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プロポーズ
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あ-―――。
ドキドキした。
まだ嫌な緊張で口から心臓出そう。
座っていたからよかったものの、膝もまだガックガク震えてるし。
「…お疲れ」
いつの間にか高嶺くんが、さっき座っていた席から飲み物を持ってきてくれた。
「あ、ありがとう」
温かかったカフェモカはとっくに冷めてしまっていたけれど、カラカラの喉には逆に飲みやすくてありがたい。
一気に飲み干し、人心地ついてから気づいた。
「あっ!」
「…何だよ?」
「私、結局自己紹介すらしてない」
「気にするとこそこかよ」
高嶺くんもかなり疲れているらしく、コーヒーを一口飲むと、大きなため息をついて、こめかみの辺りを強く撫でている。
「悪かったな。何も知らせずに連れてきて」
「う、ううん。びっくりしなかったと言えば嘘になるけど」
正直、私も、もし高嶺くんのお母さんが自分のお母さんだったら、何て説明していいか分からなかったと思うし。
それに、会わせて欲しいと頼んだのは他でもない私だ。
「…あの女の言うとおりだな。俺は、ワガママで自己中で、人の気持ちが分からない。いや、分かってても敢えて今回みたいなことをするんだ」
「…家族になるから、ありのままのお母さんに会わせてくれたんでしょう?」
尋ねると、ずっと険しい顔をしていた高嶺くんが、自嘲気味に笑った。
「そうだけど、そうじゃない」
しばらく待っても続きを語ろうとしない高嶺くんに、「カフェを出よう」と促し、駐車場に向かった。
車に戻ると、高嶺くんはエンジンだけかけて、やっと話し始めた。
「俺の母親がどんな人間であっても…静花が俺への態度を変えないことは分かってたんだ」
体内溜まった毒を吐き出すような、苦しげな声に、ただ、黙って耳を傾ける。
「敢えて言わなかったのは、打算だ。それも、限りなく無意識に近い」
限りなく無意識に近い打算…?
言ってることが難し過ぎて、理解できない。
顔に出ていたのか、高嶺くんが私の頭を撫でくりまわしながら、少しだけ柔らかくなった口調で続けた。
「俺自身、『予め知らせたら静花がビビる』から言わないんだと思ってた」
実際そうなんじゃないの?
だって、『普通に呼び出しても来ないから、母親好みの男になりすましておびき出す』なんて言われたら、ノミの心臓しか持ち合わせていない私は、絶対今日ここに来ていない。
「…だけど、本当は違った。何も知らせずに会わせた方が、よりショックが大きいだろう?わざと情報を与えず、最悪なシチュエーションで会わせて、静花の同情を最大限に煽り上げれば、今よりもっと確実に、俺から離れて行かなくなる。無意識に、そう考えたんだ」
一息に言い終えると、高嶺くんは私の頭から手を離して、ハンドルに突っ伏した。
「あー…よりによって一番言われたくい人間に指摘されて気づくとか。しかもソコがあの女にそっくりなんて。本っっっ当に気分悪い」
それであんなにダメージ受けてたのか…。
「…どんなお母さんだったの?」
「今も、静花がもっと同情すればいいと思ってるけど、言っていいのか?」
「それ、当の本人に言っちゃってる時点で全然打算的じゃないよ」
「それもそうだな」と顔を見合わせて笑い、やっと車内の空気が軽くなったのは束の間。
「勝手に産んどいて、ある程度手が離れたら、ほぼネグレクトだよ。お陰で俺は物心ついたときから親に誕生日を祝ってもらったことがない」
ああ、それで─
脳裏に浮かんだ幼い高嶺くんの、孤独な姿に胸が潰れそうになって。
気づけば、助手席から身を乗り出し、目の前にいる高嶺くんの頭を抱え込むようにして抱きしめていた。
「これからは、私がお祝いする、毎年必ず!一生…高嶺くんがおじいちゃんになっても!!」
「…うーわ。もしかして。俺、今静花にプロポーズされた?同情効果テキメン過ぎ」
「同情もあるのかもしれないけど、私がそうしたいの。そうさせて」
「静花が指輪決めないからまだ俺もちゃんと言ってないのに。静花の癖に先こすなよ」
文句を言いながらも、私の腰のあたりに回されていただけの高嶺くんの両腕に、じわじわと力が込められた。
