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中編 愛の深まりと婚約

67.夜、寝る前に

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 寝る前……、いつものようにベッド脇の椅子にレイモンドが座る。

 ソファで話すのが常だったけれど、一度話しているうちにウトウトしてからは寝てしまってもいいようにと、こちらへ移動させられた。

 好きになったせいで、押し切られ続けている。

「ねぇ……レイモンドは、私をこっちに召喚してガッカリだったなぁとか思うことないの」

 布団の中にいると、聞きたいことが口をついてしまう。あったとしても言うわけがないのに。

「ないよ。なんでそう思うの」
「……向こうの小説でね、貴族の男の子や王子様が女の子を好きになるようなのが、よくあったの」
「ああ……」
「何を言ってもニコニコしているとか、ご飯をつくるのが上手いとか、掃除が好きとか、すごい知識を持ってるとか、そーゆーのが多かった気がするけど……私、何もないなーって思って」

 言うつもりもなかったことを言ってしまう寝る前のお布団でのひと時……これも作戦だよね。罠にはまっているよね、私。

「全部相手との相性がいいだけでしょ。笑顔が嫌いな男はいない。でも……例えば何を言ってもニコニコしている母親は、いい母親だと思う? 保育士なら?」
「……論外だね」
「我儘な相手にそれをしたって調子づかせるだけだ。モラハラ男が相手なら、現実的には余計にモラハラを助長するだけだよ。まともな者同士、印象も相性もよくてハッピーエンド。それならよくある話だし、変なのが相手なら架空の中だけの物語だ。……俺は、アリスがニコニコしていなくたって好きだよ」

 ……モラハラって言葉も、絶対ここにはないよね。

「それから、ご飯や掃除……君のお母さんもしていたね。それは立派な技術だ。でも、ここでは使用人の仕事を奪うのはよくない。突然タダで働きますと客が言い出すようなもので、扱いに困るんだ。働かせていると外に漏れてしまえば自分の家を貶める。せめて、豆知識を授けるくらいにとどめておくべきだね。俺の裁縫と似たようなもので体裁が悪すぎる。趣味だというのなら仕方がないけど、紅茶を飲むのが趣味だというのと変わらない。それもまた、変わり者が好きな男と相性がいい。それだけのことだよ」

 ……夢がないなぁ。
 自分でもできるようなことで格好いい男の子とくっつけるって夢くらいはみたいものだけど……まぁ、変わり者の素敵な人とくっつけるって夢にはなるのか。

 それに……裁縫するレイモンドにくらっときた私が変わり者みたいじゃん。やっぱり有効なんじゃない? 秘密の共有って意味でも外に漏れなければアリな気がする。

「でも、使用人の人たちとは仲よくなれるよね」
「一緒にいる時間が長ければね。味方につけやすくはなるかもしれないけど……そのことが外部に漏れたらって考えると、変わり者じゃない男からすれば迷惑だな。給金をもらって仕事をする使用人と違って対価もなしに働かせるなんて、あそこは使用人の方が上の立場なのかとすら思われる。領地をまとめる力すら疑われる。漏れてしまったら、趣味なんだとすぐに火消しに入らなくてはならない」

 ……レイモンドが変わり者じゃないみたいな言い方をするなぁ。まぁ、本格的に毎日ガッツリメイド仕事をするのは、まずいってことかな。普通はそこまでしないだろうけど。

「アリスがしたいのなら外に漏れないようにはするし、できる環境も整えるよ。生き生きと過ごしてもらえるのが一番だ。でも、それは既に好きだからだよ。俺が裁縫をするのと同様、褒められたものじゃない。……だから言わないでね」

 思った以上に、男の裁縫は言っちゃ駄目だったのか。私は嬉しかったんだけど。
 ……大事なのは愛情の有無かな。

「それから……すごい知識もね。あった方がいいに決まっているけど、目の前にとんでもない技術者がいても、いきなり好きにはならないよ。好きになるかどうかは、別物だ」
「うーん、じゃぁ優しいのは? 孤児院とかに贈り物をしによく行くとか……」
「優しい女の子を好きになる男は……やっぱり多いのかな。ただ、優しいだけならたくさんいると思うよ? 相性の方が大きいよ。さっきも言ったように何を言われてもニコニコっていうのは優しさではないと思うし、そもそも俺だって博愛精神は持っていない。好きな女の子にだけ優しくできるんだよ」
「相性……」

