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22 招かれざる客2
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再び灰色の目がジルネフィを見た。途端に魔術師から美しい笑みが消える。
(この声を美しいと思っていたときもあったが……)
いまは耳障りでしかない。どれほど誉れ高い妖鳥族の声もただの雑音にしか聞こえなかった。
この男は名をカラヴィリヤと言った。妙なる歌声を持つ妖鳥族の一人で、ジルネフィが会わなくなってからはどこぞの魔族に囲われたと精霊たちの噂話で聞いている。そのとき囲っている魔族の名を聞いた気がするが、カラヴィリヤへの興味を完全に失っていたジルネフィには記憶の欠片もなかった。
「久しぶりに会ったけれど、ジルネフィは相変わらず美しいね。こんな坊やなんて放り出して、また二人で楽しくやろうよ」
「坊や」と呼ぶ声に不快感が増す。蔑むようにスティアニーを見る眼差しにジルネフィの表情が消えていく。
「何をしに来た」
一切の抑揚がない声に菫色の瞳が見開かれた。初めて見る師の様子に、見上げる弟子の顔に戸惑いと驚きが入り混じる。カラヴィリヤのほうはそれに気づいていないのか、扉の内側に入ろうと足を踏み出した。
バチィッ!
何かが弾けるような鋭い音がした。驚いたカラヴィリヤが数歩後ずさり、弾かれた足に痛みを感じるのかわずかに顔をしかめている。
「何をしに来たのかと尋ねているんだが」
「……ジルネフィ、これは何?」
「招かれざるものは、この家に入ることはできない」
「それって、どういう……」
「帰れ」
ジルネフィの口調は冷たく、カラヴィリヤを見るプレイオブカラーも青みが強くなった。ようやくジルネフィの気分を損ねたらしいと気づいたカラヴィリヤだが、唇を少し噛み締めながらも立ち去ろうとはしない。
(そういえば、この容姿も人気があったか)
歌声と共に見目の麗しさも魔族の間では人気だった。しかし、こうしてスティアニーと並ぶと色あせて見えるのは欲目からだろうか。
(いや、スティほど愛らしく、いつまでも所有したいと思える存在はほかにいない)
だからこそ花嫁にした。これから先も隣に置くのは養い子であり弟子であり、そして花嫁になったスティアニーだけだ。
「その坊やでしょ」
低くなったカラヴィリヤの声にジルネフィが冷たい視線を向ける。
「ジルネフィが人間の子どもを拾ったことは知っていたよ。その子どもを弟子にしたことも。それがその坊やでしょ?」
美しく佇むジルネフィは何も答えない。そんなジルネフィに切なそうな視線を送る灰色の目が、今度は睨むようにスティアニーを見た。
「たしかに人間のわりには見た目は整ってるかもしれない。でも、美しいジルネフィに人間の子どもなんて似合わないよ。美しくて気高いあなたが、こんな人間をそばに置くなんて間違ってる」
灰色の瞳がギラリと光った。
「いつまでも坊やがジルネフィの優しさに甘えているのがいけなんだよ。人間なんだから、さっさと人間の世界に帰ればいい。いつまでも居座っているから、ジルネフィは自由になれないしわたしと会うこともできない。それがどうしてわからないの?」
