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解けゆく時
165.
しおりを挟む「…ン、…ッ」
乳房へ強く受けた口づけと。同時に一層強く指先でなぞり上げられた快感に、
冬乃は、猿轡で自由にならない唇を震わせた。
刹那に、
何かが、頭上の壁に括りつけられた冬乃の腕を伝い落ち、
ゴトッと鈍い音を立てて、足元の畳で跳ねた振動がした。
(・・・?)
すぐには、それが冬乃の手が握り締めていた携帯だとは分からなかった。
冬乃は足元に視線を落としてから、
自身の自由になるすべての力が、ついに抜けきってしまった結果だと。次には気づいて。
「ンン…!」
冬乃は再び慌てて、沖田の行為にゆだねきっていた身を、俄かに取り戻した理性で抗う意思をこめて捩ろうとした。
「冬乃」
許されず。
易々と、冬乃の捩らせた腰は抑えつけられ、
「逃がすつもり、ないけど」
揶揄うような光る眼が、冬乃を見下ろす。
(総司さん・・・っ・・)
「と言いたいところだが」
(え?)
だが降ってきた台詞に冬乃が驚いて、目を瞬かせた時、
そんな瞬く冬乃の瞼へと、これまでとうってかわって穏やかな口づけが落とされた。
「今は、ここまでにしてあげるよ」
また後でね
沖田の続けたその据え置きの宣言に。冬乃は結局、息を呑んだものの。
「何か、よほど言いたい事がありそうだから」
そう言い微笑う沖田を見上げ、どきりと瞳を揺らす冬乃に、
言ってごらん、と沖田が冬乃の両腕を解放し猿轡をほどく。
「ん・・?」
優しくも熱の篭った眼差しはあいかわらずに。
少しいたずらな笑みを添えて、沖田が冬乃を覗き込むのへ、
冬乃は、答えられるはずもなく目を伏せた。
(総司さん・・)
彼に、抱かれたくて
でもそれは決して許されない望みで
(もう、狂いそう・・・)
そんなことを。
伝えられるはずも。
「あの、今日・・」
冬乃は小さく拳を握り締めた。
「月のものが、来そうで・・・ですから、あの」
「総司さんのお手が、汚れてしまいます。・・・なので・・」
「・・・・」
冬乃は目を合わせられないまま。どころか視線に耐えられずに目を瞑った。
無理があったに違いなく。仮に今日、月のものたる生理が、本当に来そうだとしても。まだ来てもいない今の時点では汚れるも何もないではないか。
(ていうか、露骨・・すぎた・・?)
「っ・・」
ふと、首の後ろへ温かい手を感じた冬乃ははっと瞼を擡げた。
額に、口づけられ。そのまま抱き寄せられて沖田の分厚い胸板に、いま口づけられたばかりの額が当たって。
「・・御免、」
慈しむような声音が直に届いた。
(え・・)
冬乃の今の制止が咄嗟の嘘であることなど、やはり気づかれているかのように、
「貴女がまだ望まないところを無理強いする気は無いから、」
心配しないでいい、と。
(違うんです・・)
哀しくなるほど優しいその声音は。
冬乃の胸奥を締めつけるだけ締めつけて、解くすべもなく。
(私は、)
この箍を。
外したいのに。
(どうしたら・・・・)
「・・冬乃?」
「わからなくて怖いんです・・」
声が震え。冬乃は、そっと額を離して顔を上げた。
体の前の、沖田の着物をおもわず握り締める。
「私は、未来から来て・・総司さんは、此処の人で」
沖田の死後、冬乃はきっと帰されてしまう、
此の世への帰属を許されていない、此処へ来た時から幾度となく痛感する、冬乃を苛み続ける強烈な排他感。
沖田の生きている間だけの。この世界。
それを直接に伝えることはできずとも、
どうにかして、伝えなくてはならない。
「“産まれた世” が違うふたりが・・・結ばれたら、どうなってしまうのかが」
帰らなくてはならない以上は、
決して、ふたりの間に新しい命を生むわけにはいかない。
だから、
叶わない夢。結ばれるはずも無いことを。
「・・・ごめんなさい」
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