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壁画調査隊(自称)

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84号遺跡に到着した翌日、調査団は飛空艇のありそうな遺跡の発掘のため、壁画のある地点から北側へ広がる砂漠の調査に乗り出した。
過去の傾向から、規模の大きな遺跡ほど地下に沈んでいるパターンが多いらしく、大抵は砂漠の砂に飲み込まれたものを掘り起こす作業が必要になるらしい。

セドリックを筆頭に遺跡研究者達はこの埋もれた遺跡を探すために早朝から周辺へと散らばり、手掛かりを求めて汗を流しているかと思うと本当に頭が下がる。
空調の利いた船内で窓の外を見てそんなことを考えていると、軽快な足音がこちらに近付いてくるのに気付く。

「待たせたわね、アンディ。こっちの準備は出来たわよ。早く行きましょう」
軽く跳ねるような足取りで俺の前に姿を現したのは、昨日のドレス姿から一変して、膝と肘の布に余裕を持たせた乗馬服のような恰好の上に日よけのマントを羽織ったエリーだった。

昨夜の食事の席での会話で俺が壁画を調べることをクヌテミアに言ったところ、エリーも一緒に付いてくると言い出し、それをクヌテミアがあっさりと許可してしまったのが、今俺の目の前にいるエリーの格好についての説明となる。
「本当に行くのか?クヌテミア様はああ言ったけど、やっぱり船で大人しく―」
「おバカっ!アンディが壁画の調査に行くんだから、隊長の私が船で待ってなんかいられないでしょ!」
おかしい、俺は至極真っ当なことを言ったのだが、バカ呼ばわりとはこれいかに。

「初耳だな。いつからお前が隊長になった?調査団の団長はセドリック殿だぞ」
「だから、全体の団長はセドリック殿だけど、私達壁画調査隊は私が隊長なのよ。何故なら私が昨夜設立したから!」
どういうわけか、いつの間にか俺はエリーが隊長の壁画調査隊とやらに組み込まれているらしい。
しかもどうやら隊員は俺たち二人だけのようだ。

言いたいことはあるが、いつまでもそのことを話していては進まないので、エリーが隊長で構わないのでとっとと壁画の調査に向かうことにする。
「わかったよ。お前が隊長だ。だからいつまでもふんぞり返ってないで、とっとと行くぞ」
「はーい!…あっ!違うでしょ!隊長は私なんだから私に続きなさい!」
歩き出した俺を押しのけるようにしてドタドタと駆けていくエリーの背中に微笑ましさを覚える。

船を降りた俺達へ野営地に残った人達から掛けられる挨拶に応えながら、岩が列を作る中を通って壁画の元へと向かう。
周りが高い岩に囲まれたこの壁画は、大体縦3メートル程、横10メートル弱の巨大なものだ。
丁度左右にそびえる岩が庇になっているおかげで、壁画の前は影が出来ており、これが紫外線から壁画を守っていたのだろう。

「ふんふん…ほうほう…なるほどー」
壁画の前に来てからエリーはその周りを調べてはしきりに唸るように声を上げているが、漏れ聞こえてくる言葉に内容がないことから、恐らく遺跡調査の真似事をしているだけだ。
楽しそうにしているからそれは別にいい。
俺も壁画を調べるのに集中できる。

エリーとは少し離れ、壁画全体を見れる位置に立つ。
文字のない絵だけのそれは、右に向かって時代が流れているのを表しているようで、一番左では洞窟に住んで槍を持つ人が原始の生活をうかがわせ、一番右では飛空艇と思われる空に浮かぶ船が無数に向かい合って描かれている。
これは恐らく戦争を描いているのだろう。
徐々に文明の発達していく様を見せられているようだが、右端に描かれている人はどれも怒りと悲しみに彩られた顔で描かれていた。

やはり世界が変わろうとも文明の発達で戦争が悲惨なものになっていくのはどこも同じようだ。
しかし、この壁画の丁度中央あたりに描かれているのは、まさに古代人の文明の中でも黄金時代と言えるもののようで、農耕と牧畜で最初の国が成り立ったのが読み取れる。
太陽を崇めるように大勢の人間が歓喜の表情で上を見上げる絵は、後に訪れる戦争の時代を誰一人として予想すらしていない、平和な時代だったようだ。

