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後編 魔法学園での日々とそれから

120.メイザーとフルール

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 あー、レイモンドの顔が一気に不機嫌そうに……。
 でもこの二人、示し合わせたように来たよね。何か言いたいことでもあるのかな。社交では婚約者がいても他の人と踊ることも一般的だとは聞いた。ただし、女性からの申し込みは禁止されてはいないものの、珍しいとか。

「……一曲だけね」

 私が嫌そうではないのを見て、レイモンドが仕方なさそうにそう言った。よっぽどではない限り、そうそう断れない。私も受けておこう。

「いいわよ」

 喜んでとはあまり言いたくはない。メイザーとまた踊り出る。

 近衛騎士副団長の息子……確かに気品はあるよね。伯爵家のご令息だし。ナンパな感じだけど、金の瞳は感情を読み取りにくい。

「ダンスは慣れていないの。足を踏んでしまったらごめんなさい?」

 あの自己紹介を考えると、変なことを言いそうな気もする。下手なことを言ったら足を踏むわよと匂わせておこう。伝わっていないかもしれないけど。
 レイモンド以外の若い男性とこんなに近づくこともないし……緊張するなぁ。

「お上手ですよ。記憶をなくされたんですよね。短期間で素晴らしいです」
「……ありがと」

 レイモンドの方を見たらメイザーに失礼かな。でもなぁ……フルール、小さくて可愛いし。
 
「気になりますか、レイモンド様が。フルール嬢は男爵令嬢。お父様は研究にしか興味がないような方だ。母親も亡くされている。他の貴族と比べれば練習機会も少ないでしょう。慣れていない方と踊った経験があるだろうレイモンド様が相手なら安心感も多少あるでしょうね」
「……メイザー様がけしかけたのかしら?」

 女性からなんて勇気が必要なはずだ。しかも私という婚約者がいる。

「そうですよ。彼女は保育科志望だ。アリス嬢が保育科志望ということは、おそらくレイモンド様も。じっと見つめていらっしゃったので話しかけたところ、どうなのか知っていますかとね。聞いてみてはどうですかと促しました。俺があなたとお話したかったもので」

 そういえばどこの学科志望とかレイモンドは言ってなかったもんね……。

 この人、本当に胡散臭いなぁ。
 前の世界であなたと話したかったとか言ってくる男子がいたら、結構引きそう……いや、イケメンなら受け入れる子も多いのかな。

「そう。何をかしら。この一曲の間だけでお願いしますわ」

 このしゃべり方……未だに私は誰なんだって言いたくなる……。

「ご忠告した方がよろしいかと思いまして」
「……忠告?」
「アリス嬢って、誰からも都合がいい存在なんですよね」
「……ダンスは下手なの。足を何度も踏んでしまっても許していただけるかしら」
「はは、どうぞご自由に」
「それで、どういうことかしら」

 踊りながら、耳元で囁かれる。

「魔女様に拾われた方。あの光の魔法。きっととてもお優しい方だ。学園を卒業すれば、またかの地へ戻られるでしょう。印象が多少悪くなったところで問題はない」

 ああ……やっぱり誰からもそう思われるよね。だからフルールもレイモンドを誘いやすかったのかもしれない。

「それに、とても可愛らしい。口説く練習には最適だ。何を言ってもレイモンド様がいらっしゃる以上、面倒事は起きない。女性慣れしていない男性に練習台として話しかけられそうだ。レイモンド様と離れている時、そうなる確率は高いと思いますよ」

 そうなのか……聞いておいてよかったのかもしれない。もしかしたら私ってモテるんじゃない? とか勘違いしそう。

「男女問わず何もしなくとも好意を持たれやすい。それに……貴族としての教育をされた期間が短いからでしょうか。なぜだかとても初々しさを感じる。つい吸い寄せられてしまう」

 そんなものを醸し出していたのか!
 つまり他のお貴族様より敷居が低いってことね。軽く見られて軽く声をかけられる……と。覚えておこう。そっか……可愛いってたまに言われるおべっかは、初々しいよちよち歩きのひよこ的なソレだったのかも。

「ご忠告ありがとう、気を付けますわ。でも……それなら、レイモンド様も練習台にされてしまうのかしら。魔女様とよく王都にも出没されていたと聞きましたわ。人格者だと思われてしまいますの?」
「魔女様への不遜な態度も有名ですからね。ダニエル様のご要望で、王都の空を覆う火を生み出したこともありますよ。根回しは既にしてありましたけど。この国が侵略されることはない……報復として街一つ消す力すら持っているといったパフォーマンスをすると王家より告知されていました。もっと綺麗な言い方で、ですけどね。ダニエル様と仲がよろしいことも有名ですし、貴族ならば一瞬現れた火の空がダニエル様に乞われてレイモンド様が生み出したものだと知っています。物怖じはされやすいと思いますよ。彼が側にいる間は、貴族の男性もあなたに話しかけるのを躊躇はするでしょう」

 こわっ。
 そう考えるとフルールすごいな……あー、ダンスを踊っているのを見るだけで苛つく。なんかレイモンド、笑ってない? なんなの、私以外の女性に……フルールって少し影も背負っていて守りたくなるような雰囲気だし。薄い金の髪で幸薄げな……でも唇はぷっくり赤くてラブリーだし、小柄で……。

 だんだん悲しくなってきた……視界に入れないようにしよう。

「ダニエル様はもっと強いのかしら……」
「同じくらいではないでしょうか。各国の王子や国王様も似たようなものだとか。魔女様が定期的に王族の前に現れるようになってからそうなったようですね。互いの報復を恐れるのもあり、今後も平和は続くでしょう」

 核兵器をお互いに所持して牽制し合うのに似ているのかな。
 
「そう、ご親切にありがとう。忠告のためにお誘いくださったの?」
「いいえ、あなたと話してみたかったからです。レイモンド様に聞きづらいことなどありましたら、俺にぜひ尋ねてください。俺は……特別なあなたの、特別になりたい」

 ああー、これが練習台にされるってことか。

「早速、口説き文句の練習をどうも。勉強になったわ」

 そろそろ曲も終わる。

「特別な友人でいいんですよ。俺は本気でそう思っています」
「特別な……ね。それなら言わせてもらうわ。魔女だのなんだの、それが理由で人格者だと思われるのは好きではないわ。私は特別優しいわけでも優しくないわけでもない。ただの……」

 ただの……なんだろう。

「ただの人格者?」
「違うわよ! ただの、レイモンドの婚約者の普通の女の子。もうおしまいね。ご忠告ありがとう」

 曲が終わった。彼は私の手をとったまま……。

「やはりあなたは魅力的だ。もう少し話していたかった」
「何を口説いているんだよ、メイザー! 俺のアリスだよ、離せ」

 素早くレイモンドがいつの間にか来ていて私を引きはがす。

「小ホールに行こう、アリス。ダニエルに昨日聞いたよ。あっちにも行きたがっていたって。こんなとこ、いられないよ」

 こんなとこって……ダンスパーティーって基本、婚約者がいる相手と連続で踊ってはいけないくらいのルールでしょ……ダンスのレッスンでだって、男性と踊っていたのになぁ。
 レイモンドの意向か、年配の使用人相手だったけど。

 メイザーとフルールが一緒に踊り始めたようだ。でも……ダニエル様たちがいない。どこに消えたんだろう。

 レイモンドに手を引っ張られながら会場の外に出た。
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