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中編 愛の深まりと婚約

93.受験

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 試験の内容はザックリ聞いていたものの、流れが想像と違っていた。漢検や英検なんかと比べればまるで違う。
 
 複数に分かれている待合室で待機し、十人ごとくらいで呼ばれた。残念ながらジェニファー様たちとは別だった。誰もが緊張した面持ちで、無理だと分かっていても皆受かればいいのになと思った。

 建物内は暖炉のお陰か暖かい。……掃除が大変そうだけど。

 試験は、光で内側を覆われた鉄製のようなボックスを火で満たしたり水で満たしたり石や岩だらけにしたり。紙キレが入ったボックスの内部に手をかざして、竜巻のようなものを起こしたり……。魔道具による力の計測もあった。そのあたりは十五歳検査と同じだ。

 筆記試験用紙には、その結果を元にランクが職員によって書かれる。試験への出席確認も兼ねているようで照合も同時だ。身元確認欄にも照合時に記号が書かれた。その場で名前を用紙に記入して筆記試験会場へと入室した。

 確かに足切りのためなのかと納得の十問のみ。これで落ちたくはないよね。
 歴史、算術、常識問題と様々な分野から出題されていた。エリキシル剤とはなんですかといった文章で答える問題もあった。勉強も頑張っておいてよかったと思う。さすがに点数が低すぎると、授業についていけないだろうと落とされるかもしれないしね。分からないけど。
 
 レイモンドの話では、筆記試験までの段階で一定以上扱える魔力が低いとその時点で落ちるらしい。基準に満たない者の採点すらしたくないってことかな……と、世の中の世知辛さを感じた。

 受験者、結構いるしね。
 魔法に特化していない王立聖学園なんかは試験内容も難しいらしい。逆に、ほとんど才能で決まってしまうこの学園は、学力がそこまで必要ではないので受験者は増える。学費も一年目はそこまで高くはないらしい。
 ……二年目に専門分野に分岐してからは高くなるらしいけれど。そこにも筆記テストがあるらしく、上がれないと留年……留年は二年間のみ認められるとか。一年目だけで退学しても、普通科卒業という肩書きにはなるらしい。

 筆記試験は席に着いた者から始める形だ。終われば、用紙を二つ折りにして持って移動する。

「アリス、先に行く? あとに行く?」

 試験官は廊下にもいる。筆記試験の修正をさせないためだろう。静かにレイモンドに聞かれた。
 次は最後の実技試験だ。

 ううん……先に行けば、後ろにレイモンドがいてくれる安心感はあるけれど、私の試験内容を真後ろで見られてしまう。しかも、会場内でずっと足を止めているわけにはいかないから、レイモンドの試験を見ることができない。

「あとかな……」
「分かった。終わったら正面玄関を出たところで待っているよ」
「うん」

 広い中庭に出ると、座っている試験官の元へ順に並ぶ。実技試験の場所は筆記試験用紙に記号と共に書かれていて、違う場所でも同時に行われているようだ。案内の張り紙もあり、少し離れた場所でも受験者が並んでいる。
 一人ずつ課題をこなしていく形のようだ。

「ねぇ、どちらの方なのかしら。最初の魔力検査すごかったわね。私、あなたたちの後ろにいたのよ。私はキャシー・フラナガンよ」

 レイモンドの前にいる女性が振り向いて聞いてきた。服を見ると貴族っぽい。
 一応、貴族についての資料を以前渡されはしたけれど、名前を聞いてもピンとこない。現在爵位を持っている親の方に意識がいっていたし、受験が終わったら本気出すとか考えていたから記憶もあやふやだ。

 しまったなぁ……まさか受験中に話しかけられるとは。フラナガン伯爵って人がいたような気はする。

 それより……レイモンドに色目を使ってない? ムカつくんだけど。

「俺はレイモンド・オルザベル。都市ラハニノスから来ている」

 あれ?
 学園では俺で通すのかな。
 
 さて、私も話を振られたら何も言わないわけにもいかないよね。同学年ってことは丁寧語は使わない令嬢語かな……難しいなぁ。

「アリス・バーネットですわ。お見知り置きを」

 これでいいのか、分からなさすぎる。

「ラハニノス……そうなのね。お二人は知り合いなのかしら」

 魔女さん繋がりでやっぱりレイモンドの噂は広がっているのかなぁ。金髪は受験生を見ても比較的多いし、噂では知っていてもパッと見でレイモンドとは分かりにくいのかもしれない。

「いずれ結婚する。何年か一緒に暮らしてもいるよ」
「そうなの。ということは……この方がそうなのね。指輪をされていないから分かりませんでしたわ」
「準備不足でね。今日にでも婚約する予定だ」

 聞いてないけど!!!
 何を勝手なことを……。

 私のこと、知っているっぽいなぁ。王子様たちとは一度会ったし、ご両親もたまに王都に来るようだった。貴族には伝わっているのかもしれない。

 でも……そうなんだ。前の世界では婚約指輪はいつもつけるものではなかった。お母さんに一度見せてもらった婚約指輪も、キラッキラでダイヤも大きくて普段使いはできなさそうだった。ここでは例の魔道具としての機能がなくても、いつもつけるものなんだ。
 そういえば、ジェニファー様とダニエル様も指輪をしていた。正式な婚約は指輪とセットなのかもしれない。

「そう。入学したらよろしくお願いしますわ」
「ああ、よろしく」

 話すことがなくなったのか彼女も前に向き直った。

 この世界に来て間もない頃、レイモンドが言っていた。

『俺に何かあれば、君は両親の養子となって才能と身分のある男を婿としていずれ受け入れることになる。学園にいる間に条件を満たすそれ相応の男を自力で見つけられなければ、両親の希望する男と一緒になる』

 ――って。
 婚約をしていない子は、ここで相手を見つけたいのかな……。

 それに、今日にでも婚約って言葉が引っかかるな。本当に今日ってわけじゃないだろうけど。
 もう既に、レイモンドにお願いされたら指輪をしようかなという方向に意思は傾いている。今も、婚約者ですってハッキリ言えたらよかったのにと思っている。レイモンドの女よけもしたすぎる。

 あの親善試合の日からずっと、粘着質に求められている感じがしないし……私って、執着されたいタイプだったのかもしれない。ずっと不安がくすぶっている。
 風船がどうとかも過去の話だし……今の私には強く欲しがるほどの魅力はないんじゃないかって。でも、今日にでも婚約なんて言うくらいなら、まだ大丈夫かな。

 ……あれ、なんかずっとレイモンドが私の方を見ていない? 表情を窺うような……。

 あ、もしかしてちゃんと婚約したいけどどうですかって? ずっと見られてた? 今のって気にしてドキドキしなきゃいけないところだった? そこの女の子の手前、言ってみただけだよね? まさか本気? え、本気で今日、婚約を申し込まれる? どうなの? そういえばプロポーズって予告はしないんだっけ? いきなりくるもの?

 突然パニックになってきた!
 ちょっと、試験前に変なことを匂わせないでよ!!!

 レイモンドは私の表情の変化に満足そうに微笑むと、前に向き直り進んだ。
 もうすぐ彼の番だ。
 
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