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第七章 紫都の新しい旅

再びガム

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    え?

  「私と?」
    
    一体、どんな?
   
    もしかして、一日分の旅行代の払い戻しとかって話だろうか?
    気持ちは察するけれど、会社的には難しい。
    身構えていると、
  
  「添乗員さん、あんたは、彼氏はおるの?」
   
    赤石さんの口から出たのは、全く違う話だった。
   
  「あ、いえ。今はいません」
   
  「どうして? けして華やかさはないけど、それなりにモテただろうに」
 
  「モテてはないですけど。縁が無かったからじゃないですかね」
    
    まるで、世話焼きの親戚のおばさんと話してるみたいだ。
   
  「じゃあ、好きな男もいないの?」
     
    ストレートな質問はまだ続く。
    なんで、そっちの話ばかり? 何か縁談でもあるの?
     しかしながら、ご本人も独身を貫いてるのに?
    
  「この歳になると、ちょっと臆病になって………なかなか…」
   
    年齢を理由に言葉を濁すと、赤石さんは、
  
  「この歳っていうほどでもなかろう、ほら」
 
    と言って、何故か、ごま豆腐の残りを私にすすめてきた。
   
  「これね、私の旦那が一番好きな食べ物だった」

  「え?旦那さん?  ご結婚されてたんですか?」
     
   もしかして、後家さん?
   
    赤石さんは、驚いた私の顔を見て面白そうにしていた。
 
   「小さい目がそこまで開くかね!  そう、一人目とも二人目とも死に別れ。あ、ごま豆腐が好きだったのは二人目ね」

   「………そうだったんですか」
     
    それは、なんと不運な…。
    かける言葉も思い付かず、頂いたごま豆腐も食べられずにいると、
 
   「どっちの間にも子供を授からなかったからね、私の体に何か問題があったのかもしれないけど。だから、今、私は天涯孤独なんだよ」

    赤石さんが放った、 ″ 天涯孤独 ″ という言葉が、胸に響いた。
    
    親が亡くなり、キョウダイとも疎遠になったら、独身だとそういう日がいつか来る。
    実感は全然ないけど。
 
  「そうなるとね、いざ、入院・手術となると大変なんだよ」


    射し込む夕陽が赤石さんを包み込んで、グレーのグラデーションを作る頭髪をキラキラと輝かせていた。
    
   それと同じくらい、今を語る横顔に、孤独からくる陰が広がっている。
   
  「………そうですよね、連帯保証人や手術の同意書にも、本人以外のサインいりますもんね」
     
    身寄りのないお年寄りが増えてきた現代。
    保証人になる会社も増えてきたけれど、それはそれで様々な問題がある。
   
  「どんなに旦那との幸せな想い出があっても、老いた独り者に世間は厳しいのよ」

    私は、頷くしかなかった。
    ごま豆腐の一口目は、甘くて、冷たくて、すぐに溶けていった。
  
 「だからね、あんたも、好きな男がいたら精子を奪い取るくらいの気持ちで、乗っかりなさいよ?」
     
    二口目は、ちょっと吹いてしまったけど。

  「そ、そうですね。好きな人が出来たら、迷ってる暇はないですね、そうします」
   
    結婚して、子供が産まれて………、そしたら親に心配をかけなくて済む。
    
    わかってはいても、これぱっかりは縁だから。
 
    ごま豆腐を食べてしまうと、甘さのためか口の中がベタベタした。
     水が欲しいと思っていたら、

   「あの運転手のおにいさんも、一度、家庭を失ってるみたいだから、次は大事に壊れないようにすると思うけどね」
  
   「えっ」
  
     赤石さんが、今度はガムを差し出す。
 
   「ほら、歯磨きガム」
   
   「ありがとうございます。………岡田がバツイチって、そんな話、いつしたんですか?」
     
     受け取りながら、もやッとした。
     離婚歴あるなんて、蛯原さんも知らなかったのに。
   
  「いつだったっけ? あー、そうそう、あんたが鼻血大量に出す前だよ」
   
  「あ、あの時は大変お世話になりました」
  
  「私は、別に何もしてないよ、それより、ガム食べてスッキリしたら?」
    
    やけに赤石さんがすすめるので、そのガムを食べようと包みを開けてーー
    
    真っ赤。

   これ、絶対に唐辛子味のガムだ。
   
   私は、そっとガムをポケットに入れて、赤石さんに微笑んで見せた。
 
    赤石さんが、小さく舌打ちしたのを見逃さなかった。








 
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