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第一章:聖女から冒険者へ

40.二人きりの時間

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 私達は入り口まで戻って来ると、約束の時間まではまだ大分あったので、端にある休憩スペースで少し休むことにした。
 古そうな木製の長椅子と机が等間隔で並べられていて、一番端の席へと移動して並ぶように腰掛けた。
 周囲を見渡して見るがこの辺りには誰の姿も無く、イザナと二人きりなことになんだかドキドキしてきてしまう。
 きっと私は変に意識し過ぎているのだろう。

(なんで私、こんなにもドキドキしてるの……)

 私は直ぐに顔に出てしまうタイプなので、彼に悟られないように顔を正面に向けて視線を合わせないようにしていた。

「ルナ、疲れたんじゃないか? ここは案外広いからな」
「ううん、大丈夫だよ。来てからそんなに経ってないし。それにフィルが直ぐに案内してくれたから……」

 私は正面を向いたまま表情だけを緩めて答えると、イザナは顔を傾けてこちらを覗き込む様に見つめて来た。
 突然彼との距離が縮まり、私の鼓動がバクバクと激しく揺れ始める。

(そんなに顔を近づけて来ないでっ……)

「こちらを向かないのはどうしてか、聞いてもいい?」
「な、なんでもないよっ!」

 私は慌てていることもあり、明らかに早口で答えてしまう。
 するとイザナは僅かに目を細めた。

「あのフィルって男に何かされたのか? 随分親しそうに見えたけど」
「え? なにかって……。親切にして貰っただけだよ! もしかして、嫉妬とかしてる?」

 私は動揺しているせいか変に焦ってしまい、普段言わないような冗談を口にしてしまう。
 しかし、言った直後に自分の発言が恥ずかしくなり「今のは無し! 間違えた!」と慌てるように訂正した。

(何言ってるの、私。恥ずかしいっ、もうやだ……)

「間違ってないかもな」
「え……?」

「嫉妬しているよ」
「……っ」
 
 イザナは私の瞳を真直ぐに見つめながら、静かにそう答えた。
 そんなことを言われても私は何て答えて良いのか分からないし、徐々に頬が熱くなっていくのだけは感じていた。

「私はルナのことをいつだって独占したいと思っているからね」
「わ、私だってそうだよっ! イザナだって、ソフィアさんとばっかりいるくせにっ!」

 彼の言葉を聞き、私は咄嗟にそんな事を口走ってしまった。
 きっと恥ずかしくなって、思っていることがそのまま口に出てしまったのだろう。
 しかし直ぐにハッと我に返ると、戸惑った表情で「今のは違う……」とまた弱弱しく訂正した。

(もうやだ。なんで今日はこんなことばかり言っちゃったんだろう。イザナのこと、困らせたくないのに……)

 嫉妬深い女だと思われて、嫌われるのが怖かった。
 ティアラの時もそうだ。
 本当は気になって気になって仕方が無かったのに、二人の関係を聞くことも、会わないでって言うことも中々口に出せなかった。
 私は本当に臆病者で小心者だ。
 そんな自分が時折、本気で嫌になる。

「ソフィアのこと、やっぱり気にしていたのか。私はルナのことを不安にさせてばかりだな。ごめん……。だけどルナが不安に思うような関係では無いよ。後でそのことも含めて話そうと思っているけど、ソフィアはダクネス法国の魔法省の下で働く調査員なんだ。詳しい事はここでは話せないけど、私はダクネス法国の動向を探るためにソフィアから情報を貰っていた。だから個人的な理由で会っていたわけではないよ」
 
 ゼロから国絡みの事だと事情はなんとなく聞かされていたので、そこまでは驚かなかった。
 そして、彼の口から誤解であると聞けたことで、私の中にあった不安は少しづつ薄れていく。
 はっきりとソフィアとの関係を否定してくれたことが、きっと私は嬉しかったのだと思う。

(イザナのこと信じてるのに、どうしてこんなに不安になるんだろう。それだけ好きってことなのかな……)
 
 なんとなくだが、そんな気がする。

「……うん。ゼロから少し話を聞いていたから、そうなんだろうなとは思っていたけど。ソフィアさんって私の知らないイザナをいっぱい知ってるから、なんか不安になっちゃって……」

