元奴隷前従者の幸福

亜桜黄身

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本編後番外

『メイドの日』

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「リチャード様、朝です。おはようございます」

リチャードはカーテンを引かれて差し込む朝日と最愛の声に呼び起こされ、目を覚ます。彼は一年のうち大半はこうして目を覚ます。これに限らない日はアドルフを寝所に引っ張り込んで共に寝落ちたときだけだ。
体力はないくせに年齢の差なのか、アドルフは前の晩にどれほど疲れさせてもリチャードより先に起きて身支度することが増えてきた。相変わらず傍に置くと愛してやりたくて仕方なくなるが、もう若くはないのだと自覚を持たなければならないと時折思う。
そんなことを思いながら、近寄ってきたアドルフを戯れでベッドの中へと引き摺り込む。主人のいたずらにアドルフは目を丸くしたが、仕掛けた本人はアドルフよりも更に瞳を大きく見開き、腕の中にいる男の姿を凝視した。

「リチャード様、お目覚めですか?」
「あ、ああ…………アドルフ、その格好はどうした」

アドルフは最愛の主人から強い視線を受けると、恥ずかしげに俯いてか細い声を出した。

「本日は、その……メ、メイドの日だそうで……いつもの……執事服ではなくこちらを渡されました」
「そうか……」

リチャードは何食わぬ顔で近寄ると、そっとドロワーズに巻き込まれて捲れ上がっていた裾を引っ張った。あくまでも、着慣れていないことで乱れた服装を正しただけだ。しれっと剥き出しの太ももを撫でたところでアドルフは気にしない。
アドルフは長身だ。側仕えをしていた青年と並んでも、目測で5センチはアドルフのほうが高い。その長身に見合ってか手足が長く、すらりと伸びている。
普段は隠れているほっそりとした足首が長いスカートから見え隠れするのはなかなか目に楽しいものだった。

「旦那様、視線が濫(みだ)りがましいです」
「……そんなことはない」
「いくら無表情でも視線が隠せていませんが」

厭らしい目で見てはいないと言うのに、側仕えの視線は冷たい。
彼はアドルフに遅れて扉を叩き、リチャードがアドルフを抱きかかえているのを見ると「遅かったか……」と小さく呟いた。彼自身も慌てて出てきたらしくタイが曲がっている。見つかる前に着替えさせようとしたのだろうが、その努力は報われなかった。
楽しませないつもりなら何故こんな格好をさせたのだと思わないでもなかったが、訝しげな目に気づかれてため息を吐かれてしまった。

「ネタで渡したつもりが着て出て行ってしまったんですよ……まさか着れるとは思わないでしょう、成人男性がサイズの調整もしていないレディの制服をですよ」

常日頃からアドルフのそのままの身体を見ているリチャードからすれば不思議ではないが、厳格な執事服の中身を知らない彼からすればそうは思わなかったらしい。頼りなさげだが長身で、痩せこけた頬も少しはふっくらとしてきた頃だ。まさか痩せ細った身体からたいして変わりないとは予想がつかないのだろう。
元よりアドルフには使用人同士の共同スペースの使用を禁止してある。側仕えをさせていた頃からかろうじて寝室は使用人室にあったものの、身体はリチャードの入浴に付き合わせるついでにリチャードが洗っていた。
彼としても、同僚の身体に無数についた赤い鬱血など見たくはないだろう。誰が付けたのかわかるなら尚更だ。

「なかなか良い仕事をしたな」
「滅多に俺たちの仕事ぶりを褒めない旦那様からいただくお言葉がこれなんて……!」
「報奨は少し長めの余暇でどうだ」
「くっ……! 嬉しい限りですが、俺が居ない間にアドルフのやつを腹上死させては困りますので」
「そこまで無茶はしない」

まあ、多少足腰が使い物にならなくなることはあるだろうが。
後半は言葉にまで出さなかったが、表情筋の変わらない顔から何かを読み取ったらしい側仕えが目を眇める。二度目に側仕えとして呼び戻した折にか、アドルフと親しくしているせいか、彼は段々と雇用主への遠慮がなくなりつつあった。

「俺は朝食の準備をして参りますので、くれぐれも、そのままベッドから出てきてくださいね」

そう言い残して部屋を出て行ったのは彼なりの優しさだろう。彼のある間に一言も喋らなかったアドルフがもじもじと腕の中で身動ぎする。

「なんだ、恥ずかしいのか」
「えっと、その……この格好は女性がするものだとわたしでもわかるので……」

躊躇いもなく着て自室を出てきた様子であるのに、改めると思うところがあるらしい。
戯れの延長として長いスカートの中に腕を差し入れると、身体がびくりと震えた。期待を逃すようにはあ……っ、とため息を吐く。調子づいてまだ肉付きの薄い臀部を揉み込むと、僅かに抵抗するように身動ぎした。

「リチャードさま……あの、この格好では……」

元々リチャードがアドルフを女性のように扱ったことはないが、女性的なものとして扱われることが気恥ずかしいようだった。その姿がリチャードを堪らない気持ちにさせる。

先ほど報奨などと言ったが、彼の察する通り体よく追い出そうとしたのだ。
どうせならアドルフだけを残して全員に休暇を言い渡そうとすら考えたが、思いつきでは流石に厳しい。ローテーションで休みを組んでいる使用人たちの問題もあるし、リチャード自身も邸内の事細かなことまで把握してはいない。急に休暇を振られたところで皆が喜ぶとは限らないだろう。
それに、せめて最低限の使用人は残さなければならない。リチャードは自分の世話くらい自分でできるが、アドルフにはまだ出来ないことのほうが多くある。

「いつかお前と二人だけで暮らしたいものだな」

来るかもしれないし、来ないかもしれない『いつか』の話をしてリチャードが微笑む。腕の中でアドルフがはにかむように笑った。
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