プレイオブカラーの瞳がちらりと隣を見た。ジルネフィと同じように静かに立っているスティアニーが口を開くことはない。代わりに菫色の瞳が物言いたげにゆらりと揺れ、奥にはチリチリと火の粉が舞うような光が見えた。そのことに気づいたジルネフィの口元がゆっくりと笑みの形に変わる。
「ねぇ、早く出て行ってよ。そしてジルネフィをわたしに返して。ジルネフィの心も身体も満たしてあげられるのは、わたしだけなんだから!」
叫ぶように放たれた言葉にもスティアニーは表情を変えなかった。そうして強い光をたたえる菫色の瞳でカラヴィリヤを見る。
「帰ってください。お師さまは……ジルさまはものではありません。だから返すとか返さないとかいう言い方は失礼です」
まさか人間が反論するとは思わなかったのだろう。灰色の目を見開いたカラヴィリヤは、すぐさまグッと唇を噛み締めた。
「それにジルさまは僕と結婚したんです。二度とジルさまの前に姿を見せないでください。僕はとても不愉快です」
続く言葉にジルネフィが満面の笑みを浮かべた。誰もが見惚れる麗しい笑顔を浮かべながら招かれざる客を見る。
「そういうことだからカラヴィリヤ、もうお前と会うことはないしわたしの名を口にすることも許さないよ」
他者を圧倒するほどの美しい微笑みは、すぐさま隣に立つスティアニーに向けられた。そうして愛らしい頬を指先で撫で、再びカラヴィリヤに視線を向ける。
「それに、わたしを満足させていたなどと思い上がってもらっては困る。きみは大勢いた愛玩物の一つに過ぎないのだからね」
驚愕の表情を浮かべるカラヴィリヤをよそに、身を屈めたジルネフィはひと撫でした頬に触れるだけの口づけを落とした。そのまま首筋に唇を寄せ、優しく食むように吸い上げる。
「んっ」
甘い吐息に満足しながら、今度は耳飾りごと口に含んだ。そのまま甘噛みすれば「ぁっ」と愛らしい声が上がる。最後にもう一度首筋を吸い、肌からわずかに唇を離した状態でプレイオブカラーがカラヴィリヤを見た。
「おまえごときが、わたしの可愛いスティに勝てるはずがないだろう?」
灰色の瞳に絶望の色が広がった。それを上書きするように嫉妬と怨嗟の表情を浮かべる。そんなカラヴィリヤに興味も関心もないジルネフィは、扉が閉まるより先にスティアニーを抱きかかえ部屋の奥へと姿を消した。
(不快な出来事ではあったけど、スティの新しい一面を見るよい機会にはなったかな)
その点だけは礼を言うべきか。そんなことを思いながら寝室の扉を開いた。
(この声を美しいと思っていたときもあったが……)
いまは耳障りでしかない。どれほど誉れ高い妖鳥族の声もただの雑音にしか聞こえなかった。
この男は名をカラヴィリヤと言った。妙なる歌声を持つ妖鳥族の一人で、ジルネフィが会わなくなってからはどこぞの魔族に囲われたと精霊たちの噂話で聞いている。そのとき囲っている魔族の名を聞いた気がするが、カラヴィリヤへの興味を完全に失っていたジルネフィには記憶の欠片もなかった。
「久しぶりに会ったけれど、ジルネフィは相変わらず美しいね。こんな坊やなんて放り出して、また二人で楽しくやろうよ」
「坊や」と呼ぶ声に不快感が増す。蔑むようにスティアニーを見る眼差しにジルネフィの表情が消えていく。
「何をしに来た」
一切の抑揚がない声に菫色の瞳が見開かれた。初めて見る師の様子に、見上げる弟子の顔に戸惑いと驚きが入り混じる。カラヴィリヤのほうはそれに気づいていないのか、扉の内側に入ろうと足を踏み出した。
バチィッ!
