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後編 魔法学園での日々とそれから

175.卒業パーティ1(ユリア視点)

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 まるで夢のような学園生活は時を止めたくても進んでいくばかりで……終わってしまった。

 卒業式は昨日迎えた。
 今日は卒業パーティだ。

 最初にアリス様を見たのは、ラハニノスでのクリスマスの夜だ。家族でクリスマスミサに参加し、もうすぐ花火が打ち上がるからと外で待っていた。

 闇を照らす太陽のように光り輝く何かがあると空を見上げれば、赤い服を着た女の子が浮いていた。手を結び祈りを捧げ、打ち上がる花火のように眩い光が彼女の体から解き放たれ、私の体にその一つが吸い込まれた。

 ――愛されている。

 温かい内側から湧いてくるその不思議な感情に、涙があふれた。これだけ愛されているのだから、生に感謝をして世の中に貢献しなければという気になった。その頃から扱える魔力が大きくなったのは……そのことと無関係には思えない。

 レイモンド様はよく魔女様と街に出没されていたそうだ。なぜか甘いものが多くメニューにあるお店に限られてはいたものの、最後に必ず店員さんとこんな会話があったそうだ。

『いずれ現れるよ、記憶をなくした少女が僕の元にね。魔女さんが拾ってくるんだ』

 そう言って料金を支払い、魔法陣もなしに魔女様と消える。

 きっとその言葉を広めることが目的なんだろうと、大人たちは口々に噂していた。魔女様は聖女を召喚する。拾うという表現をされるということは異世界からの迷い子が現れる予言なのかもしれない。レイモンド様の元にということは、聖女のような女性が異世界から嫁がれるのかもしれない。

 たくさんの噂が流れていた。

 魔王のいない世界に現れた聖女……少なくともラハニノスに住む人々の彼女への印象はそれで、あの夜からはもうそれを疑う人はいない。彼女の祈りは今や国すら越えて世界中へと毎年放たれる。

「ユリアちゃん、とっても素敵。どうしよう、泣きそう。せっかくの化粧が落ちるかも」
「あ、ありがとうございます」

 まさか、彼女に手まで繋いでもらって泣きそうになってもらえるなんて……。それに、お会いするまではこんなに可愛らしい方だとは思わなかったな。

「ふふ、ドレス似合っているわね。私の見立てに狂いはなかったわね」
「ジェニーさん、ドレスの手配までありがとうございました。自分が自分でないようです」
「元々魅力的よ、ユリアは」

 雲の上のような存在のジェニファー様にまで、ものすごくお世話になった。私は平民で……きっともう二度と会えない。

「これが最後なんて寂しいです……っ」
「だ、駄目よ、ユリア。化粧が崩れるわ。終わるまで我慢しましょう。まだ今日は長いわ」
「そうだよ、ユリアちゃん。私も限界近いし。終わるまで違うことを考えよう。ええっと、ツチノコちゃんが王都で流行らなくて残念だったな、とか」
「アリス……どこから突っ込んでいいのか分からないよ。絶対残念じゃないし、残念だった話をするのもやめようよ……」

 レイモンド様が的確な突っ込みをされる。
 アリス様が現れる予言をあちこちでなさっていたのは、平民らしさあふれる彼女への批判を誰からもさせないためだったのかもしれない。
 どこの誰かも分からない女性と婚約なり結婚となれば……実現できたのかも分からない。

「こんなことなら、ダニエルさんに流行らせてもらえばよかったかなー。同じツチノコちゃんキーホルダーを持ってもらって……」
「ダニエルとお揃いにしたかったの!?」
「全然。そっか、そうなっちゃうのかぁ」
「はぁ……最後までお前は変わらないな。私がそれを持っていたところで流行らなかったと断言しておく」
「王子様がそう言うならそっか。残念残念」
「だからお前は……」

 普段と同じように会話をしながらも、最後には深呼吸をしている。泣かないように堪えているのかもしれない。
 
 アリス様は誰とでも仲よくなれる方だ。
 ジェニファー様と二人になった時も、彼女の話題になることが多かった。「ダニーはアリスのことを小動物のように思っているみたいよ」とクスクス笑っていた。だから嫉妬しないでいられるのって。

 確かに彼女は、聖女に似た存在というよりも「聖アリスちゃん」の呼称の方が似合っている気がしてしまう。

 六人で何度もお出かけできたのも彼女の提案があったからだと聞いた。公園にまで運動施設が設けられ、今月完成して皆で卓球なるものでムキになって遊んだ。
 
 ……きっとアリス様は記憶喪失ではないんじゃないかなって思う。異世界からの迷い子なのかもしれないけど……記憶は持っている気がする。その記憶から取りだした遊びなのかなと思った。
 聖女扱いされないように、記憶喪失ということにしているのかもしれない。

 卓球一式はジェニファー様の屋敷に移され、運動施設にはモルックなどが置かれるそうだ。卓球用のボールは高価なので、盗難を警戒するよりはその方がいいかという話らしい。原材料が安価になる日が来たらまた考えよう、と。

