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第二章 学園編

【アーサー視点】

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 シュッ!

 風を切るいい音だ。悪くない。

 シュッ!

 ……イザベル嬢、か。
 あっ! しまった、汗が!

 ガシャンッ!

 汗で滑った鍛錬用の模擬剣が手から滑り落ちる。

 鍛錬中に雑念が入るなんて、俺らしくない。

 近くの椅子に腰掛けると、自然とため息が出る。

 ここは王宮内にある、騎士団の訓練場だ。
 ヘンリー殿下との鍛錬がなくなった俺は、一人でここに来て剣を振っていた。

 あの方……イザベル嬢の噂話が本当だったとは。

 学園が臨時休校になる前、授業中に教師から学園内に魔獣が侵入したとの説明を受けた。
 その説明を聞いた時は衝撃を受けたが、その後耳にした噂はそれを上回るものだった。 
 学園内に魔獣が侵入してきただけでも驚いたが、まさかイザベル嬢が魔獣に遭遇していたとは。
 何事もなかったとはいえ、丸腰の人間……ましてや令嬢が魔獣に遭遇した時の恐怖は計り知れないだろう。

 令嬢で魔獣を見たことがある者などまずいないだろうし、その知識もほとんどないはずだ。
 自分の命を脅かす得体の知れないものを前にして、恐怖を感じない人間などいないだろう。

 それにも関わらず、まるで何事もなかったかのように過ごすイザベル嬢には驚いた。
 あの肝の座り方は普通の令嬢では考えられない。
 しばらく登校拒否をしてもおかしくない事件だろうに、イザベル嬢は逃げることなく堂々としていた。

 イザベル嬢は、強い方だな。

 それに、イザベル嬢は心が強いだけではなく、とても優しい方だと思った。

 俺は恵まれた体格の持ち主のため、令嬢は俺を怖がって避ける傾向がある。
 しかし、イザベル嬢は俺を避けるどころか、フレンドリーな態度で接してくれる。
 調子に乗った俺は、つい自分の将来について語ってしまったのだが、そんな俺に言ってくれた言葉……。

『アーサー様みたいな方が騎士団長になれば国も安泰ですわ。それに、厳しい鍛錬を積んでいらっしゃるアーサー様が学園にいてくれれば、私も安心して通学出来ます』

 あれは、正直言ってかなり嬉しかった。

 あんな言葉を掛けてくれる令嬢に未だかつて会ったことのない俺は、内心舞い上がってしまった。

 俺は今まで騎士団長になる事が当たり前だと思っていたし、それは今も変わらない。……しかし、それだけではなく、新たな目標が出来た。

 誰かを守るためにこの力を使いたい。
 そして、出来る事なら彼女のために……。
 俺はあの言葉を聞いた時、そう思った。

 しかし、イザベル嬢はヘンリー殿下の婚約者だ。俺の出る幕ではないのだろう。

 ヘンリー殿下は恐らく俺の感情に気付いている。
 だから、俺の目前でイザベル嬢と仲睦まじい光景を見せ付けてきたのだろう。

 だが、俺が勝手にイザベル嬢を想うのは自由だ。ヘンリー殿下が相手でも、それは変わりない。

 しばらく物想いに耽っていたため、身体が少し冷えてきた。

 雑念だらけの今日の俺では、このままここにいても時間の無駄だ。今日のところはさっさと切り上げて、翌朝から鍛錬に励むか……。

 椅子から立ち上がった時、ガチャッと扉が開いた。

「やあ、アーサー。まだ居たのか」
「ああ、ヘンリー殿下。すまんが今日はもう鍛錬は切り上げるところだ。相手役はまた今度にしてくれないか」
「ああ、今日の鍛錬についてはもういい。それよりアーサー、お前はイザベル嬢の前では随分流暢に話をするんだな」
「……何のことだ?」
「イザベル嬢を褒めそやしたり、騎士団長を目指している話をしたそうだな。それにイザベル嬢と会話をするお前はなんだか浮かれているように見えたぞ」

 会話の内容をイザベル嬢から聞き出したのか。

「さっきから、何が言いたいんです」

 殿下は俺の前まで来ると、グイッと胸倉を掴んできた。

「イザベル嬢にちょっかいを出すつもりなら、私が黙っていない。もしイザベル嬢に触れようものなら、私が貴様の首を叩き斬ってやるぞ?」
「……俺はイザベル嬢にちょっかいなど出していない。それより、服を離してくれないか」
「ふうん? 恋心については否定しないか。敢えて言っておくが、イザベル嬢は私の婚約者だ。お前の出る幕はない。……話は以上だ。引き止めて悪かったな」

 ヘンリー殿下は手を離すと扉から出て行った。

 やはり俺の気持ちに気付いていたか。

 ヘンリー殿下は普段飄々としていて油断しがちだが、洞察力がある方だ。
 俺のちょっとした変化も見逃さなかったのだろう。
 あの碧眼を前にすると、何でも見透かされているような気になるな。

 さ、ここにいても時間の無駄だ。ひとまず帰るか。

 俺は片付けを済ませると、訓練場を後にした。
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