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第一章:聖女から冒険者へ

9.遺跡調査③

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 私はゼロと二人で地下三階へと降りて行った。
 だけど私の頭の中では、いつまでもイザナとティアラが仲良さそうに話している光景が残像として残っている。
 胸の奥が痛くて、もやもやして、なんとも言えない気持ちが私の心を支配していた。

(イザナがまだティアラさんのこと好きだったら……、どうしよう)

 私はそんな考えを頭の中で巡らせては、一人で落ち込んでいた。

 ティアラはイザナに会う為だけにこんな場所にまで押し掛けて来たのだとしたら、さすがに非常識だと思う。
 それとも何か別の理由があったのだろうか。
 そして、イザナはどうしてティアラとあのまま留まることにしたのだろう。
 彼女は一人では無かったし、私達が通って来た時には魔物に遭遇しなかったのだから、あのまま残していたとしても何も問題は無かったはずだ。
 そう思う反面、私達の実力を知っているからこそ、イザナは二人で行くことを進めたのだとも思えてしまう。
 思えてしまうけど……、それでも納得なんてしたくはなかった。

(やっぱり、私よりもティアラさんの方が大事なのかな)

 私の目には、二人は相変わらず仲良さそうに見えて不安を感じてしまう。
 だけど、二人の仲を引き裂いたのは紛れもなく私だ。
 私がいなければ、きっとあの二人は本来通り結婚していて、イザナも次期国王への道を進んでいたに違いない。
 全てを変えてしまった私が、二人についてとやかく言える立場ではないことくらい分かっている。
 負い目を感じているのは、私の方なのかもしれない。
 だけど、私はイザナのことを諦めたくはない。

(イザナだって私のことを好きだって言ってくれたし、信じていてもいいんだよね……?)

「ルナ、大丈夫か?」

 不意に私の名前を呼ぶ声に気付き、ハッと我に返った。
 私は顔を上げてゼロの方に顔を傾けると、彼は心配そうに私を見つめていた。

「うん、ごめんね。ちょっとぼーっとしてた。私なら大丈夫だよ!」

 とりあえず私は笑顔を作り、そう答えた。
 私が暗い顔をしていたから、ゼロを心配させてしまったんだと反省した。
 それに今は集中しなければならない時間であることを思い出す。
 私はこれから魔物を相手にして戦うのだと、自分に言い聞かせると大きく深呼吸をした。

(今はこっちに集中しなきゃっ!)

「そうか、それならいいんだけどさ。んじゃ、さっさと片付けて戻ろう。イザナも待ってるだろうしな」
「うんっ!」

 地下三階に来ると、二階とはガラッと雰囲気が変わっていた。
 一番の理由は、空気が重く薄暗いということだ。
 そして奥に進むにつれて、内部は更に暗くなっていく。
 このままだと進むのが危険だと思い、私は魔法で光の玉を出した。
 生み出された光の玉は、私を中心にして強い輝きを放つと、周囲に広まりあっという間に辺りが明るくなる。

「おお! これで魔物が把握しやすくなった。ルナはすごいな、こんな事も出来るのか!」

 ゼロは感心したように言った。
 褒められることは嬉しいけど、今はあの事が頭から離れないせいで嬉しいと言う感情はあまり持てなかった。
 それよりも早く片付けて、二階に戻りたいという気持ちが先走っていたようだ。

 更に進んで行くと、二階の時と同様に開けた場所へと出た。
 そこは広間の様になっていて中には沢山の魔物の姿が確認出来る。
 ざっと見た感じ、五十匹はいそうだ。

「ルナ、作戦なんてないよな?」
「うん。突っ込む作戦とか?」

 突然そんな事を聞かれたので、私は適当に苦笑いを浮かべながら答えた。
 普段、行動の指示を出すのはいつもイザナだった。
 私はその指示に従って動くだけであり、自ら判断して尚且つ人に指示を出すなんてしたことがなかった。
 その為、突然聞かれて適当に答えただけだった。

 私の言葉を聞いたゼロは口端を上げ「それがいい」と愉し気な声を響かせた。
 きっとそれでも確実に倒せるという自信があったのだろう。
 そして彼の声が聞こえた瞬間に既にゼロは走り出していて、部屋の中心で魔物との戦闘を始めていた。
 私も周りにいる魔物に問答無用で魔法を仕掛ける。
 言うまでも無く、完全にこちらの無双状態だった。
 討伐時間は僅か数秒と言った所だろうか。

「敵、弱すぎじゃないか?」
「敵が弱すぎなのではなくて、多分ゼロが強すぎなんじゃない? でもこの先は同じレベルの敵とも限らないし、気を抜かないで行こう!」

 あまりにもあっさり倒せてしまい拍子抜けしてしまったが、この先はここと同じとは限らない。
 話しよると、この階にはまだ誰も捜索が入ってないのだから予想は付けられない。
 油断するのは危険だ。

