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前編 恋の自覚と両思い

25.皿洗い

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 レイモンドは困ったように、でも愛おしそうに笑った。

「俺はそんな君が好きで……だから、欲しくなっちゃうんだ」

 そう言うと、気を取り直したように立ち上がって杖を動かした。
 ひゅいひゅいとお皿が空中で重なり合って、流し台へとふわふわ向かっていく。歩いていく彼がもう一度杖を振ると、タライの中に全て入りこみ、中に水が現れた。

「……すごいね」

 私もあとをついて行って、隣に並んだ。

「触っちゃ駄目だよ。熱いお湯に浸けているから」
「水も熱くできるの?」
「水に振動を加えるイメージをするとね。激しく運動させている感じ。君の世界でいう水の分子だね。ここなら……神に浄められし水の恵みに小さき波を与え熱水を賜る……って、文章だと表現されるのかなー。魔術書ではそんな表現ばっかりだし、慣れるしかないよね」

 ……いきなりやる気がなくなってきた。レイモンドにつきっきりで家庭教師をしてもらいたくなってきた。
 そんな表現ばかりだと神を信じやすくもなるだろうけど……他力の精神も根付いてしまいそうだ。

 お湯を流すと、湿らせた小さなタオルを手にとって瓶から粉を少し振りかけた。重曹みたいなものかな……。順に皿を軽くこすっていく。

 なんか……主婦っぽい……貴族の息子っぽくない……。どうしようかな。レイモンドの株が上がる一方なんだけど。

「手伝うことない?」
「いいよー、適当にしか洗わないし。どうせ持って帰ってもまた洗うだろうしね」

 水魔法で洗い流して風魔法で乾かしているようだ。そのまま、置いてあった籠の中に吸い込まれるように入っていく。

「さすがに食器は普通に持って帰るんだ」
「まぁねー。さっきのも精霊さんを君に見せたいって動機もあったからできただけで、さすがにいつもは無理かなー。大した理由もなしにあそこまでしたことはないから、分からないな」

 やっぱり意志の力が大事なんだ……。

「ちっちゃくとかはできないの?」
「無理無理。そんなのできたら、世の中の女の子が誘拐されほうだ……」
「あ、はい。もういいです」
「えー、聞いておいて途中で説明をやめさせないでほしいなー」

 なんでそんな説明しかできないんだ。
 そういえばコイツは十四歳。二次性徴期とか学校で習ったような……。だから私も胸が成長途中なわけで。もしかしてこう見えて、エロいことばっかり考えてる……?

「ア、アリス……? なんか含みがある顔をしていない……?」

 うん、大丈夫。思春期なら仕方ないって分かってる。そんな時期がないと人類が絶滅するって分かってる。

「人間を対象にはできなくても、魔力量が多いと色々できるってファンタジーだと定石だと思うけど。お皿とかも小さくは無理なんだ」
「え……うん、ね、なんで俺から距離をとったの? 誘拐なんてしないよ?」
「したでしょ! あっちの世界からこっちに!」
「あー……してるね。してたしてた。まぁいいじゃん。それより、魔力量って概念はないんだよねー」
「……ないの?」

 ファンタジー世界で、ないってことはないでしょう。

「魔力量って言い方はたまにするよ。自分の中にあるものではなく、扱える魔法の強さって意味だけどね」
「意味合いが少し違うんだね……」
「人間も神に創られてはいるから力自体は宿っているけど差はないよ。魔法っていうのは力を借りるものなんだ。簡単なのは精霊さんから。大きかったり難しいのは万能な神から直接ね。神の加護が強い者……つまり才能があると力を借りやすい。君の場合は特別だよ。神との距離が近い。君が頼み事をすると、神の耳元で大音量の特別な着信音が鳴っちゃう感じかな。他の人が儀式や長い詠唱をするのも、着信音を大きくして願いを聞き届けてもらおうとしているわけだ」

 それ……めっちゃ迷惑なんじゃ……。

「頼み事……しすぎないようにする」
「はは、軽いのはいくら頼んでもいいと思うよ。精霊さんにお願いって指定しておけば、強すぎる魔法が暴走したりもしない」

 暴走するの……怖すぎる。
 
「ここは本当に、神様の力が浸透しているんだね」
「ああ。君の世界は、そういう意味では平等な世界だ。見守るとしても関与はしない。ここは不平等な世界だ。神の加護に最初から差がある。でも、全員一緒というのは無理だ。姿形がそれぞれで違うように、神の加護が存在するのなら差も生まれる。そんなものだ。君の世界のファンタジーによくある魔力量とは違って、祈りや感謝のような心の部分も影響はするから……その分、不公平感は軽減しているとは思うけどね」

 こーゆー話をするとレイモンドが格好よく見えちゃうんだよね。

「そういえば、四元素の精霊さんは姿を見せてくれたけど、光の精霊さんは見えるの? 幼児だと扱うのも難しいんだよね。まだ私には無理なのかな」
「いや、光は形として見えにくいから、幼児はあまり扱おうと思わないのも大きい。四歳や五歳なら使う子もいる。精霊の中では高位だから姿は見せてくれないかもしれないけど……扱えると思うよ。もう君の中で、精霊は当たり前の存在になってきているだろう?」

 そう言って彼が杖を振る。
 もう、何が起きるかは……予想できた。
 
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