 相性……いいのかなぁ。
 すぐ怒っちゃうけど、私。

 博愛精神かぁ。レイモンド、小さい子には持っているよね。

「アリスは優しいと思っているけどね。それから……どこかの孤児院に肩入れするわけにはいかない。他からの不満も出る。それに、直接訪問してしまえば子供たちは自分を商品のように感じるはずだ。寄付やサービスの提供を受けるため、偉い人間に媚を売って歓迎を示すことを強要される。場合によっては貧しいことをアピールするために、その日だけボロ服を着させられたりする。同情を買うための道具にさせられるんだ。回りくどく援助をするしかないんだよ。定期的にあちこち回るのならいいけどね」
「そう……なんだ……」
「正体不明の足長おじさんになるのもアリだけど、それはそれで男なら性犯罪が目的かと警戒される。余計な気を回させてしまう」

 現実って世知辛いなぁ。
 
 ……というか、心の中で突っ込むのも心底面倒になってきた。なんで足長おじさんを知っているの。お母さんがたまにそんな表現をしていたからかなぁ。新聞を読んで、足長おじさんからどこかの施設に寄付があったらしいー、とか。
 だんだん、一緒に育ったような気にすらなってくる。

 まぁ、あっちでの言葉そのままではないかな。足が長いの短縮形におじさんって言葉を足しただけだ。

「サンクローバーの家にもね。いずれ魔導保育課程をここに設けるための調査って名目があるから行ける。設けたあとも経過調査として行ける。他の園には、視察として順に回る程度のことしかできないよ。どこかを贔屓するわけには……いかないんだ」

 偉い人は偉い人で、考えることがいっぱいあるんだなぁ。

「実際にまともな王子や貴族が求める女性は、そういったことを最初から知っていて、大きく行動する前に相談することを忘れず、散財もせず、だからといって節約もしすぎずに経済を回し、あちこちに愛想よくできて繋がりを保ち……一番大事なのは子を成すことだ。血を絶やさないこと。特に王子はそれが必要で……全ての王子になかなか子ができなければ、まずは第一王子から側室を持たされるだろう」
「なんだか現実的すぎて夢がないね」
「でも、知っておいた方がいい。学園で……きっと会うよ。第一王子とその婚約者にね」

 会うのか!!!
 そういえば、言ってたっけ。何かあっても口を利いてもらえるとか。

 年に数回雑談しているんだっけ?
 もしかして友達?
 私……会わないわけがないよね。きっとどころか、絶対会うよね。

「私の世界では、婚約破棄系の話とかも流行っていたけど……」
「実際には無理だ。王子の婚約には利害関係が深く絡んでいる。国王すら無視できない力を持つ家の娘と婚約をさせ、力を盤石とするのが目的なんだよ? 王子の一存での破棄はできない」

 王子様……自由が少なそうなイメージだけど、やっぱりそうなのかぁ。
 
「ただ……親も子供は可愛いからね。合意を得て有力貴族の娘何人かと会話をさせて、選ばせるくらいのことはする人も多いんじゃないかな。どうしても恋愛結婚がしたいと婚約前に訴えていれば、通るかもしれない」
「恋愛結婚もアリなんだ」
「君の世界でも、一般人と結婚される王族もいるよね。君の国では王室じゃなくて皇室……だったっけ。ここでも認められることもあるけど……婚約してしまったら、もう破棄は無理だ。するなら王室離脱や国外追放は覚悟しないとね。それくらいは幼い頃から口酸っぱく言われているよ。言われないわけがない」
「第一王子と婚約者との関係は……」
「少し微妙。だから、そういった事情も知っておいて」
「……分かった」

 微妙な関係の王子様と婚約者……。話題には気を付けよう。覚えておこう。

「ごめんね、アリス。学園に入るのが当然のように話して」
「ん? いいよ、大丈夫」

 優しいなぁ。
 私だけにしかこんなに優しくないのなら……嬉しいって思っちゃうな。

「ねぇ、アリス。もう一回キスしてもいい?」
「え、いきなり何……唐突すぎる。必要性を感じないけど」
「忘れちゃったから。……大事な言葉」

 完全に想いを伝えたわけではないのに、押し切られてしまう。

「俺はね、ニコニコなんてしていなくても、怒っている君のことも大好きだよ」

 何もない私の、どこがいいんだろう……。

「アリスと一緒にいると、楽しくて楽しくて仕方がないんだ」

 私の心の声に答えるようにそう言って――、

「@#$%。¥*&〃*ゞ」

 聞き慣れない言葉がレイモンドの口から紡がれる。

 なぜ……?
 もしかして、特別な詠唱が必要なのかな。
 定期的に必要なのは、キスではなくて――。

 戸惑っているうちに口を塞がれた。
 抵抗する気には困ったことに……、全くなれない。
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