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第一章 入学
普通科のクラスメイト
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「ちょっと待ってよ、クリス!」
石造りの渡り廊下を歩き、普通科の教室に向かっていると、背後から駆け寄る足音が聞こえた。肩越しに見れば、制服のスカートをひらひらと閃かせながら、セレスが僕を追いかけてくる姿が見えた。
周囲を歩く生徒たちが、思わず足を止めたり、振り返ったりしているのが見て取れる。
セレスは、長い金髪のサイドをアップに結んでいて、足を踏み出す度にぴょんぴょんと揺れていた。陽光に輝く髪や走ったことで上がる息、赤みを増した肌。男子生徒が釘付けになるのも、致し方ないことだ。しかも今は、白い太ももまで露わになっている始末だ。
我が妹ながら、罪作りなヤツだ。
僕は、周囲の視線を浴びていることを気付かないセレスに、内心呆れていた。母親譲りの美貌に無頓着なのは、ゲーム主人公としてはよくあることなのかもしれないが。
こうして目の当たりにすると、もうちょっと周囲を気にしてあげて欲しいとさえ思う。
セレスは、僕に追いつくと、ぷくりと頬を膨らませる。
「ひとりにしないで」
「ごめん」
人一倍さみしがり屋で、いつも僕のそばから離れないセレスだ。
あの講義室に置いてきてしまったのは、僕の失態だろう。
素直に謝ると、一瞬緑色の瞳を瞠り、ついで「よろしい」と腰に手を当てて笑う。
次は普通科での授業で、教室で受けることになる。
中に入ると、教壇に向かって並べられた席にもうみんな座っていて、僕たちを一斉に見遣った。
「あれがファルコ・クラッセの双子か」
「可愛い~!」
あちこちから声がして、僕はちょっと気後れしたのだが、セレスは臆することなく教室の空いている席に座る。僕はそのひとつ前の席に座り、教師が来るのを待った。
次の授業は、古代文字の習得の授業らしい。
教室の前のドアから入ってきたのは、40代くらいの女性教師だった。
教員は皆揃いの黒いローブを着ていて、彼女もまた同様に羽織っていた。
そういえば、オーベリン先生は着ていなかった。
そういうところも、特別扱いなのかもしれない。
「それでは、まずは基本的な文字から覚えていきましょう。教科書の15ページを開いてください」
言われた通りに開くと、四角で囲まれてアルファベットが一文字ずつ並んでいる。
どうやら僕にはただのアルファベットに見えているものが、皆にはそう見えないらしい。更に言えば、古代文字で書かれた文章は、すべて現代日本語で表示されている。
なんというご都合主義的展開。
これは、助かった。一つ学ばずに済む科目が生まれた。
ホッとしつつも、僕は授業内容はしっかりと身を入れて聞き、手は抜かなかった。
やがてハンドベルを鳴らして歩く、軽やかな音が廊下側から聞こえてきて、午前の授業はそこで終わりとなった。
「次回は、読み下しをしますから、文字を暗記してくるように」
先生は最後にそう言って、教室から出て行った。
僕は、机に教科書をしまい、一つ伸びをした。
次は、食堂で昼食の予定となっている。
クラスごとに分かれて座ることが決まっていて、僕たちは普通科の生徒と共に食事を摂ることになる。
ぞろぞろと食堂に向かって歩き出した列に、僕とセレスも加わった。
周囲は僕たちを遠巻きに見るだけで、声を掛けてこようとはしない。
話しかけづらいのはわかる。
僕だって、高校時代は特進クラスの人たちと話すことはほぼなかった。
それでも、食堂に着いて決められた席に座ると、周りはタイミングを見計らって声を掛けてきた。
「やっぱり、ファルコ・クラッセの授業って難しい?」
「アインハルト王子とは喋ったの?」
「オーベリン先生って、厳しいって言うけれどどうだった?」
矢継ぎ早に答えにくいことを聞かれて、僕は当たり障りなく答えるので精いっぱいだった。
「上級生のイェレミーって、エルフ族なんだってね」
