105 / 169
乙女ゲームの世界
亮と歩の出会い (日華視点)
しおりを挟む
夕暮れ時。
俺は彩華ちゃんを連れて別荘へ戻ると、花蓮から事情を聴いたであろう、歩が冷たい笑みを浮かべ玄関前に佇んでいた。
ビクビクと怯える彩華ちゃんをそっと歩へ預けると、泣きそうな表情で俺を見る。
彼女へ頑張ってと励まし別荘を離れ海の方へ向かうと、心地よい波の音が耳に届く。
日が暮れ、月明かりに照らされた薄暗い砂浜を歩いて行くと、俺はふと波打ち際で立ち止まった。
徐に空を見上げると、赤紫色の空にがポツポツと星が輝き、夜空に散らばり始めている。
そんな光景を仰ぎ見ていると、後方から砂浜を踏みしめる音が聞こえた。
徐に振り返ると、そこにはカーディガンを羽織った彩華ちゃんの姿が目に映る。
彼女は海風に靡く髪を抑えながら、優しい笑みを浮かべ俺の方へ歩いてきていた。
「日華先輩、今日はありがとうございました。きちんとお礼を言えていなかったので……」
「あぁ、気にしないで。それよりも、あまり心配を掛けさせないでね。まぁもう歩に、口酸っぱく言われたかな?」
彼女は俺の言葉に気まずげに視線を下すと、すみませんと小さく呟いた。
さざ波の音が響く中、項垂れた様子の彼女はそっと顔を上げた。
その姿は弱い月明かりに照らされ、艶やかに映る。
俺は目を逸らすこともできず、只々彼女を見つめている中、彼女は徐に口を開いた。
「日華先輩は、本当にお兄様と仲が良いんですね」
「そうだねぇ~、初等部からの付き合いだからかな」
「そんな前からだったんですね……。お兄様はあまり自分の事を話さないから知りませんでした」
彼女はどこか儚げな表情を浮かべると、そっと蒼い海へと視線を向ける。
「日華先輩とお兄様との出会いはどんな感じだったんですか?」
歩との出会いか……。
俺は過去を思い起こす様に顔を上げると、口を開いた。
忘れもしないあの事件後、俺は歩のいる学園へと転校した。
もう同じ失敗をしないように細心の注意を払って、俺は慎重に人間の輪に入って行く中、そのクラスには一人だけ浮いた存在がいたんだ。
他の生徒達と混じることをせず、いつも教室で一人。
虐められているとか、嫌われているとか、そういった様子じゃなくて……いつも冷めた瞳を浮かべていた。
その少年が歩だったんだ。
徐々に学園へ馴染んでくる中、俺はいつも歩の様子が気になっていた。
今まで見てきた人間は、群れを好み、群れから外れた者は忌み嫌われる……。
でも彼にそんな様子はなかった。
皆なぜか遠巻きに見ている、只それだけだった。
最初は只の興味本位だったんだ。
いつも教室で一人でいる彼に、一緒に遊ぼうと声をかけてみた。
すると歩は俺を一瞥すると、僕はいいよと断られてしまったんだよね。
それから何度も何度も、しつこいぐらいに彼に声をかけたんだ。
断られ続ける毎日だったけど、いつしか彼ともっと話をしてみたいと思うようになった。
だから俺は何かにつけて歩にまとわりついて、歩はそんな俺を鬱陶しいそうにしていたのは、懐かしいなぁ。
あれ……今も変わらないのかな……。
俺は日課のように歩に声を掛けに行ったんだ。
いつも断りを口にする歩に、俺はずっと疑問に思っていた事を問いかけたんだ。
「なぁ、なんで一条はみんなと遊ばないんだ?みんなと居るほうが楽しいぜ!」
そう歩の前に乗り出してみると、いつも視線を会わせることない彼が顔を上げた。
「お前は楽しいのか?」
率直なその言葉に、俺は言葉を詰まらせると、何も答えることができなかった。
だって俺は人間と仲良くなるために、人間の輪に入って……楽しいなんて考えた事はなかった。
皆の話に合わせて、相槌を打って……ニコニコ笑顔を作って……そうしないと俺が人間になれないから。
歩は押し黙る俺の様子を一瞥すると、静かに俺の前から去っていった。
楽しいって何だろうか……。
俺が人間に交じる事は、義務みたいなものだと思っていた。
モヤモヤとする気持ちのまま、俺は只々歩の背中を眺めていた。
そんなある日、俺は日直で遅くまで教室に残っていた。
黒板を掃除し、生徒達の声が少なくなる学園で、ふと違和感を感じた。
俺はその場で立ち止まると、胸からこみ上げた覚えのある感覚に、咄嗟に蹲った。
嘘だろう……。
今日は満月じゃないはずなのに……、どうして……。
耳と尻尾が出てきそうな感覚を必死に抑え込んでいると、どんどん胸が苦しくなっていく。
息が荒くなり、冷や汗を感じる中、突然ガラガラと教室の扉が開いた。
その拍子に思わず頭上の耳が飛び出すと、俺は慌てて身を潜めた。
敏感になった耳に大きな足音が響く中、俺はガクガクと身を震わせていたんだ。
あぁ……また……化け物だと……、騒ぎになってしまう。
絶望する中、俺の傍で足音が止まると、突然首根っこを掴まれた。
「……ちょうどいい、日華手伝え」
聞き覚えのある声に俺は恐々顔を上げると、そこにはいつもの歩の姿があった。
「えっ……、おう……」
歩は机の上にプリントを何枚も置いていくと、俺にホッチキスを手渡す。
「俺がプリントを束ねるから、お前は一つ一つホッチキスで留めて、そこに30部ずつ分けてくれ」
呆然とする中、歩はプリントをまとめていくと、俺に手渡していく。
獣耳をそのままに俺は歩から渡されるプリントの束を、ホッチキスで留めていった。
あれ……、いやいや……!
