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兄達の帰還

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マルグレーテは公爵令嬢として生きてきて、使用人の仕事などはした事が無かったのだが、
リリーアリアの身の回りの仕度を全てこなせる様にと働き始めた。
リリーアリアもそれを見て興味を持ち、自分の事は自分で出来るように努力をし始める。
そして、二人が切磋琢磨しながら、日常生活も勉強や訓練も仲睦まじく過ごしていたある日、
兄達が三人とも一斉に帰ってきたのだ。

「アリア!会いたかったぞ」

波打つ黒髪を後ろで束ねた長兄のヴォルフガングが、リリーアリアを抱き上げた。
幼い頃から父に鍛えられて、9歳なのに少年と言うより青年に近い体躯をしている。

「ヴォルフお兄様。わたくしも会いとうございました」

「おや、折角なんだから顔を見せてくれ」

と言いつつ、辺りに目を配る兄を見て、リリーアリアは黒いベールを捲り上げた。

「大丈夫ですわ、わたくしの親友で侍女のマルグレーテと、クリストハルトしか出入を許してませんもの」
「ああ、相変わらず美しい瞳だ」

幼く膨らんだ頬に指を滑らせながら、ヴォルフガングが嬉しそうに呟く。

「あら、美しいのは瞳だけでして?」
「いや、全てが美しいよ。リリーアリア」

くふふ、と嬉しそうに笑う妹の顔を見て、ヴォルフガングも嬉しそうに目を細めた。

「兄上、抜け駆けはずるいぞ」
「本当に油断も隙もねぇ」

続いて部屋に入ってきたのは、次男のラインハルトと三男のジークヴァルドだ。
ラインハルトはさらりとした金の髪も、紫の瞳も母に似ている。
まさに絵に描いたような美少年で、王宮では男女共に虜にする美貌の持ち主だ。

「さあおいで、愛しのリリーアリア」

ヴォルフガングから受け取って抱きしめると、リリーアリアの頬に優しく口付けた。

「ハルお兄様、色々な方からお兄様へのお手紙をお預かりしておりますのよ?」
「うーん、俺はアリアからの手紙だけでいいなぁ」

全く興味を示さないラインハルトに、リリーアリアもにっこり微笑んだ。

「では、執事長に預けておきますわね、何時ものように」
「ああ、そうして」

「おい、何時まで独占してんだよ、早く寄越せ」

痺れを切らしたように、ジークヴァルトがリリーアリアをラインハルトの腕からもぎとった。
短くツンツンと逆立った短い銀の髪に、吊りあがった緑の瞳は、母方の祖父に良く似ているという。
さっきまで短気な素振りで怒っていたのに、リリーアリアを腕の中に収めると、途端に笑み崩れた。

「お兄ちゃんでちゅよ~」
「やだもう、ジークお兄様ったら、わたくしはもう赤ちゃんではございませんのよ」

兄達は一斉に笑い声をあげて、リリーアリアも嬉しそうにくふふ、と笑い声を立てた。

「そうだ、お前の瞳に似た宝石を見つけたんだ。アクセサリーを作らせたから、これを今日の贈り物にしよう」
「珍しく集まった記念ですか?」
「いや、お前の誕生日だろう」

言われてリリーアリアはハッと目を丸くした。

「すっかり忘れておりましたわ」

「時々抜けてるんだよなぁ」

嬉しそうに髪に頬ずりをしたジークヴァルトが、リリーアリアをヴォルフガングの横の椅子に座らせた。

「俺からは、前にアリアが食べたがっていた菓子や食いもんを持ってきた」
「実はお前が食べたかっただけだろう」

ジークヴァルトが入口付近の荷物を運びながら言った言葉に、ヴォルフガングが笑いながら突っ込みを入れた。

「そうとも言う」

シレっと肯定したジークヴァルドが、テーブルの上に買ってきた物を次々に並べた。

「じゃあ、俺からの贈り物も見せよう。今日に合わせて作らせたドレスだ」

大きな箱を抱えて、ラインハルトがリリーアリアの目の前に置いた。

「開けても宜しくて?」
「ああ、どうぞ。君の物だ」

白い箱に入っていたドレスは、ふわふわと柔らかそうなシフォンの生地を重ねたドレスだ。
黄色やオレンジで染められた布が幾重にも重なっていて、リリーアリアの瞳の色に合わせたように美しい。
靴も黄金色で、光ると橙色に見える、美しい色をしていた。
手袋とショールは銀糸を織り込んで編んであり、ベールに合わせて黒い色をしている。

「まあ、素敵。美しいドレスを有難う、ハルお兄様」

スッと頬を差し出されたので、リリーアリアはその形の良い白い頬に口付けた。

「姫君、俺には?」

先ほど説明されたアクセサリーを手に、ヴォルフガングに微笑まれて、その手の中の宝石を見る。
半透明な石の中に、幾つもの煌く光が閉じ込められている、ファイヤーオパールだ。

「とても、綺麗です。有難う、ヴォルフお兄様」

同じく顔を寄せられて、リリーアリアは少し背伸びをして日焼けした頬にキスを落とした。

「じゃあ俺も」

目の前で料理を並べていたジークヴァルトが、近寄ってきて顔を近づけたので、リリーアリアは微笑んで
その頬に唇を押し当てた。

「ジークお兄様、有難う。とても美味しそう」

目の前には色とりどりのお菓子の箱や包みで溢れていて、でもそれよりも目に付いたのは上品なお菓子などではなく
簡素に包まれた串焼きや、パンだった。

「あら…見た事の無い食べ物ですわ?」
「ああ、それか、下町の屋台で買ってきた。前に町で売ってる食物も食いたいって言ってたろ」
「ええ、ええ!これがそうですのね?」

リリーアリアは好奇心に目を輝かせた。
幼い事もあるが、皇女と言う身分では城の外に出ることすら困難だ。
町へ行くのも、町で売っているものを食べる事も、おいそれと出来る事ではない。
リリーアリアが唯一の娘で、過保護にされる一方で、兄達は割りと自由に過ごしている。

「さっき買ってきたばっかだから、温かいうちに食え。その棒をもって食うんだ」
「はい…むぐむぐ」

肉は固めだが、味付けはとても美味しい。
リリーアリアは咀嚼する口に手をあてながら、ジークヴァルドに頷いて見せた。

「美味いだろう?俺も好きなんだ」

と言いながらジークヴァルドも両手に串焼きを持って、交互にぱくぱくと食べ始める。
ジークヴァルドから1つ受け取ろうとしたラインハルトの手が止まった。

「いや、お前が食うのかよ」

そして、ヴォルフガングがその光景を見て、ハハハ、と快活そうな笑い声をあげた。
リリーアリアも思わず噴出しそうになって、慌てて口を両手で押さえる。

食べている時に笑わせないでほしいですわ…。
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