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第一章:聖女から冒険者へ

7.遺跡調査①

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 イザナに初めて『好き』って言葉を言って貰えてすごく嬉しかった。
 あの出来事から、私は今まで以上に彼を意識しているのかもしれない。

 ***

「それにしてもこの霧、どこまで行っても続いてるなー」

 ゼロは辺りを見渡しながら呟いた。

 現在、私達三人は街の西側にある、ミストの森へと来ていた。
 通称迷いの森。
 一年中薄い霧がかかっていて辺りは薄暗く、足を踏み入れた者の行く手を阻む様に方向感覚を鈍らせる。
 その為、ここには滅多に人が寄り付かない場所とされているようだ。

(ちょっと怖いな……)

 何故ここにいるのかと言うと、以前イザナが話していた大口依頼を受けることになったからだった。
 依頼内容は、このミストの森内部に見つかった遺跡の調査。
 ここは普段人があまり寄り付かない森の為、最近まで誰にも気付かれなかったそうだ。

 偶然見つけた者の話によれば、ここは古代遺跡のようで、地下二階までは既に調査済みのようだ。
 私達が捜索を行うのは地下三階のフロアになる。
 まだそこには誰も人が入った事はないのだが、二階の最奥部は魔物の巣化していた為、恐らく三階も戦闘は免れないだろう。
 その為、しっかりと準備は整えて来た。

「迷いの森って言うくらいだから、迷う人とか多いのかな?」

 私は落ち着きが無さそうに周囲を警戒しながら、不安そうな声で小さく呟いていた。
 森の中は日中だというのに薄暗く、空気もひんやりとしている。
 肌に冷気流れる度に、私はビクビクと体を震わせていた。
 意外と私は小心者だったりする。

「ルナ、大丈夫だよ。迷わない為に事前に道順は聞いて来たからね。不安なら手を繋いでおこうか?」
「……っ!?」

 隣を歩いているイザナは、不安そうな顔を見せる私に視線を向けると、いつも通りの口調でさらりと言ってきた。
 イザナの言葉に私は思わずドキッとして、僅かに頬が火照ってしまう。

(こんなところで、そんこと言わないでっ! 傍にはゼロだっているのに……)

「だ、大丈夫だよ」
「私に遠慮する必要なんてないのに」

 私が小さな声で答えると、イザナは残念そうに返し、何事も無かったかのように前を向いて歩いていた。
 私は不満そうな顔を浮かべ、イザナの方へと視線を寄せた。

 なんだか私だけが妙に意識していて、イザナはいつも通りの反応で少し悔しい気持ちになる。
 イザナに『好き』って言われてから一週間程が経つが、私達の関係に特に変化はなかった。
 彼は元々優しかったし、いつだって私の事を気に掛けてくれる。 
 それは今に始まった事ではない。
 だから尚更、彼の気持ちが分からなくなる。

 私の好きと、イザナの好きは違うのかもしれない。
 そんな風に考えて、私は一人で落ち込んでいた。

(やっぱり、私の一方通行なのかな……)

 それから奥に進むと霧は更に深くなっていき、私ははぐれないように二人に付いていった。
 暫く進むと開けた場所へと出て、そして視界に大きな建物が現れる。
 まさに遺跡だ。
 白い石で作られた遺跡が目の前に聳え立っている。

 不思議な事に、ここには一切霧がかっていなかった。
 それどころか温かい木漏れ日が降り注ぎ、ぽかぽかとしていて気持ち良い。

 入口の一部は破損していて崩れかけていたが、中に入るのは問題無さそうだ。
 そして建物の周りには苔がぎっしりと生えていて、森と同化している様に見え、最近つくられたもので無いことは明白だった。
 神秘的な光景が広がり、私はただ圧倒されていた。

「すごい……。こんな森の中に、こんなものが建てられているなんて」
「誰の目にも届くこと無く、忘れられていったのか……。それとも人目を避ける為に、この場所に作られたのか」

