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再逢の契り
67.
しおりを挟む藤堂と話ができた後に、沖田に伝えておこうと思っていた事――近藤と伊東の間で、恐らく互いへの誤解が元で“口論” がある事――は、すでに期せずして、藤堂のほうから沖田へと伝わっていた。
そういうところも藤堂らしいと。朝餉のしたくのさなかに冬乃は改めて思い返していた。
おかげで沖田からもすでに昨日のうちに土方へ話が行っていることだろうし、この先、近藤と伊東のやりとりに気を配ってくれることだろう。近藤の側では土方と沖田が、伊東の側では藤堂が。
これほど頼もしいことはないように思う。
今はまだ沖田にも到底明かすことなどできない藤堂の運命も、もしもこの先に近藤と伊東が仲違いをまぬがれさえするなら、変えてゆくことが叶うはず。
組の裏切者としてではなく。せめてなにか藤堂らしい、彼が望むかたちの死へと。
このまま組の分離は為されてしまうとして、そしてそうなれば藤堂が師匠の伊東についてゆくのは歴然であっても、
伊東たちが裏切者として粛清される未来さえ起こらなければ、望める。
(だけど、それでも変えられない・・)
どんなにあがいても、彼らの死だけは避けるすべがない。
(・・藤堂様)
冬乃はもう何度も繰り返した無力感に、滲んでくる涙を慌てて手の甲で払った。
むりやり手元へ意識を戻して、作業を再開し。
まもなく魚の焼けてくる匂いに、そして冬乃は顔を上げ、七輪へと向かった。
おもえば、沖田の下帯を一度も洗濯したことがない。
突然そんなことに思い至った冬乃は、魚をつついていた手を止めて沖田を見た。
「・・?」
さすがの沖田にも、今の冬乃の眼差しの心は読めなかったようで、どうした?と聞きたげな眼が返ってくる。こんな思いまで読まれていても困るけども。
旅行は三日間の予定で、その間の洗濯ものはそういえばその場で洗うのかな持ち帰るのかななんて考えていた流れで。冬乃はそうして突然思い出した今の事柄に、次には赤面した。
ますます何だとばかりに沖田が笑って、冬乃は慌てて魚に視線を逃す。
ここへ来たばかりの頃、冬乃は永倉から離れの幹部の洗濯ものを頼まれたときに、沖田の下帯なら洗ってみたいとこっそり思ったことがあった。
けれど結局彼らが、もちろん沖田も、冬乃に渡してくる洗濯ものはどれも上着ばかりで、その機会は無かったのである。
「・・・」
意味もなく魚を凝視してから、冬乃はちらりと上目に沖田をふたたび見た。
沖田が噴き出す一寸手前のような顔になって「どうしたの」と促してくる。
冬乃は心に決めた。
「旅行中は、洗濯ものぜんぶ、私が洗います!」
「・・・ありがとう?」
考えてみたらこれでは、何が赤面事項なのか沖田からすれば謎だろうと思い至るも、説明する気なんてもちろん無い。
冬乃はひとり頬を染めたまま、再び魚をつつき出した。沖田の解せなそうな視線を感じながら、冬乃は旅行の楽しみがさらに増えたと内心浮かれて。
昨夜は寝物語に、温泉地の山々では今ならば未だ、頭上には遅咲きの紅葉が、足元には落葉が色鮮やかだろうかと沖田が話すのを、冬乃はうっとりと聞いていた。
冬の訪れを待つ西本願寺の銀杏は、今で色づき九分といったところ。山の葉は落ちはじめて久しいとはいえ、まだまだ美しい光景を留めているに違いない。
今夜は屯所から戻ったら早めに寝て、明朝に出て日の高いうちに温泉地に着く予定でいる。京の町を抜けるまでは駕籠だが、その先はのんびりふたりで景色を見ながら歩いてゆくのだ。
美しい晩秋の光景に囲まれて沖田と歩く道。温泉に浸かってきっと明るいうちからお酒を呑んで、沖田とずっと一緒に過ごせる三日。
想像しているだけで頬肉がおちてくる冬乃は、慌てて箸を持ち直した。
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