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ゆっくりでいい①
しおりを挟む『花祭り』から数日後。
お父様の執務室に呼ばれた私は執事と共に向かった。入るとお父様は執務机に座って待っていて、漸くグレン様との婚約解消が受理されたと告げられた。元々はグレン様からの強い反対で話が進まなかっただけで『花祭り』が終わったと同時にグレン様からの気配が消えた。ずっと手紙を送っていたのになくなり、急な訪問もなくなった。やっぱり広場でのやり取りが決定打だったのだ。
シュタイン公爵家とは今後も魔法技術の提供は続ける、但し、私とグレン様の接触は公の場以外では禁じられた。
「グレン様はクリスタベル殿下と婚約するのでしょうか?」
「知っていたのか?」
「お姉様達に色々と聞きました」
「そうか。ふむ……ここだけの話、クリスタベル殿下は暫くの間療養が決まった」
「え?」
詳しく話を聞くと『花祭り』から、ハチミツ塗れになって王城に戻ったクリスタベル殿下と三人の護衛は、外に出ると必ず虫に追われているとか。確かカレンデュラ様が妖精のミツバチ達が作るハチミツは虫の大好物だと話していた。香りも湯浴みをしても暫くは取れないとも。心当たりをお父様に言うと溜め息を吐かれた。妖精印のハチミツはカラー家で大絶賛だったものの、体に掛かると虫嫌いの人からすると恐ろしい効果を発揮する。お父様もちょっと虫が苦手だったりする。
「危険な虫にまで追われるんだ。虫嫌いな殿下はさぞ震えているだろう」
「護衛の方々は」
「仕事にならんと此方も休職扱いとなった。追い掛けて来るのは虫だけじゃないんだ」
「何に追い掛け……魔物ですか?」
「王都に魔物は入って来ない。追い掛けて来るのは男だ」
更に恐ろしい事にハチミツの香りに当てられた男性にも追い掛けられるとか。クリスタベル殿下が閉じ籠る部屋に入れるのは侍女のみ。護衛騎士達は……考えないでおこう。自分が思っていた以上に悲惨であるがグレン様はどうしているのか訊いてみた。こうなると二人の婚約は難しいのでは。
「グレン殿か。どんな気の変わり方をしたのか知らんが部屋から出て来ないクリスタベル殿下に求婚しているとシュタイン公爵から聞かされた」
「……」
婚約解消の話を出してからの彼は何だったの……? 突然変わってしまったグレン様に大いに戸惑ったのはシュタイン公爵様達だろう。私の事なんて頭から抜け落ち、会いに行っても会ってくれないクリスタベル殿下へ狂おしい程の愛の告白を扉の前で叫んでいるらしい。
とにもかくにも、もう婚約は解消され他人となった。私がこれ以上グレン様を気にしても仕方ない。ベルローズ公爵家からカリアス様との婚約の話が来ていると言われるが今はゆっくりしたらいいと言うお父様の言葉に甘えた。
執務室を出て私室ではなくお姉様の部屋に行った。中に入れてくれた私にお姉様は困った顔をした。
「お父様に呼ばれていたのでしょう?」
「グレン様とは正式に婚約を解消したと。ただ……」
「グレン様の現状を聞いたのね?」
お姉様の問い掛けに頷いた。
お姉様はロードナイト殿下から聞いており、豹変したグレン様を心配されている。
「……やめておきましょう。考えてもグレン様にしか分からないわ」
「はい……」
「…………多分カリアス様ね」
「お姉様?」
何か言ったようなお姉様に小首を傾げるも何でもないわと誤魔化され話は終わった。
「カリアス様とはどうするの?」
「お父様はゆっくりしたらいいと」
「そうね、お父様の言葉に甘えなさい」
「はい」
この後は使用人に運ばせたお茶やお菓子をお姉様と楽しんだ。
私室に戻った私はふと、机に目を向けた。送っても素っ気ない返事しかくれないグレン様に手紙を書く機会もない。沢山ある便箋や封筒はグレン様が好きな色や柄を重視して選んできた。引き出しから一式を取り出し、隅に控える侍女に渡した。
「私にはもう不要だから、貴女が使って。他に欲しい人がいたら渡してちょうだい」
「よろしいのですか?」
「ええ。グレン様の事をキッパリと忘れたいの」
「分かりました」
一式を受け取った侍女には『花祭り』で買ったハンカチを渡している。喜んでもらえて良かった、お父様やお義母様、お姉様にも喜んでもらえた。
一人になった部屋で考えるのはカリアス様。
「ちゃんと考えよう」
私なりに。
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