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後編 魔法学園での日々とそれから
172.全世界に向けて
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慌ただしかった夏休みも終わった。
お母様にはサポート役としてのお仕事を見学させてもらった。といっても、こんなお仕事があるのよーと書類などを見せてもらったくらいだ。
例えば、各地の情報を得るために手紙を他の領地の貴族に出したり、要人や功績のあった人と交流をしたり、各地の視察や記念式典の参加といったお仕事。返事のお手紙や、そういったイベントごとの記録を見せてもらった。
それ以外だと、お母様は忙しいお父様に代わって領地の各市庁舎から情報を持ってくる秘書官の話を聞き、書類にも目を通して内容を把握し、お父様に報告する仕事もしているようだ。
辺境伯……書類に目を通して決済する執務がものすっごくあることは、よく分かった。補佐官もいるけれど多忙を極める。
大人になるって大変……。意味深な感じにお母様が言っていた。
『若いうちは、そんなにお仕事はしなくてもいいわよ。私たちに任せて。最も大事なのは血を絶やさないことだもの』
――と。
バンバン産めと。そう聞こえた。ついでに、自分たちは最初から仕事をしすぎたせいで子供が一人だったのよね的な表情をしていた気がする。やたら「若いうちはね、いいの。何が大事かを見誤っちゃ駄目よ」と強調していたような……。お母様たちにも色々あったんだろうなぁ。出産、怖いんだけど。
ラハニノス近郊都市の屋敷に住んでいるお父様方の祖父母様にも会った。同じ都市にいるとお伺いを立てる必要性を感じてしまうといけないからと、そっちに住んでいるらしい。まだ元気なので、視察のお仕事も軽く引き受けているとか。
お母様方の祖父母様は伯爵家。領地が近いので、こちらもご挨拶させてもらった。お兄さんが家督を継いでいるものの、国王様の政務の補佐を法官としてするために王都に家族で暮らしているらしい。いずれまたそちらにもご挨拶をする。
一気にレイモンドの家に嫁入りするんだって気分になった……。永遠に気楽な学生でいたいなんて、ちょっぴり思っちゃうよね。
私は悠々自適な学園生活を引き続き楽しみ冬が訪れ……今まさに、聖アリスちゃんになろうとしている。
王宮の庭で!!!
辛い……。
「アリス嬢、乗り物にはこちらを用意させてもらった」
「ありがとうございますわ、ダニエル様」
王室の方々まで、後ろにいる。さっきご挨拶をさせてもらった。もう足が震えてどうしたらいいか分からない。夕方のクリスマスミサを終えて晩餐会まで早めに切り上げて来てくれた。
目の前にはこの場に似つかわしくない、それっぽいソリがある。間違いなくレイモンドがデザインに絡んでいる。そーゆーの、勝手にやるよね。……まぁ、早くからこの話を振られていたら、もっとプレッシャーを感じていたかもしれないけど。
レイモンドが畏まった様子で、赤い服のまま礼をした。
「ご厚意に感謝します。それでは行ってまいります」
レイモンドの手を軽く支えにしながら、ソリの後ろ側に乗る。豪勢な椅子の形で、サンタクロースの立ち位置でもある。隣にはコートの入った白い袋を置く。レイモンドは前の小さな椅子。トナカイのツノが生えた帽子をかぶり、神風車の前側といった場所に乗り込む。そっちはソリではなく車輪付きだ。
「アリス、頑張ってね」
「ええ……ありがとう」
ジェニー……ダニエル様の横に立っているだけで分かる。二人の距離、恋人同士のそれだよね。はー……できるのかな、私。大丈夫、本番に強い子だったはずだ。
レイモンドの魔法によってソリが浮いた。できる限り優雅に、彼らへ微笑んでおく。後ろにいる王室の方々にもだ。
ぐんぐんとソリが上昇し、なぜかジェットコースターを思い出す。
天高く上がるにつれて王都の街が見渡せるようになった。暗闇の中で宝石のようにそこかしこに灯りがともっている。王宮の煌びやかさが、ひときわ目立つ。
魔法で簡単に光を灯せるしね……。
シャンシャンとソリにつけられた鈴の音が鳴る。今日は大きな満月……ソフィの出産した日を思い出す。
「やっと王宮が遠くなった……緊張した……」
「まだ声まで震えているね。もっと楽しもうよ」
「無理……」
そんな時期ではないけれど万が一聖女が召喚されたのかと民衆に思ってもらっても困るので、王宮からは離れた。一応、祈りの催しが夜に行われると抽象的な通知は王家から教会への掲示などでしてもらったし、去年のそれで察してもらっているだろうけれど……。
