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残業
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5時半になると、今までダラダラと残業していたオペレーター達が、次々と帰り支度を始める。
今までは、残業してなんぼの世界だったから、その光景は何となく不思議な感じだった。
「後藤、お前、仕事残してるのか?」
ピクッ。
月山さん、その ″ 仕事出来ない″ 風な言い方やめて。
たまたま、元所長から期限が迫っている案件を任されていた私は、空気読めない女として残業するしかなかった。
「明後日までなんです、これ」
DTPオペレーターといっても、ずっとPCに向かってればいいわけではなく、資料整理や簡単なコピーなどの雑用も必ず発生するわけで、それは自然と一番新人の私の仕事として回ってきていた。
「なら三時のオヤツなんか食ってる場合じゃないだろ? 無理してまわりに合わせる必要ない」
私の机に積み重なった資料に目をやった月山さんは、
「俺はもう今日の仕事終わったから、なんか出来ることあったら言えよ」
意外にも優しい言葉をかけてきた。
「え」
「そもそも、各社員が何の仕事を受け持ってるのか1日目で把握してないんだけど、後藤さんは何をしてるの?」
私のことを、″ 後藤 ″ と言ったり、呼び捨てにしたり。この人、イマイチ、キャラがわからないな。
鬼上司なの?
俺様、なの?
それとも……。
「私は、大手百貨店のハロウィーンイベント用の広告とか受付とかのデザインチェックしてます」
「ふぅん、ちょっと見せて」
私のPC画面を覗きこんで、内容を確認する月山さんは、あのライヴでの事、覚えてるだろうか?
時間はそんなに経っていないのだから、覚えているだろうけど……。
そもそも私の顔なんて忘れてるのかも。
「チマチマしたのが多いな。これは時間かかる、概要教えてくれたら手伝うけど?」
直ぐそばにある美しい横顔が尋ねてくる。
私は、抑えられなかった。
「月山さん……聞いていいですか?」
「ん? なんだ?」
仕事なんて、一人でも出来る。
そもそも私みたいなペーペーに任されてる案件なんて簡単なものだ。
それより、知りたかった。
「月山さんて、キレイなもの、好きですか?」
私と同じように、美しくて、儚いものに恋しているのかを。
仕事とはかけ離れた私の質問に、
「……なんだ? 急に」
月山さんは、ちょっと引いたような表情を見せる。
別に男がヴィジュアル系バンドのファンであっても何も問題はないのだけど、あのバンド【Virtue】は特別だから。
「好きな歌手とかいます?」
歌唱力はまだまだだし、どちらかというと女っぽいルックスのvocalと、発展途上の演奏で一般的にはまたまだ無名。
中年男性がハマる要素が無さそうだから。
「全く答える気にならないけど、初日だから自己紹介がてら答えてやるよ」
月山さんがマウスから手を離して、やや上から私を見下ろす。
「俺は確かにキレイなモノが好きだよ。汚いモノは受け付けない。だから、この薄汚れた事務所も、散らかった後藤の机も見ただけでイラついて仕方ない」
「その例えは余計です」
言い方にムカついたけれど、その美的感覚は、月山さんのスタイリッシュな仕事振りにも、容姿にも反映されている。……ような気がする。
「だから音楽も見た目から入ることも多いね。不細工な、とは言い過ぎだけど、好みじゃないボーカリストが、どんなに好みの歌を唄っていても、やっぱり受け付けられないしね」
あぁ……、わかる。
ヴィジュアル系の醍醐味はそこよね。
好きな音楽を、美しい男が唄う。
たまらない。
やっぱり、この人は、ヨシ様のファンなんだ。
確信。
「まさか、あのとき倒れそうになったバンギャと職場で再会するとは思ってなかったけどな」
「え」
しかも、この人、私の事を覚えていたらしい。よくもまぁ1日それを黙ってたものだ。
私は、ほくそ笑みを浮かべて言った。
「皆には内緒にしときますね」
″ 内緒 ″ の意味は色々だ。
「……ん?、あぁ。よろしくな」
なぜ内緒なのか分からない顔をしていたけれど、月山さんはそのまま、自分のデスクに戻って行った。
大好き内緒バンドのファン仲間が身近にいて嬉しいとか単純に思っていたのだけど、
「しかし、あれだな、後藤ってメイクで随分変わるもんだな」
「……え、ぇぇまあ。ライヴの時は張り切りますからね」
「で、今はほぼ、素っぴんだよな?」
「素っぴんというか、ファンデーションは薄く塗ってますけど」
「終わったな」
はぁぁぁぁ?
「職場にさえ化粧もしてこない大人の女なんて、終わってるよな」
前の上司と対して変わらないセクハラ発言をしてきた。
「そんなの個人の自由でしょ?」
「まぁ、仕事一筋なら大歓迎だけど、見るところ後藤はそうではなさそうだし、ただ、好きな歌手以外、男にどう見られたって構わないだけみたいだよな」
当たり。
「恋愛なんて出来ないだろ」
それも当てられた。
「……それが何か?」
仲間以前に、この人、キライかも。
自身は39歳にもなって独身なのに、22歳の私が彼氏いないことを(なぜ知っている?)馬鹿にされた。
痛い女だと思っているよう。
イケオヤジとか、少しでもトキメいた朝の私、
愚か。
この人、恐らく、ゲイだし。
「で、後藤はあのバンドのどこがいいの? まぁ、大概は、ボーカリストのヨシのファンなんだろうけどな」
もう あなたとVirtueの話はしたくないのに、まだ食い下がる?
「ええ、そうですね、ヨシ推しですね。あんなにキレイな人他にいないし、きっと容姿がキレイなら中身もキレイだと思うので……」
貴方もどうせ、ヨシ様狙いでしょ?
「さて、終わった」
話しながらも、何とか期限内に原稿のチェックを終えて、背後のデスクの月山さんに報告と挨拶して帰ろう、そう思っていたのに、
「お先に失礼します」
「後藤」
「……はい?」
資料に目を通したまま、月山さんは、
「見た目がキレイなヤツが、心もキレイだとは限らないぞ」
私の考え&希望を、軽ーく否定してきた。
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