俺は別に歴史学者でも考古学をかじっていたわけでもない。
せいぜいテレビで世界の不思議を発見する番組を見ていたぐらいだ。
その程度の知識しかない俺だが、そんな俺でも簡単に読み解けるぐらいにこの壁画は分かりやすく描かれている。
これを調べた遺跡研究者がより詳しい情報を得ているのなら、今から俺が見ても新しい発見はないだろう。

ただ、歴史遺産的な見方をするならこの壁画はなかなか見栄えがいい。
辺鄙な場所に無ければ観光資源になりそうなぐらいだ。
こういうのを見ると、俺も遺跡の発掘に手を出してみようかと思えるぐらいにロマンを覚えた。

特に何か得るものを期待していたわけではなかったため、壁画を見るだけ見て堪能したところで、腰かけるのによさそうな岩を見つけ、そこに座りこむ。
チョロチョロと動き回っているエリーを眺めながら、彼女が飽きるのを待つことにする。
何が楽しいのか、壁画の周りを一生懸命調べつつ、徐々に壁画へと近付いていく姿は、なんだか犬がボールを探し回っている姿を連想させる。

どれくらいそうしていたのか、周囲の気温がいよいよもって人間に牙を剥き始めた頃、ようやくエリーが調査を切り上げて俺の方へ歩いて来た。
「もうこの壁画は調べることは無いわね。アンディ、お腹減ったでしょ。もうすぐ昼食時だし、帰りましょうか」
一端の研究者みたいなことを言うエリーだが、腹が減っているのは彼女の方だろうに、それを俺に被せようなどと隊長とはいったい何だったのか。

「いや、別に腹はまだもつから、もう少しゆっくりしてもいいぞ?ほら、あそこの岩なんか面白い形してるだろ。あれをじっくり眺めるのも悪くないな」
「そんなのどうでもいいから、早く帰るわよ!隊長はお腹が減ってるの!」
呑気に言う俺の言葉に乗せられて本音を暴かれたエリーだったが、あまりそのことを突くのもかわいそうなので、彼女の言う通り昼食を摂りに戻ることにした。

それにしてもエリーはこの遺跡調査に来てから王女というよりも年相応の少女らしい振る舞いをすることが多い。
それがいいか悪いかは俺には分からないが、城で会った時よりも笑ったり怒ったりといった感情の起伏を多く見るようになったのは悪いことではないはずだ。

考えてみれば、城にいる間はお稽古事や他の貴族等との付き合いなどもあって気の休まる暇はほとんどないのかもしれない。
俺が以前、ハリムから受けた依頼で城に通っていた時にエリーと一緒に遊んでいたのも、もしかしたら息抜きになっていたのだろうか。

遺跡調査も決して遊びではないが、城から出るという点ではいいリフレッシュにはなったはずで、目の前を歩くエリーの背中からは実にはつらつとしたものが伝わってくる。
王族の義務や責任というのも確かに大事だが、こうした体験をするのもきっと将来のエリーを形成する貴重な思い出となるはずだ。











84号遺跡に来て六日目。
遺跡の発見が容易なものではないと分かってはいるが、大まかな地図がある中で何の手掛かりも無いと言う状況が続くと、肉体的にも精神的にも疲れが溜まってくるものだ。
セドリック達遺跡研究者も連日の探索が芳しくないこともあって、一度大々的に探索範囲を見直そうかという話が持ち上がった頃、待ちわびた報告が齎された。

現在まで発掘されている遺跡の大半が砂に埋もれていたものだったため、今まで砂の下にあるものだ思い込んで探していたが、今回ばかりはその予想を外れ、壁画から少し離れた所にある岩場に遺跡の入り口が発見されたらしい。
それが件の博物館かはまだわからないが、他にそれらしいものも見当たらない以上、そこを調べるのが調査団として当然の仕事だろう。