「…でも、悪くないから一生祝わせてやる」
ドキドキした。
まだ嫌な緊張で口から心臓出そう。
座っていたからよかったものの、膝もまだガックガク震えてるし。
「…お疲れ」
いつの間にか高嶺くんが、さっき座っていた席から飲み物を持ってきてくれた。
「あ、ありがとう」
温かかったカフェモカはとっくに冷めてしまっていたけれど、カラカラの喉には逆に飲みやすくてありがたい。
一気に飲み干し、人心地ついてから気づいた。
「あっ!」
「…何だよ?」
「私、結局自己紹介すらしてない」
「気にするとこそこかよ」
高嶺くんもかなり疲れているらしく、コーヒーを一口飲むと、大きなため息をついて、こめかみの辺りを強く撫でている。
「悪かったな。何も知らせずに連れてきて」
「う、ううん。びっくりしなかったと言えば嘘になるけど」
正直、私も、もし高嶺くんのお母さんが自分のお母さんだったら、何て説明していいか分からなかったと思うし。
それに、会わせて欲しいと頼んだのは他でもない私だ。
「…あの女の言うとおりだな。俺は、ワガママで自己中で、人の気持ちが分からない。いや、分かってても敢えて今回みたいなことをするんだ」
「…家族になるから、ありのままのお母さんに会わせてくれたんでしょう?」
尋ねると、ずっと険しい顔をしていた高嶺くんが、自嘲気味に笑った。
「そうだけど、そうじゃない」
しばらく待っても続きを語ろうとしない高嶺くんに、「カフェを出よう」と促し、駐車場に向かった。
車に戻ると、高嶺くんはエンジンだけかけて、やっと話し始めた。
「俺の母親がどんな人間であっても…静花が俺への態度を変えないことは分かってたんだ」
体内溜まった毒を吐き出すような、苦しげな声に、ただ、黙って耳を傾ける。
「敢えて言わなかったのは、打算だ。それも、限りなく無意識に近い」
限りなく無意識に近い打算…?
言ってることが難し過ぎて、理解できない。
顔に出ていたのか、高嶺くんが私の頭を撫でくりまわしながら、少しだけ柔らかくなった口調で続けた。
「俺自身、『予め知らせたら静花がビビる』から言わないんだと思ってた」
実際そうなんじゃないの?
だって、『普通に呼び出しても来ないから、母親好みの男になりすましておびき出す』なんて言われたら、ノミの心臓しか持ち合わせていない私は、絶対今日ここに来ていない。
「…だけど、本当は違った。何も知らせずに会わせた方が、よりショックが大きいだろう?わざと情報を与えず、最悪なシチュエーションで会わせて、静花の同情を最大限に煽り上げれば、今よりもっと確実に、俺から離れて行かなくなる。無意識に、そう考えたんだ」
一息に言い終えると、高嶺くんは私の頭から手を離して、ハンドルに突っ伏した。
「あー…よりによって一番言われたくい人間に指摘されて気づくとか。しかもソコがあの女にそっくりなんて。本っっっ当に気分悪い」
それであんなにダメージ受けてたのか…。
「…どんなお母さんだったの?」
「今も、静花がもっと同情すればいいと思ってるけど、言っていいのか?」
「それ、当の本人に言っちゃってる時点で全然打算的じゃないよ」
「それもそうだな」と顔を見合わせて笑い、やっと車内の空気が軽くなったのは束の間。
「勝手に産んどいて、ある程度手が離れたら、ほぼネグレクトだよ。お陰で俺は物心ついたときから親に誕生日を祝ってもらったことがない」
ああ、それで─
脳裏に浮かんだ幼い高嶺くんの、孤独な姿に胸が潰れそうになって。
気づけば、助手席から身を乗り出し、目の前にいる高嶺くんの頭を抱え込むようにして抱きしめていた。
「これからは、私がお祝いする、毎年必ず!一生…高嶺くんがおじいちゃんになっても!!」
「…うーわ。もしかして。俺、今静花にプロポーズされた?同情効果テキメン過ぎ」
「同情もあるのかもしれないけど、私がそうしたいの。そうさせて」
「静花が指輪決めないからまだ俺もちゃんと言ってないのに。静花の癖に先こすなよ」
文句を言いながらも、私の腰のあたりに回されていただけの高嶺くんの両腕に、じわじわと力が込められた。
「…でも、悪くないから一生祝わせてやる」
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