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再逢の契り
63.
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藤堂はひとつ小さく息を吐いた。
「よくよく考えてみれば、ってくらいの違いしかないよ。土方さんにも答えたけど・・伊東先生はさ、けっこう長州に同情的・・寛容的なことをおっしゃるから。ひやっとする時はあるんだ。あるとしたらそれくらい」
だけど、
と、冬乃が今ので受けた内心のこわばりを知って知らでか、藤堂は続けた。
「それだって、伊東先生は長州がしてきた事を許しているわけじゃないんだ。ただ、もっと初めの頃に天子様のご意向が長州に、いや、天下に、正確に伝わらなかったことが一番の憂うべきことだって。そしてその最大の原因は、朝廷内部での牽制や幕府の閉鎖的な体制のせいだって・・だから伊東先生は変えたいんだ。もっと政治が広く天下に開けたものに」
(あ・・)
「そしてそれって近藤さんもよく言ってることだよね。だから二人に食い違いとか口論になるほどの原因は、俺にもごめん、わかんないや」
幕府体制の変革。近藤も伊東も、めざしている大筋は変わっていない。
だが、だとしたら。
(やっぱりそれじゃ・・)
孝明帝はじめ今時点の慶喜や幕閣の多く、そして近藤の期待する変革とは、
これまでどうり幕府を朝廷から委任された最上席に据えたままで、幕府内の古びた膿を掻き出しての体制改革、
片や、現状の薩摩ら雄藩が期待する変革は、
幕府を最上席ではなく、まず朝廷の元に同列として席を並べての体制改革。よって幕府の政府としての権威は失せるも同然、ゆえに緩く“倒幕”の側面をもつ。
政治以外では依然、徳川幕府が諸大名を統べる立場であるとしてもだ。
政治における幕府の立ち位置をどうしたいか。その思想の違いは、それでも平和的改革としては本来紙一重。
だがきっと冬乃が危惧したように、全く妥協をせず相容れなければ、表裏ほどの大きな違いを生んでしまうのかもしれず。
のちに薩摩が、相容れずに武力討幕へと転換したように。
もし伊東が後者なら、
もしくは、もっとそれ以上に大きく広い体制をめざしていたとしたら。
(・・だけど同じ後者でも、薩摩以外の藩は留まったじゃない・・)
こののち四侯会議失敗の後、武力討幕へ明確に舵転換するのは薩摩だけ。
(紙一重を紙一重でないものにしてしまうのは、・・あくまで“人次第” )
変革が最早叶いそうになくなったからと見切りをつけ武力討幕へ転換した薩摩は、その点で異端といわざるをえない。
そうまでして相容れなくなった根底には、薩摩の、長州との同盟による義理立て以上に、徳川慶喜個人への鬱積した反感があったともいわれている。
だが長州と同盟を結んでいたことも大きく影響したのは確かだろう。
ただ当初、薩摩内部ではそれでも、未だ朝敵の長州に義理立てして幕府と戦争するなどもってのほかと反対する声は根強かった。
まして伊東なら。
そのような藩同士の政治や経済という縛りのない彼だからこそ、
(幕府改革が叶わないかもしれないからって、討幕をめざしたかどうかは、)
つまり近藤達と、決定的に道を違えるかどうかは。まだわからないのだ。
「藤堂さま・・さん、」
なに、と藤堂が微笑んだ。
「伊東様のめざしてらっしゃる幕府の体制って、・・詳しくご存知ですか?」
「え、うん。いま薩摩が中心になってめざしているものに少しだけ近いんだけど、まずは、諸侯がもっと幕府に遠慮せずに政治に関わって、広く意見交換するっていう構想」
あっさりと答えてくれた藤堂に、冬乃は瞠目しつつ急いで頭を下げた。
「お、教えてくれてありがとうございます」
「べつに隠すことじゃないもの」
顔を上げた冬乃の前で、藤堂がまたもあっさりと微笑った。
孝明帝や幕府は薩摩らのめざす改革そのものは望んでいないとはいえ、確かにその内の、広く意見交換という構想自体なら、即、反孝明帝・反幕府となるわけでは無い。
幕府自身が、そして朝廷も(こちらは裏で操られることも多かったとはいえ)、いくつかの政治課題においては広く諸侯に意見を求めたことならこれまでにもあった。
いま薩摩らがめざす体制は、平たく言えば、それが全ての政治課題において為されるようになり、かつ、幕府の立ち位置そのものが諸侯と並列になることなのだ。
その立ち位置の点では、当然に孝明帝や幕府の意とは反するのだが。
