31 / 84
第三章 紫都と恋の風
反撃
しおりを挟む「……俺は、今、南部観光のバスの運転士してるよ」
岡田が渋々答えると、そのATBの添乗員は笑い出した。
バカにしたような、 とても嫌な笑い方だった。
二重顎と、ズボンのベルトに乗っかったお腹がブルブルと揺れている。
「うちで、国外向けチーフ兼支店長代理まで務めた岡田が、まさかのまさか!地方のバス運転手かよ?」
どうやら、岡田の元同僚のよう。
それにしても、 運転士と地方の何が悪いのよ?
ムッとした私は、関係ないのに、ついしゃしゃり出てしまった。
「お話が盛り上がっているところ失礼致します」
岡田の隣に並び、お辞儀をする。
「私、南部観光バスで添乗員として雇われております、トラベルプロの桑崎と申します。今回はご縁がありまして、そちらと宴の間を共有させて頂く事になりました」
大手旅行会社の中国支店で添乗員やるのがそんなに偉いの?
そう言いたいのを我慢して、営業スマイルで名刺を差し出した。
「あぁ、派遣添乗員ね。使い捨ての。それでも名刺、持ってるんだ? 」
ATB添乗員の男は、私の名刺を受けとると、無造作に胸ポケットに仕舞って、それからは私を無視した。
この男の標的は、岡田だけのようだ。
「お前みたいに仕事出来る奴が何でリストラされたんだって、あの時は同期で超盛り上がったんだよ!」
更にお腹を揺らして岡田に詰め寄る。
「な、お前、何やったんだ? 裏で顧客の情報でも流してたのか?」
ATB添乗員は、周りが振り返るほどの高笑いを混ぜて喋った。
何で、今、リストラの話?
しかも、お客様や現仕事仲間の私がいるのに、信用を無くすような事までーー
「ちょっと、……あなた。失礼ではありませんか?」
「あ?」
再び口を挟んできた私に、男は、邪険一色の視線を向ける。
「関係ない派遣の人間はすっこんでろ」
その言い方は、派遣を同業者として認めないと言っているようにも聞こえた。
口をつぐみ、無表情だった岡田が、ようやく言葉を発した。
「お前、ATBの人間の癖に名刺も持ってないのか」
元同僚がムッとする。
「あ? 持ってないわけないだろ? 運転士じゃあるまいし。失礼な言い方すんな」
「失礼なのは、どっちだ」
どこまでも人を見下した言い方をする元同僚に、岡田は、今までが比じゃない程の冷たい顔を見せた。
「相手から差し出されたら、ちゃんと自分のも出せよ。名刺交換すらまともに出来ないのか」
「フリーの添乗員だろ? そんな中途半端な人間と交換する必要あるか? 」
「雇用形態で態度を変えるなんて肩書き以前に人間としてクソだな」
「……なっ」
「そんな奴が添乗員なんだから、ツアーの内容もクソなんだろう。お前の客が気の毒だ」
ATBの添乗員は、岡田の反撃に顔を真っ赤にしていた。
さっきまでの胸の痛みが、少しずつ薄れていく。
岡田が、自分だけじゃなく、私をも侮辱したことに怒りを露にしてくれたから。
「横から失礼します」
遠巻きに聞いていた 三宅くんが間に入ってきた。
「僕は独立してフリーになった者ですが、そのスタイルを軽視される理由はなんですか? 納得できるように説明してください」
「……はぁ?」
第三者の登場に、おさまり悪くなったのか、ATBの添乗員は、デザートの所で揉めている自身の客の方へ何も言わずに向かっていく。
あちらはあちらで大変そうだ。
「お二人とも、暇ならこっちのテーブルに同席してくださいよ、話が尽きてきたところです」
三宅くんが、私と岡田を笑顔で手招き。
ランドリールームでの気まずさを感じさせない態度。
本当に良い子だな、と感激していると、また、新たなトラブルが生じた。
「添乗員さん! 大変!」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
26
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる