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壊劫の波間
27.
しおりを挟む「今までごめんなさい」
硬く温かい腕に包まれながら冬乃は顔を擡げる。
「でももうこれで・・・今度こそ未来へは帰りません」
やっと、
(貴方の最期まで傍に居られる)
声にできない想いで見上げた冬乃を、常の優しい眼差しが迎えた。
「今回は、どのくらい帰ってしまってたのでしょうか」
その穏やかな眼に救われながらも冬乃は、超えた時間を感じて恐るおそる尋ねる。この肌に受ける気温は、もはや残暑のそれだ。
「二月といったところ」
「・・では今日は・・」
遂に幕府と長州が開戦したのは六月の七日。冬乃が未来に戻ってしまった日は六月一日だった。
あれから二か月、
ならばもう。
「八月の七日」
冬乃は沖田の胸板へ頬を寄せ、目を伏せた。
七月末、将軍家茂が病で急死し。今は、江戸幕府最後の将軍となる慶喜が、徳川宗家を継承したばかりの頃。
孝明帝は長州征伐の続行を命令し、慶喜はその意を受けて陣頭指揮に立つ準備に取り掛かっている時期だ。
だが、これよりあと数日もすれば、その決定は覆される事となる。
これまでの度重なる戦況不利の報にとどめを刺すかの、幕府軍の事実上の敗戦といえる報が、京にもたらされるからで。
つまり今、残るこの数日が。
幕府がこの先の再起を未だ信じていられた、最後の時間ともいえるのだろう。
黙り込んでしまった冬乃を覗き込む気配に、冬乃ははっと顔を上げた。
「冬乃、」
目を合わせた沖田の視線が、促すように冬乃の背後へと向かった。
「あの箱は?」
(・・・あ)
千代の病のための薬とは答えられるはずがなく。咄嗟に冬乃は、
「念のため持ってきた風邪薬です・・未来の」
と声が小さくなりながら答える。
「へえ」
「あ、あの」
そういえば、あの箱を壊してもらわなくてはならない。
冬乃はそっと体を離して、沖田を今一度見上げた。
「お願いがあります」
言ってから急いで箱を取りに行き、沖田の元へ戻る。「これを」と冬乃は沖田に手渡した。
「斬って開けてもらえないでしょうか」
沖田が物珍しげに、箱を回し見た。
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