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言ってみたいだけ病
【終】ある決意(あとがきあり)
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Qはその後もXの好むものに何かと批判的な意見を言いました。
人の好いXは、時には言い返したりしながらも、Qがあまりにも熱弁をふるうと、自分はあまり趣味がよくないのかもしれないと落ち込むこともありました。
ただ、一緒に過ごして、あらゆるものに一緒に触れているうちに、Qが3日前はボロクソに貶していたものを、ちょっとした思いつきで褒めたり、そのこと自体を忘れてしまっていたりすることに気づき、ああ、そういうことを言いたいだけの人なのだと、冷めた目で見るようになりました。
仕事は真面目にしているし、家事当番をさぼるわけでもないし、他人に迷惑をかけている様子も見えません。
「人間として」特に問題があるとも思えなかったので、このまま機が熟したら、自分たちは結婚するのだろうと漠然と考えていました。
◇◇◇
波風とも言えない波風を立てながらも、平凡に平和に暮らしてきた2人でしたが、ある日、少し名の知れた作家の死が報道されました。
まだ50歳になる前のその作家は、自ら命を断ったのです。
Xは大いにショックを受けました。まだ中学時代、友人との関係で悩んでいたとき、その作家の書いた一文に救われたからです。
「赤の他人が完全に分かり合えるわけないじゃん。分かってやろうって方が傲慢だし、分かろうとしない方はもっと傲慢。傲慢なやつが何人かいたからって、世界が終わるわけでもない」
この作家でなくても言いそうな、そしていささか無責任な一文ですが、当時のXがそれで何かを吹っ切れたことは事実でした。
このニュースを受け、Qは言いました。
「ノリ軽くて信じられない人間だと思ってたけど、やっぱり自殺するほど無責任だったんだ」
そこからまた、自殺に関する怪しげな説(近親者に自殺した人がいれば、遺伝子の関係で自殺に走る可能性が高い的な)を披露し、自殺そのものをとんだ悪行のように批判し、言いたいことを言うと、いつものように気持ちよさそうに顔を紅潮させていました。
Xはその顔を見て、「ある決意」をしました。
◇◇◇
ある日の夕飯後、Xは、「自分がつくった」と言ってお菓子を振る舞いました。
それは蒸しチョコケーキでした。
表面は柔らかく、フォンダンショコラみたいに中のチョコがとろっとしていて、なかなかおいしそうな出来栄えでした。
QもXとの関係は一応大切にしていたつもりなので、実はX本人について批判的なことを言うことはあまりありませんでした。当然そのケーキも「おいしい」「才能ある」と、普段批判ばかりしている態度が信じられないほど絶賛しました。
そこでXは、それは実は自分の郷里の店から取り寄せたケーキだと種明かししました。
Qもさすがに絶賛した手前、そこで手のひら返しでケチをつけるようなマネはしませんでしたが、そもそも以前食べたときのことも忘れてしまっていることは、今回食べさせたときの様子で分かりました。
Xは、「これでQという人間がよく分かった。一緒に生きていく自信がないから、同棲を解消して別れたい」ときっぱりと言い放ちました、とさ。
【『言ってみたいだけ病』 了】
◆あとがき◆
まず、『言ってみたいだけ病』をお読みくださり、ありがとうございます。
これは道徳の教科書に載るような逸話ではありません。
ただ単に「こういう話って結構あるのでは」と思いついて書いた話です。
多分ですが、無意識にQを男性、Xを女性と仮定して読んだ方が多いのではないかと思います。
そして、Qのイキった態度にひたすらいらいらする人もいれば、Xもちゃんと説明しないので不誠実だ、試すようなまねをするのが胸糞悪いと感じる人もいるでしょう(男はマンスプレイニング、女は察してちゃんみたいな)
XがQに別れを告げたのは、多分、食べ物を買ってきたり食事をつくったりすることが、Xの方が多かったからでしょう。「言ってみたいだけ」の人は、うまかろうがまずかろうがケチをつけるものだと、Qの態度を目の当たりにしてきたXには分かっています。何せ「察してちゃん」なので、敢えて書きませんでしたが。
しかしこういう人間関係に「男女の役割分担」などなく、Qのような女性もいれば、Xのような男性もいます。
どっちかが言いたい放題、どっちかが沈黙でとりあえず人間関係(夫婦など)を維持している場合も珍しくありません。
お恥ずかしい話、自分の身の回りにもゴロゴロしているし、ネット上でもよく見かける話なので、ありふれたディスコミュニケーションなのでしょう。
Qのキャラクターをどちらかというと極端に描いてしまったので、「Xの心を踏みにじってでも、言いたいことが言えたんだから、それで良かったじゃん」と思いつつ、Qをしれっと見つめている筆者は、当然Xの側の人間のつもりでおりますが、Q的な面もきっとあって、巨大なブーメランが顔を直撃する直前かも――と思いつつ、この辺で〆させていただきます。
