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解けゆく時
156.
しおりを挟む冬乃の病室は、家族一人までは宿泊できる個室で、
母が昨日から仕事も休んで此処に泊まっていたと聞いた冬乃は、ますます驚いていた。
三者面談以外の、授業参観を含むどんな学校の行事よりも仕事を優先してきた母が、昨日の当日欠勤に続けて、連日で仕事を休んだのだから。
実際は・・と言うのも語弊がありそうとはいえ、
こうまで母に心配をかけていた間、冬乃のほうはというと沖田に逢いに行って幸せの絶頂に浸っていたわけなので、
妙な罪悪感のひとつふたつ、冬乃の胸内をうごめいてもいたのだが。
(でも)
今の母への、とびぬけて大きな罪悪感ならば。
沖田の元へ戻りたい。その想いばかりが膨らんでいくことだった。
此処の世よりも。沖田の居る世をやはり冬乃は切望してしまうことに、改めて気づいてしまった。きっとこの先どれほど母と和解を重ねても、冬乃が選びたい世界は変わらないのだと。
もしこれが、永遠に沖田の居る側の世に留まれるはずもないから、今すぐに出せた答えなだけ、
だとしても。
(でもきっと・・もし永遠であってさえ私は・・)
たとえば究極の選択で、母の命と沖田の命、どちらかを天秤に掛けられたなら、冬乃にはどうしても選ぶことなどできないが、
此処の世での冬乃自身の命と、沖田の居る世でのそれを天秤に掛けたなら、後者を選ぶということになる。
その選択が、母の心を殺すかもしれないとなれば、結局のところ究極の選択とどんな違いがあるのかも冬乃には判らないものの。
(・・・しょせん永遠ではないのだから、今はこんなコト考えてても仕方ないか・・)
こうしている間にも、
沖田の時間は、先へと進んでいってしまう。
向こうの世での、あと三年足らずの時間は、
これまでの両世での時間の経過をみるかぎり、此処の世ではきっともう、一週間も無い。
(此処でのんびりしているわけにはいかない・・・)
退院が許されるのは明日。
母に余計な心配までかけるわけにもいかない以上、今から病院を抜け出して統真に会いにいくなどの選択肢は、さすがに採れなかった。せめて明日の退院までは待つべきで。
幸いに学校は今日が終業式で、明日から夏休みに入る。
千秋たちはというと、冬乃が検査のために休んだ一昨日に関しては承知していたけれども、
昨日も冬乃が欠席だったうえに、今日になっても連絡がとれないことを心配し、昼の終業式が終わると同時に冬乃の家を訪ねてくれたのだった。が、
そこで義父から事情を聞いた彼女たちは、慌てて病院まで来がてら、“親切にも”統真に連絡をいれてくれてしまったわけで。
(どうすれば)
統真に次こそもう長く会わないようにし、
さらに母を心配させずに、病院での点滴を続けられるか。
冬乃は、消灯した病室の闇の天井を見つめながら、先程からそればかり考えている。
(・・・千秋たちには、統真さんがタイムスリップに関わってることも、もう時間が無いことも、伝えて)
そしてやはりこれから暫くは、夏休みで千秋たちの家に泊まっている事にでもしてもらうよう頼むしかなさそうだ。
統真にも何とか頼み込んで、統真の大学の病院のほうで、母には秘匿したまま世話になることさえ叶えば。
(・・・そんなのムリ、かな・・)
それでも、やるだけやってみなくては。
胸中、冬乃は決意して。聞こえ始める母の寝息に合わせ、むりやり目を閉じた。
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