報告があった翌日、俺はセドリック達に交ざって発見された遺跡の方へと足を運んだ。
見つかりたてほやほやの遺跡はどんな危険があるか分からないので、まずはセドリックを含めた数人が先行調査を行い、安全だと確認されたらクヌテミア達を呼んで遺跡の入り口を開放するという手順が取られる。
これにはエリーがまたしても同行したいと駄々をこねたが、流石にこればかりは我儘が通ることではないので、クヌテミアがエリーを引き取っていった。

到着した遺跡の入り口のある岩場だが、目の前にそびえるのは岩山と呼んで差し支えない大きさで、仮にこの岩山の内部に空洞があるとしたら飛空艇の十隻や二十隻は余裕で収容されていることだろう。
報告にあった遺跡の入り口は、岩肌に溶け込むようにして聳え、岩とも鉄とも違う素材の頑丈そうな扉が固く閉ざされていた。

「これだけの大きさのものが今まで見つからなかったとは不思議ですね。普通の調査では見落とされるものですか?」
ただ黙って立っているのも暇だったので、扉に取り付いて調べている研究者を監督しているセドリックに俺が感じた疑問を尋ねてみる。
84号遺跡は壁画だけの遺跡ではあるが、当然ながらその周辺の調査も行われていたはずだ。
にも関わらず、俺達が来たタイミングで見つかるとはどういうことなのか?

「いや、恐らくこの遺跡がこうして姿を見せたのは最近のことだろう。…こことあそこに何かの魔物が体をぶつけた跡がある」
セドリックの指さす先には、遺跡の脇に無造作に転がされた岩があり、その岩には確かに強い力で擦られた跡があった。
硬いもの同士がぶつかったというよりも、魔物が勢いをつけてぶつかった結果と言われた方が納得できる。

「元々遺跡を隠していた岩に魔物が何かのはずみで体をぶつけ、岩が崩れて遺跡の入り口が露出したというのがここにいる大半の者の意見だ」
周辺には確かに岩が何かの衝撃で散らばったというような光景が広がっており、彼らの意見は俺も同意したいところだ。

「団長、簡単にですが調査の結果が出ました」
セドリックと話していると、遺跡の入り口を調べていた者が報告に現れた。
俺も特に追い払われたりしなかったので、一緒になって話を聞く。

話をまとめると、扉と判断した部分のサンプル採取を試みたが、持ち合わせたどの刃物も工具類も一切歯がたたず、かといって開閉装置らしきものも見当たらないため、端的に言ってお手上げ状態だという。
「触ってみた感触では11号遺跡とバーヒリンガ渓谷遺跡の壁材に使われているものと似ている気がします」
「あの異様に硬いやつか。となると火魔術で焼き切るしかないが、それをするとなるとアインズ卿の助けが必要だな…」
「アインズ卿は今奥方があの状態ですからね。こちらまでご足労頂くのは難しいでしょう」

幾つか俺の知らない名前は出てきたが、要するに扉が頑丈過ぎて焼き切るしかないということだな。
それなら俺にいい手がある。
「セドリック殿、お話の所失礼します。どうやら扉を焼き切るのに難儀なさっておられる様で。よろしければその役目、自分が承りますがいかがでしょう?」
「アンディ殿が?もしや、火魔術を使えるのか?」
「いえ、そうではありませんが、俺は別の魔術で似たようなことが出来ますので、きっと満足のいく結果をお見せできるかと」
「ふぅむ…、まぁ他に手立ても無いことだしな。よし、わかった。遺跡への扉を開放する役目を君にお願いしよう」

というわけで、俺は遺跡の扉を開く役目をセドリックに与えられたが、だからといってすぐに取り掛かるというわけではない。
これは調査が目的であることから、まずは野営地と飛空艇をこの近辺へと移動させ、改めて野営地を設営し直してから、遺跡開放の準備をしてから作業に取り掛かることになる。
そのため、諸々の準備が終わらせるのに丸一日使うことになり、遺跡の内部のお披露目は明日に持ち越されることになった。

正直、慎重過ぎると思わないでもないが、セドリックはこの調査団の代表であり、同行している王族の身の安全も考えねばならない立場だ。
慎重だとは思っても臆病だとは微塵も思わない。
彼の判断は実に理にかなっており正しい。
そのセドリックが明日以降にと遺跡開放を伸ばしたのだから、俺もそれに異はない。
明日の作業に備えてこの日は早めに眠りについた。