「そうそう、エドゼル学長より年上らしい」
そして、まるで僕に聞かせるようにキャラクターの説明をし出した。
そうか。これはゲームでいう、NPCによる解説みたいなものなのか。
皆いろいろ話してくれているが、僕は既にゲームのチュートリアルで主要キャラについての情報は得ている。おさらいのような気持ちで聞いている僕とは違い、セレスは真剣だ。驚いたり笑ったりしながら、皆の話に聞き入っている。
段々と周囲もセレスに打ち解けてきて、空気が和んでいった。
こういう場は大切だ。
特に、これまで友達らしい友達のいなかったセレスにはいい機会になる。
僕は一歩引いて全体を見つめて、幸先のいいスタートを切れたことを感じ取った。
昼食は洋食で、異世界っぽさはまったくない。
おかげで特に戸惑うことなく、完食することができた。
この辺りは、ゲーム制作側に、特にこだわりはないのかもしれない。
日本で作られたゲームということもあり、そのうち和食にもありつけるかと期待した。
食堂を出る際に、遠くで食器を片付けるフレディの姿が見えた。
特徴的な明るい緑色の髪で、周囲より頭一つ分背が高い。
でも、彼と初めて話すのは、寮に行ってからだ。今じゃない。
僕は、横目で見るだけで話しかけることはせずに、クラスメイトと共に食堂を出た。
午後からの授業も、普通科の教室で受けた。
僕たちの国、フォーシュリンド王国の歴史だ。
隣国であるアルヴェスト王国から独立を果たしたのは、350年前のことだ。
他国に比べれば歴史は浅く、文化のほとんどはアルヴェストの流れを汲んでいる。
それでも、この国独特の食文化や信仰は根付いていて、特色のある国として栄えている。
僕は教科書の文字を追いながら、フォーシュリンドの歴史に思いを馳せた。
僕にとってはゲーム内の設定でしかなかったが、ここではこれが現実だ。
しっかり頭に叩き込んで、振舞わなければならない。
特に、アインハルト王子の前で、失言はしたくない。
僕は、授業の内容を聞きながら、一つ一つ暗記していった。
授業終わり、放課後となったところで、僕はオーベリン先生のもとに行こうと決めた。
最初は教職室に向かったのだが、そこに先生の姿はない。
一体、どこに行ったんだろうか。
そして、居場所を知りたいと思った、その時だ。
突然、目の前に平面図が現れた。
ホログラムのように空中に漂うそれは、どうやら構内図らしい。
そして、その平面図のある一点が、赤色に光って見えた。
場所は、ファルコ・クラッセの講義室の隣だ。
授業の準備室のような場所で、そこにオーベリン先生はいると示されている。
なるほど。こうして表示されるわけか。便利な機能だ。
僕は、すぐさま準備室に向かい、ドアの前で少し躊躇した。
突然現れたら、オーベリン先生は驚いてしまうかもしれない。
僕は少し考えてから、ドアをノックした。
「どうぞ」
中からすぐに声がして、ドアを開けたところで僕は驚いた。
部屋の中には、白い煙が充満していたからだ。
オーベリン先生は、吸いさしの煙草を灰皿に置いて、僕を見た。
「あの、少しお伺いしたいことがありまして」
僕はそう前置きしてから、この場所をクラスメイトに聞いたこと、そしてここを訪ねた事の経緯を述べた。
「参考文献か」
「はい、今日の授業の復習をしたいので、是非教えていただきたいんです」
すると、先生の身体が翠色の光に包まれる。
アインハルト王子の時にはピンク色だったそれが、今は色が違う。
もしかしたら、僕への好感度が上がったエフェクトなのかもしれない。
「なら、今から言うからメモを取れ」
「はい! ありがとうございます!」
僕はすぐさま、胸ポケットに入れていた生徒手帳を出し、先生が挙げる参考文献をメモした。
「助かりました」
「これから、図書室へ行くのか?」
改めて問われて肯定すると、先生は少し考え込んでから言う。
「放課後は、魔法の自主練の時間でもあるから、あとは自分で判断して決めるといい」
魔法の自主練習。
そんなのがあるなんて、僕は知らなかった。