お粗末さまでした。
人の好いXは、時には言い返したりしながらも、Qがあまりにも熱弁をふるうと、自分はあまり趣味がよくないのかもしれないと落ち込むこともありました。
ただ、一緒に過ごして、あらゆるものに一緒に触れているうちに、Qが3日前はボロクソに貶していたものを、ちょっとした思いつきで褒めたり、そのこと自体を忘れてしまっていたりすることに気づき、ああ、そういうことを言いたいだけの人なのだと、冷めた目で見るようになりました。
仕事は真面目にしているし、家事当番をさぼるわけでもないし、他人に迷惑をかけている様子も見えません。
「人間として」特に問題があるとも思えなかったので、このまま機が熟したら、自分たちは結婚するのだろうと漠然と考えていました。
◇◇◇
波風とも言えない波風を立てながらも、平凡に平和に暮らしてきた2人でしたが、ある日、少し名の知れた作家の死が報道されました。
まだ50歳になる前のその作家は、自ら命を断ったのです。
Xは大いにショックを受けました。まだ中学時代、友人との関係で悩んでいたとき、その作家の書いた一文に救われたからです。
「赤の他人が完全に分かり合えるわけないじゃん。分かってやろうって方が傲慢だし、分かろうとしない方はもっと傲慢。傲慢なやつが何人かいたからって、世界が終わるわけでもない」
この作家でなくても言いそうな、そしていささか無責任な一文ですが、当時のXがそれで何かを吹っ切れたことは事実でした。
このニュースを受け、Qは言いました。
「ノリ軽くて信じられない人間だと思ってたけど、やっぱり自殺するほど無責任だったんだ」
そこからまた、自殺に関する怪しげな説(近親者に自殺した人がいれば、遺伝子の関係で自殺に走る可能性が高い的な)を披露し、自殺そのものをとんだ悪行のように批判し、言いたいことを言うと、いつものように気持ちよさそうに顔を紅潮させていました。
Xはその顔を見て、「ある決意」をしました。
◇◇◇
ある日の夕飯後、Xは、「自分がつくった」と言ってお菓子を振る舞いました。
それは蒸しチョコケーキでした。
表面は柔らかく、フォンダンショコラみたいに中のチョコがとろっとしていて、なかなかおいしそうな出来栄えでした。
QもXとの関係は一応大切にしていたつもりなので、実はX本人について批判的なことを言うことはあまりありませんでした。当然そのケーキも「おいしい」「才能ある」と、普段批判ばかりしている態度が信じられないほど絶賛しました。
そこでXは、それは実は自分の郷里の店から取り寄せたケーキだと種明かししました。
Qもさすがに絶賛した手前、そこで手のひら返しでケチをつけるようなマネはしませんでしたが、そもそも以前食べたときのことも忘れてしまっていることは、今回食べさせたときの様子で分かりました。
Xは、「これでQという人間がよく分かった。一緒に生きていく自信がないから、同棲を解消して別れたい」ときっぱりと言い放ちました、とさ。
【『言ってみたいだけ病』 了】
◆あとがき◆
まず、『言ってみたいだけ病』をお読みくださり、ありがとうございます。
これは道徳の教科書に載るような逸話ではありません。
ただ単に「こういう話って結構あるのでは」と思いついて書いた話です。
多分ですが、無意識にQを男性、Xを女性と仮定して読んだ方が多いのではないかと思います。
そして、Qのイキった態度にひたすらいらいらする人もいれば、Xもちゃんと説明しないので不誠実だ、試すようなまねをするのが胸糞悪いと感じる人もいるでしょう(男はマンスプレイニング、女は察してちゃんみたいな)
XがQに別れを告げたのは、多分、食べ物を買ってきたり食事をつくったりすることが、Xの方が多かったからでしょう。「言ってみたいだけ」の人は、うまかろうがまずかろうがケチをつけるものだと、Qの態度を目の当たりにしてきたXには分かっています。何せ「察してちゃん」なので、敢えて書きませんでしたが。
しかしこういう人間関係に「男女の役割分担」などなく、Qのような女性もいれば、Xのような男性もいます。
どっちかが言いたい放題、どっちかが沈黙でとりあえず人間関係(夫婦など)を維持している場合も珍しくありません。
お恥ずかしい話、自分の身の回りにもゴロゴロしているし、ネット上でもよく見かける話なので、ありふれたディスコミュニケーションなのでしょう。
Qのキャラクターをどちらかというと極端に描いてしまったので、「Xの心を踏みにじってでも、言いたいことが言えたんだから、それで良かったじゃん」と思いつつ、Qをしれっと見つめている筆者は、当然Xの側の人間のつもりでおりますが、Q的な面もきっとあって、巨大なブーメランが顔を直撃する直前かも――と思いつつ、この辺で〆させていただきます。
お粗末さまでした。
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