そして明けた翌日、俺は大勢の人間に背中を見守られながら、単身で遺跡の扉へと向かい合っている。
ここには遺跡開放の瞬間を見ようとクヌテミアとエリーも居合わせており、俺から大分距離を置いてこちらの様子を窺っていた。
セドリック達遺跡研究者は遺跡の扉の左右に陣取っており、俺が遺跡を解放するのを今か今かと待ちわびている。

まずは遺跡の扉に手を触れてみた。
聞いていた通り、岩とも鉄とも違う、あるいは両方とも取れる不思議な材質が使われている。
この材質一つとっても古代文明の技術がどれだけ進んでいたのかが分かるというものだ。

これら不思議な素材で作られた扉は研究材料としては非常に面白いものだが、そもそも今の技術では完全に解析できないため、特に完全な形で残す必要はなく、内部に進入するために焼き切っても問題はないそうだ。

念の為開閉する機構が無いか確かめてみたが、鍵穴も無くカードキーを挿すスリットも無い、恐らく静脈認証か指紋認証といった生体センサーの類の鍵だろうとの推測が立っただけだ。
現に扉の近くに不自然に人の手型が彫り込まれたレリーフのようなものがあったが、手を宛がってみても反応はなかったので、やはり正攻法での開閉は難しいようだ。

ここは力技で開けた方が手っ取り早いと思い、人差し指と中指を揃えて立てた二本の指の先に、雷魔術で極小のプラズマを生み出していく。
直視したら目がやられるので、昨夜のうちに用意しておいた黒く染めた薄布を顔の前に垂らす。
これで完全に光を遮断できるわけではないが、強烈な光をある程度和らげてくれるはずだ。

布越しに激しい発光が何度か瞬き、魔力量と発動範囲を感覚で調整して安定させたところで、プラズマを宿した指先をそっと目の前の扉へと押し付ける。
甲高い回転音に似た大音量が辺りに響くと同時に、俺の指が触れた場所から火花が飛び散り始める。
はっきり言ってかなり耳障りな音と目が眩むほどの光は、備えなしに臨むには厳しかったことだろう。

「アンディ殿!大丈夫か!?」
日常では見られない光景に、セドリックが俺の身を案じて大声で話しかけてくる。
傍目には扉から噴き出している火の粉に俺が炙られているように見えるが、実際は大して熱さを感じない。
厚手のマントを二枚重ね着して火花を防いでいるからだ。

「大丈夫です!今扉を焼き切っている最中ですので、誰も近寄らないように!それと耳も塞いでおいた方がいいですよ!」
返す俺の言葉も大きくなるのは、扉を焼き切っているせいで発生する爆音のせいだ。
俺の忠告を聞く前に、既に扉の周りにいた人達は耳を塞いでおり、それを見た他の人達もそれに習って耳を塞いでいた。

俺が使っている指先にプラズマを発生させる魔術は、現代日本でのプラズマカッターの性能を劣化しながらもある程度再現できているため、多少時間はかかっているが順調に扉の素材を切断していく。
まぁ劣化プラズマカッターゆけか、焼き切った痕には毛玉のように溶けた扉の素材が纏わりついているのはご愛敬だとしておこう。

完全な原型を留める必要はないとはいえ、この扉も貴重な資料となるため、あまり派手に材質の消失を起こすわけにもいかず、こうして丁寧な処置をしているのだ。
消費の激しい雷魔術を小規模ながら発動させたまま維持し、それを長時間行うというのは精神的にかなりの疲労を覚える。

ようやく人が通れるだけの大きさの切断痕を刻むことが出来、あとは強く押すだけで向こう側に倒れるという段階で作業を終了させた。
押すだけとはいっても、切断痕はまだ溶けた扉の素材が残っているので、実際に向こう側に扉を押し出すのはかなりの力が必要だが、木材でも使って大勢が一斉に押し出せば開くと思われる。

