青年は勇者となり、世界を救う

銀鮭

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第七章

第百五話 選択

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 魔王さんに置いて行かれそうになり雷を纏って走ったところ、地下の道の半ばで合流できた。
 追いついたというよりも、俺がいないことに気づいた魔王さんが待っていてくれた形だ。今は地上に出て、ジョギングぐらいの速度で喋りながら走っている。


「……他にも聞きたいことがあるなら言え、今なら何でも答えてやる」


 隣を走る魔王さんからそんな言葉が聞こえた。置いて行ったことについては謝罪されたが、それでも後ろめたさがあるのだと思う。何でも答えるはそういう意味も含まれてると感じた。


「ドルミールさんが言ってたんですけど、世界の行く末に、いまさら新しい可能性なんていらない。これ以上の負担なんていらないってどういう意味でしょうか?」


 俺は最も疑問に思ったことを聞いてみた。
 魔王さんはたぶん最初から話し合いに肯定的だったと思う。他の人が否定的で、魔王さんに気づかれる前に俺たちを排除しようとしていたのではと考えていた。そしてその理由がドルミールさんの言ってた言葉の意味にあるはずだ。


「まず、俺たちは世界を滅ぼそうとはしていない。人間もだ。これはいいか?」

「はい、今なら納得できます」


 カルミナが裏切る前なら信じなかったかもしれない。だがカルミナの嘘が発覚して事情は変わった。
 一方で魔王さんは嘘をついていないと思う。まだ少ししか話していないが、お金の単位や元の世界の国の名前なども知っていた。同じ世界から連れて来られているというのも信じれれる。それに膨大な労力と魔力を使って魔族全体の寿命を止め、死ぬ人を減らそうとしているくらいだ。悪い人ではない。


「カルミナがやろうとしてるのは、この世界を崩壊させ、自分の体から放出されているエネルギーを減らすことだ」

「そのときに発生する負の感情、恐怖とか絶望とかの感情を吸収するともドルミールさんから聞いてます」

「そうだ。だが、問題はまだある。それが、カルミナが次のエネルギー源として俺たちが元居た世界を狙っているということだ」


 そう、ここまではドルミールさんからも聞いている。ただ、何故俺たちの世界なのだろうか?


「俺たちの世界が狙われた理由はわかりますか?」

「カルミナが言っていた話だから真実かは怪しいが……俺たちの世界は神が眠っている、封印状態らしい。おそらく乗っ取るのに都合が良かったんだろう。それ以上のことはさすがにわからん」


 魔王さんに詳しく聞くと、先代の魔王を倒し、魔族化しているときにカルミナがペラペラと喋っていたらしい。
 当時は魔王さんも満身創痍であり、カルミナも魔族化が成功するとは思っていなかったようだ。そのときの話によるとカルミナはすでに俺たちが元居た世界を乗っ取り、神として世界と繋がってしまっているとのことだった。


「……話を戻すぞ。ドルミールが言っていた新しい可能性についてだ。これは、カルミナの倒し方が増えるという意味になる」

「倒し方なんですか? 今まで魔王さんたちがやろうしてた封印ではなく?」

「封印はもう間に合わない。こうなった以上は倒す必要がある」


 ……封印が間に合わないのは俺たちのせいだ。でも、カルミナを倒していいのか? さっきの話だとカルミナは今、二つの世界の神になってるはず。たしか世界は神がいなければ崩壊するって話もあった。じゃあ、カルミナを倒したら――


「でも、そしたら世界が二つとも壊れるんじゃ……もしかして、神がいないと世界が崩壊するっていうのもカルミナの嘘ですか?」

「それはある意味本当だ。カルミナを倒せば世界は壊れる。ただそれはカルミナと世界が繋がっているために連鎖的に起きる現象らしい」


 ……だとするとカルミナは倒せない。……いや、魔王さんは倒し方が増えるって言ってた。俺の破壊の力で何かできるはずだ。


「俺は何をすれば……?」

「カルミナを倒せばいい。破壊の力でな」

「破壊の力で?」

「そうだ。カルミナを倒すさいに破壊の力で世界とのつながりも壊せば世界は神を見失う。ドルミールによれば世界は一種の停滞状態となり、その後緩やかに滅びるとのことだ。そして滅びると言っても星の寿命のあとだと聞いている。だから破壊の力で倒してしまえれば問題はない」


