短編集『サイテー彼氏』

あおみなみ

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お大事に(笑)

うそつき

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 男は「赤くなっていますが、この程度なら心配ありません」と言われ安心したらしく、帰りのタクシーの中では、チンク油の話の続きを振ってきた。

「そういう記憶ってさ、実際とは違うことが多いんじゃない?」
「そうね。私は自分にとってすごくインパクトのある出来事だったから、ちょっと大げさに捉えたのかもしれない」
「え?じゃ、話を盛っていたってこと?」
「そうは言っていないでしょ?ただ、火傷したことと、チンク油を使ったことは本当だよ」
「両足けがして、翌日すぐ歩けたっていうのも、よく考えたら嘘くさいし…」
「けがじゃなくて火傷!両足っていうのも丸々じゃなくて、部分的だったかもしれないし…」
「君は今でこそしっかり者だけど、子供だったってことだよね。記憶が曖昧でも仕方ないって」
「…うん、じゃ、もうそれでいいや」

 男に全く悪気がないことを、女は知っている。
 こんなふうに雑に――自分の理解の範囲で話を勝手にまとめられることは、今日に始まったことではない。

「あ、ひょっとしてあれ?気を引きたくてうそをついたとか?」
「…はあ?」
「何だかかわいいね。かわいいうそつきちゃんか。女の子によくいるよね」
「……」

 そんな会話を聞いている運転手は、一体どんな顔をしているだろう。

 女はもう何も言えずにいた。怒りを通り越し、呆れていたのだ。

 たしかチンク油がどうのこうのという話をしたのは、義姉夫婦の子供が目を離したすきに、ファンヒーターの吹き出し口か何かに指を入れ、文字通り「火が付いたように泣いた」という話を聞いたときだった。

「あんたたちは子供がいないから楽でいいね。小さい子がいると、こんなことしょっちゅうだよ」

 と多分悪気なく言われてちょっと傷ついたけれど、多分反論しても、「ひがみっぽいな。そういう意味じゃないよ」と思われそうなシチュエーションだ。

 大した愛着も思い入れもない親戚の子でも、火傷自体が大したことがなかったのは喜ばしい。
 いつまでも「大丈夫?痛くない?」などと思ってもいない心配を口にするのも変だが、「はあ、そうですか」だけで締めるには女は気遣い屋だった。
 何かもうひとネタほしいと思い、何となく「火傷といえば…」と世間話として振ったのが、チンク油の話題だったのだ。

 例えばこの男がその場で、季節や火傷の度合の矛盾などに気づくさとさをマルダシにして、「それは変だな。君は思い違いをしていないか?」などと言われても、それはそれで愉快ではなかったかもしれないが、場の空気を読んでやっとひねり出した話題で、なぜうそつき呼ばわりされなければならないのだろう。

 男の言葉が常にいちいち軽いのは承知の上だ。
 「うそつき」という言葉にも多分意味はないし、女がそう言われて傷ついたり怒ったりしているかも――などと、つゆほども考えていないだろう。

 女は怒りを表すことはなかったが、お世辞にも上機嫌という顔でないことは、さすがの男にも分かった。

 診察が済んだリラックスモードで口が軽くなっていた男ではあったが、(やべ、やらかしたかも…)程度のことは考えたようで、それ以降は家に着くまで無言だった。
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