【R18】悪役にされた令嬢は、金貨三枚で男を買う

灰ノ木朱風

文字の大きさ
3 / 8

3、わたくしが考えなしでした

しおりを挟む
 日が傾きかけたころ目的の町に着き、行商は一番大きな通りの真ん中で馬車を止めた。
 サイオンは当初の約束の金額より少し多い駄賃を彼に渡し、世間話がてら周辺の宿や治安などの情報を聞き出していた。

 ふと後ろを振り返ると、まだ荷台にいるメリアデューテの周りに、くたびれた服装の子供がわらわらと集まってきている。物乞いの子供だちだった。
 その中で一番幼く、垢や鼻水でがびがびになった小汚い子供の顔を、メリアデューテは真っ白なハンカチで拭いてやっている。

「まあ、この花をわたくしにくださるの?」

 子供たちから萎れかけた野草の花束や、どこかで拾ったらしき片方だけのボロ靴をぐいぐいと押し付けられて、メリアデューテはそれらをすべて受け取ってしまう。
 これはいわゆる押し売りで、物乞いの常套手段である。何も受け取らずに追い払うのが普通だが、施しとして小銭を渡す貴族もまれにいる。

 さて、侯爵令嬢のメリアデューテはどう対応するのか。
 サイオンが黙って見ていると、案の定子供たちは「だいきん、おかね」と手のひらを差し出して金の無心を始めた。すると彼女は言われるまま、ウエストベルトのポーチから幾ばくかの金を取り出し、子供たちに渡す。

 ――それは西日に輝く数枚の金貨。

「はい。どうぞ」

 ぴかぴかの金貨を受け取った子供たちは、しばらくぽかんと固まっていた。
 それもそのはず、金貨を見たことがないのだ。この町では、金貨一枚の価値は大人が日雇いで働いて得る給金よりも遥かに高い。

「こんのバカ!」

 さすがに見ていられず、サイオンはあわてて荷台に飛び乗った。
 子供たちの手から金貨を取り上げて、代わりに銅貨を何枚か握らせる。ようやく彼らにとって価値のある――見たことのある「おかね」が手に入って、子供たちはほくほく顔で散っていった。

「あんた、自分が何をしたかわかっているのか!?」

 回収した金貨を投げつけるように返されて、メリアデューテはびく、と身体を強張らせた。

「わたくし、お金を……。お花の代金を払おうと思って……」
「物乞いの、しかも子供に金貨を渡すやつがどこにいる!」
「でも、とても汚れて痩せていたから、お金が必要だと……」
「あいつらがあのまま金貨を受け取ってここを立ち去っていたら、裏路地に入った瞬間に他の大人に盗られただろうな。あるいは殺されていたかもしれない」

 あえて抑えたトーンで告げる。これは脅しでも誇張でもなんでもなく、事実だ。
 メリアデューテはようやく自分のしたことの重大さに気が付いたのか、ハッと目を見開いた。

「仮に無事だったとして、この規模の町には金貨を扱える店がない。金額が大きすぎて釣銭が出せないからだ。生活で使えない貨幣など持っていても意味がない。過ぎた財は身を滅ぼす」
「……ごめんなさい。わたくしが考えなしでした……。あの子たちのためだという傲慢な気持ちで、取り返しのつかない過ちを犯すところでした」

 涙は見せない。反論もしない。ただ素直に叱責を受け入れて、メリアデューテは静かに顔を伏せた。
 びーびー、あるいはしくしくと泣かれることを覚悟していたサイオンはその様に毒気を抜かれてしまう。

「どうせ、この旅に出るまで自分で金を出して物を買ったことなんてないんだろう」
「はい」
「……ったく……」

 泣いた女の慰めかたなら心得ているが、こうやって殊勝な態度で来られるとどう接したらいいかがわからなくなる。
 サイオンは反応に困ってわしゃわしゃと自身の黒髪を掻いた。

「恵んでやるとか施しだとか、そんなおごった気持ちからじゃなくただの善意だったってのはわかってる。だってあんたは、町のやつらが誰も触りたがらないような汚れた子供の顔を拭いてやってたじゃないか」

 サイオンは荷台からメリアデューテのトランクを下ろして、ついでに「ほらよ」と彼女に多めの銅貨を渡した。

「まず、宿を取る。そこそこのランクの宿なら必ず荷運びポーターがいる。さっきみたいな小銭稼ぎの子供が引き受けている場合もあるから、そいつが荷を部屋まで運んでくれたら、その銅貨を渡せ。一枚か二枚でいい。あとは……そうだな。これからの道中で教えてやる」
「サイオン……! ありがとう」

 うつむいていたかんばせが持ち上がって、花が綻ぶように笑う。
 さっきまでの「深入りしない」という己への戒めはどこへやら、サイオンは柄にもなく「ま、たまにはおせっかいもいいか」と思い始めていた。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢のひとりごと

鬼ヶ咲あちたん
ファンタジー
城下町へ視察にいった王太子シメオンは、食堂の看板娘コレットがひたむきに働く姿に目を奪われる。それ以来、事あるごとに婚約者である公爵令嬢ロザリーを貶すようになった。「君はもっとコレットを見習ったほうがいい」そんな日々にうんざりしたロザリーのひとりごと。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~

双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。 なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。 ※小説家になろうでも掲載中。 ※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。

淫紋付きランジェリーパーティーへようこそ~麗人辺境伯、婿殿の逆襲の罠にハメられる

柿崎まつる
恋愛
ローテ辺境伯領から最重要機密を盗んだ男が潜んだ先は、ある紳士社交倶楽部の夜会会場。女辺境伯とその夫は夜会に潜入するが、なんとそこはランジェリーパーティーだった! ※辺境伯は女です ムーンライトノベルズに掲載済みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【魔法少女の性事情・1】恥ずかしがり屋の魔法少女16歳が肉欲に溺れる話

TEKKON
恋愛
きっとルンルンに怒られちゃうけど、頑張って大幹部を倒したんだもん。今日は変身したままHしても、良いよね?

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

処理中です...