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12 薬草の超促成栽培

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 勇者の栄光は、無数の犠牲から成り立っている。
 魔王討伐という偉業は彼ひとりで成し遂げたことではない。勇者一行が魔王に対抗するために集めていた神器は、冒険者が先んじて発見すれば報奨金が渡されて神器は回収されるという決まりだったため、我先にとこぞって遺跡探索が行われた。しかし内部が未解明だった遺跡内では幾人もの冒険者の犠牲者が出た。

 神器が揃い、いざ魔王城に乗り込む際も、勇者一行のために魔王についての情報を得るべく先に乗り込んだ各国選抜の精鋭騎士、総勢一千人が魔王城の入り口で全滅した。
 その後、勇者一行に同行した冒険者選抜の随行隊一千人もまた同じく魔王城の一階の数部屋を踏破したのみで全滅し、結局【魔王城内で魔王直々に強化された魔族には、神器を持たぬ者では数をもって対抗しても太刀打ちできない】と判断がくだされ、最終的には勇者一行のたった四人で城内に踏み込むこととなったのだった。

 最上階で待ち受けていた魔王を四人で見事に討伐するも、勇者以外の三人は魔王を倒した直後に次々と倒れていったという。
 数多の犠牲者を目の当たりにした勇者は、それらすべてを自分の責任だと抱え込んでしまっているのかも知れない。

 そう勇者の心情を推察したとして、『あなたの責任ではありませんよ』などというありふれた薄っぺらい言葉など、傷付きぼろぼろになった彼の心のささくれに触れた途端、いともたやすく崩れ去ることだろう。


 幾重にも積もった彼の苦しみを、ひとつひとつ和らげていってあげることなんて大それたこと、私にできるのかな――。


 そびえたつ壁を目の当たりにして、ルエリアは絶望に近い気持ちに陥った。重圧に、心臓が一度強く脈打つ。
 何度も強く首を振って弱気を抑え込み、頬を叩く痛みで心を奮い立たせる。

(ひるんでたって、ギルヴェクス様は癒して差し上げられない。まずは冷静に、ギルヴェクス様に飲んでいただく魔法薬の調合をしよう)

 ルエリアは鞄の中からシンホリイムを詰めた匂い袋を取り出すと、両手でそれをそっと包み込み、目を閉じて深呼吸した。故郷の特産の薬草の、ほのかな甘い香りが鼻腔に広がる。
 嗅ぎなれた香りに包まれれば、少しずつ心が落ち着きを取り戻していく。

(きっと、うまくいく。大丈夫、大丈夫、……)



『この苦しみは……僕が受けるべき罰なんだ』――。
 もう一度、勇者ギルヴェクスの言葉を思い出す。

(自分を責めている人に、落ち着いてもらうには……)

 薬草辞典を取り出して、お目当てのページをぱっと開く。

「うん。ルナヴァラッドがいいな」

 ルナヴァラッドとは高山に生える紫色の花だ。取りに行くのが大変なせいで薬草店の中でも大きい店でしか扱っていない。少なくともルエリアが王都にいたころに通っていた店では見かけなかった。

「取り寄せてもらうのに時間が掛かりそう。自分で育てちゃおうかな」

 魔法薬師の冒険者は、素材をそのまま持ち歩こうとすると荷物が膨大になるため種を持ち歩いている人が多かった。魔法を使って種から促成栽培すれば、荷物が少なくて済む。
 ルエリアの鞄にも様々な薬草の種が入れてあった。【ルナヴァラッド】と書かれた小袋から種を手のひらに出して、種子の状態を確認する。

「魔法を浴びせて育てる方法だと、品質にばらつきができちゃうんだよね……そうだ」

 ルエリアは素早く立ち上がると、調理場へと向かった。


 調理場には男性の料理人がいて、調理器具を洗っていた。料理の最中ではないようだったが、室内にはいい香りが漂っている。
 白い調理服を着た背中に声を掛ける。

「こんにちは!」
「あ、どうも」

 料理人が手を止めて、灰色の瞳でルエリアを見る。中肉中背のその人を、ルエリアは笑顔で見上げた。

「私、魔法薬師のルエリア・ウィノーバルっていいます。お名前をお聞きしてもいいですか?」
「テオドール・セネットだよ」
「テオドール様、いつもおいしいお料理をありがとうございます」
なんて硬い呼び方しないでいいって」
「あ、はい、テオドールさん」
「うん。ルエリアさん、私の料理を完食してくれてありがとう」

