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3章

14 石板

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「かる…ぺ」

 机にすわり墨枝で石片に文字を書いているアルゼを後ろから覗き込む。
 どうやら村で子供たちと一緒に老人たちから文字を教えてもらったらしい。

「たえら…まか、す!」

 そっと指さし間違っている場所を教える。

「たえ…まら?」

「そうだ」

 布で間違った文字をふき取り、正しく書き直すアルゼの瞳は真剣だ。
 どうやら俺に成長した自分を見てもらいたいらしい。

「おふ、ろ」 「せ、ぜも」

 たくさんの文字がビッシリと詰まっていく石板はよく見るとアルゼが好きな物ばかりだ。
 その最後に飛び切り大きく書かれたのは

「お…ぇ」

 書いた文字と俺の顔を見比べ、嬉しそうにキラキラとした星が散らばる漆黒の瞳が見上げてくる。

「すごいな、いっぱい書けたな」

 照れくささもあり誤魔化すように頭をクシャッと撫でると、嬉しそうな笑い声が漏れる。

「いっぱい、おべんきょした」

 俺と暮らしていたころは文字を教えるなんて思いつきもしなかった。
 そのせいで村でばかにされたんじゃないかと今になって後悔する。


 ピョンと椅子から下りたアルゼが寝床の脇の衣服を入れる箱をゴソゴソと手を突っ込んでいる。
 何かを抱えて戻ってきたアルゼが机の上に並べたものは沢山の石板。

 そこに書かれていたのは--------


【おぇ】【とうさん】【あるぜ】【かあさん】【やま】【おぇ】【おぇ】

 机いっぱいに並んだ拙い文字の石板。

「こえ、だいじ。」

 石板は書いては消して何度も使うものだと言うのに。
 アルゼは消すことができなかった石板をため込んでいたという。

「けす、めーのよ」

 消さないことで揉めたのだろう。
 思い出したのか膨れっ面をするアルゼ。

【おぇ】の石板がたまっていくので【おぇ】を書くのを禁止されたらしい。


「【おぇ】いっぱいほしかた」

 1つ1つの【おぇ】の石板をなでるアルゼを後ろから抱きしめる。
 大きな白い耳がピョコっと動きアルゼの掌が俺の頬を撫でる。

「ふゆ、ほんちょのおぇ、くる」

 冬になりみんなが冬眠する頃になれば俺が来ると老婆が教えてくれた。
 それを知ってからは脱走もせず、ただ冬を待ってたんだと。

「おぇ、きた」

 フフフと抱き着いてくるアルゼ。
 何度も何度も歌でも歌いだしそうなほどに俺が来たと繰り返すアルゼに胸がキュンとした。

 沢山の村人に出会い沢山の物事を学んだだろうに、それでも俺を求めてくれた。

「おぇ、しかいなないいらないのよ?」

 話す言葉は別れたあの日と変わらず拙いのに。
 グッと成長したアルゼの背は俺の肩ほどまで伸び、細いだけではない弾力のある体は小さかったアルゼとは違い強い力で抱きしめてくれる。

 腰ほどにまで伸びた白い髪は懐かしくもあり違和感もあった。
 俺が覚えているのは幼い真っ白な幼体と小さな人化した白い獣人。
 成長したアルゼに欲望を向けてしまう己を恐れ遠ざけたのに、再開した今目の前にいるアルゼはあの幼いアルゼと同じなのに。
 そっと唇を合わせてくるアルゼを受け止める。
 あんなにもダメだと静止していた心の声は今はもうない。

 まるでこうなることが当たり前だというように俺たちは心行くまで体を合わせた。




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