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6巻
6-1
しおりを挟む1 頼みと子供たちへの謝罪
次元の切れ目に落ち、異世界ヴェルドミールに飛ばされてきた普通のおっさん、タクマ・サトウ。
不器用ながらも心優しい彼は、孤児や行き場をなくした人々を保護し、鉱山都市トーラン近くに作った集落で、彼らと一緒に暮らしていた。
そんな折、タクマはパミル王国王都が邪神に取り憑かれている事に勘づく。邪神という厄介な存在と対峙しながらも、彼は幾多の困難を乗り越えてその浄化に成功する。
しかし、騒動の中心地となった王都の教会で、タクマと同じ転移者――瀬川雄太が遺したという言葉を知った事で、彼はさらなる厄介事に巻き込まれてしまうのだった。
◇ ◇ ◇
「一つ頼みがあるんです」
ここはパミル王国王城の謁見の間。
トーランの領主コラル・イスル、聖遺物の研究者ナール・イシューと共にやってきたタクマは、パミル王と宰相ザイン・ロットンに一連の報告を終えたところだった。続いてタクマは、パミル王に要望を伝える。
「他にも似たような遺物があれば、教えていただきたいです」
「それは、今回の写本では足りんという事か?」
今回の写本とは、遺跡に記されていた壁画をナールらが写し取った物の事である。それは壁画ではなく、瀬川雄太が日本語で遺したメッセージだった。
「足りないというより、彼が伝えようとしたすべてを知りたいんです。彼が遺した壁画は、俺のような者がこの世界で生き抜くために用意してくれた物らしいので」
タクマが珍しく熱っぽく言うので、王は意外に感じた。
「何故そこまで、その人物に固執する?」
「俺はこの世界に飛ばされてきた時から恵まれていました。ヴァイスと出会い、他の守護獣とも出会えた。そして今はたくさんの家族に囲まれている。ですが彼は俺とは違う。たった一人で飛ばされてきて、一人で生き抜くしかなかった」
それからタクマは、自分と瀬川雄太が元いた地球の事、そしてこのヴェルドミールと地球の環境の違いを伝えた。
ひと通り聞き終えたところで、王は感心して言う。
「……なるほどな。タクマ殿たちが生きていた世界は、本当に恵まれた世界だったのだな」
それから王は黙り込んでしまった。しばらくそうしていると、やがて何かを決断したように口を開く。
「わかった。君の望むように遺物について調べようではないか。この国は君に救われたのだ。すぐに追加の報酬として用意しよう」
王に促され、その場にいた宰相、コラル、ナールが調査のために退室していった。タクマが頭を下げて王に礼を言うと、王は苦笑いをして手を振って告げる。
「これくらい、大した事ではない。ただ、君がその人物に入れ込んでいるのが少し気になるな。彼は過去の人物なのだ。あまり引きずられるのは駄目だぞ。君は今を生きているのだから」
「わかってます。ただ、彼の足跡を知っておく事が、彼の弔いにもなるような気がしているんです」
タクマは、王の言うように入れ込みすぎている自覚もあったが、もし彼が弔われていなければ、自分が供養してやろうとさえ考えていた。
王はいつもの淡々とした雰囲気とは違うタクマを見て、感慨深げに言う。
「君は他人にまったく興味がないようで、親身になったりもするんだな。まあ、これからも君とは良い隣人として付き合えたら嬉しい」
こうしてパミル王への報告は終わり、解散となった。
タクマはそのまま空間跳躍で移動し、王都にあるコラルの別邸に戻った。辺りはすでに暗くなり、屋敷には明かりが灯されている。
タクマが家の中に入ると、子供たちが迎えてくれた。
「あ、お父さん!」
「おかえり!」
「おかえりなさい!」
「お疲れさまー! お仕事はもう良いの?」
タクマは子供たちの頭を撫でながら言う。
「ただいま。みんな、今日はお城で嫌な思いをさせてごめんな。それについてちょっと話があるから聞いてくれるか?」
子供たちにさせた嫌な思いというのは、王城に子供たちを連れていった際に、怖そうな騎士たちに囲まれてしまった事である。
全員で応接室に移動してから、タクマは尋ねる。
「今日、お城に行ってみてどうだった?」
「えっとね、いっぱい兵隊さんがいて嫌な気分になったの」
「怖かったよねー」
「目が変だった!」
「野宿してた時にいじめてきた人と同じ感じだった」
子供たちが言うように、騎士たちには異様な雰囲気があった。というのも、あの時彼らは邪神の呪いを受けていたのだ。
「確かに感じが悪かったな」
「あ! あと、何かドロッとした感じがした!」
「空気が重かった」
「黒いものがいっぱいだった」