(そういう意味では、ほんとうに言動に気をつけないと誤解されかねないんじゃ・・)
「よくよく考えてみれば、ってくらいの違いしかないよ。土方さんにも答えたけど・・伊東先生はさ、けっこう長州に同情的・・寛容的なことをおっしゃるから。ひやっとする時はあるんだ。あるとしたらそれくらい」
だけど、
と、冬乃が今ので受けた内心のこわばりを知って知らでか、藤堂は続けた。
「それだって、伊東先生は長州がしてきた事を許しているわけじゃないんだ。ただ、もっと初めの頃に天子様のご意向が長州に、いや、天下に、正確に伝わらなかったことが一番の憂うべきことだって。そしてその最大の原因は、朝廷内部での牽制や幕府の閉鎖的な体制のせいだって・・だから伊東先生は変えたいんだ。もっと政治が広く天下に開けたものに」
(あ・・)
「そしてそれって近藤さんもよく言ってることだよね。だから二人に食い違いとか口論になるほどの原因は、俺にもごめん、わかんないや」
幕府体制の変革。近藤も伊東も、めざしている大筋は変わっていない。
だが、だとしたら。
(やっぱりそれじゃ・・)
孝明帝はじめ今時点の慶喜や幕閣の多く、そして近藤の期待する変革とは、
これまでどうり幕府を朝廷から委任された最上席に据えたままで、幕府内の古びた膿を掻き出しての体制改革、
片や、現状の薩摩ら雄藩が期待する変革は、
幕府を最上席ではなく、まず朝廷の元に同列として席を並べての体制改革。よって幕府の政府としての権威は失せるも同然、ゆえに緩く“倒幕”の側面をもつ。
政治以外では依然、徳川幕府が諸大名を統べる立場であるとしてもだ。
政治における幕府の立ち位置をどうしたいか。その思想の違いは、それでも平和的改革としては本来紙一重。
だがきっと冬乃が危惧したように、全く妥協をせず相容れなければ、表裏ほどの大きな違いを生んでしまうのかもしれず。
のちに薩摩が、相容れずに武力討幕へと転換したように。
もし伊東が後者なら、
もしくは、もっとそれ以上に大きく広い体制をめざしていたとしたら。
(・・だけど同じ後者でも、薩摩以外の藩は留まったじゃない・・)
こののち四侯会議失敗の後、武力討幕へ明確に舵転換するのは薩摩だけ。
(紙一重を紙一重でないものにしてしまうのは、・・あくまで“人次第” )
変革が最早叶いそうになくなったからと見切りをつけ武力討幕へ転換した薩摩は、その点で異端といわざるをえない。
そうまでして相容れなくなった根底には、薩摩の、長州との同盟による義理立て以上に、徳川慶喜個人への鬱積した反感があったともいわれている。
だが長州と同盟を結んでいたことも大きく影響したのは確かだろう。
ただ当初、薩摩内部ではそれでも、未だ朝敵の長州に義理立てして幕府と戦争するなどもってのほかと反対する声は根強かった。
まして伊東なら。
そのような藩同士の政治や経済という縛りのない彼だからこそ、
(幕府改革が叶わないかもしれないからって、討幕をめざしたかどうかは、)
つまり近藤達と、決定的に道を違えるかどうかは。まだわからないのだ。
「藤堂さま・・さん、」
なに、と藤堂が微笑んだ。
「伊東様のめざしてらっしゃる幕府の体制って、・・詳しくご存知ですか?」
「え、うん。いま薩摩が中心になってめざしているものに少しだけ近いんだけど、まずは、諸侯がもっと幕府に遠慮せずに政治に関わって、広く意見交換するっていう構想」
あっさりと答えてくれた藤堂に、冬乃は瞠目しつつ急いで頭を下げた。
「お、教えてくれてありがとうございます」
「べつに隠すことじゃないもの」
顔を上げた冬乃の前で、藤堂がまたもあっさりと微笑った。
孝明帝や幕府は薩摩らのめざす改革そのものは望んでいないとはいえ、確かにその内の、広く意見交換という構想自体なら、即、反孝明帝・反幕府となるわけでは無い。
幕府自身が、そして朝廷も(こちらは裏で操られることも多かったとはいえ)、いくつかの政治課題においては広く諸侯に意見を求めたことならこれまでにもあった。
いま薩摩らがめざす体制は、平たく言えば、それが全ての政治課題において為されるようになり、かつ、幕府の立ち位置そのものが諸侯と並列になることなのだ。
その立ち位置の点では、当然に孝明帝や幕府の意とは反するのだが。
(そういう意味では、ほんとうに言動に気をつけないと誤解されかねないんじゃ・・)
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