何かが弾けるような鋭い音がした。驚いたカラヴィリヤが数歩後ずさり、弾かれた足に痛みを感じるのかわずかに顔をしかめている。
「何をしに来たのかと尋ねているんだが」
「……ジルネフィ、これは何?」
「招かれざるものは、この家に入ることはできない」
「それって、どういう……」
「帰れ」
ジルネフィの口調は冷たく、カラヴィリヤを見るプレイオブカラーも青みが強くなった。ようやくジルネフィの気分を損ねたらしいと気づいたカラヴィリヤだが、唇を少し噛み締めながらも立ち去ろうとはしない。
(そういえば、この容姿も人気があったか)
歌声と共に見目の麗しさも魔族の間では人気だった。しかし、こうしてスティアニーと並ぶと色あせて見えるのは欲目からだろうか。
(いや、スティほど愛らしく、いつまでも所有したいと思える存在はほかにいない)
だからこそ花嫁にした。これから先も隣に置くのは養い子であり弟子であり、そして花嫁になったスティアニーだけだ。
「その坊やでしょ」
低くなったカラヴィリヤの声にジルネフィが冷たい視線を向ける。
「ジルネフィが人間の子どもを拾ったことは知っていたよ。その子どもを弟子にしたことも。それがその坊やでしょ?」
美しく佇むジルネフィは何も答えない。そんなジルネフィに切なそうな視線を送る灰色の目が、今度は睨むようにスティアニーを見た。
「たしかに人間のわりには見た目は整ってるかもしれない。でも、美しいジルネフィに人間の子どもなんて似合わないよ。美しくて気高いあなたが、こんな人間をそばに置くなんて間違ってる」
灰色の瞳がギラリと光った。
「いつまでも坊やがジルネフィの優しさに甘えているのがいけなんだよ。人間なんだから、さっさと人間の世界に帰ればいい。いつまでも居座っているから、ジルネフィは自由になれないしわたしと会うこともできない。それがどうしてわからないの?」
プレイオブカラーの瞳がちらりと隣を見た。ジルネフィと同じように静かに立っているスティアニーが口を開くことはない。代わりに菫色の瞳が物言いたげにゆらりと揺れ、奥にはチリチリと火の粉が舞うような光が見えた。そのことに気づいたジルネフィの口元がゆっくりと笑みの形に変わる。
「ねぇ、早く出て行ってよ。そしてジルネフィをわたしに返して。ジルネフィの心も身体も満たしてあげられるのは、わたしだけなんだから!」
叫ぶように放たれた言葉にもスティアニーは表情を変えなかった。そうして強い光をたたえる菫色の瞳でカラヴィリヤを見る。
「帰ってください。お師さまは……ジルさまはものではありません。だから返すとか返さないとかいう言い方は失礼です」
まさか人間が反論するとは思わなかったのだろう。灰色の目を見開いたカラヴィリヤは、すぐさまグッと唇を噛み締めた。
「それにジルさまは僕と結婚したんです。二度とジルさまの前に姿を見せないでください。僕はとても不愉快です」
続く言葉にジルネフィが満面の笑みを浮かべた。誰もが見惚れる麗しい笑顔を浮かべながら招かれざる客を見る。
「そういうことだからカラヴィリヤ、もうお前と会うことはないしわたしの名を口にすることも許さないよ」
他者を圧倒するほどの美しい微笑みは、すぐさま隣に立つスティアニーに向けられた。そうして愛らしい頬を指先で撫で、再びカラヴィリヤに視線を向ける。
「それに、わたしを満足させていたなどと思い上がってもらっては困る。きみは大勢いた愛玩物の一つに過ぎないのだからね」
驚愕の表情を浮かべるカラヴィリヤをよそに、身を屈めたジルネフィはひと撫でした頬に触れるだけの口づけを落とした。そのまま首筋に唇を寄せ、優しく食むように吸い上げる。
「んっ」
甘い吐息に満足しながら、今度は耳飾りごと口に含んだ。そのまま甘噛みすれば「ぁっ」と愛らしい声が上がる。最後にもう一度首筋を吸い、肌からわずかに唇を離した状態でプレイオブカラーがカラヴィリヤを見た。
「おまえごときが、わたしの可愛いスティに勝てるはずがないだろう?」
灰色の瞳に絶望の色が広がった。それを上書きするように嫉妬と怨嗟の表情を浮かべる。そんなカラヴィリヤに興味も関心もないジルネフィは、扉が閉まるより先にスティアニーを抱きかかえ部屋の奥へと姿を消した。
(不快な出来事ではあったけど、スティの新しい一面を見るよい機会にはなったかな)
その点だけは礼を言うべきか。そんなことを思いながら寝室の扉を開いた。
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