「なんかねー、スラムにいる人たちみたいだった」
子供たちは騎士への違和感だけでなく、あの場に漂っていた瘴気も感じ取っていたらしい。普段から訓練をしているため、そういうものを察知する感覚が鋭くなっていたようだ。
「へえ、何か雰囲気も悪かった感じか?」
「うん! 空気がズシンとした感じ?」
それからタクマは、子供たちが理解できるように噛み砕いて教えてあげた。
「なるほどな。実はあの時いろんな事があって、みんなおかしくなっていたんだ。お前たちには嫌な思いをさせてしまったが許してくれるかな? 王様も他の人たちもすごく反省をしていたから許してあげてほしいんだ。おそらく明日にでももう一度お城に呼ばれて、直接王様が謝ってくれると思う。今日のような事はきっとないだろうから」
そう言って子供たちの目を見ると、皆理解してくれているようだった。
「大丈夫そうだな。孤児院から逃げた子たちは、王様が責任を持って助けてくれるようだから安心していい」
邪神によって、孤児院を管理していた教会が機能不全に陥り、孤児院から子供たちが逃げてしまっていた。その保護については、タクマが王様と話をつけてあった。
子供たちは、孤児たちの無事を聞かされ、顔を見合わせて笑顔になった。
◇ ◇ ◇
翌朝、夜が明け切らない時間に、城からの使者がやってきた。タクマが言っていたように、城へ上がるようにとの呼び出しだ。
タクマは、まだ起きたばかりの子供たちに顔を洗わせ、それから朝食を食べさせた。子供たちは王都に来てからしばらく経つが、ホームシックになる事もなく食欲も旺盛だ。
「食べ終わったらお城へ出発だ。王様には元気に挨拶するんだぞ」
「「「「はーい!」」」」
子供たちが食事をしている間に、使用人にコラルの所在を確認すると、どうやら彼は昨日から王城に残り、遺物の調査を続けているらしい。
使者からは、今日の謁見は正式な方法で登城してほしいと言われていたので、使用人たちに命じて子供たちを礼服に着替えさせる。子供たちはいつもラフな服を着ているため窮屈そうだ。
「お父さん。これ着ないと駄目?」
「きついよー」
「暑いー」
「動きにくいー」
子供たちが礼服を嫌がるので、タクマは優しく諭す。
「今回は正式に城に招待されているから、正装じゃないと駄目なんだってさ。俺も着替えるし、我慢してくれ」
タクマも普段の服を脱いで、スーツに着替えた。
「これを着るのも久しぶりか……まあ、こっちの世界の正装ではないが、かっちりした服だし問題ないだろう」
タクマのスーツ姿は、子供たちからも概ね高評価だった。
こうして着替えを終えたタクマたちは、用意された馬車に乗り込んで城へ向かう。子供たちは緊張しているらしく口数が少ない。
城に着くとコラルが待っていた。目の下には隈が浮かび、疲れた表情をしている。どうやら完徹して調査してくれたようだ。
「タクマ殿、みんなもよく来てくれた。昨日は子供たちに嫌な思いをさせてすまなかった。今日はそんな事は絶対にないから安心してくれ」
謁見の間へ進みながら、コラルがタクマに言う。
「タクマ殿。例の遺物だが、かなり多くの物が残っていた。まだ精査はしていないのだが、城にある分を見た限り、一人の異世界人が遺しているような感じだった」
遺物については王から話があるそうなのだが、コラルは前もって教えてくれたらしい。タクマはコラルに礼を伝える。
「わざわざありがとうございます。急いでいるわけではないので、今日でなくても良かったのですが」
「そうはいかん。国のトップから頼まれたのだ。すぐに用意せねば私の沽券にも関わる。それに、遺物は国外にもあるようだし、のんびりもしていられないからな。そちらの方も各地に飛んでいる諜報員に情報を集めさせている」
そうなふうに話しているうちに謁見の間に到着した。コラルが大きな扉の前で声を上げる。
「タクマ・サトウ殿と子供たちをお連れしました。入ります!」
扉が開いて中へ入る。謁見の間で待っていたのは王と宰相だけだった。子供たちの事を気遣い、人払いしてくれたらしい。
王と宰相はタクマたちに向かって深く頭を下げ、それから王が告げる。
「よくぞ来てくれた。昨日の事を謝りたい。本当にすまないと思っている。許してほしい」
子供たちは王から謝罪されて戸惑っていたものの、にっこりと笑みを浮かべて頷いた。王も笑みを返し、さらに子供たちに向かって言う。
「ありがとう。ではさっそくだが、君たちに聞かねばならん事があるのだ。こちらで聞かせてくれるか?」
王は子供たちをソファーに座らせると、女性を入室させた。
「この者が、君たちが話した事を文字に起こしてくれる。同席を許してくれるか?」