「アンディ殿、終わったのか?」
轟音が止んだところで、団の代表として進捗を見る立場にあるセドリックが真っ先に尋ねてくる。
「ええ、後はここの部分に向こう側へと倒れるように力を加えれば穴は空きます。扉の向こうの状況が分からないので、慎重に作業を行うのがいいでしょう」
ここが博物館が遺跡化したものなら、展示品を守るための防犯装置ぐらいはあるはずだ。
それが現在まで動いているかは分からないが、飛空艇が普通に動いているのだから長い年月を置いても機能は失われていないと考えた方がいい。

「わかった。ここからは我々の仕事だ。君は下がって休んだ方がいい。見たところ、かなり魔力を使ったように思えるぞ」
どうやら他から見ても俺が魔力不足である状態は容易に推測できるようで、休息を勧められた。
実際かなりの魔力を短時間で失ったため、軽い倦怠感を覚えているぐらいだ。
強がることもなく、遠慮なく俺は後方に下がらせてもらう。

扉から離れる俺と入れ替わるように、研究者達が早速扉の調査と開放の作業に取り掛かっていく。
「アンディ!こっちこっち!」
俺を呼ぶエリーの声に誘われ、そちらの方へ向かうと、日除けの天幕の下で中々豪奢な椅子に座って微笑むクヌテミアと、椅子から立ち上がってこちらへ手を振っているエリーの姿が見えた。

「お疲れ、アンディ。ここ座っていいわよ」
エリーとクヌテミアが座る長椅子の近くに置かれたシンプルな椅子を俺に勧めてくるエリー。
一応この場の最上位者であるクヌテミアに目線を送って確認してみると、微笑みながら頷いて来たので、有り難く椅子を使わせてもらうことにした。
ここは日陰になっているおかげで多少は涼しさを感じられて幾分過ごしやすい。

近くに控えていた王族付きのメイドが用意してくれた飲み物を受け取り、すぐさま口元へとカップを運んで喉を潤す。
一仕事終えた後の冷茶は実にうまい。

「ねぇねぇ、アンディ。さっき聞こえてた凄い音ってアンディが魔術で扉を壊してた音なんでしょ?どうやったのか見せてよ」
「壊したとは人聞きの悪い。少し強引に開けただけだよ。…見せるったって、あの時使ったのは結構強い光を出す魔術なんだ。直視したら目が使い物にならなくなるぞ」
「そんなに?でもちょっとだけなら…」
脅しの言葉にもエリーの好奇心は挫かれないようで、なおも俺に劣化プラズマカッターの披露をねだる気でいる。

「エリー、いけません。アンディ殿が危険だと言っているのだから、あなたも聞き分けなさい」
「はーい…」
流石に母親であり王妃でもあるクヌテミアからのやや強めの言葉を受けて、若干しょんぼりしながらクヌテミアの横に腰かけようとした次の瞬間、遺跡の扉のある方から大声が上がった。

―退避!退避だ!
―離れろ!機材も構うな!
切羽詰まったように叫ぶ声に少し遅れて、ボンッという爆発音に似た音が辺りに響き渡る。

隣の長椅子に座っていたクヌテミアとエリーの身の安全を確保するため、反射的に彼女らの座る長椅子の背もたれに手をかけ、力いっぱいに後ろへと引き倒す。
「何事です―かぁ!?」
「きゃあっ!」
すると先程の爆発音に気を取られていたクヌテミア達はそのまま後転させられるようにして地面に身を投げ出され、それを追うようにして倒された椅子がそのまま彼女たちを守る防壁となった。

「殿下方を中心に固まれ!第二波を警戒しろ!」
俺の声にすぐさま反応したのは何人かいるメイドの内の3名で、すぐに倒れているクヌテミアとエリーに覆いかぶさるようにして2名が動き、残りの1名がクヌテミア達を爆発音のあった方向から遮るようにしてその身を盾にする。
俺も音の方向に意識を向けながら、周囲にも気を配る。

この3名のメイドはクヌテミア達の護衛を兼ねていたようで、ここまでの動きは実に洗練されていて無駄がない。
明らかに要人警護の訓練をその身に沁み込むまで訓練した人間だと分かる。
彼女らがそうだとは俺は知らなかったが、王族の護衛を調査団に遂行する人員だけで務めるというのは考えにくい事だったため、恐らくメイドに手練れの護衛が混ざっていると推測していたが、思った通りだった。

