異世界ホストNo.1

狼蝶

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6.商売敵からのスパイ、スルギの巻2

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「本日が初めてのご利用とのこと、誠に有り難うございます。どなたからか紹介状をいただいておりますか?」
「これを――」
 店に来る客に脅して書いてもらった紹介状を、受付の男にしれっと渡す。
「確認させていただきました。それではどうぞ、お楽しみくださいませ」
  笑顔で店内へと案内され、スルギはいとも簡単に『desire』へと潜入することができた。
 『ふっふっふっふっ・・・・・・ぬかったなdesireめ!俺を店に入れたが最後、ナナミとかいう奴の本性を暴いてこの店に悪評を立ててやるぜっ!』
 俺は案内役のボーイからは見えないように、含み笑いを零した。どうぞと促されたのは、大きなソファが鎮座する豪華な半個室。仕切りはないが、首を伸ばせば他の客や店の様子が窺えるようになっている。
 俺は渡されたキャストのリストに目を通すと、一番上に書かれている者を指名した。この店では指名制を取っているが指名は毎回自由で、しかも時間制であるため空きがあれば他のキャストの指名も行えるようになっている。幸い指名したキャストは空きの状態だったので、俺は静かにウェルカムドリンクを飲みながら“カシア”というキャストを待った。
 しばらくして、赤い髪が特徴的な長身の男が姿を現した。その、自分とはあまり変わらない不細工さに、身体を少し強ばらせる。だがすぐに自分も同じくらい醜く、それに対してどんな反応をされるのかと思い、少しだけ緊張した。
「ご指名、ありがとうございます。本日スルギ様のお相手をさせていただきます、カシア、と申します。よろしくお願い致します」
 カシアはにこりと優雅な笑みを一つ零し、挨拶をすると丁寧に頭を下げた。このような店には初めて訪れたため比較のしようがないが、見目の悪い自分がこのような丁寧な態度を向けられることに、身体がくすぐったくなった。
 『ほう・・・・・・キャストの教育はなっているじゃないか』などと偉そうに脳内で評価下す。
 カシアという男は俺を見ても全く動じることなく、再びにぱっと八重歯を覗かせながら笑うと少し距離を置いて隣に座った。
「何か召し上がりますか?」
 貴族に対するような丁寧な物言いになんだかむず痒くなる。
「あのさ、別に敬語使わなくてもいいよ。俺、同業者だし」
「えっ、マジ!?どこ?どこの人?」
 素直に本当のことを言うと敬語は即座に外され、フランクな言葉遣いでさらに深掘りをしてきた。
「あの・・・一本道入ったとこ。『carrot & stick』って、聞いたことねぇ?」
 カシアはしばらくの間顎に手を添え宙を眺め、ああ、と拳を手の平に落とした。なんだその動作は。
「あの、SM・・・・・・の、ところ、か・・・・・・?」
「うん、そこ。そこでNo.2張ってんだ、俺」
「へぇ~!すっげぇな!!そこって、キャスト同士の競争が激しいらしいじゃんか。売上落としたら即格下げなんだろ?」
「う、うん。まぁね・・・・・・」
 手放しで褒められ、悪い気はしない。というより、こんなに褒められるのは初めてで恥ずかしくもなってきたが、やはり嬉しい。子犬のように俺から話を聞き出してはその笑顔を炸裂させて俺を持ち上げる。
 『なんだ、この心地よい空間は・・・・・・!!?』
 小腹も減ってきたし、何か食い物でも頼もうか――って、ダメだ!!俺は今日、スパイに来たのだ!と本来の目的を思い出す。危ない危ない。もう少しでただの客になるところであった。
「ここにっ、ヨヨギって名前のキャストいるだろ?」
「ああ、いるぞ。ほら、ちょうどあそこにいる奴。かっこいいだろ」
 カシアが変わらない笑顔で答え、スルギの後ろを指差す。つられてそちらに顔を向けると、そこには真っ黒な髪を持つ長身の美丈夫が、煌びやかな服を着て立っていた。思わず上半身を捻ったまま、彼から目を離すことができなかった。
 洗練されすぎた美顔。まず目に入るのはまるで糸のように細く長い、目。そこからちらりと覗く瞳は漆黒で、そんな目で見つめられたら背筋がぞくぞくしそうだ。
