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また、タコ

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  何となく、シ……ンとしてしまった席の背後で、

「ワハハハ!」
 と、男達の笑い声が響き渡る。
 個室ではないので、いつの間にか埋まっていた、後ろの席の宴会の様子が丸見えだった。

 スーツ姿の男たちのうち、一人が何気にこちらを振り返った。

「あれ?!  後藤さん!?」

 げげっ!!

 チャラいバーマの茶髪、ふざけた眼鏡、派手なスーツ。

「おや、月山さんまで?!」

 大嫌いな加納だった。

「……な、なんでここに?」

 鳥肌が立つ。こんな奴と業務時間以外に会いたくないのに。

 月山さんも、少し困ったような顔をして、「お疲れ」と、会釈していた。

「俺は、本部の皆様とミーティングを兼ねた飲み会だよ!」

「お、月山じゃないか!」

 スーツの塊の宴会。良く見たら、うちの本社のお偉方達だった。

 うわー!
 タコもいるー!

「なんと後藤まで! やっぱり二人デキてたのか!」

 タコ課長と専務が、偉そうに手招きして月山さんを呼び寄せた。

「……あー、しかし、大事なミーティングを邪魔しては悪いので」

 どうやら呼び寄せて、交じって飲めと言っているらしい。専務の隣でタコ課長が月山さんと私を忌々しそうに睨んでいる。

「福岡から離島に飛ばされたくないだろ?うちは広告代理店だが、下請けには色んな職種があるんだ、上司に楯突けば様々な職種を体験させられることになるんだぞ?」

 完全な脅し。
 課長もゲスだけど、専務もゲス。
 本部って、月山さん以外、まともな人材居なかったのね。

「まあまあ専務!、月山さんのお陰で、この俺はゲーム会社から移って来れたんだし、しっかり踏み台になってくれた人材なんですから、楽しく今夜は飲みましょうよ! ね、ほら! 後藤さんも!」

″ 踏み台 ″……。
 それ、本人の前で言うか?

 加納の失礼な発言に、大人の月山さんは眉をひそめながらも、キレたりはしなかった。

 調子に乗った一番のゲスが、グイッと私の腕を引っ張って、宴会の席に強引に混ぜようとしている。

「うちのマドンナ、課長、宜しくお願いしますね♪」

 とことん嫌味な加納は、私を差し出すように課長の横に座らせようとした。
 イヤだったけど、月山さんの離島行きは阻止したくて仕方なく腰を落とす。

「後藤……」

 見かねた月山さんがそれを止めようとしたのが分かり、私は再び課長にビールを注いだ。
 今度は、頭にではなく、ちゃんとコップにだ。

「来月から、……宜しくお願いします」

 言った。
 セクハラ男だけど、嫌味な男だけど、ちゃんと大人の挨拶をした。
 こいつの下で仕事する以上、必要なことだった。

 それなのに、

「は?」

 このタコときたら、

「お前みたいな無能な女子社員、宜しくしたくねーよ」

「……!……」

 専務達がいるにもかかわらず、子供みたいな返しをしてきた。

 月山さんが固まる一方で、本部の人間達はウケて大爆笑している。
 ……屈辱だ。こいつ、なんなの?

「課長、そんなこと言わないでくださいよー、後藤さんも悪いところばっかりじゃないんですよ?」

 加納も笑いを堪えて、フォローの形を取る。

「普段スッピンですけど、クライアントと会う時はメイクして、それなりになってるんで、わりかし気に入られるし、世間知らずの大胆さで男の心をくすぐるのは上手いし、使える場面はそれなりにありますよ」

 それ、全然、いいところじゃないじゃん!
 私と同じように感じたのか、加納にもビールを注がれた課長は、ペッ!と唾を吐く仕草をして見せて、

「若いだけが取り柄の女なんか、シュレッダー係かゴミ捨ての用務しかさせないし、そのうち冴えない男達に手ぇ出されて、退職する運命なんだよ」

 行く前に、絶望させるようなことを言ってのけた。

「おいおい、酔ってるのかー?」

 流石に本部のお偉方も課長の口を止めようとする。
 だけど、けして酔ってはいないタコの暴言はまだ続いた。

「月山の女なら尚更だ。絶対にまともな業務は回さねーよ! 一日中シュレッダーとお見合いしてろ」

 なに、こいつ。

 とうとう月山さんが、立ち上がる。













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