咄嗟のことに見事に反応して見せ、しかも王族を守るために身を投げ出すのに躊躇が欠片も見られない。
忠誠心の高さと恐怖をものともしないその姿は近衛騎士のそれと似ていると思った。
もしかしたら、彼女達は女性王族の護衛を専任している人間なのかもしれない。
となればクヌテミア達は彼女達に任せて、俺は別のことに意識を割く。

あの爆発音が何だったのかわからないが、考えられる可能性は二つ。
一つは王族暗殺を企てた何者かによる陽動。
あの爆発に意識を集め、その間にクヌテミア達を殺害するのなら上手い手だったと褒めてやってもいい。
だが残念ながら俺を始めとした護衛が暗殺の隙を作らせなかったため、せいぜいタイミングと運の悪さを悔やんでもらいたいものだ。

もう一つの可能性だが、どちらかと言うと俺はこちらの可能性の方が高いと思っている。
それは―
「殿下ー!」
このセドリックが答えを持ってきてくれることだろう。
警戒する俺達に近付いて来たセドリックに何があったのか尋ねる。

「アンディ殿が焼き切った扉を調べていたのだが、急にそこにヒビが入ったと思ったらあっというまに内側へと破裂するように吸い込まれていったのだ。あの破裂音はそのせいだ。その後、君が大声を上げたのに気付き、見ると殿下方の姿がないのに気付いてこうやって駆けつけたわけだ。殿下方はどちらに?先程の音で驚かれて怪我でもされたか?」
「あちらです。爆発音が殿下方の身の安全を脅かすものである可能性への対処行動で、あのような状況になっています」
セドリックの尋ねる声に応えるように、折り重なっていた護衛のメイドが安全だと判断したようで、すぐにクヌテミア達の上からその身を引き、怪我が無いかを尋ねている。

俺とセドリックが見つめる先では、メイドがクヌテミアとエリーの状態を軽く診断し、こちらへ顔を向けて頷く。
怪我がないと分かってホッと安堵の息をつくセドリックだが、俺もあの時は緊急事態だと思って行動に出たため、クヌテミア達の怪我を把握することは出来なかった。

多少ふらつきながら立ち上がったクヌテミアがこちらへと歩いて来たので、セドリックが膝を付き、それに習って俺も同じ体勢を取り、目の前にクヌテミアが来たところで口を開く。
「殿下、火急のこととはいえ、手荒な手段となった無礼をお許しください」
いきなり椅子を後ろに倒されて、しかも人に乗っかられるという目に遭えば、誰だっていい気分はしない。
危険に備えてのこととはいえ、王族を地面に放り出すことをしてしまったことに関しては、謝っておいた方がいい。

「いいえ、アンディ殿の取られた手はあの場では正しいものでしたよ。むしろ、専任の護衛ではないあなたがあのような咄嗟の行動に出たことに感心しております。ダンガ勲章を与えられた者の働きに相応しいものでした」
だがそこは流石王族、暗殺の際に護衛の取る行動の意味と重要さを理解しているようで、逆に俺を褒めてくる。
王族として護衛される義務をクヌテミアが正しく理解しているのは有難い。

クヌテミアとエリーが揃ったところで、セドリックから先程起きたことの顛末が語られる。
俺は既に一度聞いていたが、クヌテミア達が混ざると説明はより分かりやすく噛み砕いたものになる。
「つまり、遺跡の扉が突然崩壊して、直後に爆発が起きたと」
「はっ。怪我人は出ませんでしたが、殿下方の天幕で何やら騒ぎがあったと判断し、こちらへ参りました」

「そうでしたか。こちらの騒ぎはアンディ殿が警護行動に出た際のものでしたから。…扉が開いたのならばすぐにでも内部の調査に乗り出すのでしょう?」
「いえ、爆発が起きた原因が分かっていない現状では、不用意に踏み込むのは危険と判断し、まずは扉周辺を詳しく調べてからとなります。安全が確認でき次第、殿下には遺跡の開放と調査の指揮を執っていただきたく」
セドリックがいう調査とは、恐らく扉にトラップが仕掛けられていないかを調べるためだろう。
明らかに人の手で扉を開けようとした時に爆発が起きたのだから、それを気にするのも当然だ。