たしか、ゲームにもなかったように思うけれど。
「わかりました。考えます」
僕はそう言って、先生の前を辞して、一旦教室へ戻った。
石造りの渡り廊下を歩き、普通科の教室に向かっていると、背後から駆け寄る足音が聞こえた。肩越しに見れば、制服のスカートをひらひらと閃かせながら、セレスが僕を追いかけてくる姿が見えた。
周囲を歩く生徒たちが、思わず足を止めたり、振り返ったりしているのが見て取れる。
セレスは、長い金髪のサイドをアップに結んでいて、足を踏み出す度にぴょんぴょんと揺れていた。陽光に輝く髪や走ったことで上がる息、赤みを増した肌。男子生徒が釘付けになるのも、致し方ないことだ。しかも今は、白い太ももまで露わになっている始末だ。
我が妹ながら、罪作りなヤツだ。
僕は、周囲の視線を浴びていることを気付かないセレスに、内心呆れていた。母親譲りの美貌に無頓着なのは、ゲーム主人公としてはよくあることなのかもしれないが。
こうして目の当たりにすると、もうちょっと周囲を気にしてあげて欲しいとさえ思う。
セレスは、僕に追いつくと、ぷくりと頬を膨らませる。
「ひとりにしないで」
「ごめん」
人一倍さみしがり屋で、いつも僕のそばから離れないセレスだ。
あの講義室に置いてきてしまったのは、僕の失態だろう。
素直に謝ると、一瞬緑色の瞳を瞠り、ついで「よろしい」と腰に手を当てて笑う。
次は普通科での授業で、教室で受けることになる。
中に入ると、教壇に向かって並べられた席にもうみんな座っていて、僕たちを一斉に見遣った。
「あれがファルコ・クラッセの双子か」
「可愛い~!」
あちこちから声がして、僕はちょっと気後れしたのだが、セレスは臆することなく教室の空いている席に座る。僕はそのひとつ前の席に座り、教師が来るのを待った。
次の授業は、古代文字の習得の授業らしい。
教室の前のドアから入ってきたのは、40代くらいの女性教師だった。
教員は皆揃いの黒いローブを着ていて、彼女もまた同様に羽織っていた。
そういえば、オーベリン先生は着ていなかった。
そういうところも、特別扱いなのかもしれない。
「それでは、まずは基本的な文字から覚えていきましょう。教科書の15ページを開いてください」
言われた通りに開くと、四角で囲まれてアルファベットが一文字ずつ並んでいる。
どうやら僕にはただのアルファベットに見えているものが、皆にはそう見えないらしい。更に言えば、古代文字で書かれた文章は、すべて現代日本語で表示されている。
なんというご都合主義的展開。
これは、助かった。一つ学ばずに済む科目が生まれた。
ホッとしつつも、僕は授業内容はしっかりと身を入れて聞き、手は抜かなかった。
やがてハンドベルを鳴らして歩く、軽やかな音が廊下側から聞こえてきて、午前の授業はそこで終わりとなった。
「次回は、読み下しをしますから、文字を暗記してくるように」
先生は最後にそう言って、教室から出て行った。
僕は、机に教科書をしまい、一つ伸びをした。
次は、食堂で昼食の予定となっている。
クラスごとに分かれて座ることが決まっていて、僕たちは普通科の生徒と共に食事を摂ることになる。
ぞろぞろと食堂に向かって歩き出した列に、僕とセレスも加わった。
周囲は僕たちを遠巻きに見るだけで、声を掛けてこようとはしない。
話しかけづらいのはわかる。
僕だって、高校時代は特進クラスの人たちと話すことはほぼなかった。
それでも、食堂に着いて決められた席に座ると、周りはタイミングを見計らって声を掛けてきた。
「やっぱり、ファルコ・クラッセの授業って難しい?」
「アインハルト王子とは喋ったの?」
「オーベリン先生って、厳しいって言うけれどどうだった?」
矢継ぎ早に答えにくいことを聞かれて、僕は当たり障りなく答えるので精いっぱいだった。
「上級生のイェレミーって、エルフ族なんだってね」
「そうそう、エドゼル学長より年上らしい」
そして、まるで僕に聞かせるようにキャラクターの説明をし出した。
