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【四章】王と魔王

一話 カース視点

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 ルービンと沢山話せた。
 何日もその事ばかり考えてしまう。


 話した具体的な内容はもうあまり覚えてないが、俺と対等になりたくてルービンは再び王となった。
 やはり俺の事を愛しているのだな。
 国同士の利益があれば、正式な婚姻も可能になったわけだ。
 この俺と並び立とうとするなんて、真面目なルービンらしいじゃないか。臣下の手前、恥ずかしくて素直な態度が取れない所も可愛いらしい。

 女でもなかなか見ない、あの美しく長い黒髪に早く触れたい。
 新しいルービンの顔立ちは、こちらの大陸では見ない異国特有の妖艶さがある。昔に比べて背も低い。もう俺を見下ろす事はない。
 実はあの肉体も俺の隣に相応しくなるためにこしらえたのではないだろうか。
 わざわざ生まれ変わってまで健気なものだ。俺はちゃんとその想いを察しているぞ。

 異国の服も似合っているが、純白のドレスで着飾らせたい。
 今のルービンは目を見張る美しい容姿となったのだ。女だけでなく男も群がるはずだ。あの強さは、俺に処女を捧げるために身につけたのかもしれない。
 暴かれた事のない清らかな肉体に誰が主人であるのか刻み付けてやる。

 清らかな肉体だとしても、ルービンは人魔になっているのだから、数度抱けばあっという間に性に溺れ、自ら雄を求めるようになるだろう。
 まさかそれすらも夫を悦ばせるための準備なのか。俺の膨大な魔力との釣り合いのためだけではなく、夜の営みにまで配慮するとは、ルービンはどこまでもいじらしい奴だ。
 やはり俺の伴侶はルービンしかいない。ここまで愛されているのだ。応えなければ男ではない。

 カンタルとかいうクソガキは邪魔だが、ルービンを娶れば義理の息子になる。有能だし殺すのはやめておいてやろう。
 四人の魔術師も、無力化するよりも俺の役に立つ方が良いに決まっている。
 政略結婚も悪くないが、それだとルービンの所有物である四人は自由に動き回って邪魔になる。やはり宣戦布告し、ルービン共々魔術師も戦利品として全てを手に入れる方が楽だ。支配して俺のために利用する。能力だけなら数百年経った今でもあの四人を超える存在は生まれていない。
 まあ、俺ほどでは無いがな。俺が世界で最も優秀な魔術師なのはずっと、これからも永遠に変わらない!!


「──ん?」


 コンコンと執務室の窓ガラスを叩く音が聞こえた。音の方向を見ると、紙で折られた鳥のような物体が動いていた。


「キモい魔術だな……」


 窓を開けてそいつに触れると魔術の効果が切れたのか動かなくなった。
 その鳥が手紙である事は察していたので、丁寧に一枚の紙に戻した。


『堅苦しい挨拶は抜きにしよう、カース。俺はルービンではなく、今はルーシャンだ。俺はお前の事を何も知らない。可能ならばお前の事を教えて欲しい。俺は甘くないお茶が好きだ。お前は何が好きだ。返事は無理にとは言わないが、これから週に一度は手紙を書くつもりだ。 ルーシャン』


 俺は何度も何度も読み返した。
 ルービンが、俺の事を知りたいと言っている。あのルービンが。

 いや、今はルーシャンと言ったな。ルーシャン、ルーシャン。
 ルーシャンは下等種などではなく、俺に相応しい理想の存在だ。魔力を持っていて、美しくて、俺より小さくて、ルービンとは全く違うのだ。ルービンに無いものを備えた完璧な存在。
 そうだ、この俺がルービンを好むなどあり得ないが、ルーシャンならば好きになってもおかしくない。ルーシャンならば愛してやってもいい。ルーシャンは俺に愛される資格がある。

 こうして手紙を書いて寄越したということは、ルーシャンが俺に好意を抱いているのは明白だ。ルーシャンが素直な態度を取れば、四人の魔術師だって俺を邪険にする事もないだろう。
 このままルーシャンに俺への好意を自覚させれば、宣戦布告などせずとも全てを手中に収める事ができる。
 始めから素直になれば良いものを。
 だが、そういう所も愛らしいと感じるのだから、俺は寛大で寛容だ。


「マル。紙とインク」


 俺がそう呟くと、キィと扉が開いた。数種類のレターセットと何色ものインク瓶が入った籠をくわえた三つ目の狼が入って来る。デカくて真っ黒なこの狼は大体俺の側にいて秘書のような事をする便利な奴だ。なんとなくマルと呼んでいるが、何故そう呼んでいるのか自分でも思い出せない。


「おい、マル。好みのお茶なんて教えられたら、茶に誘えって事だよなぁ?」
「キュゥ?」
「フハハハハ。お前にはわかんねーか」


 マルから籠を受け取り、俺は返事を考えた。
 俺の好きなもの、好きなもの。何が好きなのだろう。魔物になってから、人間の頃の記憶をあまり思い出せない。魔物の体は食わなくても死ぬ訳でもないし、飲食に対してピンとこない。自我を残す魔物特有の症状らしい。
 ルービンの事ばかり考えていた気がするから、好きなものに“ルービン”と書きそうになって、紙を一枚グシャリと握りつぶした。
 好きじゃねぇ。あんな下等種好きになるはずないだろうが。


 ……ルーシャンの手紙が届いてから、かれこれ五日経ってしまった。
 好きなものという、たった一言の返事も書けない事に絶望していたら、マルが何かを持ってきた。


「ワフッ」
「……クッキー?」


 町で買ってきたのだろうか。マルが机に置いたのは、五つの小さなクッキーがラッピングされた小袋だった。昔は貴族くらいしか食べられていなかったが、今では誰もが口にする定番の菓子だ。
 そういえばクッキーを手にするのは数百年振りかもしれない。手に取って口に入れると、砂糖の甘い味が口いっぱいに広がった。


「メチャクチャあめぇな……」
「アーオ」
「でも、これくらい甘い方が好きかもしれねぇ」


 贅沢の象徴である、甘すぎるくらいのクッキーが昔好きだった気がする。糖分が脳を刺激したのか、ようやく俺は紙にペンを走らせた。


『甘いクッキー』


 やっと書けた手紙を封筒に入れ、マルに渡した。

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