 この光景を見て驚いているのは、どうやら私だけでは無かったようだ。
 隣にいたイザナも関心した様子で、この建物を眺めていた。

「ルナ、中には恐らく魔物がいる。警戒は忘れないようにな」
「うんっ! とりあえず補助魔法はかけておくね!」

 イザナの言葉に私は頷くと、杖をぎゅっと握りプロテクトと心の中で念じた。
 すると私の周りから青いオーラが現れて、三人に光の幕が出来、そのまま薄くなり消えていった。

 プロテクトという名は私が勝手に付けた。
 良く使う魔法だったので、名前を付けた方が分かりやすかったからだ。
 効果は言葉通り、防御系バフになる。
 物理、魔法の被ダメージ軽減といったところだ。

「おお、さすがだな! 防御力が倍くらい上がってる。これなら攻撃重視で戦えるな。ルナ、ありがとう!」
「うんっ!」

 ゼロが私の魔法に感激している姿を見て、自然と嬉しい気持ちになった。
 やっぱり、戦ってる時が一番誰かの役に立っていると実感出来る。
 だから戦闘は嫌いではない。

 だけど、誰かに強いられての戦闘は嫌いだ。
 私はもう誰かに利用されされたくはなかった。
 それが嫌で私は聖女であることを伏せることにしたのだから。

 ちなみに、この世界で回復出来るのは聖女だけではない。
 回復師という回復や、補助魔法を専門に扱う職が存在している。
 だけど、私は冒険者登録をする際に魔術師を選択した。
 これは考え過ぎなのかもしれないが、聖女であることが周囲に気付かれないように、敢えて関係ない職を選んだのだった。
 攻撃魔法も扱う事が出来た為、問題なく魔術師で通すことが出来たというわけだ。
 そして、イザナは剣士で、ゼロはアサシンで登録しているようだ。

「ルナがいると助かるな。それじゃあ早速入ろうか」

 イザナの声で私達は遺跡の中へと入って行った。


 ***


 遺跡の中は暗いのかと思っていたけど、不思議な事にそんなことはなかった。
 どこからか入ってくる日の光が建物内に差し込み、照明魔法など無くても普通に歩くことが可能だった。

 中に入ると、すぐに大きな開けた部屋へと出た。
 そしてこの部屋の一番奥には、大きな二体の像が左右に置かれている。
 良く古代遺跡とかにある、なんだか良く分からないけど顔の様に見えるものがそこにはあった。

「なんか、怖い……」
「不気味だな」

 私が呟くと、ゼロも同調する様に答えた。
 イザナは興味深そうにその像を眺めていた。

「とりあえず地下二階までは調査済みだったよな? ここが一階ってことなら、この下に続く階段を下りて行けば二階ってことか」
「ああ、そうなるな。一応魔物は全て討伐済らしいけど、下層の魔物が上がって来てることも考えられるから気を抜かずにいこうか」

 私は二人の会話を聞きながら頷いて、杖をぎゅっと握りしめた。
 ちなみに私が手に持っているのは、この前イザナからもらったあの杖だった。

 二階に降りると、ここも普通に歩けるくらい明るかった。
 白い壁で覆われていて、天井は遥かに高い。
 そして最初に見た通路の様な一方通行の道が続き、再び開けた大部屋へと出た。
 この部屋の左右には大きな入口があり、私はそれを交互に眺めていた。

「二手に分かれようか。話によればどちらから進んでも同じ部屋に出られるらしいから、次の部屋で合流しよう」

 イザナの言葉にゼロは「じゃあ俺は右から行くな」と答えて、さっと走って行ってしまった。

「分かれない方が良かったんじゃない?」
「いや、魔物がまだ残っている可能性もあるからね。いるなら先に倒しておきたい。それにゼロなら大丈夫だよ。彼はアサシンだから隠密が得意なんだ。それに強いから問題はないだろう」

 私が心配そうにゼロが入っていった右の扉を眺めながら答えると、イザナは落ち着いた声で言った。
 イザナはゼロの実力を分かっている様な口ぶりだった。
 彼がそう言うのならば、きっと平気なんだろう。
 私が納得すると「私達も行こうか」とイザナに促されて、逆側の左の入口の方へと移動した。