ただ、先ほどの爆発を思い返すと、どうも侵入者対策のトラップの類だとは思えない。
怪我人が出ていないことと、切断した扉が内側へ向けて爆発したというセドリックの言葉から、恐らくだが内部が減圧されていた所に穴が出来たことで外部との圧力差が急激に縮まった為に起きた事故だったと考えられる。

ここが博物館だとしたら、内部の展示品を守るために、いざという時に内圧を変える機構というのを備えていた可能性は十分に考えられる。
内圧を低くすることによって扉や通気口などの気密をさらにしっかりとしたものにできるため、内部は風化から守られるし、気圧差で扉が開けないおかげで侵入されることも無い。
そして、古代文明の技術力の高さなら、その減圧された内部の状態を長い年月維持していたとしても不思議はない。

なにせこの世界には魔力と言う非常に汎用性に富んだエネルギーがあるのだから、それを利用していた古代文明なら貴重な歴史的資料を保管する博物館にはそれなりの設備も備えていたことだろう。
これらの情報から、それだけの設備があるということが、逆説的にここが件の博物館だということもほぼ決定付けられる。

「わかりました。くれぐれも怪我の無いように、気を付けて調査なさって下さいね」
「はっ。細心の注意を払います。では、私はこれで。…アンディ殿、殿下方の警護を引き続き頼むぞ。こちらも気を付けるが、何かないとも限らん」
「ええ、そのつもりです。幸いこちらには優秀な護衛がおりますので、ご安心ください」

チラリと先程の動きのよかったメイド達に目を向けると、真剣さが滲んだ顔で頷きを返しくて来る。
非常に頼もしいのだが、先程から俺の指揮下に入っているような感じに振る舞っているのは一体なぜなのか。
「…そのようだ。ではな」
セドリックも俺と彼女達を見やり、大きく頷くと遺跡の方へと向かって行った。

残された俺達は天幕とその周囲に散らばった品を集め直し、今より少し遺跡から距離を離して天幕を張り直すと椅子を元のように配置し、クヌテミア達が過ごしやすいようにメイドたちが場を整えていく。
「もぉ~!なんでいきなりああいうことするのよ!せめて一言言ってからやってよね!」
「いや、ああいう時はそれを言う暇も惜しいんだよ。それに、何もなかったんだからいい練習になっただろ?お前も王族ならああいうことがあるって心構えを持ってた方がいいぞ」

俺と護衛のメイド3人が天幕が整う間の護衛としてクヌテミア達の傍に控えていると、先程のことでエリーが文句を言ってくる。
クヌテミアがちゃんと俺の行動についての説明はしてくれたのだが、それでも驚かされたのには言いたいこともあるようだ。

そんなエリーを適当にあしらっていると、天幕の準備が出来たようで、メイドの一人が話しかけてきた。
「殿下、天幕が整いましたのでそちらへお越しください」
「わかりました。エリー、行きますよ」
「…はーい。今はこのぐらいで勘弁してあげる。お母様に救われたわね」
なんという悪役感。
捨て台詞のおまけ付きとはサービスがいいお姫様だ。

「こら、エリー。まだそんなこと言ってるの?さっきも言ったけど、アンディ殿の行動は―」
「あ、あぁーなんだか喉が渇いたなぁー。お茶頂戴ー!」
説教が始まると思ったのか、エリーは実に分かりやすい言い訳を残して天幕の方へとヌルリとした滑らかな脚運びで去っていった。
後に残った俺達は、それを見て思わず笑みが漏れる。

入り口の調査が終われば、いよいよ飛空艇を求めて博物館内部へと侵入することになる。
俺もセドリック達と一緒に内部へと進むつもりだが、エリーが付いてこないように気を付けなければならない。
王族らしくクヌテミアと一緒に守られていればいいのだが、このお姫様はとにかくちょろちょろと動き回るので注意しておかねば。
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