「この辺りにする?」
「そうだね……」
隠れ家の近くだ。私をリラックスさせるためだと思う。緊張を感じないようにするのは難しい。聖歌に会ってよかった。
聖歌はいきなり王家の方々の前に召喚されて、魔法も使えないうちから魔王を浄化しなければならない使命を負うんだよね……彼女が「世界は任せて」と言うのなら、私だってこれくらいはしないとって思う。
人間の負の感情がたまって魔王になってしまうのなら……少しでも今、この世界に生きる人たちの心だけでも光に満ちあふれてほしい。魔王がどういったものなのか分からないけれど……その力を少しでも弱くしたい。彼女があっという間に怪我もなく浄化して、幸せになってくれればと思う。
聖歌が授けてくれた光魔法を思い出す。それは子犬を触った時のようなものではなくて……産まれたばかりの赤ちゃんを見た時のような、人としての純粋な喜びが心の底から湧き上がるような気持ちになった。
その時のことを、あらためて思い出す。
――全世界の人間の心よ、神の愛を受けて光に満ちて。生きる喜びを、その胸の中に熱く灯して。
私の身体から光の波が放たれる。
それは遠く彼方まで――。
隠れ家からソフィたちが出てきた。娘のベルちゃんをハンスが抱っこしている。誰もが人から産まれてきた。人から新たな人が生み出されのは、まるで奇跡のようだ。
――世界中のかけがえのない命に祝福を。
私から広がる空一面を覆う眩い光は、まるで昼間のように王都を照らし、世界各地へと広がっていく。
聖歌が知っていたということは、私は無事サンタクロースのようなものになるのだろう。できれば傍観者でいたかったけど……私が死んでも聖歌が生きるその時代まであり続けるというのなら――。
生きている限り、祈り続けたい。
◆◇◆◇◆
その日は、予定通り海の近くの防衛学院の訓練場に降りた。私たちを追って人々が集まってしまうと面倒なので、そう手配してもらった。待っていてくれた偉い人たちに挨拶をしつつ、赤い服を隠すようなコートを羽織って王都の街へと戻った。
翌日には『聖アリスちゃんの奇跡』という絵本が国中でバカ売れしていたらしい。今日が来るまでに国中の本屋にダニエル様の指示で大量に配本されていた。他国にも渡っているようだ。サンタクロースのように贈り物を届ける話も、巻末に協力をお願いする文章も入れてある。来年から、徐々にでもその習慣が定着してくれればと思う。
ダニエル様もレイモンドもノリノリだよね……。著作権も放棄してほぼ原価だ。
――こうして私の存在は、世界中に広まった。
お母様にはサポート役としてのお仕事を見学させてもらった。といっても、こんなお仕事があるのよーと書類などを見せてもらったくらいだ。
例えば、各地の情報を得るために手紙を他の領地の貴族に出したり、要人や功績のあった人と交流をしたり、各地の視察や記念式典の参加といったお仕事。返事のお手紙や、そういったイベントごとの記録を見せてもらった。
それ以外だと、お母様は忙しいお父様に代わって領地の各市庁舎から情報を持ってくる秘書官の話を聞き、書類にも目を通して内容を把握し、お父様に報告する仕事もしているようだ。
辺境伯……書類に目を通して決済する執務がものすっごくあることは、よく分かった。補佐官もいるけれど多忙を極める。
大人になるって大変……。意味深な感じにお母様が言っていた。
『若いうちは、そんなにお仕事はしなくてもいいわよ。私たちに任せて。最も大事なのは血を絶やさないことだもの』
――と。
バンバン産めと。そう聞こえた。ついでに、自分たちは最初から仕事をしすぎたせいで子供が一人だったのよね的な表情をしていた気がする。やたら「若いうちはね、いいの。何が大事かを見誤っちゃ駄目よ」と強調していたような……。お母様たちにも色々あったんだろうなぁ。出産、怖いんだけど。
ラハニノス近郊都市の屋敷に住んでいるお父様方の祖父母様にも会った。同じ都市にいるとお伺いを立てる必要性を感じてしまうといけないからと、そっちに住んでいるらしい。まだ元気なので、視察のお仕事も軽く引き受けているとか。
お母様方の祖父母様は伯爵家。領地が近いので、こちらもご挨拶させてもらった。お兄さんが家督を継いでいるものの、国王様の政務の補佐を法官としてするために王都に家族で暮らしているらしい。いずれまたそちらにもご挨拶をする。
一気にレイモンドの家に嫁入りするんだって気分になった……。永遠に気楽な学生でいたいなんて、ちょっぴり思っちゃうよね。
私は悠々自適な学園生活を引き続き楽しみ冬が訪れ……今まさに、聖アリスちゃんになろうとしている。
王宮の庭で!!!
