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ルイーセの反抗期
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花の決闘が行われる夜会への招待状が届いた翌日、私はフィオネからリクスハーゲンの宮殿に急遽呼び出されたのだった。
「事情は聞いたわ。ドラフィアの王太子妃殿下から決闘を申し込まれたんですってね」
「……はい」
招待状を見ながら、フィオネは言った。どうやら私とウェンデ以外にも、両親と姉夫婦にも招待状が届いたようだった。
エリザとの一件について隠すつもりは無かったものの、ここ数日公務で多忙だったため、姉達への報告が後回しになってしまっていたのである。
「勝手なことをして、ごめんなさい」
「いいえ、ちょっと驚いたけど、貴女が無事で良かったわ」
そう言って、フィオネは穏やかに笑ったのだった。
「じゃあ……」
「でも、決闘なんて止めておきなさい。今の状況で何されるか分からなくて心配だわ」
「え?」
フィオネの言葉に、思わず私は耳を疑った。
「王太子妃には私から謝罪するわ。まだ時間はあるから中止するのも遅くは無いはずだし。だから、ルイーセは心配しないで」
どうやら彼女は、エリザとの決闘に反対なようだった。
「待って、フィオネ姉様。これは私が責任を持って……」
「大丈夫、後は私とマーリットが何とかするから」
ね?とフィオネは言った。
いつもであれば、頼もしい筈の姉の存在。けれども、何故か心が落ち着くことは無かった。むしろ、苛立ちが募り始めていたのである。
「何で、私に任せてくれないのです?」
「妹を守るのが姉の務めでしょう? それ以外に理由は無いわ。今回は、貴女がどうにかしようとか思わなくて良いのよ」
その一言を聞いた瞬間、私の堪忍袋の緒が切れる音がした。
「どうして、そんなこと言うの!?」
「っ!! ルイーセ?」
椅子から立ち上がり、私はフィオネを怒鳴りつけるように言った。
「今回だけじゃない。今までずっとよ。結婚だって何だって、何でお姉様達が先回りして勝手に決めてくばっかじゃない!! そんなに私は役たたずなの? そうならそうとはっきり言ってよ!!」
「待って、ルイーセ。落ち着いて」
「兎に角、この件は私がどうにかするから。お姉様は関わらないで!!」
「ルイーセ!!」
呼び止めるフィオネの言葉を無視して、私は部屋から早足で出て行った。思えば、姉に反抗したのは人生で初めてかもしれない。
「お姉様の……っ、わからず屋……!!」
怒りと悔しさで涙が溢れ、それは帰宅してからも暫く収まることは無かった。
+
結局、私はウェンデが帰って来るまで、ずっと泣き続けていた。氷嚢で目元を冷やしたものの、隠しきれないほどに顔は酷い有様になっていたのだった。
しかし泣き腫らした顔を見ても、ウェンデが根掘り葉掘り聞いてくることは無かった。平常通り夕食と入浴を共にして、寝室へと向かったのである。
「……お姉様は相も変わらずお元気そうでしたわ」
「そうか、なら良かった」
私はフィオネと喧嘩をしたことは伏せて、彼に宮殿に行ったことだけを告げた。いつもならば姉達とこんな話をしただとかを詳しく言うので怪しまれるかと思ったが、追及されることは無かった。
「少し疲れてるみたいだが、今日はこのまま寝るか?」
気遣うように、彼は言った。
正直、泣き疲れているのが本音だ。けれども、このまま眠る気にはなれなかったのだった。
「ルイーセ?」
「……ん」
いじけた子供のように、私はウェンデの胸元に顔を埋めた。湯上りの肌の温もりは、少しだけ私の心を落ち着かせたのだった。
埋まらない気持ちを埋めたい。そんな欲が静かに巻き起こっていた。
「……っ、ん」
何をどうしたいかなどを伝える気力も無くて、私はただ厚い胸板にキスを何度も落とした。怒りや苛立ちをどこにぶつけたら良いか分からなかったのである。
ふと、とある単語が頭に思い浮かぶ。今の私も、もしかすれば''それ''なのかもしれない。
「……ウェンデ様」
「?」
「私、反抗期なのかもしれません」
私の一言に、ウェンデはやや驚いた様子だった。しかし、からかったりはしなかった。
「もう、感情をどこにぶつけたら良いのかすら分かりません」
そう言って、私は彼の鎖骨辺りに軽く頭突きをした。
「憂さ晴らしならば付き合うが」
「……本当に?」
「ああ、どうしたい?」
嫌な感情を紛らわすために、自分は強い刺激を求めているようだった。火遊びをしたがる子供のように幼稚な思考であるのは重々承知である。
「だったら……取り敢えず、夜更かししたいです」