そうか。これはゲームでいう、NPCによる解説みたいなものなのか。
皆いろいろ話してくれているが、僕は既にゲームのチュートリアルで主要キャラについての情報は得ている。おさらいのような気持ちで聞いている僕とは違い、セレスは真剣だ。驚いたり笑ったりしながら、皆の話に聞き入っている。
段々と周囲もセレスに打ち解けてきて、空気が和んでいった。
こういう場は大切だ。
特に、これまで友達らしい友達のいなかったセレスにはいい機会になる。
僕は一歩引いて全体を見つめて、幸先のいいスタートを切れたことを感じ取った。
昼食は洋食で、異世界っぽさはまったくない。
おかげで特に戸惑うことなく、完食することができた。
この辺りは、ゲーム制作側に、特にこだわりはないのかもしれない。
日本で作られたゲームということもあり、そのうち和食にもありつけるかと期待した。
食堂を出る際に、遠くで食器を片付けるフレディの姿が見えた。
特徴的な明るい緑色の髪で、周囲より頭一つ分背が高い。
でも、彼と初めて話すのは、寮に行ってからだ。今じゃない。
僕は、横目で見るだけで話しかけることはせずに、クラスメイトと共に食堂を出た。
午後からの授業も、普通科の教室で受けた。
僕たちの国、フォーシュリンド王国の歴史だ。
隣国であるアルヴェスト王国から独立を果たしたのは、350年前のことだ。
他国に比べれば歴史は浅く、文化のほとんどはアルヴェストの流れを汲んでいる。
それでも、この国独特の食文化や信仰は根付いていて、特色のある国として栄えている。
僕は教科書の文字を追いながら、フォーシュリンドの歴史に思いを馳せた。
僕にとってはゲーム内の設定でしかなかったが、ここではこれが現実だ。
しっかり頭に叩き込んで、振舞わなければならない。
特に、アインハルト王子の前で、失言はしたくない。
僕は、授業の内容を聞きながら、一つ一つ暗記していった。
授業終わり、放課後となったところで、僕はオーベリン先生のもとに行こうと決めた。
最初は教職室に向かったのだが、そこに先生の姿はない。
一体、どこに行ったんだろうか。
そして、居場所を知りたいと思った、その時だ。
突然、目の前に平面図が現れた。
ホログラムのように空中に漂うそれは、どうやら構内図らしい。
そして、その平面図のある一点が、赤色に光って見えた。
場所は、ファルコ・クラッセの講義室の隣だ。
授業の準備室のような場所で、そこにオーベリン先生はいると示されている。
なるほど。こうして表示されるわけか。便利な機能だ。
僕は、すぐさま準備室に向かい、ドアの前で少し躊躇した。
突然現れたら、オーベリン先生は驚いてしまうかもしれない。
僕は少し考えてから、ドアをノックした。
「どうぞ」
中からすぐに声がして、ドアを開けたところで僕は驚いた。
部屋の中には、白い煙が充満していたからだ。
オーベリン先生は、吸いさしの煙草を灰皿に置いて、僕を見た。
「あの、少しお伺いしたいことがありまして」
僕はそう前置きしてから、この場所をクラスメイトに聞いたこと、そしてここを訪ねた事の経緯を述べた。
「参考文献か」
「はい、今日の授業の復習をしたいので、是非教えていただきたいんです」
すると、先生の身体が翠色の光に包まれる。
アインハルト王子の時にはピンク色だったそれが、今は色が違う。
もしかしたら、僕への好感度が上がったエフェクトなのかもしれない。
「なら、今から言うからメモを取れ」
「はい! ありがとうございます!」
僕はすぐさま、胸ポケットに入れていた生徒手帳を出し、先生が挙げる参考文献をメモした。
「助かりました」
「これから、図書室へ行くのか?」
改めて問われて肯定すると、先生は少し考え込んでから言う。
「放課後は、魔法の自主練の時間でもあるから、あとは自分で判断して決めるといい」
魔法の自主練習。
そんなのがあるなんて、僕は知らなかった。
たしか、ゲームにもなかったように思うけれど。
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