「皆様、神風車が到着されました」

 ニコールさんの言葉に外へ皆が移動する。エリリンさんも「行ってらっしゃぁ~い」と見送ってくれる。
 
 入学パーティの時もそうだったけれど、寮でドレスというのは不思議な感じだ。

 ジェニファー様はロイヤルブルーの上品なドレスだ。裾へ向かって斜めに白のフリルが入っている。
 アリス様は意外にもピンクのドレスだ。最後だし、今後すぐに着れなくなりそうなデザインにしたと言っていた。肩から腰、腰から裾へと大きなフリルと花のモチーフがゆらゆらと揺れる。確かに幼さを感じるデザインかもしれないけれど、アリス様ならまだまだ長い間着られると思う。ただ、同じドレスは何度も着用しない慣習もあるらしく、もったいないから社交に着たくないなぁと言っていた。召喚で定期的に今後も年に数回は王都に来るらしい。

 自分までドレスを着ているのには、やっぱり違和感が強い。黄緑基調で、胸元と腰に小花が散らされている。ジェニファー様の手配で採寸から何から何までお世話になってしまった。

 私とカルロスさんの前で、アリス様がジェニファー様に甘えるような仕草でお願いをする。

「ねぇ、ジェニー。今日は神風車でジェニーの隣に座りたいな」
「そうね。ダニー、いいかしら」
「ああ、構わない」
「それなら隣に座りましょうね」

 六人乗りのゆとりのある神風車。いつもはそれぞれ相手の男性と隣り合っていて……。

「ユリアさん、パーティ会場へは俺がエスコートしてもいいかな」

 側にいたカルロスさんにそっと聞かれる。

「お願いできるなら。他にいないし……」
「ありがとう」

 私はアリス様やジェニファー様みたいに見た目も中身も綺麗じゃない。

 ――今だって、メイザー様に憧れているのに。

 あの方の姿を見られるだけで嬉しかった。
 
『魔石を磨く君の瞳はいつもより輝いているね。好きなんだなって分かるよ。そんな瞳で見つめられたくなってしまうな』

 軽口の多いメイザー様の言葉に、いちいちときめいてしまっていた。舞い上がってしまっていた。私は「そんなことは」とか「ありがとうございます」しか言えなくて……もう少し気の利いた返しができたらいいのにと思っていた。

 いつだっただろうか。彼がアリス様に特別な視線を向けていることに気付いたのは。

 二年生になり学科が分かれ……アリス様とメイザー様が廊下ですれ違う場面にたまたま居合わせたことがある。私はアリス様の後ろにいて、距離もあったし彼女には気付かれていなかった。

『アリス嬢、久しぶりですね。お変わりはないですか』
『ええ、元気よ。あなたも変わりはないの?』
『残念ながら、変わりは全くありません』
『そう、早くあなたのリスさんに会えるといいわね』

 チャーミングに微笑む彼女にメイザー様が苦笑しながら「俺を好きになってくれるアリス嬢がもう一人いたらいいんですけど」なんて肩をすくめて……。

 横目で見ながら通り過ぎた瞬間に「ユリアちゃん!」と彼女が話しかけてくれたけど……そのまま雑談をしながら歩き、ふと振り返るとメイザー様はこちらをその場でじっと見つめていた。

 アリス様の周囲にはいつも人がいるので、あの時はたまたまだったんだろうなと思う。私があの場にいなければ、もっと話せたんだろうにって。

 ――そう、最初から私は諦めていた。

『学生の間だけでも、いいんじゃない? 今だけでもいいからってお願いしてみたら?』

 私の気持ちはカルロスさんには筒抜けだった。「好きならもっと話せるように協力するよ」と言ってくれて……丁重に断った。叶わない恋心を深くなんてしたくない。

 そんなに分かりやすく顔に出していたかなと不思議だった。今は……なんとなく分かっている。
 
 最初は親切心だけだと思った。
 寮では私たち以外、婚約している。当然二人になることも多い。だから気にかけてくれるんだって。
 
 一年生の夏休み明けも、アリスさんたちの住むラハニノスのお城まで行けば一緒に魔女様と戻って来れるようにはすると休みに入る前に提案があった。「魔女様に俺たちの身で頼ってばかりも申し訳ないし、俺が護衛代わりに送るから、戻りは一緒に行かない?」とカルロスさんに言われて、それもそうかなとお願いした。
 そのあとも、ずっとそうだ。

 両親もカルロスさんに感謝し、食事をご馳走したり、挨拶もしたいからと彼のご両親とも顔合わせのような形で会って……よき友人ですと言いながらも、互いの両親ともいずれ結婚したらいいじゃないかと声をかけてきた。

『ユリアさんほど話していて楽しい友人はいませんし……卒業してお互いいい人も現れなければ、お願いしたいですね!』

 彼の返事はそんな感じだ。私も同じように返しておいた。両親とも、それなら行き遅れないで済むと笑っていた。

 王都へ帰る時には二人でたくさん話す中で「あれ、結構本気だったんだけど駄目だった?」と聞かれ「行き遅れたくないから私も本気かな」と笑って答えた。

 ダンスの練習をアリス様たちにお願いできたのは……それが理由だ。
 秘めていた恋心をメイザー様に知られてしまっても、伝わってしまっても――いつか結婚してもいいと思ってくれる男性がいてくれるならって。

 私は彼女たちのように純粋じゃない。

 すごく……汚れてしまっている。
 カルロスさんの手を取りながら、メイザー様と踊りたいなんて……自分の汚さに嫌気が差す。

 それでも――。
 
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