明日も公務に参加するにも関わらず、私は最初の我儘を口にした。
「事情は聞いたわ。ドラフィアの王太子妃殿下から決闘を申し込まれたんですってね」
「……はい」
招待状を見ながら、フィオネは言った。どうやら私とウェンデ以外にも、両親と姉夫婦にも招待状が届いたようだった。
エリザとの一件について隠すつもりは無かったものの、ここ数日公務で多忙だったため、姉達への報告が後回しになってしまっていたのである。
「勝手なことをして、ごめんなさい」
「いいえ、ちょっと驚いたけど、貴女が無事で良かったわ」
そう言って、フィオネは穏やかに笑ったのだった。
「じゃあ……」
「でも、決闘なんて止めておきなさい。今の状況で何されるか分からなくて心配だわ」
「え?」
フィオネの言葉に、思わず私は耳を疑った。
「王太子妃には私から謝罪するわ。まだ時間はあるから中止するのも遅くは無いはずだし。だから、ルイーセは心配しないで」
どうやら彼女は、エリザとの決闘に反対なようだった。
「待って、フィオネ姉様。これは私が責任を持って……」
「大丈夫、後は私とマーリットが何とかするから」
ね?とフィオネは言った。
いつもであれば、頼もしい筈の姉の存在。けれども、何故か心が落ち着くことは無かった。むしろ、苛立ちが募り始めていたのである。
「何で、私に任せてくれないのです?」
「妹を守るのが姉の務めでしょう? それ以外に理由は無いわ。今回は、貴女がどうにかしようとか思わなくて良いのよ」
その一言を聞いた瞬間、私の堪忍袋の緒が切れる音がした。
「どうして、そんなこと言うの!?」
「っ!! ルイーセ?」
椅子から立ち上がり、私はフィオネを怒鳴りつけるように言った。
「今回だけじゃない。今までずっとよ。結婚だって何だって、何でお姉様達が先回りして勝手に決めてくばっかじゃない!! そんなに私は役たたずなの? そうならそうとはっきり言ってよ!!」
「待って、ルイーセ。落ち着いて」
「兎に角、この件は私がどうにかするから。お姉様は関わらないで!!」
「ルイーセ!!」
呼び止めるフィオネの言葉を無視して、私は部屋から早足で出て行った。思えば、姉に反抗したのは人生で初めてかもしれない。
「お姉様の……っ、わからず屋……!!」
怒りと悔しさで涙が溢れ、それは帰宅してからも暫く収まることは無かった。
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結局、私はウェンデが帰って来るまで、ずっと泣き続けていた。氷嚢で目元を冷やしたものの、隠しきれないほどに顔は酷い有様になっていたのだった。
しかし泣き腫らした顔を見ても、ウェンデが根掘り葉掘り聞いてくることは無かった。平常通り夕食と入浴を共にして、寝室へと向かったのである。
「……お姉様は相も変わらずお元気そうでしたわ」
「そうか、なら良かった」
私はフィオネと喧嘩をしたことは伏せて、彼に宮殿に行ったことだけを告げた。いつもならば姉達とこんな話をしただとかを詳しく言うので怪しまれるかと思ったが、追及されることは無かった。
「少し疲れてるみたいだが、今日はこのまま寝るか?」
気遣うように、彼は言った。
正直、泣き疲れているのが本音だ。けれども、このまま眠る気にはなれなかったのだった。
「ルイーセ?」
「……ん」
いじけた子供のように、私はウェンデの胸元に顔を埋めた。湯上りの肌の温もりは、少しだけ私の心を落ち着かせたのだった。
埋まらない気持ちを埋めたい。そんな欲が静かに巻き起こっていた。
「……っ、ん」
何をどうしたいかなどを伝える気力も無くて、私はただ厚い胸板にキスを何度も落とした。怒りや苛立ちをどこにぶつけたら良いか分からなかったのである。
ふと、とある単語が頭に思い浮かぶ。今の私も、もしかすれば''それ''なのかもしれない。
「……ウェンデ様」
「?」
「私、反抗期なのかもしれません」
私の一言に、ウェンデはやや驚いた様子だった。しかし、からかったりはしなかった。
「もう、感情をどこにぶつけたら良いのかすら分かりません」
そう言って、私は彼の鎖骨辺りに軽く頭突きをした。
「憂さ晴らしならば付き合うが」
「……本当に?」
「ああ、どうしたい?」
嫌な感情を紛らわすために、自分は強い刺激を求めているようだった。火遊びをしたがる子供のように幼稚な思考であるのは重々承知である。
「だったら……取り敢えず、夜更かししたいです」
明日も公務に参加するにも関わらず、私は最初の我儘を口にした。
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