「ちょっと待て、歩!」
「何だ?時間がないんだ、さっさとやってくれ」
「いやいや、その前に何か言う事はないのか……?その……俺の……」
「うん?その耳の事か?まぁ人の趣味はそれぞれだろう……僕がとやかく言う事じゃない」
「はぁ!?違う、違う!!これはコスプレじゃないよ!!」
歩は俺の声に手を止めると、徐に顔を上げた。
じっと見据えるように俺の傍へ寄ってきたかと思うと……歩は思いっ切り耳を引っ張ったんだ。
「イタタタタッ、痛いっ!」
俺は歩の手を必死に外そうとしたんだけど、歩は俺の手を振り払うと、無表情で引っ張り続ける。
痛みに半泣き状態になっていると、ようやく俺の耳は、歩の手から解放された。
「ほう……本物のようだな。まぁいいんじゃないか」
歩は興味がなさそうに俺から視線を逸らせると、またプリントに視線を向ける。
「えっ!?歩は怖くないのか?」
「怖い……?僕が日華を……ありえないだろう?」
そう笑みを浮かべた歩の姿に、俺は救われたんだ。
それからだなぁ、俺は人間に無理に混じることをやめて、歩とつるむようになったのは……。
歩と居ると、ほっと息をつける。
今までさ、無理に人間として馴染もうとしていた自分があほらしくなって……。
歩はそんな俺の事を鬱陶しそうにするけど、次第に会話も多くなった。
「それで今に至るかな……」
「へぇ~そうだったんですか。ふふ、お兄様らしいですね」
そう呟いた彼女はそっと満点の星空へ目を向ける。
「俺はね、歩と彩華ちゃんに救われたんだよ」
そう呟いた声は彼女に届く前に、海風にかき消されていった。
俺は彩華ちゃんを連れて別荘へ戻ると、花蓮から事情を聴いたであろう、歩が冷たい笑みを浮かべ玄関前に佇んでいた。
ビクビクと怯える彩華ちゃんをそっと歩へ預けると、泣きそうな表情で俺を見る。
彼女へ頑張ってと励まし別荘を離れ海の方へ向かうと、心地よい波の音が耳に届く。
日が暮れ、月明かりに照らされた薄暗い砂浜を歩いて行くと、俺はふと波打ち際で立ち止まった。
徐に空を見上げると、赤紫色の空にがポツポツと星が輝き、夜空に散らばり始めている。
そんな光景を仰ぎ見ていると、後方から砂浜を踏みしめる音が聞こえた。
徐に振り返ると、そこにはカーディガンを羽織った彩華ちゃんの姿が目に映る。
彼女は海風に靡く髪を抑えながら、優しい笑みを浮かべ俺の方へ歩いてきていた。
「日華先輩、今日はありがとうございました。きちんとお礼を言えていなかったので……」
「あぁ、気にしないで。それよりも、あまり心配を掛けさせないでね。まぁもう歩に、口酸っぱく言われたかな?」
彼女は俺の言葉に気まずげに視線を下すと、すみませんと小さく呟いた。
さざ波の音が響く中、項垂れた様子の彼女はそっと顔を上げた。
その姿は弱い月明かりに照らされ、艶やかに映る。
俺は目を逸らすこともできず、只々彼女を見つめている中、彼女は徐に口を開いた。
「日華先輩は、本当にお兄様と仲が良いんですね」
「そうだねぇ~、初等部からの付き合いだからかな」
「そんな前からだったんですね……。お兄様はあまり自分の事を話さないから知りませんでした」
彼女はどこか儚げな表情を浮かべると、そっと蒼い海へと視線を向ける。
「日華先輩とお兄様との出会いはどんな感じだったんですか?」
歩との出会いか……。
俺は過去を思い起こす様に顔を上げると、口を開いた。
忘れもしないあの事件後、俺は歩のいる学園へと転校した。
もう同じ失敗をしないように細心の注意を払って、俺は慎重に人間の輪に入って行く中、そのクラスには一人だけ浮いた存在がいたんだ。
他の生徒達と混じることをせず、いつも教室で一人。
虐められているとか、嫌われているとか、そういった様子じゃなくて……いつも冷めた瞳を浮かべていた。
その少年が歩だったんだ。
徐々に学園へ馴染んでくる中、俺はいつも歩の様子が気になっていた。
今まで見てきた人間は、群れを好み、群れから外れた者は忌み嫌われる……。
でも彼にそんな様子はなかった。
皆なぜか遠巻きに見ている、只それだけだった。
最初は只の興味本位だったんだ。
いつも教室で一人でいる彼に、一緒に遊ぼうと声をかけてみた。
すると歩は俺を一瞥すると、僕はいいよと断られてしまったんだよね。
それから何度も何度も、しつこいぐらいに彼に声をかけたんだ。
