青年は勇者となり、世界を救う

銀鮭

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第七章

第百話 廃教会地下

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 魔王の拠点だと思われる場所の地下。薄暗い明かりを頼りに俺たちは一本道を歩いていた。


「予想外だな。さすがにこれじゃ隠れるとこはないぞ」

「ただの道。広さはあるけど、物一つ置いてない。そのうえ罠らしきものもないなんて……本当に魔王の拠点か疑いたくなってくるわね」


 前を行くロイドさんとフルールさんが呟く。会話というより、お互い感想が口から出てしまっただけのようだ。その気持ちは分かる。

 魔王の拠点というと城のようなものを勝手に思い描いていた。それが蓋を開けてみれば、廃教会とむき出しの土で出来た地下通路だ。この道の先がどこに続いているのかはわからないが、豪華絢爛な建物ということはないだろう。


「この光る苔は助かるが、緑色の光ってのは少し不気味だな」


 壁の左側にはザバントスのところで見た苔が生えている。ぼんやりとした緑の光は静寂と相まってたしかに不気味だった。

 ひだすら進み続ける。かれこれ三十分は歩いているだろう。あまり見も変わり映えしない道だが、少しだけ変化もあった。


「やっぱり、光が弱くなってますよね?」

「苔が減ってるのかしら? たしかにほんの少し暗くなってる気がするわ」

「減ってるっていうよりは育ちきってないみたいだな。廃教会を入り口として掘り進めたんだとしたら……そろそろってことか。気をつけろ。近いぞ」


 ロイドさんの言葉に警戒を強める。まだ先は続いているようだが、いつ何が起きてもおかしくはない。

 苔が無いほうの壁に近づいて歩く。光量はだいぶ弱くなっているため、少しは見つかりにくいだろう。

 さらに光が弱くなる。そして先も見えなくなった。ここから先は明かりがないようだ。

 もっとも夜目が効くフルールさんが先頭を行く。俺は最後尾で縦一列で進んでいたのだが、それもすぐに終わりを迎えた。少し歩いた先に扉があったためだ。


「……鍵はないようね。どうする?」

「行くしかないだろ? 俺が開ける。二人は警戒しててくれ」


 ロイドさんが扉に手をかけた。俺とフルールさんは武器を構え、いつでも動けるようにしておく。


「――ん! くっ! …………はぁ、はぁ、何だこれ。押しても引いてもびくともしねえぞ」

「変わって頂戴。横に滑らせるとか、持ち上げるとか、たまに引っ掛けであるのよね」


 フルールさんがそう言いながら扉を動かそうとするが、やはり微動だにしない。鍵が無くても、仕掛けがあるようだ。ただ、今はなぞ解きをしているような時間はなかった。


「壊します。離れててください」


 手に魔力を集め、破壊の力で扉を押す。

 一瞬で扉全体にひびが入り、瞬く間に崩れていく。そして扉の先に見えたのは、明るくそして運動場のような広さを持つ部屋だった。

 その部屋の中心には魔族が一人立っている。目を閉じ、剣を携えたヴァンハルトだ。


「……ここまで来てしまいましたか。随分と人数が減っているようですが、他の方は別動隊ですかな?」


 ゆっくりと目を開けたヴァンハルトが口を開いた。口振りから、まだカルミナたちのことは知らないようだ


「こっちもいろいろあってな。別に罠を仕掛けてるってことはないから安心してくれ」

「そうですか。と、素直に納得はできませんな。バルドレッド将軍とルールライン枢機卿、あなた方の最大戦力が姿を見せていないのです。警戒するに越したことはありません」

「違うんです! 俺たちはカルミナに騙されてたことに気づきました。そして、そのときにバルドレッド将軍は後ろから枢機卿に攻撃されたんです。二人がいないのは、何かを企んでいるからじゃありません」


 ヴァンハルトは一瞬だけ眉毛をピクリと上げたように見えた。カルミナという言葉に反応したのかもしれない。


「少女もいないようですが?」

「アリシアは……カルミナに体を乗っ取られました……」

「……なるほど。その話が本当だとして、あなた方はなぜここに? 仲間を、少女を救いに行くのが先決なのでは?」

「もちろん助けます。でも今の俺たちじゃ、力も時間も足りません。だから、話し合いに来ました」


 ヴァンハルトの口が開く。しかし、何も言葉を発しないまま閉じてしまった。何を言うべきか迷っているようだ。そして、もう一度口が開いたとき――


「ヴァンハルト、話し合う必要はないヨ。時間がナイ。急いでこの子たちを倒そうカ」


 奥から現れたのはドルミールさんだ。以前より冷たい声色で、その表情も硬い。言葉の内容からもこちらを拒絶しているのが分かる。どうやら取り付く島もないらしい。


「この子たちを倒したラ、女神のところに向かうヨ。これ以上は負担が大きすぎル」

「……ドルミール様。いえ、承知しました」


 ヴァンハルトが剣を構える。ドルミールさんは武器を持っていない。ただ、手は握り締めている。何かは持っているようだ。


「……私の聞き間違いかしらね。今、ドルミールって聞こえたんだけど」

「俺にも聞こえたな。でも、ありえねえ。百年以上前の人だぜ。常識的に考えて、同じ名前ってだけだと思うが……」

「その百年以上前の本人らしいですよ。それに特殊属性の使い手でもあります」

「……こりゃ参った。本物かよ。おとぎ話に出てくる伝説の人物じゃねぇか」


 そういえばアリシアも驚いてたな。こっちの世界の歴史を知らないせいか、年齢ぐらいしか驚かなかったけど、思ったより二人の反応が大きい。
 事前に話しておくべきだった。移動や戦闘、他にもいろいろあったせいで忘れてたってのもあるんだけど……失敗したな。


