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3.百花展

5.

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 週末、ラムファの希望で、麗良は、再び百貨店へと来ていた。
〝デート〟と聞いて、どぎまぎしてしまった自分が恥ずかしい。

「大切な人に贈るものを一緒に選んで欲しい」

 そうラムファに言われて、麗良が真っ先に思い浮かべたのは、胡蝶の顔だった。
一緒に暮らすようになってから半月は経つのに、未だに胡蝶と会っていないラムファに、麗良はいい加減やきもきしていたが、やっと会う気になってくれたのだろう。
二人がロマンチックな再会を果たし、幸せそうな胡蝶の笑顔を見ることができると想像して、麗良は胸を熱くした。
ほんの少し、胸に吹く隙間風が寒く感じたが、気のせいだと思うことにした。

 その日、百貨店はいつもより客足が多いようだった。
何かセールかイベントでもあるのだろうか、と視線を彷徨わせた先に、一つのポスターが目に留まった。
幾度か目にした見覚えのある花の写真と、大きな文字で〈百花展〉と書かれたポスターだ。
記載されている開催日は、ちょうど今日からだ。

 そう言えば、今朝は早くから良之と青葉が家を出ており、顔を合わせていないので気が付かなかった。
土日に仕事が入ることは珍しくないので、気にもしていなかった。

 麗良は、何となく嫌な予感を覚えながらも、胡蝶への贈り物を探すことだけを考えることにした。

 とりあえず百貨店の案内地図を前に、どこから回ろうか考えることにする。

 恋人への贈り物と言えば、アクセサリーが定番だが、胡蝶は貴金属アレルギーがあるので、その類のものを身に着ける習慣がない。
本人もあまり興味がなさそうなので、対象から省くことにする。

次に目に留まったのは服飾関係の店舗だが、胡蝶はいつも和装なので、これを贈るとなるとかなり高額になってしまう。
帯留めの紐を贈るという手もあるが、恋人に贈る品としてはあまりロマンチックではないだろう。

他に胡蝶が好みそうなものは、と店舗一覧を眺めながら、麗良は自分が胡蝶の好きなものをほとんど知らないことに気が付き、驚いた。
普通の母娘の関係とは違うとは言え、約十六年間一緒に暮らしてきたのだ。
何故もっと胡蝶と色んな話をしなかったのだろう、と今更後悔しても遅い。

仕方がないので目ぼしい店舗を一つ一つ見て回りながら、目についたものを購入しようと一階から順番に見て回った。
胡蝶のことを考えながら、あれは、これは、とラムファと二人で見て回るのは意外と楽しかったが、なかなか胡蝶にぴんとくるものが見つからない。
麗良は、自分から引き受けた手前、ラムファに申し訳なく思い始めた頃、ラムファが唐突に尋ねた。

「レイラだったら、何をもらったら嬉しい?」

 誰かに贈り物を選ぶ時、自分だったら何をもらったら嬉しいか、と考えるのは定石だろう。
だが、ラムファの何気ない一言は、麗良はひどく悩ませた。

(私と母さんは、全然違う……)

 麗良の表情が暗くなったのを見て、ラムファが気遣わしげに麗良の顔を覗いた。

「歩き疲れたね。どこかで少し休もうか」

 ちょうど一つ上の階に喫茶店があったので、二人でそこへ向かった。
 お昼には少し早かったが、喫茶店の外には、既に順番を待つ人の列ができていた。
他の店を探そうとも考えたが、他も似たようなものかもしれないと思い直し、最後尾に空いていた椅子に座って待つことにした。
一つ前の椅子には、歳の離れた二人の女性が座っていた。
よく似た雰囲気ですぐに母娘だと見て分かる。
二人は特に何かを話すわけでもなく、ただ一緒に並んで座っているだけなのに、そこには目に見えない繋がりがあるのを感じた。
自分と胡蝶が同じように並んでいたら、果たして同じように見えるだろうか、と麗良は、ぼんやりした頭で考えた。

 しばらく待って、喫茶店の中へと入る頃には、二人とも空腹を覚えていた。
その喫茶店は、最近流行りの和室を模した内装をしており、壁には掛け軸や生け花が置かれ、照明も明るすぎず障子の窓から入る自然光を取り入れて落ち着いた空間を演出している。

麗良は、お茶漬けと抹茶スイーツのセットを注文し、ラムファは、案の定メニューに書かれている品を片っ端から注文しようとする勢いでいたので、麗良が慌ててそれを止めた。
理由が分からずぽかんとした表情のラムファに、机の上に乗りきらないからという理由で、とりあえず一品だけ選ばせる。

「そう言えば……お金、持ってるの?」

 前に植物園へ行った時に、見たこともない金貨で支払おうとしたことを思い出し、麗良が恐る恐る尋ねた。
まさかとは思うが、胡蝶への贈り物を買うお金も同じ金貨で払おうとしてはいないだろうか。

「それなら大丈夫。良之に両替してもらったからね。
 心配しないで、何でも注文するといい」

 満面の笑みを浮かべて、もっと注文するようメニュー表を開いて勧めてくるラムファに、麗良は顔を引きつらせながら断った。

「レイラは小食だね。遠慮しなくてもいいんだよ」

「いや、普通だから。あなたの胃袋が異常だから」

 ラムファは、麗良の冷たい対応にも始終笑顔で応え、運ばれてきた食事を食べている間も嬉しそうに麗良を見つめている。
さらさらしたお茶漬けは口辺りが良い筈なのに、何か固いものが混ざっているかのように飲み込みにくく、麗良はスプーンを置いた。

「…………そんなに見られていると食べにくいんだけど」

「そうか。……すまない、つい嬉しくて」

「何がそんなに嬉しいの」

「こんなに素敵な女性と同じ時間を過ごせるんだ、嬉しくない男はいない」

 あまりにもラムファが真面目な顔をして答えるので、麗良は、思わず口にしていたお茶漬けを噴き出しそうになり、慌てて水の入ったグラスを手に取った。

「大丈夫かい」

 麗良が水を飲んで一息つくと、呆れた口調で言い返す。

「……あのね、父親が娘に言うセリフじゃないでしょ、今のは」

 ラムファは、少し首を捻って考えた後、こう言い直した。

「レイラとこうして一緒に同じ時間を過ごせることが嬉しいんだ」

 麗良を見つめるラムファの瞳があまりに純粋で、麗良は目を伏せた。
無理やりお茶漬けを喉の奥へ流しこんだので、正直味が美味しいのかどうかよくわからなかった。
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