 入口を進んで先を曲がると、どこまでも続くような長い通路が広がっていた。
 私達が立っている所からだと、行き止まりを確認することが出来ない。

「結構広いとは聞いていたけど、思った以上だな。ルナ、疲れていないか?」
「ううん、大丈夫」

 イザナは気遣うように優しい声を掛けてくれた。

(イザナは、いつも私のことを気遣ってくれる。だから、好きになっちゃったのかも……)

 彼は出会った頃から、ずっとこんな感じだった。
 大体の者達は、私が聖女だと分かると、どこか近寄りがたい存在みたいに扱われて近づいて来ようとはしなかった。
 だけどイザナだけは違った。
 一人ぼっちだった私の孤独を埋めてくれたのも彼だった。
 イザナの傍に居ると、私は自然と心の声を話す事が出来た。
 きっと私が話しやすいように、上手く誘導してくれたのだろう。
 そんな彼の優しさに、私は惹かれていったのだと思う。

「その杖、早速使ってくれたんだな。気に入ったようで良かったよ」
「うん、見た目もすごく可愛いから気に入ってる。それに、イザナがくれたものだし……」

 私は杖を眺めながら、少し照れたように答えた。
 するとイザナは「そうか」と呟いた。

(イザナがくれたから、私の宝物なんだ)

「そういえば……、ゼロは走って行ったけど、私達も走る?」
「いや、急いでるわけではないから走らなくていいよ。恐らく三階に着いたら戦闘になるだろうから、今は力を温存しておいた方が良いと思う」

 前を向いて歩いてると、不意に手が当たってしまい、私は顔を上げて「ごめん」と焦って答えた。
 するとイザナはそのまま私の手を握った。

「なに?」
「今はゼロもいないし、他に見てる者はいないよ。それならルナは恥ずかしくないよね?」

 私が焦って問うと、イザナは悪戯ぽく笑いながら言った。
 次第に私の頬は熱を持ち始めていく。

(そういう問題じゃないっ!)

「どうして、そこで顔が赤くなるの?」
「……っ!」

 イザナの問いかけに、私は羞恥心を煽られ何も答えられなくなる。
 そしてつい視線を逸らしてしまう。

「ごめんね、少しからかいすぎたかな。ルナが可愛くて、ついね」
「からかうなんて酷いっ!」

 私はむっとした表情を浮かべると、再び視線を上げた。
 再び視線が合うとイザナは満足そうに微笑んでいて、反省している様子は微塵も感じ取れなかった。

 イザナは私に可愛いと言いすぎな気がする。
 私は可愛いものは好きだけど、自分が可愛いとは思っていない。
 彼のように際立って端麗な顔立ちでも無いし、どちらかと言えば童顔だ。
 お世辞なんだろうとは思っているが、余りにも言われ過ぎると照れてしまう。

(あんまり可愛いとか言われると、勘違いしそうになる……)

「もう可愛いって言わないでっ!」
「どうして?」

「どうしてもっ!」
「ふふっ、ルナはさ、そうやってすぐ焦る所が本当に可愛いよ。だからつい、余裕を奪ってからかいたくなってしまうんだろうな。すぐ照れる所も可愛いし、ムキになる所もね。私から見れば、ルナの全てが可愛く見えるんだと思う。だから諦めて」

 なんだかイザナに言いくるめられ、私はそれ以上何も言えなくなっていた。
 私が困っていると、イザナは冗談交じりに「困ってる顔も可愛いよ」と付け加えてきた。

「もうっ!!」
「怒ったか? 少しいじめ過ぎたかな。ごめんね」

 からかわれることを、嬉しいと思ってしまう私は重症なのかもしれない。
 イザナとの時間はどんな時だって楽しく感じる。 
 一緒に居られることが嬉しくて、いつも傍にいてくれることに安心する。
 以前のような、すれ違いの日々にはもう戻りたく無いと思ってしまう。

(私、イザナのこと……本当に好きかも)
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