていく。

 慎重に糸と接触しないよう進み、目標の木を目指す。

 土の騎士や鳥、魔族にも注意を払う。慎重な分、なかなか進めない。気づけば暗かった景色もわずかに明るくなってきている。だが、時間をかけた甲斐もあり、見つかることなく辿り着くことができた。


『お疲れ様です。目の前の木が私の指定した場所になります。もう間もなく日が出ますが、一息つくぐらいの時間はあるでしょう。心を落ち着かせて準備を進めてください』


 塔から死角になる位置で木に登り、指定の場所に着く。

 高い場所からは左右の少し離れたところにある塔もよく見えた。そしてその塔に挟まれるように、まっすぐ前を向いたところには封印の魔法陣も確認できる。

 魔法陣の中心には上半身が包帯でぐるぐるにまかれた男がいた。顔にも包帯があるため確証はないが、この間戦ったヴァンハルトだと思われる。生きてはいるが、かなりの重症のようだ。

 観察を終えると大きく深呼吸をし、魔力を集めていく。魔法の構築はまだしない。破壊の属性で俺の存在がバレてしまうためだ。


『私はアリシアのほうで陽動を手伝います。ツカサはあの魔族が魔法陣から離れたら破壊の力を中心に撃ってください。今のツカサなら、一撃で魔法陣を壊せるはずです』


 頷き、さらに魔力を練っていく。失敗はできない。気絶しない程度までは魔力を使うつもりだ。

 魔族が動くのを待つ。

 陽動がはじまれば必ず動くだろう。なにせ陽動とはカルミナの特殊属性の発動である。特殊属性の反応が検知できるなら放置はできないはず。万が一動かない場合は、そのまま魔法陣に近づいてもらう手筈となっている。そうなるとアリシアが少し危ないが、動かない可能性のほうが低いので問題はないと思う。

 事前の打ち合わせどおりならアリシアの危険はかなり少ない。魔法陣から距離も離れているうえ、逃走経路はカルミナのサポートありだ。最悪、俺のときみたいに地面の中を移動すれば逃げ切れるだろう。



 しばらくすると魔法陣の外から魔族が駆け込んできた。
 かなり慌てたようすに見える。俺はいまだに特殊属性を感知できないが、どうやら陽動がはじまったらしい。

 空の鳥が姿を現し、全て同じ方向に飛んでいく。複数の魔族が走っていくのも見える。そして、肝心のヴァンハルトも動き出した。

 ヴァンハルトはほかとは違い、ゆっくりと歩いている。表情はわからないが、慌ててはいないようだ。だが、魔法陣の中心からは外れた。ただもう少し、出来れば完全に外に出るまでは待ちたいところだ。

 歩くヴァンハルトを注視し続ける。
 魔法陣は大きい。この場所のは直径百メートルぐらいだとカルミナに聞いている。だとしたらヴァンハルトは魔法陣から出るまで三十メートルぐらいだろうか。あと少し、そう思ったせいか緊張してくる。

 深呼吸をしていると背後から光が差し込んできた。温かい光を感じる。日が昇ってきたようだ。

 朝日の光は眩しい。これで魔族がこちらを向くことはほぼないだろう。魔法も日の光に紛れるようにすれば目視での発見は遅れるはずだ。

 ヴァンハルトを見つつも、魔法陣の中心にも目を向ける。狙いをつけるためだ。

 右腕を前に突き出し、魔法陣の中心へと向ける。


 ヴァンハルトのほうは……まだだな。あと十歩以上はありそうだ。さっきよりゆっくり歩いてるのか?


 焦っているのか、ヴァンハルトの動きが先ほどよりも遅く感じてしまう。

 もう少し。そう思うものの緊張は高まっていく。

 息苦しさも感じる。呼吸が浅くなっていたようだ。大きく息を吸い、もう一度、集中し直す。

 残り三歩。魔法の構築をはじめる。

 二歩。型はボール。

 一歩。効果は爆発。

 零。属性は……破壊。

 目の前に巨大な赤黒い球体が出来上がる。そして誰にも気づかれていないなか、俺は特大の破壊の魔法を解き放つのであった。
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