断られ続ける毎日だったけど、いつしか彼ともっと話をしてみたいと思うようになった。
だから俺は何かにつけて歩にまとわりついて、歩はそんな俺を鬱陶しいそうにしていたのは、懐かしいなぁ。
あれ……今も変わらないのかな……。
俺は日課のように歩に声を掛けに行ったんだ。
いつも断りを口にする歩に、俺はずっと疑問に思っていた事を問いかけたんだ。
「なぁ、なんで一条はみんなと遊ばないんだ?みんなと居るほうが楽しいぜ!」
そう歩の前に乗り出してみると、いつも視線を会わせることない彼が顔を上げた。
「お前は楽しいのか?」
率直なその言葉に、俺は言葉を詰まらせると、何も答えることができなかった。
だって俺は人間と仲良くなるために、人間の輪に入って……楽しいなんて考えた事はなかった。
皆の話に合わせて、相槌を打って……ニコニコ笑顔を作って……そうしないと俺が人間になれないから。
歩は押し黙る俺の様子を一瞥すると、静かに俺の前から去っていった。
楽しいって何だろうか……。
俺が人間に交じる事は、義務みたいなものだと思っていた。
モヤモヤとする気持ちのまま、俺は只々歩の背中を眺めていた。
そんなある日、俺は日直で遅くまで教室に残っていた。
黒板を掃除し、生徒達の声が少なくなる学園で、ふと違和感を感じた。
俺はその場で立ち止まると、胸からこみ上げた覚えのある感覚に、咄嗟に蹲った。
嘘だろう……。
今日は満月じゃないはずなのに……、どうして……。
耳と尻尾が出てきそうな感覚を必死に抑え込んでいると、どんどん胸が苦しくなっていく。
息が荒くなり、冷や汗を感じる中、突然ガラガラと教室の扉が開いた。
その拍子に思わず頭上の耳が飛び出すと、俺は慌てて身を潜めた。
敏感になった耳に大きな足音が響く中、俺はガクガクと身を震わせていたんだ。
あぁ……また……化け物だと……、騒ぎになってしまう。
絶望する中、俺の傍で足音が止まると、突然首根っこを掴まれた。
「……ちょうどいい、日華手伝え」
聞き覚えのある声に俺は恐々顔を上げると、そこにはいつもの歩の姿があった。
「えっ……、おう……」
歩は机の上にプリントを何枚も置いていくと、俺にホッチキスを手渡す。
「俺がプリントを束ねるから、お前は一つ一つホッチキスで留めて、そこに30部ずつ分けてくれ」
呆然とする中、歩はプリントをまとめていくと、俺に手渡していく。
獣耳をそのままに俺は歩から渡されるプリントの束を、ホッチキスで留めていった。
あれ……、いやいや……!
「ちょっと待て、歩!」
「何だ?時間がないんだ、さっさとやってくれ」
「いやいや、その前に何か言う事はないのか……?その……俺の……」
「うん?その耳の事か?まぁ人の趣味はそれぞれだろう……僕がとやかく言う事じゃない」
「はぁ!?違う、違う!!これはコスプレじゃないよ!!」
歩は俺の声に手を止めると、徐に顔を上げた。
じっと見据えるように俺の傍へ寄ってきたかと思うと……歩は思いっ切り耳を引っ張ったんだ。
「イタタタタッ、痛いっ!」
俺は歩の手を必死に外そうとしたんだけど、歩は俺の手を振り払うと、無表情で引っ張り続ける。
痛みに半泣き状態になっていると、ようやく俺の耳は、歩の手から解放された。
「ほう……本物のようだな。まぁいいんじゃないか」
歩は興味がなさそうに俺から視線を逸らせると、またプリントに視線を向ける。
「えっ!?歩は怖くないのか?」
「怖い……?僕が日華を……ありえないだろう?」
そう笑みを浮かべた歩の姿に、俺は救われたんだ。
それからだなぁ、俺は人間に無理に混じることをやめて、歩とつるむようになったのは……。
歩と居ると、ほっと息をつける。
今までさ、無理に人間として馴染もうとしていた自分があほらしくなって……。
歩はそんな俺の事を鬱陶しそうにするけど、次第に会話も多くなった。
「それで今に至るかな……」
「へぇ~そうだったんですか。ふふ、お兄様らしいですね」
そう呟いた彼女はそっと満点の星空へ目を向ける。
「俺はね、歩と彩華ちゃんに救われたんだよ」
そう呟いた声は彼女に届く前に、海風にかき消されていった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
836
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる