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兄達との別れ

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リリーアリアは、テーブルの上の食べ物をちらりと見た。
折角作りたての暖かい食事を、ジークヴァルドが買って来てくれたのである。

「いいよ、食べてからで。今日は時間がたっぷりあるからね」

ラインハルトが面白そうに片手をヒラヒラ振った。
とりあえず、言われたとおりにリリーアリアは、焼いた肉を一枚の丸いパンで挟み込んだ食べ物をもしょもしょと
食べ始めた。

近くのテーブルでは、勝手にクリストハルトがジークヴァルドの持ってきた料理を食べている。
その横ではクリストハルトに勧められて、マルグレーテも遠慮がちに食べていた。

この二人は言わなそうですわ。

じっと見詰めながら、そう考えていると、
リリーアリアの考えを読み取ったのか、目があったジークヴァルドがニヤッと笑った。

「いや、犯人はここにはいねーぞ。お前には護衛と諜報を兼ねた人材を付けてるからな、兄上達が」

という事はジークヴァルドは関わっていないのだろうか?
と考えていると、ラインハルトがおかしそうにふふっと笑った。

「お前がちゃんと話を通さないから、危うく殺し合いに発展する所だったんだろ」
「全くだ」

ヴォルフガングとライハルトは示し合わせて、お互いの間者をリリーアリアに付けているという事で、
後から了承もなしにジークヴァルトが送り込んだ間者との間で緊張が走ったらしい。

何ですかそれは。
護衛同士の殺し合いとか、初耳なのですが。


「過保護過ぎますわ。わたくしにはきちんとクリストハルトという護衛がおりますのよ」

もふもふと食べつつ、文句を言うと、ヴォルフガングが肩を竦めた。

「最強の護衛だとは思うが、常に護る人材はお前に知られていない方が効率がいい」

「まあ…人を困った人間のように言わないで下さいまし」

まだ、クリストハルトを撒いた事は一度も無い。
用事を言いつけたことはあるけれど。

「お前の前に姿を現すのは禁じているから、いないものと思って過ごせ」

そんな事を言われましても。

リリーアリアは困った様に眉を下げた。

クリストハルトは見えていなくても気配だけで攻撃が出来ると前に言っていたから、
もしかしたら気づいているのかもしれない。
だが、彼の迎撃できる範囲には近寄っていない筈だ。
それに、幾らリリーアリアが気にしても、気配を察する事が出来る高みにいつ達するかは全然分からないのである。

「分かりました、けど、でしたら、その者から報告を聞いて下さいませ。わたくしからお話しするのはちょっと
憚られる事もございますし…」

控えめに言って、リリーアリアは食べ続けるが、ラインハルトが肩を揺らして笑っている。

「それって、リヒャルトの歯を折った事?」
「ぶひゃひゃひゃ!なんそれ!!」

知っているではありませんか。

とリリーアリアは心の中で反論した。
初耳だったらしいジークヴァルドが、愉快そうに大笑いしているし、ヴォルフガングも笑っている。

あれは、兄達に笑いを提供する為にやった事ではない。

「もう、いい加減にしてくださいませ。少し…ほんの少しやり過ぎてしまったと思っておりますのよ」
「いやいや、アイツはそれくらいしないとわかんねぇだろ」

涙が出るほど笑ってからジークヴァルドが言う。

笑っている内容が内容だが、兄達がいると明るい日差しの中にいるようで楽しい。

ここにお母様とお父様がいれば完璧なのに。
それに、この時間も今日で終ってしまう。

寂寥感に包まれたリリーアリアは、泣き出したい気持ちを堪えて、パンに齧りついた。


その日の夜、戦時中で無ければ大々的に誕生日を祝われるのだろうが、勿論それは辞退したので、各所から
贈り物が届けられて終了した。
兄達との晩餐で、兄達から贈られた物で身を包み、翌朝三人は連れ立って父と母のいる戦場へと旅立って行く。

別れの挨拶に、兄達が集まっていた。

「兄上、これは?」

小さな箱を手渡されたラインハルトが、首を傾げる。
はは、と小さく笑ってヴォルフガングはもう一つの小さな箱をジークヴァルドに放り、ジークヴァルトは器用に
それを空中で掴み取った。

「開けてみろ」

言われたラインハルトとジークヴァルドは箱を開け、中身を見て喜色を浮かべた。

「アリアの宝石だ」
「素晴らしいカフスを、有難う兄上」

嬉しそうな兄達がそんな遣り取りをしていて、リリーアリアはちょっぴり気恥ずかしい思いをする。
でも、これから兄達は最も激しい戦場に向かうのだ。
唯一残されるリリーアリアを想起させるアクセサリーを身につけるのは、考えてみると恥ずかしいより悲しくもある。

もっと、お兄様達と一緒に居たい。

言葉には出せないが、リリーアリアは精一杯笑顔を作る。
最後に、ヴォルフガングがリリーアリアの頭に手を置いて撫でた。

「いいか、お前は必ず生き残るのだぞ」

「お兄様も」

優しい口調で言われた言葉のあまりの切実さに、リリーアリアはその一言しか言えなかった。

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