「すみません。もっと早く伝えるべきでした」

「そうだな。でも、責める気はねえよ。さすがにいろいろありすぎたからな」

「そうね。それにもし知ってたとしても、対策の立てようがなかったわ。きっと驚くのが早くなっただけよ。今はそれより、戦う気の二人を何とかしないとね」


 ヴァンハルトの体からは赤い光が放出されている。強化魔法をかけているようだ。ドルミールさんのほうも握りこぶしが光っていた。少し赤みがかった濃い黄色の光だ。炎や雷の属性の色ではない。想像の力を使うと見ておいたほうがいいだろう。


「特殊属性を使うってんなら、そっちはツカサで、俺たちはヴァンハルトだな」

「正直、二人でも止められるか怪しいところね」

「――そろそろいいカナ? こっちは準備が終わったカラ、悪いけどはじめるヨ」


 ドルミールさんの言葉と同時にヴァンハルトが剣を振るった。地面を削りながら炎の斬撃が飛んでくる。

 とっさに横へ飛ぶ。すると部屋を二つに分けるように地面から壁がせり上がってきた。


 ……ロイドさんたちは反対側か。ヴァンハルトもいない。向こうも考えることは一緒だったみたいだ。


 目の前にはドルミールさんが一人で立っている。魔道具を発動させたのか、その体は金属に覆われている最中だ。そしてすぐに唯一見えていた顔も覆われ、全身鎧の姿となってしまった。


 準備って、このことか。まさか鎧を着るとは。鎧の形は土や鉄の騎士に似てるけど、あの色……たぶん前に戦った白魔の銀鉄だ。厄介だな。


「ドルミールさん、話を聞いてください!」


 返ってきたのは言葉ではなく、赤い輝きを放つ魔石だった。


 まずい!!


 瞬間的に魔力を全身に巡らせ、破壊の力を纏う。

 目の前で爆発が起きる。しかし、衝撃は来ない。破壊の力を突破できるほどの威力はなかったようだ。

 爆炎を抜ける。すると今度は、地面に黄金色の魔石が落ちていた。

 一瞬で視界が白く染まる。轟音のあと、周りからはバチバチといった音も聞こえてきた。音から電撃をくらったことが分かる。だが、これも効きはしない。破壊の力を纏っている以上、低威力の魔法ならすべて壊せる。この程度の魔石ならば問題ないだろう。


 問題はない。問題はないんだけど……これじゃ破壊の力を解除できないぞ!?


 次から次へと魔石が飛んできていた。破壊の力を纏っていれば無傷だが、なければ死んでもおかしくない量である。

 巨大な水球を作り出し、捕らえようとしてくる水の魔石。着弾した瞬間、炸裂段のように辺りに石ををまき散らす土の魔石。空中で発動し、その突風で動きの妨害と他の魔石を加速させてくる風の魔石。炎と雷も合わせて、多種多様な魔石が襲い掛かってきていた。

 魔石で遠くから攻めてくるドルミールさんに対し、俺のほうは遠距離攻撃ができない。すでに魔法を使ってるからだ。技術的に違う魔法を同時に二つは難しく、破壊の魔法との併用だと魔力量的にも厳しい。攻撃を止めるためにも何とかして接近する必要があるだろう。

 破壊の力を纏ったまま駆ける。しかし、ドルミールさんは逃げて行く。まともに戦う気はないらしい。

 魔石は雷のものが多くなっていた。どうやら目くらましは効くということに気づかれたようだ。一向に追いつけず、身に纏った破壊の力も解除できない。そして、ここでようやく狙いに気づいた。ドルミールさんが俺の魔力切れを狙っているということに。


 ……このままじゃ何もできずにやられる。ジリ貧だ。……どうせ魔力を減らされるなら、自分の意思で使ってやる!


 足を止め、体の奥底から魔力を引き出す。新しい魔法を撃つのではない。纏っている破壊の力を、その範囲を拡大させていく。

 拡大したものを維持する必要はなかった。一瞬だけでもドルミールさんまで届けばいい。そう願って増幅させた魔法は次々に発動前の魔石を破壊していく。そして、俺の魔法はドルミールさんのもとへと到達する。

 俺の魔法は破壊の力だ。そのため、ドルミールさんは無効化するために創造の力を身に纏わなければいけない。だからほんの一瞬、魔石を投げることではなく想像の力を使うことに集中する。そして今の俺にはその一瞬があれば充分だった。


「ファイアオーラ・バースト!」


 すぐさま次の魔法を発動させ、弾丸のように飛ぶ。続けて拳を握り、乾いた血のような赤黒い光を纏わせる。
 そして勢いそのままに、破壊の力を纏った拳を白銀の金属に覆われた顔面へと叩き込むのであった。
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