子供たちが頷くと、王はさらに続けた。
「では始めよう。教会と孤児院の問題は、君たちのお父さんが解決してくれた。それで、その問題の被害者でもある孤児たちを国で引き取る事になったんだが、君たちが孤児たちを見たという場所を教えてほしいのだ」
子供たちが話し始める。
「えっとねー。孤児院近くの水路と、屋台がある所にもいたの。それと、宿屋さんの近く!」
それから王は、一人ずつ話をさせていった。彼らの話した内容を書面に残し、ひと通り話を聞き終えたところで、王は懐から一枚の紙を取り出した。
「これに、孤児たちがいた場所を示してもらえるか?」
それは王都全域の地図だった。続いて王は子供たちに筆のような物を渡し、地図を指し示しながら説明する。
「君たちが泊まっているコラル・イスル侯爵の家はここだ。孤児を見た時の事を思い出しながら、どこに孤児たちがいたか書いてみてくれ。終わったら教えてもらえるか?」
「「「「うん」」」」
子供たちは相談しながら、地図に書き込みだした。
王は、子供たちが作業を始めたのを確認すると、タクマに手招きをした。タクマは王に連れられてソファーから離れる。
「では、まずは嵩張るこちらからだ」
そう言うと王は、数人の役人を入室させた。役人はたくさんの書物を持っていた。
「君が求めていた転移者に関する遺物についてだ。城にあった、転移者や召喚者の遺物に関する資料をまとめてある」
役人たちはタクマの前に百冊以上の本を置いていくと、そのまま部屋を出ていった。どうやら他にも持ってくる物があるらしい。
「とりあえず、書物の類はそこにあるのが全部だ。そして次が、おそらく転移者や召喚者に関係していると思われる魔道具。これらもタクマ殿に報酬として渡したいと思っている」
続いて役人たちが持ってきたのは、タクマにとって見慣れた物だった。王は魔道具だと考えているようだったが……
王はタクマの反応を見てから、ゆっくりと口を開く。
「魔道具と言ったが、実は我らでは起動すらままならん代物だ。起動するにも膨大な魔力がいるらしく、今まで起動できた者はおらん。タクマ殿は何かわかっているようだが……差支えなければ教えてもらえんか?」
「これは、私の世界で使う製品ですね。この世界で使えるように魔道具化されているのは確かですが……」
タクマは役人の持ってきたスマホを手に取り、王の目の前に置く。それから自分のスマホを取り出して王に差し出した。
王が二つのスマホを見比べて、感心したように声を漏らす。
「これは……似てるな」
「スマホといって遠話のカードみたいな道具です。その他にもたくさんの機能があります」
「ふむ。だが、それが出土したのは五百年以上前だぞ? 場合によっては千年近く経っている物もある。何故、時代が大きく違うのに似ているのだ」
タクマが使っているスマホと、過去に出土した物が似ている。この事はタクマにある閃きを与えた。
「もしかしたら、私がこの世界に飛ばされてきた時、一緒に巻き込まれた転移者がいて、飛ばされた時代が異なっていたのかもしれません」
今まで考えた事はなかったが、そういう可能性はむしろ高いのかもしれない。当時タクマは人ごみの中にいたので、次元の切れ目に落ちたのが自分だけと考える方がむしろおかしいのだ。
「私が次元の切れ目に落ちた時、あの場所にはたくさんの人がいました。彼らが同じ切れ目に落ちたとしたら」
「なるほど。そうした者たちがこの世界にやってきて、タクマ殿とは違う時代に飛ばされてしまったという事か」
「ええ、そうかもしれません」
王は辛そうな表情になった。
「何という悲劇なのだ」
「確かに悲劇でしょうね。平和な日本から、簡単に命を落とすこの世界に来たのですから」
タクマは、異世界に飛ばされてきたかもしれない者たちに思いを馳せた。自分は運良く様々な加護を得られたが、彼らも同じだとは限らない。
タクマの表情が沈んでいくのを見て、王が声をかけてくる。
「だが、タクマ殿は今を生きているのだ。彼らを知る事は大事だろうが、それに引きずられる事のないようにな」
「同じような事をこの前も言われましたよ」
そう言ってタクマは苦笑いを浮かべ、役人が持ってきた書類や様々な電化製品をアイテムボックスにしまっていく。
タクマが片付け終えたのを見て、王が告げる。
「城で保管している物はこれですべてだ。だが、今後も各地から集まってくるだろうな。その場合は、集まり次第コラルに知らせよう。さて、ようやくだが、今回、邪神の支配から王都を救ってくれた礼を渡そう」
王は使用人を呼びつけると、数人がかりで大きな袋を十ほどタクマの前へ運んでくる。