 彼の隣でおどおどとした態度を取っている、冴えない中年が今日の客だろうか。先ほどから見ていられないほど慌てふためいており、今もグラスを倒し零れたドリンクに慌てて頭を下げている。あいつは、Mだな。
 そんな鈍くさい相手にも優しげな笑顔を崩さず、スマートな動きでテーブルを綺麗にする男。かっこい――
 見取れてしまっていたことに気づき、首を振って考えを消す。ダメだ。また目標を見失う所だった。あれは見せかけ、あれは見せかけ・・・・・・
「ヨヨギってキャスト、オフの時とかどんな感じなんだ?」
 やっぱ顔が良いから中身が最悪なんだろ?――とまでは行かずとも、やや応えに期待しながら奴について尋ねると、カシアはにまっと笑って顔を近づけてきた。
「え、なになに、ナナミに興味あんの?じゃあ指名してみりゃいーじゃん」
 完全に勘違いしているカシアに俺は姿勢を正し、はっきりと聞くことにした。
「いや、あんたはあいつのこと、どう思ってんの?正直に言うと」
 恋バナをするかのように近づけてきた上半身を手で制し、知りたいことを単刀直入に言うと、カシアはにやにやとまだ勘違いしたまま再び顎に手を添えた。
「うーん、そうだな・・・・・・。めちゃくちゃ仲間想いな奴、だな!」
「え?」
 予想外の言葉に、思わず反応がとれなかった。カシアは幸せそうな顔のまま、何かを思い出しているように話し出す。
「いやさぁ、あいつ、ほんっとにイイ奴なんだよ。仲間が困ってたらすぐ助けてくれるしさ、絡んでくる酔っ払いも身体を張って追っ払ってくれるんだよ。それに、休日には俺たちに料理も作ってくれるんだぜ!?あいつの料理、名前はわかんないし見たこともなかったものなんだけど、すっげぇ美味いんだ」
 あ~またあれ食べたいなぁ、あの揚げたやつ・・・・・・と口の端から涎を垂らしながら語る彼の顔には、嫌悪の文字は見当たらない。さらに彼はナナミについての話を続けた。それはどれも良い話で、それを聞いているとカシアが言った通り、奴がめちゃくちゃ仲間想いなイイ奴に思えてくるものだった。
 『クソ・・・・・・。そんな話が聞きたかったわけじゃないのに』
 予想外すぎる展開に、俺は段々苛々してきて、危機として話し続けるカシアを遮り言った。
「信じられないんだけど。あんなに見た目良い奴なんだから、性格歪んでたりするだろ?」
 すると目の前のカシアの顔が一気に曇った。眉がつり上がり、特徴的である大きな目も怒りにつり上がっているように見える。
「あいつが性格歪んでる?ハッ、そんなわけねぇじゃん。だったら俺たちの誕生日だってわざわざ祝ってくれたりしねぇよ。準備とか料理とか、色々大変なんだぞ」
不快感を前面に出したような顔をして、言われる。
『誕生日って、なんだよ。初めて聞いたぞソレ・・・・・・』
 顔の整った奴の悪口が聞けると期待して来たのに、予想外すぎた。顔が良い奴の良い評判なんか、聞きたくなかったのだ。『誕生日』とかいう知らない単語も、なぜか俺を苛立たせた。
 そしてさらに、目の前のカシアにも段々怒りが沸いてきた。俺と同じくらい醜いくせして、あいつのこと良く言うのかよ、と責めたい気持ちになってきたのだ。
「そうかよ・・・・・・。悪いな。俺、性格の良い美丈夫って会ったことなかったからさ」
「まぁそうだよな・・・・・・。っあんたもナナミを指名してみなよ!そしたらあいつの良さ、わかるからさ」
 ここで関係を悪くしたら今後のスパイ活動に悪く響くと思い怒りを我慢すると、カシアが申し訳なさそうに眉根を下げて背中を叩いてきた。
 『余計な世話だっ!』
 注文したドリンクや食べ物を片付け、俺は店から出る。今日の収穫はなし。無駄金を使っただけであった。
 しかし、まだ諦める気はない。『desire』に通い詰め、絶対にキャスト達から言質を取ってやると闘志を燃やした。
 いくら使っても、あの店の評判が落ちればうちに来る客も少しは増える。うちはSMだけじゃないからな。
 見てろよ『desire』。見てろよヨヨギ ナナミ!
 俺のスパイ活動は始まったばかりだ。


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