「ここも二手に分かれている感じか」

 地下二階と同じ様に、左右に続く入口が各一か所づつ存在していた。
 どうやらフロアの作りについては他の階と同じようだ。

「二手に分かれ行く?」

 二手に分かれた方が効率がいいと思い、私はそうゼロに聞いた。
 私達の実力ならば、それでも問題なくいけるはずだ。

「いや、ここは分かれないで一緒に行こう。俺はイザナにルナのことを頼まれたからな。一人でなんて行かせたら、後で何を言われるか……」
「でも私の実力、さっきの戦いで分かって貰えたよね?」

 二人で行った方が安心なのは分かる。
 だけどそうなると時間がどうしても多くかかってしまう。
 今の私はイザナとティアラが一緒にいるって思うだけで、胸の奥がもやもやして仕方がなかった。
 私はその事ばかり気にしていた為、つい口に出してしまった。

「急ぎたい気持ちは分かるけど、一人では行かせられない。ごめん、悪いけど分かってくれ」
「……っ、分かった。二人で一緒に行こう!」

 彼の困った顔を見てしまうと、私はそれ以上言い返せなかった。
 私が納得すると、ゼロは安心したようにほっとしている様子だった。
 ゼロに変な気を遣わせてしまったんだと思うと、なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。
 今は余計なことは考えるのは止めようと、そう自分に言い聞かせた。

「じゃあ右から行くか!」
「うん、行こう!」

 私達は右回りで回ることにした。
 角を曲がると地下二階と同様に長い通路が続いている。
 そこには魔物が立ちはだかっていて倒して進むしかないのだが、ゼロは「ここは俺に任せてくれ」と言って走りながら殲滅していく。
 私はそれを追うように後を付いて行った。

 通路の敵もサクサク倒していき、思った以上に弱かったので私は安心しきっていた。
 だけど通路を抜けて再び広間に出ると、中央を陣取る様に体長数十メートルはありそうな石で出来たドラゴンが待ち構えていた。
 そのドラゴンは、今までの敵とは明らかレベルが違うことに気付くと私は息を呑んだ。
 
(うそ……、なんでこんなところにドラゴンがいるの!?)

「でかいな。倒せると思うか?」
「……どうだろう。でも、以前ドラゴンと戦ったことはあるけど、長期戦になると厄介だから即仕掛けて全力で一気に削った方が良いと思う。私が補助魔法でシールドを張るから防御面は任せて。ゼロは全力で戦って!」

 私はドラゴンを前にして意外と冷静だった。
 過去に幾度か対峙したことがあるからなのだろう。
 恐らく、戦闘が長期化すると耐性強化や、状態異常効果を使って来られ厄介な事になる。
 しかも今は二人しかいない為、短期戦でしか勝てる見込みはない。

「分かった!」
「ゼロは全力で物理で叩いて、私は防御しながら魔法で攻撃するね!」

「おう! それじゃあ早速始めようか」

 ゼロはどこか愉し気な声で答えると、石化ドラゴンに向かい駆け出した。
 私は彼を追いかける様に走り出し、ゼロに向けてシールドを何枚も重ねていく。
 そして戦闘が開幕した。

 私達に気付いたドラゴンは雄たけびのような大きな声を上げ、思わず足が竦んでしまいそうになる。
 その声が響くと同時に、ドラゴンは大きな羽をはばたかせ、とてつもない突風が辺りに吹き上がった。
 だけど私達は怯むことなく攻撃をし続けた。
 困ったことに思った以上に体を守っている鱗が硬く削れない。
 だけどダメージは一応は通っている様子だ。
 恐らくは見た目が石なだけに強度が強いのだろう。
 このまま時間がかかれば、更に強度を上げられ人数が少ない私達の勝ち目は薄くなってしまう。
 なにか方法は無いのだろうか、弱点の様なものがあれば……。

『弱点』という言葉に私はハッとした。
 私はドラゴンの体の色んな場所に魔法を当て反応を試した。
 すると首の後ろの所に緑の石が嵌め込まれていて、そこを攻撃した時にドラゴンは大きく声を上げて苦しそうにしていた。

(見つけた! これなら、いけるかも!)