「一袋1億G入っておる。それが十袋、10億Gだ」
「随分と奮発しているようですが、大丈夫ですか?」
あまりの金額なので、タクマは自分の報酬のせいで国民の生活に迷惑がかかるのではないかとさえ思ってしまった。
王が笑みを浮かべて答える。
「これは、国の危機のために蓄財しておいたものなので問題ない。君は国の危機を救ってくれたのだから少ないくらいだ。ここは遠慮せずに受け取ってくれ。まあ、これ以上はさすがに出せないがな」
タクマの報酬は、国が出せるギリギリとしてくれたそうだ。タクマはありがたく受け取る事にした。
2 女神の覚悟
タクマが王と話をしている頃、この世界の女神であるヴェルドは白い空間で右往左往していた。
「どうしましょう。タクマさんが他の転移者の存在に気づいてしまいました。早く言っておくべきでした」
ヴェルドは、いつか打ち明けようと思っていたのだが、どう話して良いか迷っているうちに、タクマに勘づかれてしまったのである。
「それに、邪神が動きだしていたとは気がつきませんでした」
神であるヴェルドが邪神に気づかないはずはないのだが、魔法国家マジルに天罰を与えたり、民の前に顕現したりしているうちに見逃してしまったというわけである。
ヴェルドは頭を抱える。
「どう話したらいいのでしょう」
ヴェルドがウロウロと動きながら考えをまとめようとしていると、ふと声が聞こえてくる。
『ヴェルド神、タクマさんが邪神の意思と邂逅したようですね。それに他の転移者についても……』
ヴェルド以外存在していないはずの空間に響き渡ったのは、美しい声である。
それは、タクマの元の世界の神、鬼子母神の声だった。鬼子母神はタクマに加護を与えている神の一柱である。
ヴェルドは驚きつつも、その声にすがりついた。
「鬼子母神様!? そうなんです、どうしましょう!?」
『どうしようも何も正直に言えば良いでしょう。邪神に関しては、タクマさんが自分で判断するでしょうし』
鬼子母神は呆れながらそう話すと、厳しく言い放った。
『また、あなたは光の存在として、闇を消そうとする本能が刷り込まれているようですね。それに対して、タクマさんは清濁併せ呑む考えを持っています。光が強くなれば闇もまた強くなる。光と闇、どちらもなくてはならない、彼はそう考えています』
ヴェルドは、鬼子母神の話を黙って聞いていた。
闇は滅ぶべきと思い続けてきたヴェルドだが、鬼子母神の話は不思議と納得できるものであった。それを受け入れる事はできなかったが。
「……私がやっている事は間違っていないはずです」
鬼子母神は少し呆れるように語りかける。
『光がある限り闇もあって当然。どちらも必要な存在なのです。あなたが認めたくないと思うのは仕方がないのかもしれません……それはひとまず置いておくとしても……』
「他の転移者の事ですよね……」
二柱はため息を吐いた。鬼子母神が責めるように言う。
『次元の裂け目ができてしまった事、そこに落ちてしまった人がいる事は、不可抗力であると思います。ですが、何故タクマさんに他の人間がいると言わなかったのです? 初めに言っておくべきだと思うのですが』
ヴェルドは苦々しい表情で弁解し始めた。
「タクマさんがいる時代には転移者はいないので、そう言っておけば大丈夫だろうと思い、言いませんでした。突然飛ばされてきたのですから、他の事まで話してしまうと負担になると思ったのです」
ヴェルドはタクマを気遣って言わなかったらしい。それが正しいとは本人も思っていなかったが、まずは生き抜く事だけを考えてほしかったようだ。
『気遣うのも理解できますが、やはり話しておくべきでした。彼は話せばわかってくれたでしょう』
「ええ、そう思います。近いうちにタクマさんはここを訪れるでしょうから、その際に話そうと思います」
ヴェルドがそう言うと、鬼子母神はアドバイスする。
『起こってしまった事は仕方ありません。ですが、情報は重要です。タクマさんのためにもしっかりと話してあげてくださいね』
「はい」
続けて、鬼子母神は尋ねる。
『ところで、タクマさんよりも前の時代に飛ばされた人たちにも、力は与えたのですよね?』
「それはもちろんです。私と会う事がなかったので、タクマさんほどの強大な力は与えられなかったのですが、生き抜く力は与えました」
『そうですか。それでしたら良かったです……』
鬼子母神の声は、白い空間から薄れるように消えていった。
「タクマさん……早めに来てくださいね」
ヴェルドは祈りながら、タクマが来るのを待つのだった。
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