短編集『サイテー彼氏』

あおみなみ

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ヒロインの条件

エイゴくん

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 エイゴくんは一言で言うと「アイドル」だ。

 まあとりあえず、水泳部期待の星だ。
 まだ1年生だけど、卒業後はアメリカかオーストラリアに留学するとか、国内の水泳名門大学に推薦で入るに決まってるとか、いずれはオリンピックとか、前途洋々感満載のことがよくうわさされている。

 181センチの長身で、逆三角形の美しい上半身を持ち、脚が長い。
 だからスイムウェアだけでなく普通の制服ブレザーも、しっかりした胸板のおかげで、すごくかっこよく着こなせている。
 ちょっと童顔で、八重歯がかわいくて、何ちゃらいうアイドルグループの何とかって子に似ているとよく言われるけれど、もともと男性アイドルに興味のない私には、個別名で言われてもわかんないし、写真を見せられても、ほかの子と見分けがつかない。

 性格が明るくて社交的で、男の子にも女の子にもモテる。

「ねえ、タカダ。自販機でコーヒー牛乳6本買ってきてくんない?もちろんお前もからさ」
 と言いながら、片田かただ君に1,000円札を渡しているのを教室で見たことがある。
 片田君は、分厚い文庫本の読んでいたらしいページにカバーの片袖をはさみ、黙って1,000円札を受け取って教室を出ていった。

 そういうのに厳しい目を向けがちなアサちゃんは、私と雑談している最中だったけれど、「何あれ。片田のことパシリ扱いして偉そうに。名前も間違えてっし」ときつめに言った。

 それを聞きつけたエイゴガールズの1人が「パシリじゃないよ。ちゃんとお金渡したし、タカダにも飲んで良いっていってたよ。優しいじゃん」と擁護した。
 私は幸い「あんたはどう思う?」とは聞かれなかったけれど、気持ち的にはアサちゃん寄りだった。

 同じことをほかの人がしたら、アサちゃんみたいに非難する人はいても、かばってくれる人はいないだろう。
 そういう点一つとっても、「恵まれた人っているんだよなあ」と思ってエイゴくんを何気なく見たら、あろうことか目が合ってしまった。
 これは気まずい――とすぐに視線をはずしたけれど、おかげで余計に気まずくなってしまった。
 しようもないことでエイゴくん見るんじゃなかった。

◇◇

 女の子の多くは、「エイゴくんみたいなカレシが欲しい」と熱望しているみたいだ。

 かっこよくて、家がお金持ちで、多少学業成績が悪くても水泳げいが身を助けてくれる人。
 もちろんスポーツに打ち込んで、結果も出している点は評価されてもおかしくないけれど、それはそれとして、読書している人をお使いに出して、しかも机に放置された本をつまみ上げて、「教室でこんなの読んで、クラいやつだなあ」と笑ったりする姿はお行儀が悪いと思う。

「私は彼氏とか好きな人とかよくわかんない。気が合えば何でもいいや」

 コイバナを振られると、照れと面倒くささから、私はそんなふうに答えていた。

「でもさ、気が合うエイゴくんと、気が合う○○や△△(どちらも「イケてない」と言われているクラスの男子)なら、絶対エイゴくん選ぶでしょ?」
「うーん……」

 まず、私エイゴくん気が合うなんてことが、あるのかどうか。話はそこからだ。

 女だらけのコイバナは、割と簡単にエロ話に遷移しやすい。

 といっても、「背中に手を回して、あの背筋ナデナデみたい(ピンクのハート)」「やだー、バージンの癖に何言ってんのよ」「あんたこそ!」程度なので、聞かれてもどうってことはないんだけど。

 ここに自称経験者が何人か入ると、ちょっと胸やけのする話になる。
 こうして耳年増ミミドシマ的な女の子が結構つくられていくのだから、ほんと、「まともな性教育」ってやつはきちんとした方がいいと思う。
 セックス周りの話っていうと、経験豊富なことでマウントをとるか、逆にヤリマン扱いして侮辱するかって状況だから、とても健全とも思えないしね。

「エイゴくんって経験あるのかな?」
「わかんないけど、美人で年上のオネエさまに食われていたりとか?」
「あー、ありそ」
「それよりカノジョは?誰か聞いたことない?」

 確かにエイゴくんには特定の彼女がいるというのは聞かない。
 でもそれだって、「部活忙しいし」で終わる話のような気もするし、心底どうでもいいなと思いつつ、マキちゃんと昨晩テレビで見て面白かったコントの話をしていた。
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