 つまり神と世界が繋がったままだと、神が倒れた場合はすぐに世界は崩壊する。破壊の力で繋がりを断てば、世界は崩壊するものの緩やかであり、神不在での崩壊という現象が起きる前に星の寿命が来るらしい。


「新しい可能性って、そういうことだったんですか……」


 破壊の力で世界を救う。一見矛盾してるようだが、俺の力が役に立つなら全力で壊すだけだ。魔族化したことで魔力もかなり上がってる。その精度もだ。戦うにあたって今が過去一番調子がいい。

 魔王さんが遅効性の魔力活性薬を飲みはじめた。それに習って俺も飲んでおく。
 今の俺は特殊属性の反応が分かるようになっていた。だから、カルミナまでの距離も分かる。スタート地点を魔王さんと出会った場所だとすると、今は全体の三分の一ほど進んだぐらいだろう。先行してるロイドさんたちはおそらく半分ぐらいは進んでいるはずだ。

 ドルミールさんの考えでは、カルミナは魔法陣を描き、世界の状態を停止から崩壊へと変化させようとしているとのことだ。魔法陣を製作中であることから、枢機卿は傍ではなく、離れたところで守っていると推察していた。
 ロイドさんたちの役目は枢機卿、そしてカルミナが意識を変えた周囲の魔物を倒して道を開くことだ。俺たちは魔力の温存しつつ、カルミナのところまで行き、倒すのが役目となる。

 カルミナのほうは味方が少ない。ロイドさんたちが上手く枢機卿を倒してくれれば、あとはカルミナ一人だ。
 女神というだけあって、簡単には倒せないだろう。魔法の技術の高さも知っている。だが、魔王さんと二人がかりなら問題ないようにも思えてしまう。気がかりなのは、やはりアリシアのことだ。


「あの……俺の仲間、アリシアがカルミナに体を乗っ取られてるんです。それで――」

「問題ない。カルミナはその少女の体を失うわけにはいかないからな」


 さらに質問を重ねると詳細が分かった。カルミナが世界に対して魔法を使えてるのが、アリシアの体を介してのことだから問題ないということらしい。
 厳密に言えば、アリシアの体がない状態でもカルミナは世界に対して魔法は使える。ただし、その場合は大量の魔力が必要だ。世界の崩壊などはできないし、その状態なら俺一人でも倒せるだろうと魔王さんは言っていた。

 つまり、カルミナはアリシアを守らないといけない。この期に及んで見捨てようものなら、封印どころではなく倒されてしまうからだ。俺に対しては人質になるだろうが、魔王さんには効果がない。それに、アリシアを助ける方法もあるようだった。


「魔王さんの特殊属性は時間でしたよね? それでアリシアの時間を巻き戻して元に戻すとかですか?」

「違う。俺は加速と減速、そして停止しか出来ない。そのアリシアとやらはカルミナを倒した瞬間に停止させる。どんなに傷が深かろうが死なせはしない。そのあとはドルミールが何とかする」


 巻き戻しというのはできないらしい。そして話を聞く限り、かなりアバウトな方法のようだ。ただ、魔王さんは出来ないこと言うような人ではないと思う。会ったばかりだがなんとなくわかる。力を合わせれば、きっと助けられるはずだ。

 ……本当は戦う前に、出来れば怪我無く助けたいと思っていた。だが、カルミナを倒さないと解放することも出来ない。不本意だが、アリシアの体を攻撃する覚悟だけは決めておいた方がいいだろう。


「……そろそろヴァンハルトたちが中間を過ぎてる頃だな」

「はい、そうですね」


 枢機卿が待ち構えているとしたらそのあたりだろう。もしかしたら戦闘がはじまっているかもしれない。


「念のため、聞いておきたい」

「はい?」

「破壊の力でカルミナと世界の繋がりは壊せる。ただし、それはどちらか一方だけだ」

「……え?」


 思わず足を止める。

 両方壊せると思っていた。いや、壊してみせる。そう魔王さんに告げる。しかし、首を横に振られてしまう。魔族とはいえ、神でもないものが世界との繋がりを壊せるだけ凄いことだと。
 命を懸ける覚悟で一つ。二つはどうやっても、たとえ死んでも壊せないと言われてしまう。

 俺と同じように足を止めていた魔王さんは少しためらい、口を開く。


「ツカサ……おまえはこの世界と元居た世界、どちらを救うんだ?」


 俺はその質問に答えることができなかった。
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