辛い……。
「アリス嬢、乗り物にはこちらを用意させてもらった」
「ありがとうございますわ、ダニエル様」
王室の方々まで、後ろにいる。さっきご挨拶をさせてもらった。もう足が震えてどうしたらいいか分からない。夕方のクリスマスミサを終えて晩餐会まで早めに切り上げて来てくれた。
目の前にはこの場に似つかわしくない、それっぽいソリがある。間違いなくレイモンドがデザインに絡んでいる。そーゆーの、勝手にやるよね。……まぁ、早くからこの話を振られていたら、もっとプレッシャーを感じていたかもしれないけど。
レイモンドが畏まった様子で、赤い服のまま礼をした。
「ご厚意に感謝します。それでは行ってまいります」
レイモンドの手を軽く支えにしながら、ソリの後ろ側に乗る。豪勢な椅子の形で、サンタクロースの立ち位置でもある。隣にはコートの入った白い袋を置く。レイモンドは前の小さな椅子。トナカイのツノが生えた帽子をかぶり、神風車の前側といった場所に乗り込む。そっちはソリではなく車輪付きだ。
「アリス、頑張ってね」
「ええ……ありがとう」
ジェニー……ダニエル様の横に立っているだけで分かる。二人の距離、恋人同士のそれだよね。はー……できるのかな、私。大丈夫、本番に強い子だったはずだ。
レイモンドの魔法によってソリが浮いた。できる限り優雅に、彼らへ微笑んでおく。後ろにいる王室の方々にもだ。
ぐんぐんとソリが上昇し、なぜかジェットコースターを思い出す。
天高く上がるにつれて王都の街が見渡せるようになった。暗闇の中で宝石のようにそこかしこに灯りがともっている。王宮の煌びやかさが、ひときわ目立つ。
魔法で簡単に光を灯せるしね……。
シャンシャンとソリにつけられた鈴の音が鳴る。今日は大きな満月……ソフィの出産した日を思い出す。
「やっと王宮が遠くなった……緊張した……」
「まだ声まで震えているね。もっと楽しもうよ」
「無理……」
そんな時期ではないけれど万が一聖女が召喚されたのかと民衆に思ってもらっても困るので、王宮からは離れた。一応、祈りの催しが夜に行われると抽象的な通知は王家から教会への掲示などでしてもらったし、去年のそれで察してもらっているだろうけれど……。
「この辺りにする?」
「そうだね……」
隠れ家の近くだ。私をリラックスさせるためだと思う。緊張を感じないようにするのは難しい。聖歌に会ってよかった。
聖歌はいきなり王家の方々の前に召喚されて、魔法も使えないうちから魔王を浄化しなければならない使命を負うんだよね……彼女が「世界は任せて」と言うのなら、私だってこれくらいはしないとって思う。
人間の負の感情がたまって魔王になってしまうのなら……少しでも今、この世界に生きる人たちの心だけでも光に満ちあふれてほしい。魔王がどういったものなのか分からないけれど……その力を少しでも弱くしたい。彼女があっという間に怪我もなく浄化して、幸せになってくれればと思う。
聖歌が授けてくれた光魔法を思い出す。それは子犬を触った時のようなものではなくて……産まれたばかりの赤ちゃんを見た時のような、人としての純粋な喜びが心の底から湧き上がるような気持ちになった。
その時のことを、あらためて思い出す。
――全世界の人間の心よ、神の愛を受けて光に満ちて。生きる喜びを、その胸の中に熱く灯して。
私の身体から光の波が放たれる。
それは遠く彼方まで――。
隠れ家からソフィたちが出てきた。娘のベルちゃんをハンスが抱っこしている。誰もが人から産まれてきた。人から新たな人が生み出されのは、まるで奇跡のようだ。
――世界中のかけがえのない命に祝福を。
私から広がる空一面を覆う眩い光は、まるで昼間のように王都を照らし、世界各地へと広がっていく。
聖歌が知っていたということは、私は無事サンタクロースのようなものになるのだろう。できれば傍観者でいたかったけど……私が死んでも聖歌が生きるその時代まであり続けるというのなら――。
生きている限り、祈り続けたい。
◆◇◆◇◆
その日は、予定通り海の近くの防衛学院の訓練場に降りた。私たちを追って人々が集まってしまうと面倒なので、そう手配してもらった。待っていてくれた偉い人たちに挨拶をしつつ、赤い服を隠すようなコートを羽織って王都の街へと戻った。
翌日には『聖アリスちゃんの奇跡』という絵本が国中でバカ売れしていたらしい。今日が来るまでに国中の本屋にダニエル様の指示で大量に配本されていた。他国にも渡っているようだ。サンタクロースのように贈り物を届ける話も、巻末に協力をお願いする文章も入れてある。来年から、徐々にでもその習慣が定着してくれればと思う。
ダニエル様もレイモンドもノリノリだよね……。著作権も放棄してほぼ原価だ。
――こうして私の存在は、世界中に広まった。
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