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うき世の楽園
221.
しおりを挟む(あの人・・)
お鈴のお供の太兵衛だ。応接間の前で佇んでいる。
(なんで中に居ないの)
廊下を進み近づく冬乃に、まもなく太兵衛は気が付いて丁寧に会釈をしてきた。
冬乃も会釈を返して、手にした沖田用と二人のおかわり分の茶へ、太兵衛が視線を向けるのを見た。
「有難うございます。手前のほうでお預かりさせてくださいませんか」
変なことをいう太兵衛に、冬乃は理解まで及ばずに動きが止まって。
太兵衛がそんな冬乃に遠慮がちに促すようにして、盆のほうへと両手を差し出してきた。
「あ・・の、どうかなさったのでしょうか・・」
漸う紡ぎだした冬乃の問いかけに、太兵衛の両手が宙に留まる。
「少々、・・お人払いをお嬢様に頼まれまして・・・申し訳ございません」
「・・・」
いったい、中で何を話しているのか。
助けてもらった礼に、人払いをしなくてはならないような会話が伴うものなのか。冬乃には想像ができない。
いつのまにか握りこんでいた盆の縁から、掌に圧迫の痛みを感じて。冬乃はむりやり乱入したくなる想いを次には押し込め、太兵衛へ盆を差し出した。
「・・それではよろしくお願いいたします」
太兵衛が恐縮した様子で、盆を受け取った。
時。
「気遣いは不要ですよ。彼女も、太兵衛さんも、入ってもらって結構です」
襖の外での冬乃達の会話が中へ筒抜けだったのか、沖田の声がした。
「そんな・・っ」
中から続けてお鈴の戸惑った声がして。
冬乃はもう。何が何なのか分からず、怖々と襖を開けた。
両刀を片手にさげて立つ沖田と、彼の胴に腕を回してしがみついているお鈴の姿が。目に飛び込んできた。
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