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夫婦で始める、いい男探し
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私の父上がラフタシュの宮殿を訪ねてきたのは、アルラニへの視察をちょうど半月前に控えた日であった。
「お父様、お久しぶりです」
「ああ。元気そうだな、ユスティア。宮殿での生活にはもう慣れたかい?」
「ふふっ、お陰様で。皆様お優しいので、毎日楽しく過ごしておりますわ」
「そうか、それは良かった」
良かったと言いつつも、父上の表情は暗いものとなっていた。てっきり父上が私を訪ねてきたのは、近況報告ぐらいのことだろうと思っていたので、その反応は想定外であった。
どうやら何か、重要な話があるらしい。そう思った途端、私は自然と背筋を伸ばしていた。そして何も言わず、父上の言葉を待ったのだった。
「ユスティア。クラーラ殿の件について、私の方でも話は聞いている。私が今日お前に会いに来たのは、他でもなくそのことについてだ」
クラーラの名前を聞いて、心臓がバクバクとうるさく音を鳴らす。外遊を断ってから一度も彼女と会っていないため、その名前を聞くとは思わなかったのだ。
「国王陛下がクラーラ殿のラフタシュ訪問をお断りされたようだが……どうやら、彼女はそれに納得していないようなんだ」
「……ええ」
「それだけではない。噂に聞いたところ、どうやらウクラーリフ国王は、クラーラ殿の望みを叶える形で動いているようなんだ」
クラーラの希望を叶える。それは、私も初耳のことであった。あまりのことで驚きを隠せず、知らぬ間に私は、応接間のテーブルに身を乗り出していた。
「っ、お父様、それは一体、どういう意味ですの!? そんなお話、私は聞いておりませんわ!」
「そうだろうな。私も、ターニャから聞いて驚いたよ。しかし、あの子が侯爵閣下から聞いたと言うのだから、間違いなく事実なのだろう」
私の姉のターニャは、ウクラーリフの侯爵家に嫁いでいた。侯爵はウクラーリフ宮殿に頻繁に訪れているため、どうやら偶然その話を耳にしたらしい。
「現状、ラフタシュでは側妃を持つことは認められていない。そのため、ラフタシュではなくウクラーリフで婚姻関係を結ぶことを、クラーラ殿は狙っているようなんだ」
父上いわく、聖女は以下のように考えているらしい。
ラフタシュの国内でリシャルドの妻となれるのは一人であり、私はその座についている。しかし、私を退かせるのは厳しいことである。
ならば、リシャルドにウクラーリフの爵位と領地を与えて、ラフタシュの王子ではなく“ウクラーリフの”貴族としての立場を与えた上で、ウクラーリフ国内で結婚する。どうやらクラーラは、そんなことを目論んでいるようだった。
「噂によると……リシャルド王子殿下に公爵の位を与えることや、どこの領地を与えるかについても、具体的に決まっているようだ」
「そんな……了承もなしに、あんまりですわ」
「そうだな。お前の気持ちは十分に分かるよ。だがな……しがない地方貴族に過ぎない我が家には、どうもできないんだ」
「……っ」
そう。私の実家は田舎の伯爵家であり、大した家柄でもない。国へ多大なる貢献をして来た聖女と、ただの田舎貴族の出であり大した功績もない私の立場が対等であるはずがないのだ。
「ユスティア。私も本当は、娘にこんなことを言いたくはない。しかし、こればかりは致し方ないことだ」
「……」
「お前が王子殿下と仲睦まじく過ごしているという話はよく耳にするよ。でも……いつ起きるか分からない“もしものこと”は、どうか覚悟していてほしい」
相手が国を担う聖女である以上、父上の力ではどうにもならないことだ。無論、父上を責めることはできない。
そして私は、しがない貴族の娘らしく、ことを受け入れるしかないのである。
「……はい。承知しました」
暖かい季節だというのに、胸の奥はとても冷たい。私は目の前の景色がくすんだ色に見え始めるのを感じながら、父上を見送ったのだった。
+
父上が帰ったあと、私は書斎でアルラニに関する本を読んで時間を過ごしていた。
もしリシャルドがウクラーリフの爵位を得てクラーラと結ばれるならば、彼と二人で過ごせる時間も、きっと少なくなってしまう。アルラニへの視察が、夫婦最後の旅行になるかもしれない。だからせめて、視察を有意義なものにするため、万全な準備をしておきたかったのだ。
しかしいくらページを捲っても、内容が一切頭に入ってこない。私はため息を吐いて、本の表紙を閉じたのだった。
「ティア、ここにいたんだ」
冷めきった紅茶を飲んでいると、リシャルドが公務から帰ってきた。そして彼は、なぜか大量の書類を抱えていたのだった。
「お、お帰りなさいませ……リシャルド様」
「ただいま。メイドから聞いたけど、さっきまで伯爵閣下がいらしていたんだって? お元気そうだったかい?」
「は、はい」
正直、リシャルドの顔を見るだけで私は泣きそうな気分であった。この結婚自体が身分不相応とは分かっていても、やはり私は彼と離れたくないのだ。
しかし、父上から聞いた話はウクラーリフの機密情報だ。ここでリシャルドに言ってしまえば、父上や姉上、そして姉上の婚家にまで迷惑がかかってしまう。
私はテーブルの下で拳を握りながら、必死に愛想笑いを浮かべた。
「公務がもう少し早く終われば俺も顔見せできたのに、残念だったな。また今度の機会に、きちんとさせてもらうよ」
「お気遣い、ありがとうございます。ところで……」
私は机に置かれた資料の束に、ちらりと目を向けた。
「リシャルド様、こちらは……?」
「ああ、帰りに騎士団本部に寄って、うちの騎士たちの絵姿付きの団員録を借りてきたんだ。視察に連れていく騎士を選ぶためにね」
通常、視察などで警備を行う騎士は、騎士団側が選ぶものだ。リシャルドが直接指名することは異例のことであり、私は内心首を傾げた。
「それで、ティアにも選ぶのを手伝ってほしいんだ。聖女様が気に入りそうな、とびっきりのいい男探しに」
そう言ってリシャルドは、団員録のうちの一冊を私に差し出したのだった。
+明日は朝から投稿予定。お楽しみに♡
「お父様、お久しぶりです」
「ああ。元気そうだな、ユスティア。宮殿での生活にはもう慣れたかい?」
「ふふっ、お陰様で。皆様お優しいので、毎日楽しく過ごしておりますわ」
「そうか、それは良かった」
良かったと言いつつも、父上の表情は暗いものとなっていた。てっきり父上が私を訪ねてきたのは、近況報告ぐらいのことだろうと思っていたので、その反応は想定外であった。
どうやら何か、重要な話があるらしい。そう思った途端、私は自然と背筋を伸ばしていた。そして何も言わず、父上の言葉を待ったのだった。
「ユスティア。クラーラ殿の件について、私の方でも話は聞いている。私が今日お前に会いに来たのは、他でもなくそのことについてだ」
クラーラの名前を聞いて、心臓がバクバクとうるさく音を鳴らす。外遊を断ってから一度も彼女と会っていないため、その名前を聞くとは思わなかったのだ。
「国王陛下がクラーラ殿のラフタシュ訪問をお断りされたようだが……どうやら、彼女はそれに納得していないようなんだ」
「……ええ」
「それだけではない。噂に聞いたところ、どうやらウクラーリフ国王は、クラーラ殿の望みを叶える形で動いているようなんだ」
クラーラの希望を叶える。それは、私も初耳のことであった。あまりのことで驚きを隠せず、知らぬ間に私は、応接間のテーブルに身を乗り出していた。
「っ、お父様、それは一体、どういう意味ですの!? そんなお話、私は聞いておりませんわ!」
「そうだろうな。私も、ターニャから聞いて驚いたよ。しかし、あの子が侯爵閣下から聞いたと言うのだから、間違いなく事実なのだろう」
私の姉のターニャは、ウクラーリフの侯爵家に嫁いでいた。侯爵はウクラーリフ宮殿に頻繁に訪れているため、どうやら偶然その話を耳にしたらしい。
「現状、ラフタシュでは側妃を持つことは認められていない。そのため、ラフタシュではなくウクラーリフで婚姻関係を結ぶことを、クラーラ殿は狙っているようなんだ」
父上いわく、聖女は以下のように考えているらしい。
ラフタシュの国内でリシャルドの妻となれるのは一人であり、私はその座についている。しかし、私を退かせるのは厳しいことである。
ならば、リシャルドにウクラーリフの爵位と領地を与えて、ラフタシュの王子ではなく“ウクラーリフの”貴族としての立場を与えた上で、ウクラーリフ国内で結婚する。どうやらクラーラは、そんなことを目論んでいるようだった。
「噂によると……リシャルド王子殿下に公爵の位を与えることや、どこの領地を与えるかについても、具体的に決まっているようだ」
「そんな……了承もなしに、あんまりですわ」
「そうだな。お前の気持ちは十分に分かるよ。だがな……しがない地方貴族に過ぎない我が家には、どうもできないんだ」
「……っ」
そう。私の実家は田舎の伯爵家であり、大した家柄でもない。国へ多大なる貢献をして来た聖女と、ただの田舎貴族の出であり大した功績もない私の立場が対等であるはずがないのだ。
「ユスティア。私も本当は、娘にこんなことを言いたくはない。しかし、こればかりは致し方ないことだ」
「……」
「お前が王子殿下と仲睦まじく過ごしているという話はよく耳にするよ。でも……いつ起きるか分からない“もしものこと”は、どうか覚悟していてほしい」
相手が国を担う聖女である以上、父上の力ではどうにもならないことだ。無論、父上を責めることはできない。
そして私は、しがない貴族の娘らしく、ことを受け入れるしかないのである。
「……はい。承知しました」
暖かい季節だというのに、胸の奥はとても冷たい。私は目の前の景色がくすんだ色に見え始めるのを感じながら、父上を見送ったのだった。
+
父上が帰ったあと、私は書斎でアルラニに関する本を読んで時間を過ごしていた。
もしリシャルドがウクラーリフの爵位を得てクラーラと結ばれるならば、彼と二人で過ごせる時間も、きっと少なくなってしまう。アルラニへの視察が、夫婦最後の旅行になるかもしれない。だからせめて、視察を有意義なものにするため、万全な準備をしておきたかったのだ。
しかしいくらページを捲っても、内容が一切頭に入ってこない。私はため息を吐いて、本の表紙を閉じたのだった。
「ティア、ここにいたんだ」
冷めきった紅茶を飲んでいると、リシャルドが公務から帰ってきた。そして彼は、なぜか大量の書類を抱えていたのだった。
「お、お帰りなさいませ……リシャルド様」
「ただいま。メイドから聞いたけど、さっきまで伯爵閣下がいらしていたんだって? お元気そうだったかい?」
「は、はい」
正直、リシャルドの顔を見るだけで私は泣きそうな気分であった。この結婚自体が身分不相応とは分かっていても、やはり私は彼と離れたくないのだ。
しかし、父上から聞いた話はウクラーリフの機密情報だ。ここでリシャルドに言ってしまえば、父上や姉上、そして姉上の婚家にまで迷惑がかかってしまう。
私はテーブルの下で拳を握りながら、必死に愛想笑いを浮かべた。
「公務がもう少し早く終われば俺も顔見せできたのに、残念だったな。また今度の機会に、きちんとさせてもらうよ」
「お気遣い、ありがとうございます。ところで……」
私は机に置かれた資料の束に、ちらりと目を向けた。
「リシャルド様、こちらは……?」
「ああ、帰りに騎士団本部に寄って、うちの騎士たちの絵姿付きの団員録を借りてきたんだ。視察に連れていく騎士を選ぶためにね」
通常、視察などで警備を行う騎士は、騎士団側が選ぶものだ。リシャルドが直接指名することは異例のことであり、私は内心首を傾げた。
「それで、ティアにも選ぶのを手伝ってほしいんだ。聖女様が気に入りそうな、とびっきりのいい男探しに」
そう言ってリシャルドは、団員録のうちの一冊を私に差し出したのだった。
+明日は朝から投稿予定。お楽しみに♡
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