 一瞬笑みを浮かべたあと、すっと視線が落ちていく。
 きっと主人の食が細くなっていて、作った料理を食べてもらえないことが多いのだろう。致し方ないこととはいえ、心を込めて作った料理を食べて欲しい人に食べてもらえないのはつらいだろうなとルエリアは思った。
 何も言えずにいると、テオドールがふと思い出したような顔に変わった。

「あ、そうそうルエリアさん。私も君が作った飴玉をいただいたよ。すぐ寝付けるし寝覚めもいいし疲れも取れてるし……。あんな爽やかな気分で朝を迎えたのは久しぶりだよ。ありがとう」
「いえ! お役に立ててよかったです!」
「ところでお腹が空いてるの? 何か作ろうか? ギルヴェクス様にお出しする分のお料理の仕込みは終わってるからなんでも作れるよ」
「いえ、あの、いきなりで申し訳ないんですけど……生ごみって分けてもらえたりしませんか?」
「生ごみ!?」
「はい。手持ちの薬草を種から育てるために、生ごみから肥料を作らせてもらいたくて」
「魔法薬師ってそんなこともできるの!?」
「はい。魔法薬を作る手法で作った肥料で薬草を育てると、品質が安定するんです」
「なるほどね」

 ルエリアはテオドールに生ごみをほんの少しだけ分けてもらうと、その場で魔法を浴びせて肥料に加工していった。魔法を浴びせるうちに、異臭を放っていた生ごみはすぐに、土にしか見えない状態に変化した。
 隣で見ていたテオドールが感心した声を洩らす。

「あっという間に生ごみじゃなくなったね」
「生ごみって嫌な臭いがするじゃないですか。だから作業を早く終えたがった魔法薬師が、短時間で分解する魔法を編み出したそうですよ」
「なるほどね。必要に駆られてってわけだ。確かにずっと生ごみと向き合ってるのはつらいもんね」

 ははは、とテオドールが調理場に笑い声を響かせる。釣られてルエリアも笑顔になった。
 それから庭へ行き、庭師に植木鉢と土を分けてもらうと自室へと戻り、早速ルナヴァラッドの超促成栽培を開始した。


 肥料を混ぜ込んだ土を植木鉢に詰め込んで、ぐっと種を押し込んでいく。
 その植木鉢を机ではなく円卓の方に置き、椅子に腰掛けると、ひとつ深呼吸してから土の上に手のひらをかざして水魔法を掛けた。
 土に水分を含ませてから、続けて光魔法を浴びせ始める。魔力量のコントロールに意識を集中する。

(早くこのルナヴァラッドを育てて、魔法薬にして、ギルヴェクス様に飲んでいただきたいな)

 話を聞きに行ったときに見た、生気の失せた目を思い出す。
 勇者ギルヴェクスの瞳の色は『快晴の空の色』と称される鮮やかな青色をしている。
 城郭都市で遠巻きに見たときも、姿絵の中でも、その瞳は強い輝きをたたえていた。

(あの目の輝きを、早く取り戻して差し上げたい)

 長時間、一定の力で魔力を放出し続けるのは久しぶりで、全身から力が抜けていく。ルエリアは深呼吸を繰り返すと、必死に自分を奮い立たせながら植木鉢に光魔法を浴びせ続けた。



 遠くから、女の子の泣き声が聞こえる。
 それは幼い頃のルエリア自身の声だった。少女がベッドに乗り上げて、横たわる母に縋り付き、わんわんと大声で泣き叫んでいる。

 ――お母さん……! ねえ起きて、起きてよお……!

 隣のベッドに飛び移り、今度は父親を揺さぶる。

 ――お父さん! お母さんが起きないの……! ねえ、お父さん……!

 いくら揺さぶっても、ふたりとも二度と目を開いてはくれなかった。

 ――ごめんなさい、私がもっと早く、誰かを呼びに行かなかったから……!
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