「ゼロ、首の後ろの緑の石の部分を狙って! 多分そこが弱点だと思う!」

 私は普段出さない様な大きな声を上げた。
 ドラゴンが動く度に激しい振動が起こり、大きな声でないとゼロに届かないと思ったからだ。
 私の声に気付いたゼロは「わかった」と言って再び攻撃を始める。
 私達は集中的に首の後ろを狙い攻撃を続けた。
 すると見る見るうちに削れて、無事に倒すことが出来た。
 ドラゴンを討伐して数秒後にすーっと溶ける様に体が消えていき、あの緑の石だけが床に転がっていた。

「倒せたみたいだな」
「うん」

 私は一気に緊張から解放され、力が抜けてそのままぺたんと座り込んでしまった。

(倒せたみたい。良かった……)

「ルナ、大丈夫か?」
「なんとか。思った以上に強くて焦ったよ」

 私は「あはは」と力なく笑った。
 無事に倒せたことに、心から安堵していた。
 ゼロは落ちている緑の石を手に取ると、私の方に戻り隣に並ぶように腰を下ろした。

「少し休憩したら戻るか」
「うん」

 私が直ぐには立ち上がれそうも無かったため、少しここで休憩をしていくことになった。

「やっぱりルナは強いな」

 ゼロは私の方を見ながら関しそうに言った。

「そうせざるを得ない状況にいたからね。でも一人だったら無理だよ。今みたいにゼロがいてくれたり、イザナがいつも一緒にいてくれるから私は戦えるんだと思う」

「イザナのことさ。気になるよな」
「うん……」

 ゼロの言葉に私は小さく俯いた。
 戦ってる間は考えない様にしていたけど、やっぱり頭の片隅ではどうしても考えてしまう。

「イザナはルナが考えているよりも、ルナのこと大事に思ってるんじゃないかな。だからあの女、ティアラ? とか言ったっけ。あの女の事は気にする必要はないと思うぞ」

 ゼロは何かを知っているのか、それとも私を励ましてくれようとしているのだろうか。

(本当にそうなのかな)

「どうかな。ゼロは知ってるか分からないけど、あの二人元々は婚約者同士だったの。幼馴染みたいで昔から仲良かったらしいよ。奪ったのは私の方。イザナは優しいから、私が一人で可哀そうだと思って結婚を決めてくれたんだと思う。国王命令みたいな感じだったから、きっと断れなくて仕方なく一緒にいてくれているのかも……」
 
 自分で言って虚しくなる。
 心の中ではずっとそうなんじゃないかと疑っていたから、言葉に出すと現実味が増して胸の奥がチクチクと痛む。
 仲良さそうに話している場面を思い出すと、私が二人の関係を引き裂いたのだと思えて罪悪感を持ってしまうのも確かだった。

 私はイザナのことが今でも好きだ。
 イザナには幸せになって欲しいとは思っているけど、手放したくはない。
 矛盾していることは自分でも良く分かっている。
 だからどうしていいのか分からなくて、悩んで、落ち込んで、その繰り返しばかりで、いつまで経ってもその先には進めない。

「知ってるよ。あの二人が元々婚約者だったことはな。仲が良いのかどうかは知らないけど、それは過去の話だろ? 大事なのは今じゃないのか? ルナはイザナの一番傍にいるくせに、何も見てないんだな」
「え?」

「俺から見たら、イザナはルナしか見えてないように思えるけど、俺の勘違いかな?」
「……っ」

 ゼロにそう言われ、以前のイザナの言葉を思い出し私の頬は僅かに赤く染まる。
 イザナは何度も私に『大切』だと言ってくれた。

「もっとイザナを信じてやれよ。じゃなきゃ、それこそ可哀そうじゃないか?」

 ゼロの言葉に私が「でも……」と続けようとしたら「でもじゃない!」と即返された。

「それでも不安って言うのなら、その気持ちを直接本人にぶつけてみたらどうだ? イザナならちゃんとルナの話を聞いてくれるはずだと思うぞ。それでも上手くいかなそうだったら、その時は俺に言って。ルナの為なら、いくらだって協力してやるからさ」

 その言葉を聞くと胸の奥がじわりと熱くなり、不安は少し晴れていくような気がした。
 今までこんなことを誰かに話したことなんてなかった。
 胸に閉じ込めていた気持ちを誰かに聞いてもらえて、痞えているものが少し取れたのかもしれない。
 それにゼロが協力してくれることが、心強く思えたのだろう。

「ゼロ、ありがとう。私、ずっと考えてばかりで自分で行動しようとしなかった。イザナと一度話してみる。自分の気持ちをちゃんと伝えてみる!」
「ああ、がんばれよ!」

 私は僅かに濡れた目を指で拭うと、決心したようにはっきりとした口調で答えた。
 ゼロはそんな私を見て、小さく笑って応援してくれた。

 私はいつも待ってるだけで、自分の気持ちを素直に伝えたことがなかった。
 それでいつも不安がって悪い方にばかり考えていた。
 これはきっと臆病な私の悪い癖だ。
 距離を作ろうとしていたのは、私自身だったのかもしれない。

 どうして今まで気付かなかったんだろう。
 だけど、もう迷わない。

 戻ったらイザナに私の気持ちを全て伝えよう。
 そう強く心に決めた。
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