 私は自分の掌をぎゅっと握りしめて話を続けた。

「今日だって、本当はゼロには行くのはやめておいたほうがいいって言われたのに、私……我慢出来なくて。私がイザナに会いたくて、ゼロにお願いして来たの」

 私が申し訳なさそうに答えると、イザナは優しく微笑み、私の体を包み込むように抱きしめてくれた。
 その温もりに安心感を覚えてほっとしたのは束の間で、ここがどこなのか思い出すと私は慌てて離れようとした。

「イザナ! ここ、人が来るかもっ!」
「誰もいないよ」

 私は離れようとするが、イザナは私のことを解放する気がなさそうだ。
 抵抗しようとすると、抱きしめる力が強くなった気がした。
 そんな態度を取られて、更に私の鼓動は早まっていく。

「で、でもっ……」
「ルナは本当に恥ずかしがりだね」

 イザナはどこか楽しそうに呟いていた。

「結局、今回もまたルナのことを不安にさせてしまったな。私は本当に駄目な夫だ。一番大切なものをいつも悲しませてばかりいるのだから……、ごめん」
「ううん、謝らないで! イザナの理由も分かっているから、私のことなら気にしないで大丈夫だよ。今こうやって傍にいてくれるし、もうこれだけで十分過ぎるよ! それに一昨日は付きっ切りで看病だってしてくれたし。嬉しかった……。イザナは私にとって、すごく優しくて頼りになる……だん、……っ、旦那様ですっ!」

 私は半ば興奮気味に答えていた。
 変に誤解をされるのは嫌だったし、何度も謝られていると私の方こそ申し訳ない気持ちでいっぱいになってきてしまう。
 だけど、私の事を気遣ってくれる言葉は本当に嬉しかった。
 私は胸の奥が温かくなり、ぎゅっとイザナのことを抱きしめ返した。

 この冒険を始めてからイザナはいつも傍にいてくれて、私のことをちゃんと見てくれる。
 何を考えているのかも、分かろうと努力してくれる。
 彼の行動の一つ一つから、大事にされているのだと実感することが出来た。
 こんな素敵な旦那様を持てた私は本当に幸せ者だ。

 聖女として戦っていた時も、そんなイザナが傍にいてくれたからこそ、私は最後まで戦う事が出来た。
 傍にいてくれたのがイザナで本当に良かったと、私は心から思っている。

「嬉しい台詞だな。だったら、今日はもっとルナに尽くさないといけないな」
「でも、イザナ今日は寝てないよね? 無理はしないでいいよ?」

「大丈夫だよ。ルナの傍に居るだけで元気を分けてもらえるからね」
「……っ」

 イザナはいつも恥ずかしい台詞をサラリと言って来る。
 私は恥ずかしくて堪らない気持ちになるけど、彼の気持ちを知ることが出来て嬉しかったりもする。

「ルナの不安を完全に取り除くために、今日は抱き潰しても良い? ルナのことを沢山愛したい」
「……っ!!」

 イザナは私の耳元に唇を寄せると、艶っぽい声で囁いてきた。
 その瞬間、私の顔は沸騰したかのように真っ赤に染まっていく。

「ふふっ、本当にルナって素直に反応するね。冗談だよ……」
「……っ、冗談……」

 私が残念そうな顔を見せると、イザナは困った様に笑っていた。

「本当に私の妻は可愛いな。ルナがお願いしてくれたら、いくらだってしてあげるよ。……だけど、今は無理かな」
「……え?」

 私はドキドキしながらイザナの顔を見つめていると、彼は私ではなく奥の方に目線を向けていた。
 その事に気付いた私もつられるように視線をずらした。
 するとそこにはゼロがいて、呆れた様子で私達のことを眺めている。

「やっと気付いたな。来てみたらイザナもルナもいて、なんかすごくいちゃいちゃしてるからさ。声をかけていいものか分からなくて参ったよ」
「……っ!?」

 ゼロのその台詞を聞いて、私は慌てるようにイザナから離れた。
 その後は言うまでも無く、私の体は完全に沸騰しきっていた。
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